759.真の練習
今、2人の生徒のレッスンをした。1人はシューベルトのアムプロムプチュop.90もう1人はシューマンのクライスレリアーナ。2人とも、若いピアニストとしてリサイタルに向けて練習している。その2人の演奏を聴いていて感じたこと。どのようなタッチで弾けば、そのパッセージがミスなく再現でき、どのようなタッチで弾けば、ピアノの音色が変わるかを既に知っている。しかし、シューベルトやシューマンが書いた楽譜と向き合いきれていない。私に言わせればそれは音符という記号。それぞれの持つ固有のセンテンスの長さやリズムなどが、音符という記号を読んで正しく演奏しただけ。大切なのは、音符という記号では書ききれなかった、作曲家の心からの魂の叫びを感じること。もしかすると、記譜されている音符とは違う瞬間もあるかもしれない。作曲家が書き残した記号を頼りに、無限の可能性を追い求め、もがき苦しまなければ芸術とはいえない。真の美の追求。何かの奇跡が起こる瞬間を生み出さなければならない。苦悩の日々、葛藤の日々、模索の日々。既に持っている、感覚や技術を総動員して、様々な美の瞬間を探し求めること。それが真の練習だともいえる。正しいだけ、美しいだけの優等生で表面的な演奏はいらない。にほんブログ 村