人間がある事を目的として進歩や発展や上達などを遂げるには、初歩の段階、中ほどの段階、高度の段階、極意の段階と四つの段階を極めてくる事が必要になります。

また日本の伝統である、武道や華道やそのた芸道など、「道」の付く世界では「守破離」の重要性を説いております。
 
守とは決められた通りの形や動きを忠実に守る。

破は守で学んだ基本を守りつつ、自分なりの応用を加える。
 
離は形に囚われない自由な独自の境地を創造する。

これらは、指導者からその人が判断された技量に応じて、それぞれの段階を進む為の、基本事項です。

この道筋をしっかり認識して、自己の成長過程が今どの段階にあるかを、しっかり認識していなければ何時までたっても、次の段階に進まず、その場で足踏み状態に陥ってしまいます。

そしてまた重要なことですが、武術や芸事の世界ではその技量の段階を客観的に捉える事が出来ますが、精神レベルの判断は客観性が全くない、という事です。

その様な中に在っては、自分の精神的レベルと言うものがどんなものであるか、と言う自覚も判断も自分自身では不可能なのです。

つまり、精神世界での精神レベルの判定はあくまでも、指導者にゆだねるほかないのです。

武道の世界ではそれを勝敗と言う形で、誰にでも簡単に判定できますし、また芸事でもその成果を鑑賞することでその優劣を見分けることもできます。

しかし、こと精神世界においては、生徒の精神的な進歩発展を、個々に判定すること自体が非常に難しい、という事です。

それは、武道や芸道の世界とは物差しが違い、目で見たり心で感じたりして判断できるものではない、という難しさなのです。

そして、生徒を指導する内容も生徒の精神レベルを判断することも、すべてが精神指導者の精神レベルに限定されてしまう、という危険性もはらんでいます。

自分が進歩しているかどうかのその判断基準は、未知の真理の発見であり、心の底からわき起こる精神的感動と歓びです。

この新しい真理の発見に、心から感動と歓びを覚える事こそが、その人の精神的発展の証というものなのです。

常に、この感動と歓びを見いだせない関係ではすでに、生徒と先生の関係は崩壊してる、ということです。

つまり、精神世界における生徒と指導者の関係性は、生徒が指導者に対するゆるぎない信頼と確信をもてなければ、自分を進歩させてもらうことはできない、ということです。

それこそ生徒からゆるぎない信頼と確信を得る精神指導者は、インド哲学バガヴァッド・ギーターを熟知し、また人生経験豊富で、「人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず」の、物欲や名誉欲や支配欲のない、清浄なる心を持った人物でなければならない、それが絶対なる条件なのです。


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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ