2163.師走
今日から12月。この1年、様々な変革が私の中で生じた。それは余りにも多く、両手で持ってもこぼれ落ちてしまうほど。思うに芸術を感情表現として捉える者は多い。確かに、この作品の作者も人間であり、喜怒哀楽と共に生きてきた。作者が、自身の作品に込めた思いは様々であり、作者自身も何を込めたのかをはっきりと認識していたかもしれないし、抽象的で曖昧かも知れない。作者自身にしかわからない感覚であろう。美術にしても、音楽にしても、映画にしても、何においても。音楽の場合、演奏者が再現しなくてはならないのだが、そこには様々なアプローチがあるわけで、よって異なる演奏になる。私が最近思うのは、作品を感情で捉え、感情表現をしてしまうことに違和感を覚える。作品を感情で捉えてしまうと、すなわち、感情的な演奏になる。作曲家の意図を汲み取らねばならないが、優れた偉大な芸術作品には、作曲家の感情よりも、もっと深層にある、より普遍的なロジックと哲学が必ず存在する。だから、私はそのロジックや哲学に焦点を当てたい。そのために、その作曲家のことや作品にまつわる事実を知るのは、どう演奏するべきかを助けることになるかもしれない。そういう事を知ることは無駄ではないが、ふと感じるのは、それを知ることにより、その情報があるために、演奏の幅を狭めてしまう恐れがあると思わないでもない。もちろん異論を持つ者もいるだろう。それぞれの考え方があっていいわけだから、それはそれ。私は、感情表現として音楽を捉えることではなく、ハーモニーを基軸とした確固たるロジックを頼りに、その作曲家の、もしかしたら作曲家自身も無意識だったかも知れない、それまでの人生で培ってきた人生哲学を捉え、表現したい。それは、感情として捉える演奏よりも、もっと深くて広くて、普遍的であり、核心を捉えることになると思う。