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勝負の時が来た。
なぜ僕はここにいるのか・・・・・・・・・・・・。
ここに来るまでにどれだけのものを失ったか・・・・・・。
今の自分を見つめなおすためにも過去を振り返り、
今、自分が置かれている状況を再認識するために
素顔の自分を、ありのままの自分をさらけ出すことにしました。
ここに書かれていることは紛れもない真実。
いや、どこかで自分で美化したものかも知れないけれど
自分の心の中の真実を告白します。
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目次
第1話 はじめに
第2話 就職活動編・当時の就職事情
第3話 就職活動編・就職試験 面接
第4話 就職活動編・JTBを選んだ理由
第5話 就職活動編・筆記試験その1
第6話 就職活動編・筆記試験その2
第7話 就職活動編・筆記試験その3
第9話 アルバイト編・僕の仕事とは
第10話 アルバイト編・撮影所にてその1
第11話 アルバイト編・撮影所にてその2
第12話 アルバイト編・撮影所にてその3
第13話 アルバイト編・チーマー達との出会い
第14話 アルバイト編・僕の役割
第15話 アルバイト編・事件その1
第16話 アルバイト編・事件その2
第17話 アルバイト編・撮影の終わり
第18話 JTB勤務編 入社式
第19話 JTB勤務編・配属
第20話 JTB勤務編・旅立ち
第21話 JTB勤務編・いざ大阪へ
第22話 JTB勤務編・独身寮へ
第23話 JTB勤務編・寮生活のはじまり
第24話 JTB勤務編・初出勤
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大変な苦労をして??? JTBに入社した僕でしたが、
入社式から大変なことは続きます。
それは1993年4月1日のこと。
今でもその日のことはよく覚えています。
多摩センターにあるパルテノン多摩という大きなホールが
入社式の会場でした。
同期入社全国で1,200人。全国から泊りがけでこの入社式に
来ていました。当時はまだバブル崩壊のすぐ後、まだいくつかの
会社は大量採用していた時代、
今、考えると同期が一同に集まったのはこれが最初で最後でした。
でも同期が1,200人いると、入社から退職するまでの間に
話すらしない人間が間違いなく半分以上いたと思います。
旅行会社はもともと女性が多いこと、職務内容が見た目より
キツイこと、その割りに給料が少ないこと等の理由で離職率は
非常に高いです。恐らく93年に入社した同期も恐らく今では
半分も残っていないと思います。
この入社式ですが今では考えられない入社式でした。
入社式の数週間前から内定者へはこんな通知が来ていました。
「入社式の当日に配属部署を言い渡します。新入社員はその当日中に
配属箇所へ移動になりますので1週間分の荷物を用意してきてください。
東京在住の人は家に用意をしておいてください。」
つまり、九州在住の人が札幌配属を言い渡されたらその日のうちに
札幌に移動するというもの。何と効率の悪い配属の仕方ではないか・・・。
事前に札幌配属なら通知しておき、住む場所などを事前にきめておき
準備を整えて入社式を迎えたほうがどんなに効率的か・・・・・。
当時、僕は東京在住だったので荷物は持ってでませんでした。
というより、事前にJTBのラグビー部の人に
「お前は大丈夫!大丈夫!首都圏以外の配属はないから!
それでなきゃお前を採用した意味ないから」と言われていた。
入社式が始まった。
まずはお決まりのお偉い方々の激励の言葉、
そしていよいよ、配属先の発表が始まった。
しかも1人1人、あ行から順に配属先を発表していった。
さ行にきた。僕の名前が呼ばれる。
そのとき僕は何の不安もなく、ただただ言い渡される伝達事項を
待っていた。その後に予想だにしないできごとが起こることも
知らないまま・・・・・・・・・・。
長くなるので今日はここまで、次回に続く・・・。
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