片山朋子 | リフレクションペーパー

片山朋子

05W1407016G 片山朋子

私が今日世界銀行について感じたことは、一言では説明できない多面性があるということだ。私は恥ずかしながら、世界銀行も銀行であるということに今日気づいた。世銀班のプレゼンを聴いて、ただ、援助国の政府が世界銀行に金を拠出し、被援助国の政府に援助という形で金を受け取っているといわれても、何も疑問に思うことはなかった。

しかし、それは一部のことに過ぎず、世銀に投資する投資家もいるし、借金をした国は借金を返さなければならない。事実、スリランカは世銀から借金をしている。マーケットから資金を得るわけだから当然それら投資家に対する利益を出さなければならない。その点では普通の銀行と同じように感じた。

さらに、大森様によると、世銀から借金をした国は、もし、世銀に借金を返せなくなったら、世界から信用を失うため、本当に困ったとき以外、金を返さないことがないという。この点ではかなりの権力があるように感じた。

これらをみると、金融に特化した機関といえる。

しかし、大森様の話を聴いて、世銀はそれだけじゃないと感じた。大森様が、世銀のミッションは「貧困のない世界」の実現ということを説明していたとき、誇らしげに言っているように感じた。事実、世銀の総裁が変わってもミッションが変わらないことに安心しているようだった。私は、貧困にという問題について考える場を作っていくことが貧困に対して貢献できるのではないか。という大森様の言葉が印象に残っている。

これらのことを見るとうまく説明はできないけれど、世銀にはいろんな面がある。今まで、先進国だからよくないとか、いいとかいうように考えるようにしてきたけれど、大森様は世界はそれだけじゃないと気づかせてくれた。大森様が世銀のありのままの姿を話してくれたからだと思う。

また、モモが最後にいっていたように、言葉を大事にすることの大切さを知った。貧しくて困っている人のことを「貧しい人」と言わないで、「貧困に苦しむ人々」と呼ぶ。何気ないことだが聴く人の印象が全く印象が違うと思う。私はALPsの授業を通して言葉の大切さを何度も実感した。自分の考えや意図していることを正確に相手に伝えることは難しい。こういったら間違ってこういうふうに捉えられてしまうのでないか、そう思うと何回も直さずにはいられない。でもそれは前より読む相手のことを考えるようになった証拠である。むしろ、前は読み手側のことなど考えていなかった。読み手側の事をかんがえるようになってからは、メールを作るときやレポートを書くときに最大限自分の言葉に注意してきた。それにもかかわらず、モモから“重要”とか“1番の援助国”という言葉の曖昧さを指摘されないと気づかなかったし、毎回毎回注意していても、的確な言葉を使うには何回も見直さなければならなくてとても時間がかかる。それほど言葉を選ぶことは大変なことなのである。しかし、私がこれから必要なのは、話すときにとっさに出てくる言葉に気をつけることだと思う。クイックレスポンスが大事だと思った。