ふと思う。センスがあるかないかを。演奏を聴いていてセンスがあるな!と最近思ったのは、内田光子さんと児玉桃さん。私の琴線に触れ、ビビッとくるのだ。これは思うに、先天的なものではなく、やはり磨かれていくものだと感じる。
生徒たちを見ていて思うのは、演奏もさることながら、服装にもセンスの良さを感じる。
何となく、必ずしもではないがセンスのある服装をしている者の方が、演奏にもセンスの良さを感じたりすることもある。
センスを磨く意識を持つことについて、改めて、重要なことだと思った。
それは、おそらくその人の感性につながるのではないか。
まあ、見た目にまったく無頓着でも、素晴らしいセンスある演奏家もいないわけではないが。
逆もまた存在する。
私が思うセンスとは、表面的なだけのセンスではなく、内側に確固たる何かが存在していて、それが表面に滲み出て来ていると感じた場合だ。
もちろん、何をもってセンスがあると感じるかは、人により異なるだろう。
普段、センスについてはあまり気に留めていないのだが、最近、内田光子さんのディアベリ変奏曲と児玉桃さんの演奏を約30年ぶりに聴いたので、センスについて考えのだと思う。
昔の児玉桃さんの演奏も何か、とてもセンスの良さを感じたものだが、今はより洗練され、旧知の中ゆえ、なんだか自分のことのように嬉しい。
余談だが、講習会でご一緒させて頂いただけなので、私のことなど忘れているだろうと思いつつ、メッセンジャーで連絡をしてみたところ、もちろん覚えてます!と返信があり、とても嬉しかった。