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どんな傑作にも100点を、どんな駄作でも0点を与えないのが信念です

『仮面ライダーガヴ お菓子の家の侵略者』を観てきました。

 

目の前に現れた扉をくぐったショウマが行き着いたのは、人々が平和に暮らすお菓子に溢れた町だった。そこにはショウマの顔馴染みの姿もあったが、どこか違う……どうやらショウマは異世界に飛ばされてしまったようだ。

ショウマが記憶を失くしたタオリンという青年と出会った頃、町にはミューターと呼ばれる怪物が出現。ショウマが仮面ライダーガブに変身して応戦するところに、ミューターのキングであるカリエスが現れる。

ミューターの力の根源とは? そしてタオリンの正体とは? 次第に謎が明らかになる中、カリエスはさらなる力を手に入れ……といったお話。

要約すると、異世界に飛ばされたショウマが、世界を脅かすカリエスをやっつける話です。

 

本作が公開されている頃のテレビ版本編は最終回も近く、最大のクライマックスに向けて盛り上がっていますが、本作はそんな息苦しい展開をしばし忘れて、肩の力を抜いて楽しめる作品です。

ある程度の設定は知っておいた方がいいけど、誰もがそれなりに楽しめる娯楽重視の作風は夏映画の醍醐味ですしね。逆に、マニアは歯痒い思いをするのかな。

 

本作の大ボスは仮面ライダーにも変身するカリエス。

顔パンパンな人ほど強いという暗黙のセオリーがある『~ガヴ』の世界観に則り(笑)、この人も滅法に強いです。細くてヒョロっちぃ人よりは貫録を感じさせるものの、できれば製作側もそっちの方がいいんだろうな…。

…というウ~ンな第一印象もライダーに変身してからは一変、何しろ声や喋りが本当にカッコ良い。一目惚れならぬ、一耳惚れ状態です(笑)。

演じている世界さんは既にアニメで声優業を経験済みだそうで、なるほど、この手の演技法も嗜んでいるように思えます。発声も問題ないし、いわゆるアニメ芝居にも染まってないのもいい。

劇場版のゲストライダー=1回こっきりの出演に留めておくには勿体なさすぎる才能です。別作品のレギュラーに起用して欲しいなぁ…。

 

本作では、主題歌も担当するFANTASTICSから多くのメンバーが出演しているようです。↑の世界さんも同様ですね。

総じてイケメン揃いなのは言わずもがなですが、中でも本作のキーパーソンであるタオリンを演じる中島颯太さんの好演も見どころです。ひだまりから出てきた時のショウマとの会話シーンは特にいい。

ある意味、あちらの世界のショウマに相当する事を意味しているのか、ルックス(特に髪型)も似ていてね。序盤では顔の見分けが付かず、ショウマ=知念英和さんが二役でも演じているのかと思ってました…(笑)。

にしても、倒れていたところを助けたからタオリン……安定の幸果さんネームだな!

 

同じ顔でも、こっちの世界とあっちの世界でキャラが違うというシチュエーションは、異世界に飛ばされ系のお話でのお約束。

でありながら、ストマック兄妹のキャラは不変というのは、っぽいですね。

そんなストマック兄妹の共闘、これはファンサービス度が高い! 何より、太陽光の下に勢揃いするストマック兄妹なんて本編では絶対に見れませんし(笑)。

ランゴ兄やんは省エネ系アクションですが、他の4人はもうやりたい放題。今のは吹き替えかなー……と思っていたら実は本人だった、というのが随所にあって見どころも多い。グラニュート形態がないのも嬉しいですね。シータとジープもいい暴れっぷり!

 

そして夏映画のお約束と言えば、次に放送するライダーの登場。仮面ライダーゼッツですね。

シンプルなデザインが高評価なようですが、戦闘シーンはまたいつもの感じかと毎年ガッカリします。「ヤベぇピンチだ、じゃ、これを使ってみよう!」というパターン、もうとっくに味がしてないんですよ…。

あと、胸にベルトがあるのが話題になっていますが……あれはベルトとは呼ばない、襷[タスキ]というんだ!

 

そして、当ブログでは必ず紹介する劇場プログラム。

同時上映の『~ゴジュウジャー』も併載して、お値段据え置きの800円でありながら情報量もたっぷりなのでお買い得です。

本作に出演したFANTASTICSメンバーのインタビューはキチンと4人分載っているので、そっち界隈の方も必携アイテムかも?

入場特典として貰ったゴチゾウBOOKは、テレビ版や劇場版に登場したライダーやゴチゾウを紹介した小冊子です。

 

ところで、エンディングではちびっ子の塗り絵コンテストの作品が紹介されます。

そんなのテレビでやるべきものだろ、映画の一部になんかすんな!と思いつつ、それはさておき。

作品とともに入賞(?)者の名前も紹介されるんですが、ちびっ子の名前を“〇〇さま”と表記しているのが違和感MAXでね。

“〇〇ちゃん”“〇〇くん”の方が可愛いし、そもそも“~様”と呼ばれて機嫌が良くなるちびっ子なんていねーだろと。バカへの配慮って本当にメンドくせーよな。

『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー 復活のテガソード』を観てきました。

同時上映の『仮面ライダーガヴ お菓子の家の侵略者』同様、今年はタイトルに”劇場版”というワードは使わないんですね。

 

全スーパー戦隊のロボが力を合わせて滅ぼした厄災クラディス。その生き残りであるペスティスと戦うテガソードは、クラディスにも劣らない強さの前に倒されてしまう。

ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーは、ブライダンの女王テガジューンの導きによりテガソード内に侵入。テガソード復活の鍵となるコア指輪を取り戻すため、ペスティスとの対決に勝利し続けていたが……といったお話。

要約すると、ゴジュウジャーが死んだテガソードを蘇らせようとする話です。

 

ここ数年のスーパー戦隊の映画にははロボ戦がないのが嬉しくもあったんですが、『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』における巨大ロボ=テガソードはお話の上で大きなポジションにあるキャラなので、残念ながらこれをスルーする事はできなかったようです。

言い方を変えれば、それだけテレビ版本編と密接した内容である証でもあるんですがね。

『~ゴジュウジャー』のロボ戦は、素顔の状態でロボに登場するのが新鮮で、このくらいやってくれてようやく退屈を凌げるなと(笑)。個人的にロボ戦を許容できる『特命戦隊ゴーバスターズ』でも、ノーヘルでコクピットに座っている画はクールでしたからね。

セットも目を見張るものがあり、テガソードが敗れる廃墟はかなりいい出来で必見です。まるで聖域[サンクチュアリ]にある十二宮のようじゃないですか!

 

じゃ、ロボ戦がなかったらどうなっていただろうと思えば、ノーワンとのナントカ対決、別名しょーもないコントばかりになってたんだろうね。地獄すぎるだろ。

ただでさえ本編を致命的につまらなくしている要素なのに、劇場版にもこれがあるんだからカンベンしてよ。

 

全人類よ、戦隊になれ。

――そんな本作の惹句(=キャッチコピー)はフカシではなく、クライマックスにも繋がる言葉です。

一見、痛快で熱くなれるシーンですが、長年ファンをやってる人は観点が少し違ってね、演者と特定のスパ戦の結び付きを連想してニヤリとする人も少なくないのでは? 長きに渡って見続けている人の小さな楽しみというか。

手っ取り早い例えとして、管理人=飯島佐織ならタイムレッドとかね。

こういうのはいちいち解説するとダサくなるので、当ブログでは割愛します。まぁ、聞いてもいないのに解説したがる人はいーっぱいいますから、気になる人はそちらで…。

 

夏映画と言えば、そこそこ以上に名が通っている人のゲスト出演は欠かせません。

個人的にお笑い芸人枠はまぁ許せるけど、ユーチューバー枠なんて世の中的にそんなにニーズがあるのかね?と。

そんな、人種として大嫌いなユーチューバー以上に超越してウンザリするのはナカショーですよ…。

こないだのNHKのスパ戦総選挙が布石だったんでしょうか? キャスティングした奴はリストラしてしまえ!

 

それにしても……『~ゴジュウジャー』という作品はスパ戦50周年のアニバーサリー作品として展開されています。

それ故、これはもしや…?という妄想もしましたが、やっぱり&もちろん今年もライダー映画の前座でした…。

せっかくのアニバーサリーの年くらい立場を逆転させてやれよ!と言いたいけど、少なくともテレビ版本編に関しては『~ガヴ』の方が遥かに面白いので…。

 

相変わらず劇場プログラムの情報量は濃厚です。値段も800円と、今年も据え置き価格なのがありがたい!

けっこう前に綴ったのに投稿し忘れていたって事で、『ウルトラマンA』を観終えた感想です。

 

異次元人ヤプールが地球に侵攻してきた。その尖兵として送り込まれる超獣を迎え撃つのは、地球の科学の粋を集めた超兵器で戦うTAC。

その戦いの中、北斗星司と南夕子が命を落とす。他人の命を守るために勇敢な行動を取った若者を死なせるわけに行かない――自分の命を分け与えて二人を蘇らせたのは、5番目のウルトラ兄弟ことウルトラマンA。

TACにスカウトされた北斗と南はウルトラリングの力で合身し、ウルトラマンAとなって地球を守り抜く事を誓う……といったお話。

 

放送開始から半世紀後に、いい歳こいてから『~A』デビューしたわけですが、色々と面白い発見も多く感じる作品でした。

これまで昭和ウルトラマンは再放送や映像ソフトで多々観てきましたが、『~A』(と『ウルトラマンタロウ』)はまともに見た事がなかったんですよ。

 

♪いざゆけ~、いざゆけ~、ウルトラマーンエースー、ぼくらのエエス~♪

小さい頃、↑と歌っている友達に対し、「…プッ、♪たたーかえ~、たたーかえ~、ウルトラマーンエースー、宇宙のエエス~♪が正解だってのに、何テキトーな詞で歌ってんだコイツ」と心の中で冷笑していた、我ながら嫌な子供だった俺ッチです(笑)。

…が、今回初めて見て分かった事なんですが、テレビ版の主題歌では“~僕らのエース”、レコード版は“~宇宙のエース”と、歌詞がやや違うのが原因だったようです。何でだよ。

テレビ版もたまに“~宇宙のエース”版を使う事があるんだからテキトーというか、まさに昭和の大らかさ丸出しで微笑ましいですね。

 

ウルトラマンAと言えば、二人が変身して一人の超人になるのが特徴です。後半では南夕子がいなくなり、北斗星司オンリーで変身するようになるのも有名です。

このあたりの裏話を聞きたがるマニアは今でも存在しているようですが、まぁ当時のスタッフやキャストもフワッとした言い方でしか答えないよね(笑)。

そんな質問をするのはいい大人なんだし、だからこそ少しは察して欲しいものですが…。

そんな事よりも、後半どころか終盤ではウルトラリングを使うシーンもなくなり、危機が迫って逼迫した状況下ではオートで変身するという『帰ってきたウルトラマン』システムを導入した事の方が引っ掛かりますよ。

 

星司&夕子が所属する防衛チーム=TACのメンバーはドラマの根幹となるキャラですから、隊員には個性や魅力を出さねばなりません。

今回、初めて本作を観たわけですが、竜五郎(←“リュウ・ゴロウ”だよ、“タツゴロウ”じゃないよ?)隊長と、これを演じる瑳川哲朗さんに一瞬でシビれました。

何がカッコ良いって、こういうジャンルに出演する俳優は、特に子供に分かりやすい演技を心掛け(させられ)るものですが、瑳川さんに限ってはそんな指導がなかったのか、まるでお堅い刑事ドラマのテンションなんですよ。ギャグシーンもほぼ皆無だし。

それでいて、社歌ならぬ隊歌である『TACの歌』も隊員と共に歌っちゃうような、フランクな一面もあるんだから可愛いですよね(笑)。

昭和~令和を問わず、ウルトラシリーズの防衛チームで一番カッコ良い隊長は?と聞かれれば、竜隊長一択です。

 

これまでの女性隊員と言えば基地で連絡係=留守番役が定番でしたが、この風潮を覆すがごとく、かなり積極的に前線に参加する美川隊員には驚きました。

襟元にブローチを付けているのもオシャレですね、実は爆弾らしいけど(笑)。

そいえば、TACの隊員服って女性隊員用のものにはフリンジが付いてるんですよね。手袋の上からウルトラリングを着けていても怒られないし、TACは身だしなみに寛容なチームでもあるのです。

 

副隊長的なポジションにある山中隊員と言えば2丁拳銃の使い手で、戦闘時には一番目立つオイシイ設定。

星司が新人の頃から厳しく当たる先輩キャラで、『帰ってきたウルトラマン』における郷秀樹と岸田隊員に近い関係性です。こちらは徐々に関係性が良くなりましたが(ヘタすれば南や上野隊員よりも仲が良さそうに見える)、星司&山中隊員の関係は平行線のままです(笑)。

 

いわゆる怪獣を“超獣”と呼ぶのが『~A』独特の世界観。

なら超獣って何?と聞かれれば、ヤプールにより製造(改造?)された巨大生物との事。

つまり、多くの怪獣が地球の大自然から生まれたものであるのに対し、超獣は作られた命を持つものなんですよね。

でも、ヤプールが死んでも超獣はワンサと出てくるじゃない?という疑問も湧きますが、TACも含め、怪獣を超獣呼ばわりしているだけなのかもしれません。確か、超獣は全てエースにやられて打ち止めになったような事を言ってたし…。

…あ、この辺はあくまでテレビ版本編から知り得る情報によるものなので、後にこれらを補完する後付け設定とかも出てるっぽいですが、そっちは知らぬ。

 

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このところ、not国内版も高くなったなぁ。一昨年くらいであれば3000円台で買えたのにね…。

『ダージリン急行』を観ました。

 

父の死をきっかけに再会したフランシス、ピーター、ジャックのホイットマン3兄弟。

長男のフランシスは、インドを走る寝台列車ダージリン急行での旅を通して兄弟の絆を取り戻そうとしていた。父の葬儀にも参加せず、尼僧になったという母に会いに行くのももう一つの目的だ。

久々に一堂に会したものの、どこかギクシャクした彼らは小さなトラブルばかり起こし、挙げ句には列車を追い出されてしまう。

様々な出来事に出くわしながら、3人は修道院にいる母と再会するが……といったお話。

要約すると、旅を通してお互いを理解しようとする3兄弟の話です。

 

…と、粗筋を綴ってみたものの、小さなドラマが積もったような、取り立ててドラマチックな出来事は起こらない系の作品です。

爆笑や号泣できるようなシーンもなく、せいぜいクスッとしたりホロリとする程度。

それほどに地味~な内容ですが、どこか心があったかくなる作品です。

まぁ、他人に勧めても期待している反応が返ってこない作品とも言えますね(笑)。

 

列車に乗って母に会いに行くという目的もある事から、ロードムービー要素もあります。

主人公が旅を通して変化していく様を見守るのはもちろんながら、旅の途中の光景に目を向けるのもロードムービーの副次的な楽しみ方です。

タイトルにもなっているダージリン急行が走る、人間の文明があまり及んでいないインドの風景は癒しを感じます。

大自然だけではなく人造物もどこかアーティスティックで、壁面等に描かれる絵や一つも読めない文字(笑)ですらしばし眺めていられます。おかげで後景に目を奪われ、前景で見せているドラマを見流してしまう事もあったり…。

 

まずは主役であるホイットモア3兄弟が見どころ。

3人集まっている時は和を乱さない程度に仲良くできていますが、その場から誰か一人が席を外すと、残った二人がその人の陰口を叩くような関係性です。

今回の旅行を“心の旅”と称し、一番乗り気なフランシスが一番嫌われているという、現実にもいそうな人っぽいのがまた(笑)。

そんな噛み合わない3人が、川で流されそうになっている子供らを見て、何の言葉も交わさずに助けに行くシーンはいいですね。言ってる事はバラバラでも根っこにあるものは同じという、兄弟特有の以心伝心っぽさを持ち合わせているみたいで。

この一件の後、3人に行動にまとまりが見えてくるのも、どこかほっこりします。

ラスト、バイクで3人乗りするシーンが象徴的です(エイドリアン・ブロディさんの運転技術に拍手!)。

 

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Blu-ray版には、劇場公開時に本作の前に上映されたという前日譚『ホテル・シュバリエ』も収録。

ジャックと恋人がホテルの一室で再会するというだけの短編です。フランシスにやめとけと言われていた彼女ですね(笑)。

この恋人を演じているのは、ななんとナタリー・ポートマンさん。久しく見ていないから気付けませんでしたが、どこか似てるな~と思っていたら、まさかの正解というね。

密かに本編にも1カットだけ登場していますが、エンドクレジットでのキャスト紹介の後半、端役に混じっているその名を見つけられた人ってどれほどいたのかな?

『2010年』を観ました。

 

月で発見された謎の石碑=モノリスの発掘、ディスカバリー号に搭載された人工知能ハルの不調による乗組員の遭難があった2001年。

それから9年。ディスカバリー計画の失敗により宇宙飛行議会の議長を降ろされだフロイドは、ソ連と合同でディスカバリー号の行方を追う計画への参加を依頼される。

ディスカバリー号を設計したカーノウ、ハルを開発したチャンドラと共に、ソ連の宇宙船レオノフ号に搭乗したフロイド。

やがてレオノフ号は、木星付近に漂っているディスカバリー号を発見。カーノウとチャンドラの働きでハルは再稼働、ディスカバリー号も航行可能となった。

そんな折、ハルを通してフロイドの下に、早々にこの場を離れろというメッセージが届く。益体もないメッセージを訝しむフロイドの前に現れた差出人、それはかつてディスカバリー号の船長を務めていたボーマンだった……といったお話。

要約すると、前作『2001年宇宙の旅』で解明されなかった謎を解こうとする話です。

 

今もなお揺るがないSF映画の名作『2001年宇宙の旅』の正統な続編です。

あれを見た人であれば、よくもまぁあんなのとダイレクトに関わりのある作品を作ろうという気になったなーというのが本音なんじゃないかなと。まともな人なら手を出すべきでないと直感的に分かりそうな作品ですからね。

でも、それが世の中に現れたという事は、それなりの自信があった表れでもあるんじゃないかと。

正直、16年も前の作品である前作に見劣りしているところは多々あります。前作の監督であるスタンリー・キューブリックさんも関わっていないのであれば、なおさら格が低いと感じてしまうのも無理はありません。

が、だからって本作を話半分くらいにしか見ないのは勿体ない話で、少なくとも通俗性に関しては本作の方が遥かに上です。

前作って名作には違いないんだろうけど、ぶっちゃけ、よく分かんないじゃないですか(笑)。今作はそんなモヤッと感がなく、スッキリした気持ちで観終えられるんですよ。しっかりエンタメができているんですよね。

傑作とか名作にはほど遠いとしても、少なくとも力作以上の作品である事は間違いありません。

 

 

 

宇宙空間の描写については、先日観た『セロ・グラビティ』と比べてしまうのは残酷ですかね(笑)。

こちらは1984年の作品ですが、当時なりの技術や考証を注いで、やれるだけの事をやっているのは伝わってきます。

宇宙遊泳の緊張感は上手く描けていて、ハラハラ感がよく伝わってきます。

 

現実味はあるけど史実に基づく話ではないので、明らかにキューバ危機を想像させるアメリカとソ連の関係をブッ込むのはチト無粋に思えました。

ただ、これもドラマの一部で、地上(というか地球)では両国が戦争でも始めそうなくらいに対立しているけど、宇宙では両国が共同作業をしている。世界平和に繋がる小さな一歩でもあるんですよね。

両国が協力し合って地球への帰還を果たせるようになると同時に、キューバ危機も回避……というのはご都合的だけど。

 

前作の問題児だった人工知能HAL-9000=ハルは今作でも登場。

ハルの声はダグラス・レインさんが続投、温かみがありながらどこか冷たさも含んだ独特の喋りは今作でも健在です。

そして前作の謎の一つでもあったハルの暴走について、その理由が語られますが……落としどころとしてはあんなモンだろうね。ポリティカルサスペンスっぽくもあるというか。

モノリスと強引に結び付けてファンタジーっぽくせず、あくまでリアルな言い分にしたのは潔いと思います。

でもさぁハル君……あれだけ賢いというか人間臭いんだから、もう少し上手く立ち回れなかったのかね…。要はテンパっちゃったって事でしょ(笑)?

そんなクソ真面目で頑ななハルの、ラストの判断にはホロッとしちゃったよ。

 

そしてボーマンも今作に登場。

なるほど、前作のラストでの超体験がボーマンをあんな風にしちゃったのかと。

モノリス、ハル、そしてボーマンは事態をややこしくさせるばかりの、グルになっているとも言える(笑)キャラですが、ハルはただの仲介役でしかない事はハッキリしました。

あとはボーマンとモノリスの関係ですが、ちょっとリアルさを欠いてるように思えるものの、そこは地球人程度の人知には及ばない奇跡が起こったんでしょう。

この辺は見る人それぞれの解釈が正解だと思います。

 

ハルの現象については説明されたので(チト苦しいけど)、あとはモノリスの問題です。

何かしらの意思がありそうな事は前作でも言及されていましたが、今作ではそれを言語化=我々に分かる言葉で伝える事があるのが分かったくらい。あとは怒らせると怖いとか(笑)。

でも、何だかんだでモノリスの謎は謎のままでいてくれる方がいいんですよ。

無限にある星々の中の一つである地球程度の文明レベルでは分かり得ない、まさに大宇宙の神秘って感じでロマンがあるじゃないですか!

 

主人公であるフロイドを演じるのは、個人的に贔屓にしているロイ・シャイダーさん。

ヒーロー系を演じる事が多いけど、かと言ってド派手な大立ち回りがあるようなアクションではない、普通のオジサンっぽさがいいんですよ。旬を過ぎたヒーローとでもいうかね。

1ミリも共感できない悪役を演じていないのも好印象。

そして、この人の名前がある作品はA級映画から遠ざかるという…(笑)。

 

そしてラストはあまりにも大胆というか、衝撃的すぎてポカーン…。『スター・ウォーズを連想したよ…。

 

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Blu-ray版には当時のメイキングを収録。

原作者アーサー・C・クラークさんも意見を出しているので、やっぱり正統な続編です。

前作で使われたディスカバリー号を始めとするミニチュアの模型や設計図は、監督のスタンリー・キューブリックさんが他の作品への流用を嫌がり、全て廃棄してしまった事が語られます。ちょっとした世界遺産になり得そうなものを、よくもそんな…!

なので、本作で使われるミニチュアは全て新規で作り下ろされたものなんだとか。

ディスカバリー号は前作のデザインに限りなく近付けていますが、それ以外の、いかにも80’sSF映画っぽいセットはシド・ミードさんによるデザインです。そういば、どことなく!

気付けば、そろそろ夏映画が公開される!という事で、ようやく『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』を観始めました。

 

粗筋は意外と入り組んでいるので割愛(もしかしたら熟知できてないかもしんない)。

要約すると、願いが叶う指輪を巡って戦う人たちのお話です。

 

スーパー戦隊シリーズは新シリーズが発表されるたびに、従来のイメージからかけ離れている事から「いよいよ戦隊もネタ切れだな」という意見が出るところまでが1セットというか、毎年の恒例行事です。

が、”ネタ切れ”という言葉はスパ戦にとって最大の褒め言葉なんですよ。それだけ新しい事をやろうとしている気概の表れですからね。

今に思えば『機界戦隊ゼンカイジャー』なんか、あの4体もいつか人間態になるんだろうなーという予測を一蹴するかの如く、あんな設定を一貫させて、よく1年間やりきったものだと感心しますよ。

真のネタ切れとは続編とかスピンオフ作品ですから…。

 

…って事で、7話まで観終えたんですが……なかなか面白くならず困っています(笑)。

『~ゼンカイジャー』や『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』と似たようなベクトルで、“カッコ悪い”とは言わないにしろ“カッコ良くはない”んですよ。変身ヒーロー独特の外連味やカタルシスが薄いというか。

なら、何がカッコ良くないんだ?と聞かれれば、変身前のドラマが良くないんだろうと。コメディはいいけど、オトボケやズッコケばかりなんだよね。

言いたい事は分かるんだけど、脚本もひねくれているというか回りくどくて伝わりにくい。“お節介”の定義があやふやになったりさー。

結果的に地球を守っている事になるものの、我欲に憑かれすぎているところを多めに見せるのも良くないんだろうね。世界を守るのは自分の次というキャラが多すぎる仮面ライダーならウェルカムな設定というか(笑)。

ノーワンとの前半戦のナントカ対決なんて、コントでもやってるのかと(『〜ゼンカイジャー』はこればっかでイヤになった)。

”いざ掴め!”のやつも毎回は要らないし、“掴”というちびっ子には読めなさそうな漢字を見せるあたりにも視聴者層のターゲットを高めに設定している。ちびっ子を念頭に入れていないから、お話や設定をチト複雑にしてもいいという考えが見え隠れするんですよ。

この人はいい人だと直感的には思えない天邪鬼なキャラばかり(これは『王様戦隊キングオージャー』も同様)なのも、ストレートなカッコ良さを感じさせないんですよね。

ついでに言うと、別の音が被さったり絶叫系のセリフが聞き取れない箇所が多いのも不満。

 

スパ戦は5人の戦士たちの個性が描かれるのが魅力の一つです。

それ故キャストも気になるものですが、個人的に真っ先に着目するのは女子キャラです。

だのに……今年は女子がダメすぎるというのが本音です。

普段、芝居の巧拙についてはどうこう言わないんですが、声だけ芝居=変身後とかナレーションが特にマズい。6話の冒頭ナレーションなんて、かなり焦って欲しいレベルだよ。ブーケの人と代わってくれよ。

今やスパ戦やライダーは新人俳優の登竜門と呼ばれるようになり、芝居がヘタっぴなのは若手だから仕方ないと、ある程度は許容される風潮になってきました。

とは言え、彼らはまがりなりにもオーディションを通過して選ばれた人たちです。

ここで思うのは、審査する側はどういう視点でこの人たちを選んだんだろう?と。他にいなかったのかよと。

「あの人って演技ヘタクソすぎるwww」なんて意見を見ますが、それはそうだとしても、そんな人たちをレギュラーに選ぶ側の方が責任が重いんじゃない?

まぁ様々な利害関係が発生する芸能界において、この手のオーディションはフェアなものではないと思っていますがね。

…おっと、話が逸れましたが、ただ一言だけ……早く慣れてくれ!

 

まぁ、そうこう言いつつも、まだ7話しか観ていないのでね。ここから面白くなってくるんだぞと言い聞かせながら観続けてみますよ。

とりあえずは映画館に行くまでに最新話を観終えねば!とノルマを課していますが、こんな調子だからイッキ観が捗らず…。

録り溜めしたディスクを整理してたところ、『アメトーーク!』を撮ったものを発見しましてね。軽い気持ちで見始めたら、これがまぁ面白いんですよ。

調べたら、この辺は8年前のものだったようです。

もはや懐かしいくらいに古い回ですが、出演者の顔ぶれに時代を感じます。今では簡単に見れなくなった人が、何とまぁ多い事よ…!

 

当時、『アメトーーク!』はトークバラエティとして本当に面白く、長続きどころか、雨上がり決死隊のどちらかが生きている限り続いて欲しいと願っていた番組です。

1ミリの興味もないトークテーマであっても、MCとゲストが必ず面白くしてくれましたからね。

 

『アメトーーク!』の良いところは、どんなゲストにも必ず何かしらの見せ場を作ってあげる点にあります。

これと対極的なのが『踊る!さんま御殿』で、自分が贔屓にしている人が初出演するから見てみるかと思いきや、最初に挨拶がてら紹介をしたらそれっきり。

あとは前の方に座ってる顔馴染みの人とばかり喋ってばかりで、その目当ての人の声を聞く事なく番組が終わってたという事が数回ありました(笑)。

新人or若手だから緊張して喋れないなんてのは言い訳にすぎず、自分からグイグイ行くような人でなければあの番組に出る意義はないんですよね。はじめましての人にとっては敷居が高すぎるんですよ。

 

『アメトーーク!』にはそんな事はなく、数人のゲストの中には知名度が低い人や若手もいますが、そんな人にも必ず話を振った上で笑いに繋げるのが巧みなんですよ。

これは特に宮迫博之さんの手腕や気配りによるところが大きいと思っています。ヤフコメあたりに投稿すれば反論だらけになりそうだけど(笑)、客観的に見れる人は認めざるを得ないんじゃないかな。

 

それ故、ホトちゃん一人になってからの『アメトーーク!』の失速感は半端じゃなく思えたものです。まぁ今でも続いてるって事は、そんな風に感じている人は意外に少ないという証左なんでしょうがね。

あれだけ毎週楽しみに見ていたのに、今や年に数回見る程度になってしまいました。お笑い芸人同士の称賛やら技術論みたいな話が増えたように思えるけど、そういう馴れ合いは飲み屋でやってくれよと。

 

それはさておき……あの頃の『アメトーーク!』同様、SP版の繋ぎ番組でもある『ホリケンふれあい旅 にんげんっていいな』の復活も今では難しいかな?

堀内健=ホリケンさんが文字通り大暴れして、傍若無人の限りを尽くすのが好きだったんですよね。

破天荒すぎるホリケンさんの巻き添えを食らっても、みんな笑顔で付き合ってくれるのが微笑ましいんですよ。まさに、“にんげんっていいな”と。

まぁ、番組で流していないところでは、そうでない人も少なからずいたようですが、あれだけの真似をされれば寛容になれない人がいない方が不思議ですし(笑)。

コロナ禍のせいで人と接する事ができない、もしくはしにくい状況になった昨今、復活の見込みは薄いでしょうね。こっちも残念です。

 

近年、レコーダーに録画する風潮が薄まりつつあるなんて話も読みますが、こうして古い番組をいつでも見れるのは自分で録画しておけばこそです。

さて、次は『着信御礼!ケータイ大喜利』でも探すかな…。

『ウルトラマンレオ』を観始めました。

 

ウルトラセブンは海から東京を目指す双子怪獣を食い止めようとしていた。そこに怪獣を従えるマグマ星人も出現、セブンは苦戦を強いられた挙句に重傷を負ってしまう。

そんなセブンの窮地に現れたウルトラマンレオの活躍により、星人と怪獣は退却する。

セブンとレオは、地球人としての姿であるダンとゲンとして邂逅。故郷である獅子座L77星をマグマ星人により滅ぼされたゲンは、ダンが隊長を務める地球防衛チームMACに入隊する。

セブンに変身できなくなったダンに代わり、ゲンは第二の故郷となった愛する地球を守るため、苦しく厳しい戦いに身を投じる……といったお話。

 

現在7話まで観終えましたが……辛い話が多く、ま~暗いのなんの。

レギュラーであるトオル&カオルの父や、MACの隊員や関係者が続々と犠牲になるというハードっぷり。大怪我どころか惨殺ですからね、何とまぁ無慈悲な世界よ。

本作の前に観ていた前作『ウルトラマンタロウ』からの気持ちの切り替えがなかなか難しくてね(笑)。

それだけでなく、主人公であるおゝとりゲン(“おおとり”じゃないんだぜ!)の過去が気の毒なだけでなく、他人に誤解されたり厳しい特訓をやらされたり、主人公がビシビシと鞭で打たれてばかりの、どこか大映ドラマのようなテイストがあるのも魅力です。

 

得てしてこの手の作品は子供に向けたものであるが故に輝く未来を示唆するものですが、本作の場合は絶望に陥ったところから希望を見出す、苦境を乗り越えなければ明るい明日はやって来ないとでも言いたげなんですよね。

『~レオ』という作品はスポ根ものと揶揄されますが、なるほど、努力の先にこそ栄光があるというメッセージはスポ根のそれと同義です。“男”というワードを多用するサブタイトルも熱い!

ゲンが頑張ってるように、自分もこの苦難を乗り越えようと思える子供が多いほど、本作の存在は意義深いものになる。これこそ子供向け番組のあるべき姿なんじゃないかな。

 

一度は敗退しながらも勝利を目指すゲンが、ダンが課する特訓に耐え抜くのがシリーズ序盤のパターン。

そして、この特訓の過酷さがムチャクチャで最高です。理不尽な特訓こそスポ根の醍醐味!

この練習のどこがさっきの怪獣or星人の攻撃とリンクするんだ?と思わせる事もしばしあるものの、そんな疑念など1ミリも抱かないゲンは相当なピュア野郎です(笑)。でも、それはダンに全幅の信頼を寄せている証なんですよね。

「その顔はなんだ、その目はなんだ! その涙はなんだ!」

自分が未熟である悔しさから涙目になるゲンを、ダンは容赦なく叱咤します。これをバネにして強くなっていくのがレオの魅力です。

場当たり的に手に入ったオモチャでパワーアップするニチアサヒーローも、少しは鍛えろ

 

ウルトラマンレオに変身したゲンは、そんな猛特訓の成果を以て怪獣に再戦を挑みます。

子供の頃はレオに光線系の技がないのが不満でしたが、改めて見直すと、むしろ徒手空拳で闘う姿がカッコいいだけでなく健気にも見えます。

なので、敵の角やらトゲを折ってブッ刺して終わるケースが多いです(笑)。

それにしても、西洋彫刻のごときレオのマスクはカッコ良いですね。

ウルトラ兄弟とは異なり、眉が吊り上がったような険しい顔つきが好きです。

 

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国内版の↑↑に比べると多少は画質が劣っているんでしょうけど、所詮は昭和のテレビドラマですからリマスタリングしたところで限界は低いだろうし、↑の方で十分だと思います。安いし。

『ケープ・フィアー』を観ました。

 

弁護士であるサムの前に、14年の刑期を終えたケイディが現れる。

サムの弁護が至らなかった事を未だに深く恨んでいるケイディは、サムの行く先々で姿を現す。

ケイディの嫌がらせは妻子にまでも及び始め、サムは警察の友人や私立探偵の協力を得るものの、刑期中に法を学び、罪にならないギリギリの線を見極めるケイディには警察も手を出せない。

ケイディの策略により濡れ衣を着せられる立場となったサムたちは、身を隠すためケープ・フィアー川にあるボートハウスに向かうが……といったお話。

要約すると、自分が刑務所に送った男に狙われる弁護士の話です。

 

知名度は低いながらも隠れた名作である『恐怖の岬』のリメイク作品です。

基本的にストーリーは同じ、出演していた俳優の客演、原曲に近付けてアレンジした劇伴といった、常にオリジナル版を意識した作風は、特に昨今であれば良作とされるでしょう。いわゆる“オリジナル版へのリスペクト”(ぷぷっ)ってやつが満載だし。

そもそも『恐怖の岬』という作品は知名度が低い(と思う)ので、そういう作品がリメイクを機に再評価されるのはいい傾向です。俺ッチも含め、本作がなければ『恐怖の岬』という作品を知り得る機会なんてなかっただろう?

逆に、誰もが知っているような名作をリメイクする方が不粋に思えます。

 

本作が良作に思えるのは、なるべくオリジナル版に忠実にしただけでなく、ケイディを演じたロバート・デ・ニーロさんによるところが大きいはずです。名前で客を呼べる人ですしね。

デ・ニーロさんはカメレオン俳優と呼んでもいい人で、またそんな役?とマンネリ感を与える事がほとんどないのが好きです。

逆を言うと、どんな役でも節操なく引き受けてしまうのが玉に瑕ですが(笑)。

そんなデ・ニーロさんがケイディを演じるんだから、主役を食っちゃうどころか全てを持ってっちゃうよね。出所後、初めてサムの前に現れた際の映画館での態度からして強烈すぎる!

 

オリジナル版のサムは、あくまで弁護士としての仕事を全うした上でケイディに逆恨みされる姿が気の毒に思えました(グレゴリー・ペックさんが演じているのも大きい)。

これに対し、本作でのサムは割とクズっぽい真似をしているんですよね。ケイディ事件の事実を隠蔽したり、不倫をしてたり(しかも否認をし続けて隠し通すくらい)と清廉潔白と呼ぶにはほど遠い人物です(笑)。

つまり、ケイディはサムという一個人の策略によって陥れられたようなものでもあるんですよ。

この手のスリラー作品の犯罪者は生粋の邪悪だからこそ恐ろしいし、クライマックスのアクションのオチとして殺してもいい理由になるものなのに、サムのエゴが見え隠れするせいでケイディに同情の余地が生まれてしまうのはモヤッとします。

 

崩壊寸前とまでは言わないけど、サムの家庭はかなり冷えています。

ギクシャクしていてる両親を見る娘のダニエルの心は荒み気味で、毎日を退屈しながら暮らしています。悪人だと知っていながらケイディの誘惑に乗ってしまうのは刺激を求めての事なんでしょう。

そんなダニエルの見せ場と言えば、サムの指をしゃぶるとこですね。官能的という言葉がよく似合う、実に印象的な名シーンです。

ダニエルの唇を触るだけでなく、指を入れるのはデ・ニーロさんのアドリブだったようですが、これに対応できてしまうジュリエット・ルイスさんの度胸には驚くべきものがありますね。この後の、恥じらいと罪悪感を混在させたような態度も絶妙!

当のルイスさんに、この撮影が楽しかったと伝えられた監督のマーティン・スコセッシさんとデ・ニーロさんは困惑していたそうです(笑)。

 

オリジナル版の主演だったグレゴリー・ペックさん、ロバート・ミッチャムさん、マーティン・バルサムさんの出演は豪華なファンサービスですね。それぞれ、オリジナル版で演じた役の敵に当たる役を演じているのは、ちょっとしたおふざけ要素なのかな?

 

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Blu-ray版は映像特典多数。スタッフ&キャストが本作を振り返る系のドキュメンタリーです。主要キャストが多めに登場しているのがいいですね。

 

 

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観た、『恐怖の岬』

『ゼロ・グラビティ』を観ました。

 

ベテラン宇宙飛行士のマットのフォローの下、ライアンは初の船外活動に参加していた。

そのさ中、ロシアが自国の人工衛星を破壊し、その破片がこちらに飛来するという通信が入る。高速で飛来する破片によりスペースシャトルは大破し、放り出されたライアンはマットにより救い出される。

通信衛星も破壊されたため救助も期待できず、生き残った二人はお互いをロープで繋ぎ、残り少ない燃料と酸素を頼りにISS=国際宇宙ステーションを目指すが……といったお話。

要約すると、宇宙空間に放り出された二人が生還しようとするお話です。

 

これは映画館で観るべき作品でしたね。

緻密で精細なCGの美しさや、目まぐるしく動き回る画面の激しさは、ドデカい画面で見るほどに息を飲む迫力。

初めて見る際は、スマホみたいな小っせー画面なんかで見ると大損しますよ。

 

宇宙を舞台にした作品でありながら、90分という短さが意外だなぁと。

最初の1カットで数分もあるし、3時間の大作のような仰々しい始まり方にも思えたくらい。

…が、このカットの長さが問題で、全編を通して1カットが長いため、スゲー冗長に思えます。ドキュメンタリーのような生々しさはあるんですがね。

そのせいか、たった90分の作品なのに、けっこう眠くなるんですよ。

よっぽど文学的な香りを漂わせたいようで、多くのカットに隠喩的な表現を含んでいるせいか、どこか説教臭さを感じるというか…。

宇宙を舞台にした冒険活劇という先入観を抱いていたせいで、この落差に肩透かしを食った気分です。

が、内容が分かった以上、2回目からは格段に面白さの質が変わりそうです。

 

たった90分の尺、さらには主要の登場キャラがたった2人というのも稀有ですね。顔が映らないだけで、声や姿だけで登場しているキャラもいますが、それでも10人くらい。

これだけ聞くと安上がりな作品に思えますが、その他諸々に注いでいる技術や考証は大作映画並みである事は想像に難くありません。

つまり、リアルを感じさせるための注力っぷりが半端じゃないんですよ。

 

「現実にはあんな風にならない!」とか言い出す揚げ足取りもいたんでしょうがね、そんな映画というフィクション(もしくは荒唐無稽)の楽しみ方を知らない連中はさておき、少なくとも宇宙になど行った事もない多くの地球人を騙せるくらいのリアルさは、他の作品の追随を許さないまでの出来栄えに思えます。

行った事がないからこそ夢を感じる人も多いですが、本作を観てしまうと冷や水でもブッ掛けられた気分になり、宇宙って怖ぇんだなーと感じます。

「宇宙なんて大嫌い」

というライアンのボヤきには、この上ない説得力が備わっていますね。

本作を観て宇宙に行きたくなる人は、よっぽど肝が据わっている人ですよ(笑)。

ちなみに……映画の中のリアルとは”現実”ではなく、“現実を想起させるもの”と個人的に捉えています。この見境が付かないバカが多くってねー。

 

ところで、ライアンが無重力の船内を泳ぐように移動するカットとか、どうやって撮ってるんだろう?と思わせるくらいに自然に見えるのは、映像技術の進歩あってのものですね。

あれを見て『機動戦士ガンダム』での似たような画を思い出すんですが……ふと思えば、あの様子を映像化したのって『~ガンダム』が史上初なんじゃないでしょうか?

それまでにも現実の無重力状態の映像はあったけど、多くは狭っ苦しいところで体を丸めて浮かんでる程度のものだったでしょうし。

 

ISS内に入り込み、エアロックでライアンが宇宙服を脱ぐカットは『バーバレラ』の名オープニングを思い出しますね。

無重力状態の表現は隔世の感すらあるけど、どんだけ映像技術の差があろうと、男の子ならもちろん『バーバレラ』を取るよな!

 

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配信版は見当たらなかったのて割愛。

Blu-ray版は映像特典が多めで、中でもスペースデブリに関するドキュメンタリーは興味深い内容でした。天災のような人災は宇宙でもあるんだなぁと。

 

撮影風景を綴ったメイキングでは、、サンドラさんとジョージ・クルーニーさんがふざけ合ってる光景が見れます。

ライアンとマットの関係は、サンドラさんとクルーニーさんの関係が根底にあってこそなんだなと思わせます。

 

ライアンの交信相手である“アニンガ”についての映像は、ちょっとした未公開シーンとも言えるかな?