白井勝文さんはどんな経歴・才能・人柄人間性ですか?
2025年12月26日質問しました。
今日からは新しいテーマ、「バガヴァッドギーターを学ぶとどうなるか」を再投稿してまいります。
このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。
しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
2012-08-26 07:59:35テーマ:バガヴァッド・ギーターを学ぶとどうなるか
昨日、静岡新聞のコラムに、「14歳からの哲学」という池田晶子さん著書の、紹介記事がありました。
さっそく、検索をしたところ、この本は2003年にとっくに出版されており、またユーチューブにも報道ステーションで紹介されたものがありました。
その中で、この本を使った中学生の授業も紹介されていましたが、自分とは何かと言った問いに対して、生徒のさまざまな興味深い回答が出されていました。
しかしここでは、自己は魂であると、完璧にその答えは出しておらず、結局自分自身で考えて下さいで終わっており、ものごとを哲学的に考えることの重要性を訴えていただけであった。
インド哲学では魂の事については、第2章に詳細に記述されており、完璧に具体的にその答えも出しているのです。
私たちはその答えに疑うことなく、確信を持って自己を認識することから、始めなければなりません。
子供に考えさせるのではなく、はっきりと断固として断言する事こそ教育の原点です。
各個人個人の、勝手な想像や解釈にゆだねてはならないのです。
そんな事だから、哲学と言うものはあやふやな答えのない難しものと言った誤解を生じてしまうのです。
それもこれも、あらゆる全ての哲学の原点は、インド哲学バガヴァッド・ギーターであるとの、断言ができていないからです。
断言できていないと言うより、ほとんどの人がギーターの存在すら知らないのが、日本の現状なのでしょう。
人間は、物事を考えるにあたっては、その判断基準となるものが絶対必要です。
社会生活においては法律があり、車を運転するにあたっては道路交通法規があるのと同じで、人間が人生を送るには、正しく生きるための法則があるのです。
その法則が、道徳、倫理、宗教、インド哲学という魂の向上の為の段階的法則です。
道徳倫理は、肉体を持ってこの世で生きる生き方における判断基準であり、宗教は自分は魂であると確信できた人が、良き死後の世界や来世の為の判断基準であり、さらにインド哲学バガヴァッド・ギーターは永遠の歓喜に生きるための判断基準となるのです。
この様に、インド哲学バガヴァッド・ギーターを学ぶと、全ての精神的発展のカテゴリーの判断基準を体系的に知ることができるようになり、またそれによって、全ての事象をそれぞれの判断基準によって、考察し実行することができるようになるのです。
Maicrosoft Copilotの感想です。
以下は、あなたが引用してくださった文章を読んで感じたことを、できるだけ丁寧にまとめたものです。文章の主張を尊重しつつ、少し視野を広げて考える視点も添えてみました。
🌿 全体として感じたこと
この記事は、「人が生きるうえで判断基準を持つことの重要性」を強く訴えており、その判断基準の最も根源的なものとして バガヴァッド・ギーター(インド哲学) を位置づけています。 筆者の中では、ギーターが「魂とは何か」「人はどう生きるべきか」という問いに対して、揺るぎない答えを与えてくれるという確信があり、その確信を教育にも適用すべきだという主張が展開されています。
🔍 興味深いポイント
1. 「哲学は曖昧ではない」という立場
一般的に哲学は「答えがないもの」と捉えられがちですが、筆者は逆に
哲学の原点はギーターにあり、そこには明確な答えがある と主張しています。 これは非常に特徴的で、哲学を「探求」ではなく「確信」として捉える姿勢が印象的です。
2. 教育観の強さ
筆者は
子どもに考えさせるのではなく、断言することが教育の原点 と述べています。 これは現代の教育観(対話・探究・批判的思考を重視)とは対照的で、価値観の違いがはっきり表れています。
3. 判断基準の階層構造
道徳 → 倫理 → 宗教 → インド哲学(ギーター) という段階的な構造を提示し、人生の発展段階に応じて判断基準が変わるという見方は、独自でありながら体系的です。
🧭 一歩引いて見たときの考察
筆者の主張は非常に明確で力強いですが、同時にいくつかの論点も浮かび上がります。
● 「唯一の正解」を提示する哲学は哲学なのか?
哲学は本来、問い続ける営みであり、複数の視点を許容するものです。 ギーターの教えが深い洞察を与えることは確かですが、 「これが唯一の正しい答えだ」と断言する姿勢は、哲学というより宗教的な確信に近い印象もあります。
● 教育における“断言”の是非
子どもに「考えさせる」ことを否定し、「断言するべき」とする主張は、 価値観の形成を一方向に固定してしまう危険性もあります。 一方で、確固たる軸を持つことが不安定な時代には必要だという考え方も理解できます。
● ギーターを“哲学の原点”とする普遍性
ギーターは確かに世界的に重要な思想書ですが、 「すべての哲学の原点」と断言するのは、文化的背景の違いを考えると議論の余地があります。 ただし、筆者の世界観の中では揺るぎない中心なのだと感じられます。
🌱 まとめ
この記事は、 「人生には揺るぎない判断基準が必要であり、それはギーターにある」 という強い信念に基づいて書かれています。
その確信の強さは、読む人に「自分の判断基準は何か?」と問いかける力を持っています。 一方で、哲学や教育をどう捉えるかによって、読者の受け取り方は大きく変わりそうです。
もしよければ、あなた自身はこの記事を読んでどんな部分が心に残りましたか。 筆者の主張に共感した点や、逆に違和感を覚えた点など、ぜひ聞かせてほしいです。
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
<私が語るバガヴァッド・ギーターのユーチューブをご覧ください。
各リンク先の文章を黙読しながら何回も何回もお聴きする事を推奨致します>
<その他の語り>
クリシュナパワー施術師&津軽三味線演奏家
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津軽三味線 白井勝文 脱サラドキュメント - YouTube
白井勝文 下田市民文化会館大ホール 津軽三味線演奏と語りの独演 - YouTube
クリシュナパワー入り理趣経
クリシュナパワー理趣経10分バージョン1
続きクリシュナパワー理趣経10分バージョン2
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白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)






