Joon's blog

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支離滅裂

『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』を観ました。

 

インディはドノバンという男より、永遠の命をもたらす聖杯の調査隊が消息を絶った話を聞かされる。調査隊の隊長が父ヘンリーであると知ったインディは、同じ大学に勤めるマーカスと共にヴェネチアに飛ぶ。

ヘンリーの助手を務めていたというエルザと合流したインディらは、聖杯の在り処を示すヒントとなる石板を発見。そこに襲ってきた男の情報から、父が捕らわれているオーストリアのブルンワルド城に向かうインディ。

そこでインディはヘンリーとの再会を果たすも、ヘンリーが聖杯に関する情報を記した手帳をエルザに奪われてしまう。エルザのみならず、そこに現れたドノバンもナチスの手先で……といったお話。

要約すると、ジョーンズ親子が聖杯を探そうとする話です。

 

シリーズ第3弾。

若かりし日の姿や父ヘンリーの登場等、インディの生い立ちが描かれるのは見どころの一つ。

トレードマークの一つでもあるパナマ帽に関するエピソードとか、特に現代のお客にはこういうのが受けますよね。エピソードゼロ商法が蔓延するわけだよ。

そーいや昔、『インディ・ジョーンズ/若き日の大冒険』というテレビシリーズも作られ、日本でも中途半端にテレビ放映されていましたっけね。

DVD化すらされていない現実を鑑みると、まぁそういう事なんでしょうが、割と立派な関連作品なんだから、それなりに需要はあると思うんだけどなぁ。

 

本作のゲストと言えば、やはりヘンリー・ジョーンズを演じるショーン・コネリーさん。

元々は本作は、ジョージ・ルーカスさんやスティーブン・スピルバーグさんらがOO7シリーズのような作品を作りたいという願望から始まった作品ですからね、願ったり叶ったりのキャスティングでしょう。

だからって、コネリーさんをジェームズ・ボンドと同一視すると困惑してしまいます。ボンドは冗談は言うけど、オトボケキャラではありませんから。カモメの大群を飛ばそうとするシーンなんて、ボンドどころか、コネリーさんがあんな真似をしてくれたのが驚きです(笑)。

 

そんなヘンリーは聖杯を見つけ出す事に人生を費やしてきました。

もちろんのごとく、家庭を省みずに研究に没頭するというお約束付きで、インディを未だに子供扱いするあたり、インディの成長を見ていない証左にも思えます。

けど、子供扱いするからこそインディが可愛いし、愛してもいるんですよね。

クライマックス、聖杯に手が届きそうになりながらもインディの身を優先するシーンはホロリと来ました。

 

1作目=『レイダース~』に続き、敵はまたしてもナチス。ナチスの、あの総統がオカルトに傾倒しているという設定でしたからね(笑)。

その尖兵であるドノバンやエルザはインディらと対立しながら聖杯を探しますが、本来の目的はあくまで聖杯(を使って永遠の命)であって、ナチス自体に思い入れが全くない点に関しては、もう少し掘り下げて欲しかったかな? せっかく、エルザがナチスの集会での焚書を目の当たりにし涙するシーンがあったんだし。

 

インディシリーズと言えば、1作目ではヘビ、2作目では虫(やゲテモノ料理)等々、人によってはホラー映画よりも背筋が凍るようなシーンがありますが、今作ではネズミの大群で済んだのが大助かり(?)。

やっぱ最恐は2作目だよな…。

 

こちらもシリーズ恒例ですが、遺跡も見どころです。

↑ペトラ遺跡というそうです。

どうやって建築されたんだろう?と思いを巡らせるのもロマンがありますよね。

まだ地球にはこんな場所があるんだ!と、世界は広いという事を教えてくれるのも、特に洋画のいいところです。

 

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Blu-ray版の映像特典は予告編のみですが、吹き替え音声が2種類収録されています。

 

 

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観た、『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』

観た、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』

観た、『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』

『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』を観ました。

 

1935年の上海。

ラオとの秘宝の取引に失敗したインディは、クラブ歌手のウィリーを巻き込みながら危機を脱出。助手のショートを加えた3人で上海を発つ。

しかし、その飛行機にはラオの手が回っており、罠に掛かってしまったインディらはインドに不時着する。

町へ向かう途中に寄った村で、インディは神と崇められる。村を護る聖石が何者かによって奪われ、インディがそれを取り返す神の使いだというのだ。

聖石がサンカラ・ストーンだと察したインディは、悪党の根城であるパンコット宮殿に向かう。

何事もなく歓迎されるインディらだったが、宮殿の地下では、滅びたはずの邪教集団が怪しい儀式を執り行っていて……といったお話。

 

インディ・ジョーンズシリーズ2作目です。

前作を思い返してみると、砂漠か洞窟→黄土色か黒の画ばかりで、色調としても単調な画が多かったせいか、ちょいちょい飽きそうなシーンもありました。

しかし今作では色々とスケール&パワーアップ、眠くなりそうになるとすぐに次の見せ場が来るので、118分という尺が冗長に感じる事はありません。

 

アクションとしては本作の一番の見せ場である、トロッコのチェイスでしょう。“ジェットコースタームービー”なんて言葉が生まれたのも、本作が発祥である気がします。

1カットで走る距離が長く、スピードも速いんだから、セットもずいぶん大きなものだったんじゃないかな? もちろん実寸大のものだけでないのは、大人なので見抜けてしまいますが(笑)。

見た目のインパクトやアイデアや映像(特撮)技術を含め、映画史に残していいアクションシーンではないでしょうか? それ故、人間を乗せたトロッコが走ってるだけで、本作のパクりだのと揶揄されてしまうのは仕方ないんです。

今の日本人には、あのクイズ番組の最終問題の方が浸透しているかな(笑)?

 

まぁ、所詮は映画というフィクションですからね。その上で本物っぽく見えればいいのは分かりますが……雪山の斜面を滑降するには良かったにしても、パラシュートがないからってゴムボートで降下するのは、何かしらツッコまなきゃいけませんよね(笑)。

よい子だけじゃなく、まともな大人も真似するなよ!

 

インディと共に冒険に向かうのはショート=ショーティーとウィリー、小学生くらいの少年と若めの女性シンガーを引き連れて行くのは賛否両論ありそうですね。

インディが単身でストイックに遺跡を探検する姿が見たい!と思っちゃう人は、インディシリーズとの相性が良くないと思います。

というのも、シリアス一辺倒ではない、息抜きとしてコミカル要素も少なくないのが本シリーズの特徴であり、魅力だと思っています。ビジネス的に考えるとファミリー向けというか。

ウィリーがキャーキャー喚き散らすのが耳障りに感じる人も多いでしょうが、あんな目にばかり遭わされればそうもなろうて(笑)。よくもあれだけの声量で叫びまくるんだから、さすがプロの歌手を自称するだけの事はあるな!

ショーティーの働きぶりも絶妙で、わんぱくな小学生でも真似できそうなくらいの、年相応(より少し上)の活躍に留めているのがいい。いわゆる“大人顔負けの活躍”なんてされると、そんなバカなと興醒めしてしまいますからね。

 

そしてシリーズ恒例の名脇役、虫や爬虫類はもちろんのごとく多数出演です(笑)。

今作では虫が多めで、シーンとしては少ないけど、なかなか画ヅラがキッチぃの何の。10センチくらいあるバッタの亜種とか、誰なんだよキミは?と問いたくなるような、見た事もない種が続々登場。

長っげ~ムカデがウィリーの髪から忍び込む画は、下手なホラー映画よりも背筋が凍ります

これに加え、インディが歓待を受ける食事会のシーンに出てくるゲテモノ料理もキツくって…。

インディシリーズとして面白いのは分かってるんですが、これらのせいで最も再見するのを躊躇ってしまうのが今作です。

 

インディシリーズの影の主役でもある古代遺産。今作におけるそれは、ヌルハチとサンカラストーン。

これらは実在はしたもののマイナーな部類に入る、かつフィクション度が高いアイテムのようです。

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少なくとも↑には載っていませんでした。残念。

余談ながら、インドに落着したインディらは村を経由し、まずはデリーに出ようとしていたようですが、ここには世界遺産にも登録されている錆びない鉄柱があります。

これは13世紀ごろに作られたそうで、今作の時代設定は1935年だから余裕で健在のはず。

今作の事件解決後、デリーに着いたらインディが目を輝かせちゃうかもね。

 

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Blu-ray版の映像特典は、相変わらず予告編のみ。吹替版は2種が収録されています。

ちなみにショーティーの吹き替えは野沢雅子さんが担当していますが、これだけで70年代っぽい雰囲気を感じます(笑)。田中真弓さんだったら80年代かな?

 

 

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観た、『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』

観た、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』

観た、『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』

 

『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』を観ました。

 

1936年のアメリカ。

秘宝を求める冒険をする傍ら,学校では教授という顔も持っている考古学者ジョーンズを訪ね、陸軍情報部がやって来る。オカルトに傾倒するヒトラーが、大いなる力を秘めるアーク=聖櫃の発掘をナチスに指令したようなのだ。
ナチスの先を越しアークを手に入れる事を依頼されたジョーンズは、恩師の娘マリオンと共にカイロに向かう。
ライバルでもある同業者のべロックはナチスと手を組み、ジョーンズの奮闘も空しく、アークはナチスの手に渡ってしまうが……といったお話。

遺跡の謎や罠を潜り抜けて秘宝を手に入れるという作品は多々ありますが、その始祖たる存在がインディ・ジョーンズ(シリーズ)です。このキーをどう使ったら効果が表れるのか?とか、使ったら使ったでトラップが発動するとか、テレビゲーム界にも本作が与えた影響は小さくないでしょう。
俺ッチが愛すゲーム作品『トゥーム・レイダー』も、本作がなければ生まれていたかどうかも知れません。

本シリーズの人気は、タイトルにもなっているインディアナ・ジョーンズというキャラの魅力も相まってのものだと思います。

スティーブン・スピルバーグさん&ジョージ・ルーカスさんが、OO7のような作品を作りたかった事を発端に生まれたのが本作であるのは有名な話です。
インディが常に眉間にシワを寄せてるような真面目漢ではなく、コミカル要素も少なくないあたりに、なるほどジェームズ・ボンド風味が感じられます。

 

インディシリーズのドラマは女っ気が薄いというか、正直、あってもなくてもいい程度のものですが、現時点での最新作である5作目まで観終えると、今作のヒロインであるマリオンは割と大きな存在として注目します。

いてもいなくてもいいけど、いてくれた方がいいんですよ。

遺跡とは天然自然の中に埋もれていったものですからね、そこに住み着く生物が、まるで守護者のごとく存在しています。
その生物とは……みんな大好きクモやヘビ

もう呆れるほどにワンサと登場するので、人によってはホラー映画よりも恐怖を感じるんじゃないかと(笑)。
当時はCGなんてありませんからね、それらの大半は本物なんだと思うと、さらにゾッとしますね。恐怖の説得力が違います。
冒頭から、背中にゴッソリとへばりついた……ヒィィっ…!

 

余談ながら……いわゆるインディ・ジョーンズシリーズは現在のところ公開されているのは、

 ・レイダース 失われたアーク《聖櫃》

 ・インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説

 ・インディ・ジョーンズ 最後の聖戦

 ・インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国

 ・インディ・ジョーンズと運命のダイヤル

の5作。こうして並べてみると1作目に違和感がありますよね。

…しかし、これは古い情報で、令和の現代においては、

 ・インディ・ジョーンズ レイダース 失われたアーク《聖櫃》

が正式タイトルになっているんだってよ? 某シリーズの『新たなる希望』かよ

カンケーないけど、これを調べている際にミョ~なものを発見。

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わっ、寒っ!

狙いすぎのくだらない邦題に釣られて見てみたらドン滑りするヤツですね、きっと。

 

インディシリーズのストーリーと言えば遺跡の発見。今作での最終目的は、タイトルにもなっているアーク=聖櫃。

アークの出自に関しては劇中でも語られていますが、少々フィクションが混じってますね。

ちなみに……アークは日本の徳島県に持ち込まれて、箱の両脇にある持ち運び用の棒があるという形状から、お神輿のルーツにもなっているという説もあるそうです。

そんな大胆な仮説を基にすれば、あるいはインディらが日本にやってくるという展開もあったかも?

…と、急にこんな妙な事を言い出したのも、数年前に買ったこんな本を読んだからです。

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その名の通り、世界中の古代遺跡を紹介するムックです。インディシリーズに登場する遺跡も多々掲載されています。

インディシリーズが好きで、古代遺産や遺跡に興味のある人は持っておいていいものだと思います。

これだけネタがあれば、インディシリーズっていくらでも作れそうなんだよな…。

 

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映像特典は予告編のみのショボ仕様。

吹替版は2種類が収録されています。

 

 

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観た、『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』

観た、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』

観た、『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』

 

『グレートマジンガー対ゲッターロボ』を観ました。

 

地球に飛来した円盤から現れた宇宙怪獣ギルギルガンが都市を襲う。いち早く情報をキャッチした早乙女研究所はゲッターチームを出撃させる。

円盤の情報は科学要塞研究所でもキャッチしていたが、既にゲッターチームが先行しているためグレートマジンガーの出撃を止められた鉄也は苦い顔だ。

ギルギルガンはあまりにも強く、ゲッターチームが合体させるゲッターロボでは歯が立たず、後に到着したグレートマジンガー共々撤退を余儀なくされる。

科学要塞研究所の兜博士と早乙女研究所の早乙女博士は、ギルギルガンを無人島に誘い込み、グレートマジンガーとゲッターロボの力を合わせて戦う事を提案し……といったお話。

要約すると、グレートマジンガーとゲッターロボが共闘する話です。

 

劇場版マジンガーシリーズ第3作。

もしくは、マジンガーと永井豪さん作品のヒーロー(ロボ)が共闘する、“ダイナミックコラボシリーズ”とでも呼べばいいかな(笑)?

 

『マジンガーZ対デビルマン』『マジンガーZ対暗黒大将軍』と、熱いドラマが展開されるシリーズの次作という事で、否応なしにも期待値が高まるところですが、パワーダウンの感が否めません。

前2作の尺が43分だったのに対し、本作は30分と、おおよそ3割も短縮されているのが大きな理由じゃないかと。

ロボット描写が人気の要因だっただろうし、そこはガッツリ見せなきゃならない。だったら省くのは人間ドラマしかない、という発想に至ってしまったんだろうなと推察します。

まぁ所詮はガキ向け作品、いい歳こいた大人が大マジになって見ているのが異端視されていた時代であれば仕方あるまいね。

本作は東映まんがまつりという企画内として公開された1本ですが、他に5作(!)も併映していた事を考えれば、どれか1作を削って本作に尺を充ててもらえれば後年の評価も高まっただろうに…。

 

『グレートマジンガー対ゲッターロボ』というタイトル通り、まずは両者の対立から始まります。

グレートマジンガーに乗る鉄也とゲッターチームの竜馬たちは、お互いを出し抜いて喜ぶようなバチバチな関係です。

テレビ版『グレートマジンガー』を見る限り、鉄也に関しては割と性格が歪んでいるので(笑)、ある意味においては不自然を感じない設定です(兜甲児にすら妬みの感情を抱いていたし)。

そこから紆余曲折を経て、固い友情で結ばれる展開を想像(というより期待)するところですが、クソ肝心なこの部分が省かれてしまっている。

それどころか、両者が直で顔を合わせる事がないのもドラマ性の薄さを露呈しています。モニター越しですら見てないし…。

グレートとゲッターが握手を交わす前に、まずは乗り手の心が通い合ってからでしょうと。剣造と早乙女博士の握手シーンですら熱くなれるのに。

準備稿があったとしたら、どんなストーリーになっていたんだろうなぁ。

 

お話に関しては時間的な制約のせいだと割り切るにして、ビジュアル面は前2作に劣らずイイ感じです。

作画監督が小松原一男さんのおかげか、キャラの顔も安定しているだけでなく魅力的にすら見えます。

そして、シネスコサイズの画角をフル活用する画作りは今作でも健在。

中でも驚けるのは、例えばブレーンコンドルから始まるグレートマジンガーの発進シーンで、テレビ版のバンクシーンを使い回しそうなところを、画角に合わせるためにわざわざ描き起こしているんだから、これは贅沢! 実写映画にも負けないこだわりが嬉しいですね。

ブレーンコンドルと言えば、グレートの修理が完了し、既にブレーンコンドルがファイヤーオンしてある状態で鉄也がコクピットに乗り込むシーンはレアというか、初めて見た気がします。テレビ版では、どんな状況でもマメにファイヤーオンしてましたからね(笑)。

 

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Blu-ray版は大傑作たる前2作も収録していてお得です。映像特典は予告編のみ。

『アギト―超能力戦争―』を観てきました。

 

不可解な殺人事件の現場に立ち会った警視正の尾室は、かつての上司だった小沢と数年ぶりの再会を果たす。

25年前、警視庁は未確認生命体=アンノウンによる超能力犯罪に対抗するため特殊武装班=Gユニットを発足。そこに所属していたのが小沢と尾室、そして特殊装甲服=G3を装着してアンノウンと戦った氷川だった。

先の殺人はアンノウンに代わる何者かによる超能力者たちによるもので、犠牲者は増える一方。Gユニットのメンバーであるるり子が装着するG6の力でも新たな脅威には対抗できないと察した小沢は氷川の協力を求める。

しかし氷川は殺人の容疑で刑務所に収監され、そして“アギト”の力を以てアンノウンと戦っていたもう一人の男、翔一もその能力を失っていて……といったお話。

要約すると、警視庁が超能力犯罪者に立ち向かう話です。

 

テレビ番組『仮面ライダーアギト』の25年ぶりの続編が作られるだけでも喜ばしいですが、劇場用映画として全国公開されるのはちょっとした驚きです。“ウン十年ぶりの続編”という時点でコアな内容=分かる人にしか分からない、すなわち万人が見たがる気にはならないでしょうから…。

それを映画として昇華できたのは、ハッキリ言わずとも要潤さんの知名度があってのものです。要さんが欠けてたら、良くてもVシネクストで終わってただろうなぁ。


昨今の仮面ライダー作品には対象年齢を設ける事がままあり、いい歳こいた大人が子供のオモチャを取り上げて遊ぶようでスゲー嫌いです。本作もPG-12の指定があるのがイラッ。

子供が見れない仮面ライダーなんてあっちゃならねぇんだよ。

が、本作の正式タイトルは『アギト―超能力戦争―』であり、“仮面ライダーアギト―超能力戦争―”ではありません。

なるほど、“仮面ライダー”を外せば、仮面ライダー=子供向けという図式を壊せるなと。そう思い込んで、先の不満を和らがせよう…。

 

仮面ライダー作品でありながらも、タイトルから“仮面ライダー”を外すという英断を下した本作。

大人に向けた作品に仕上がっているんだろうと想像しながら観進めましたが、ドラマ要素がだいぶ強めだったのは好印象。別名、子供がグズりだしそうなやつ(笑)。

ではありながら、終盤に近付くに連れ、やっぱりいつもの“仮面ライダー”作品になってきちゃうんだよなぁ…。

 

かつ、前作=テレビ版『仮面ライダーアギト』を見ていた人ほど見どころが多く感じるはずです。主にはレギュラーキャラのその後とかね。

そして思い返してみると、『仮面ライダーアギト』という作品はGユニットが主役の話だったんだなと気付かされました。

Gユニットは人知の集大成たる組織で、関係者は我々と同じ人間です。

主人公はタイトルにもなっているアギト(=翔一)ですが、超能力めいた力を持っている時点で人間とはかけ離れた存在。アギトやらアンノウンやら、あちらでは次元が違いすぎる話を進めてるけど、超人的な力がなかろうが人間は人間としてできる事をやらねばならない。

その愚直さを体現しているのが氷川なんですよね。G3を装着しなければ平凡(より少々上)程度の力しかないし。

そんな氷川に感情移入しやすいのは、見ている我々も同じ人間だからでしょう。そういう意味においても、氷川が主人公になるのは必然でもあるんです。

ついでに言うと、氷川の上司が女性なのも絶妙で、小沢澄子を演じる藤田瞳子さんは最大級のハマり役!

 

Gユニットの新メンバー、るり子はなかなか面白いキャラでした。

ギャルマインドを持つ婦警という変なキャラも、演じるゆうちゃみさんのイメージに合っていてインパクトもあります。

ガキだのババアだのといった汚めのワードを使っても腹を立たせないのは、この人と毒蝮三太夫さんくらいなものですよ(笑)。

婦警みたいな制服にスニーカーってのも、行動派キャラである事を象徴するいい演出。

そんなるり子は終盤に容貌が変わりますが、根が熱い正義感だからこそ他の連中とは異なる姿になったんだろうと解釈。そういう説明、何もないからね…。

 

脚本はテレビ版と同じく井上敏樹さん。

この時点で100点満点の作品にはならないだろうという推測は的中しました(笑)。

嫌味なキャラを、嫌な嫌な嫌な奴として吐かせる台詞には相変わらず光るものがありますが、ストーリー全体の構成は雑だし、この手の作品には不可欠な説明やディテールは省いてしまう。

満を持して氷川君がG7を装着!というワクワク感を抱いていた人、何を言いたいか分かるでしょ? ライジングイクサ初登場を思い出したよ。

ついでに言うと、『春が来た』を歌う奴だの、卓球のラケットを使う奴だのといった悪の超能力者のキャラ設定が平成すぎてね。いつまでそんな事やってんの?と、寒い思いをしましたよ…。

大人向けにするのは結構だけど、大人が見るほど突っ込まずにはいられない不自然や矛盾が多いんだから、スタッフも“大先生”とか呼んでてへぇこらしてねーで、しっかりダメ出ししろよと言いたいですね。

 

といった感じで惜しかった点はいくつもありますが(笑)、その中の一つとして、あかつき号に関する台詞は一つくらい欲しかったですね。

「○○(俺ッチ)君、仮面ライダー見てるよね? 子供と見てるんだけど、あかつき号で何があったの?」

放送当時、先輩からこんな質問をされた事がありました。もちろん答えられるはずもなく(笑)。

と同時に、子供と一緒に見ていた親の方がハマるというのはこういう事なんだろうなと。

謎が生じるたび“あかつき号”というワードが頻出するもものの、その実態がなかなか明らかにならない。

しっかり追いかけてはいないにしろ、割と気に掛けていた程度の人にとっては、あかつき号という響きは懐かしさを感じるんじゃないかな?

この頃=『~アギト』から『仮面ライダー剣』あたりは連ドラ要素が強いのが面白かったんだよな。『仮面ライダーW』以降に顕著な、2話完結式ばかりじゃ長続きさせられないよ。

 

…とまぁ、総括すれば及第点はクリアしていると思います。

厳しめに聞こえるところが多いのは、あくまで俺ッチが求めているものとのズレなので、多くの人は気にせず楽しめると思います。30代あたりまでなら喜べるんじゃないかな?

 

そして当ブログお馴染み、劇場プログラムについて。

お値段990円。

デカい写真を使ったキャラ紹介やキャスト&スタッフのインタビューが載っていて、情報量は多め。

要さんのインタビューを読む限り、本作は飲み会での軽いノリから始まった企画だったようで(笑)。それでも映画という規模にまで話をデカくできたのは、キャスト&スタッフの思い入れが強いからなんでしょうね。

 

あと、金子昇さんが賀集さんと要さんに挟まれた写真がありました。金子さんは刑務官の一人として出演していたようです。

思えば『~アギト』は『百獣戦隊ガオレンジャー』と同時期に放送していたと同時に、スーパー戦隊&ライダーの夏映画が毎年の恒例となる最初の作品でもあるんですよね。

そんな同期の3ショットが必見の1冊!と言いたいところだけど、既にSNSかなんかに載ってるんだろうなぁ。

『私の中のあなた』を観ました。

 

サラとブライアンの子としてフィッツジェラルド家に生まれた長女ケイト、長男ジェシー、そして次女アナ。

ある日、弁護士キャンベルは、なけなしの金を持ってやってきたアナの依頼内容を聞いて驚愕する。

白血病を患ったケイトに適合する血液や臓器を分け与えるため、遺伝子操作によって生まれたアナは大好きなケイトを救うため、産まれてから11歳の今日まで幾多の苦痛に耐えてきた。

そんなアナが自分の体を守るため、これ以上の臓器提供を拒否しようと両親を訴えたいというのだ。

これを機にフィッツジェラルド家に生じた軋轢、特にケイトを救うため全力を注いできたサラにとっては寝耳に水で、休職していた弁護士に復帰してまでキャンベルやアナと戦おうとする。

自分が臓器の提供を拒めばケイトの死が近付く事を知りつつも、アナが下した決断とは……といったお話。

要約すると、姉のドナーとして生きる事を拒否した妹が両親を訴える話です。

 

…といった粗筋を一読しただけで胸クソ悪くなる人も少なくないんじゃないかな?

産まれた子が大病を患ったとして、血液型やら何やらで適合するドナーがなかなかいない、だったら遺伝子操作であろうが新たに子供を作って、その子をドナーにすればいいじゃん?といった考えなんですから…。

アナも自虐していましたが、つまりは人体のスペアパーツになるために創られた命なんですよ。

医者が可能性としての提言をしたとしても、それを鵜呑みにして新たな命を創るには、よっぽど人間としてのモラルをかなぐり捨てなきゃできません。

本作の発端はケイトに訪れた不幸だけではなく、モラルハザード気味の夫婦の鬼畜気味な発想にあるのです。

あまり話題に上がらない作品ですが、ヤフコメ民あたりには食い付きが良さそうなお話です(笑)。

 

ケイトを救いたい気持ちはブライアンよりサラの方が圧倒的に強く、そのためなら結果としてアナを犠牲とする事も厭わない(だからってアナに対し憎悪の感はない)。

子供が二人以上いたとして、それらを平等に愛しているとか言ってしまうのは平凡なファミリードラマですが、それはおそらく綺麗事です。

親が子供を愛するのは当たり前とは言え、複数いる子供らを平等に愛するのってスゲー難しいんじゃないでしょうか? しないように心掛けても、贔屓はどうしても生じるんじゃないかなと思うんですよ。

一見すればサラこそが諸悪の根源に見えがちですが、二人以上の子供を抱える親の立場で見れば、現実で口に出しちゃいけない本音を体現しているとして共感を得られる……かな?

 

独善的な人間ばかりが登場する愛憎劇にも思えるストーリーに思えますが、実際に登場するキャラはみんな優しい人ばかりで、悲しすぎる話に温かみを与えてくれます。

得てして法定絡みの作品にはギラギラしたキャラが多いものですが、アナの弁護を引き受けるキャンベルや、半年前に娘を亡くした判事のデ・サルヴォらに打算はなく、あくまで人間の情に基づいた仕事ぶりを見せてくれるのが良いんです。そこまでのキーパーソンではないけど、この2人は人間味があって好きです。

 

主には若い人に向けているんでしょうかね、随所にある抒情的なシーンに流行り歌を流しちゃうのが軽っりぃな~と感じます。時系列をゴチャつかせる小細工もチト無粋。

重いテーマを扱っているんだから、もっと直球勝負で万人が楽しめる見せ方にした方が良かったのにな。

女子供に媚びてお洒落ムービーを気取らなくてもいいんですよ。

 

サラを演じるのはキャメロン・ディアスさん。

かつてはメグ・ライアンさんに次ぐロマコメ女王のポジションにあったキャメロンさんですが、歳を取りながら出演作も増え続け、演技派にシフトしてきた頃の作品です(ちなみに2009年の作品)。

懐かしさすら感じるジェイソン・パトリックさんや、貫禄が付いたアレック・ボールドウィンさん、個人的に巧いと感じたジョーン・キューザックさんといったベテラン勢が脇を固めているので、若くない人にも見どころがあると思います。

 

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Blu-ray版の映像特典はメイキングや未公開シーンを収録。

未公開シーンの中にある、ブライアンに抱っこされるくらいに幼いアナが手術を嫌がるシーンは心苦しすぎる…!

「フラットベースって使いどころも分かんないし、要らなくない?」といった旨の記事を綴りましたが、ここに来て出番が必要な場面に遭遇しました。

 

現在『EG νガンダム』を塗っていまして、V字アンテナ=ブレードを塗っていたら、どんだけ吹いてもエッジ部にサッパリ色が乗らない。

正確には、塗料がエッジ部を逃げて平面にばかり溜まってしまう(=表面張力?)という、先の記事で例えた状況そのまんまです。エア圧やら希釈率やら、何かしらの問題があったんでしょうが、このまま続ければ気泡ができたりタレたりするのは目に見えているので、一時中断してシンキングタイム。

その時の写真を撮らんかい!とツッコまれそうですが、テンパってる時にゃそんな発想なんか思いも付かぬものさね。

 

そこで塗料にフラットベースを混ぜてみたところ、

どうにか満遍なく塗れました、ホッ。

こういう形状にツヤ有り塗料はNGですね。

この後はスミ入れですが、念のためにクリヤーを吹く手間が増えちゃったのは仕方ないとしよう…。

 

…と、事なきを得て、フラットベースの有難味を知っただけでなく、使えないからって安直にポイッとしなくて良かったなという話です。

とは言え……その他での使いどころは、やっぱり見い出せないなぁ(笑)。

 

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しかしホント、どんだけ回数を重ねても新しいトラブルやアクシデントに遭遇するんだから、本当にエアブラシは難しい。

未だ初心者と中級者の境を行ったり来たりしているようで、我ながら進歩しないなとプチ自己嫌悪です。

…だからって、まだまだ止めねーけどな!

『ブラック・ジャック KARTE6 雪の夜ばなし、恋姫』を観ました。

 

ブラック・ジャック=BJの元に、2年前に発送された郵送物が届く。そこには妻の治療を依頼するための大金と、差出人である種田三郎が住む村への地図が入っていた。

ピノコと共に現地に向かったBJの車は吹雪に遭遇。周囲を雪に覆われ立ち往生してしまったついでに、仮眠を取るBJ…。

近くの寺に住む尼僧の薫にピノコを預け、BJは村に向かう。そこに現れた武者姿の男、種田三郎左衛門に連れられたBJは発作に苦しむ女と出会う。女は池端家の唯一の生き残りでもある姫だった。

姫を側室として強引に迎え入れようとする六条寺家は小国にすぎない池端家を追い込む。

先の寺にいた薫は六条寺の正室であり、六条寺への当て付けに、姫を亡きものにしようと企んでいた。

姫の治療に専念するBJは、否応なしに両家の争いに巻き込まれ……といったお話。

要約すると、BJが戦国時代にタイムスリップしてしまう話です。

 

シリーズ第6作にして、まさかBJが戦国時代にタイムスリップしてしまうとは。

どうやらアニメオリジナルのストーリーなようで、すなわち出崎統さんのイズム全開の変化球気味なストーリー。

…が、変化球ではあっても暴投はしないのが出崎さん。今作も見応えのある作品になっているのは間違いありません。

 

主たるストーリーは池端家と六条寺家との争いで、池端家の姫が六条寺の側室になる事を拒んだのが騒動の発端。

無理にでも姫を側室入りさせるため、池端家を壊滅に追いやろうとする六条寺。

それに対抗し、姫を守ろうとする家臣の三郎左衛門。

正室である事を無視され、密かに六条寺への謀反を企む薫と、従順な側近のあぶ丸。

…と、割と多めのキャラが相関する愛憎劇で、今作ではBJの影がやや薄く、狂言回しのようなポジションに回っています。

 

その中でも、一番の見どころは姫と三郎左衛門の関係。

姫に想いを寄せられ、それを受け入れていれば六条寺とのイザコザも起こらなかったであろうけど、自分の気持ちを抑えて身を引く三郎左衛門の健気さがいじらしくてね。

家臣としての役目を果たすため、かつ身分の差を負い目に感じてしまう実直な男なのです。見た目としては姫と1.5~2倍は違うであろう歳の差も気にしてたのかもしんないけど(笑)。

そして、しがらみを捨てた三郎左衛門の、心を決めた男のカッコ良さに熱くなります。ちょっとウルッと来ちゃったよ。

そんな二人が迎える結末はいかにも出崎節って感じで辛くなりますが、その後日談(?)まで観ればキチンと救いがある事に胸を撫で下ろします。

 

何でBJがそんな状況にあるの?という答えは、まぁ……反則呼ばわりされるアレですよ(笑)。

特に語られる事はありませんが、あの御神木の仕業なんでしょうね。

もともと『ブラック・ジャック』はリアル(もしくはメッセージの強さ)とファンタジーが混在する世界でもあるから、今作では後者の要素が色濃いだけなんですよ。

 

ストーリーだけでなく、作画や芝居のレベルの高さは相変わらず。

ベテラン声優も遠慮なく起用し(従来のアニメ作品からかけ離れた芝居に聞こえる)、かなり贅沢なシリーズでもあるんですよ。

作画に関して、レベルは高いけど杉野昭夫さんの絵には僅かに似てないかな?

 

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Blu-ray版は日本語字幕が収録されているのが地味に嬉しいポイント。

今作のような時代劇特有の、現代ではあまり使われない言葉を字幕で知れるのは勉強になりますね。

 

 

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観た、『ブラック・ジャック #1 流氷、キマイラの男』

観た、『ブラック・ジャック #2 葬列遊戯』

観た、『ブラック・ジャック #3 マリア達の勲章』

観た、『ブラック・ジャック #4 拒食、ふたりの黒い医者』

観た、『ブラック・ジャック #5 サンメリーダの鴞』

観た、『ブラック・ジャック #6 雪の夜ばなし、恋姫』

『ロケッティア』を観ました。

 

1938年のアメリカ。

レースパイロットのクリフは飛行中に銃撃戦に巻き込まれ被弾、何とか不時着するも飛行機はオシャカになってしまう。

その上、恋人のジェニーとも些細な口論からケンカに発展してしまうという災難続き。

明くる日、クリフはボロボロになった飛行機の操縦席から小型のロケットを発見する。それが背中に背負うロケットパックだと気付き、メカマンのピーヴィーにより改良を加え、自在に空を飛ぶヒーロー、ロケッティアが誕生する。

しかし、そのロケットパックを巡り、FBIや映画スターのネヴィルらIから追われるクリフ。そしてジェニーにも奴らの魔手が迫り……といったお話。

 

仮面ヒーローって事で、ロケッティアになって百万馬力!と思い込みがちですが、単にロケットパックの恩恵によって空を飛べるようになっただけというシンプルさが良いんですよ。

クリフの基礎体力(&腕力)が強いだけで、それ以外に超人的な能力が身に付く事はないのがいいんですよ。悪人をバッタバッタと薙ぎ倒すようなシーンを期待していると肩透かしを食います。

本作がヒットしていなかったとすれば、その辺の痛快感がなかったのが要因だったのかな?

単純明快な冒険活劇として楽しめる、けっこう好きな作品です。

 

ネヴィルが何のためにロケットパックを盗もうとするのか、セリフとして語らないのがスマートですね。

とりあえず映像を流すから、それを見て想像してねという感じですが、一目瞭然の分かりやすい映像です。

時代背景としては、まだ第2次世界大戦が始まる前だったんだよね。

 

久々に観て思ったのは、CGがない(もしくは少ない)点が意外でした。なるほど91年の作品であれば、そんなものかな?

ちょっとぎこちなさが見え隠れするシーンもありますが、そのほとんどが本物。ロケッティア初出陣(?)の、自分の代わりに飛行機に乗ったマルカムを救出する際のダイビングとか、サラッとしか見せていない割に、ずいぶん体を張ったスタントをしているなーと驚かせてくれます。

飛行アクションを多めに、ビジュアル面をもっとド派手にすればリメイクもしやすい作品だとも思うんだけどね。

 

本作の見どころの一つと言えば、ジェニーを演じるジェニファー・コネリーさん。

当時は現役バリバリのアニメバカで、アニメ以外に関しては視野狭窄気味だった俺ッチですら、出たての頃のジェニファーさんが日本でも話題になっていたのは覚えています。

そんなジェニファーさんが、すっかりオトナになって、綺麗になった姿を拝めるだけでも本作の存在は実に意義がありますよね!

どうオトナになってるかは……劇中でジェニーに向ける(敵側の)男たちの言動を見れば分かるかな? まぁ、我々のような男性諸氏が一目瞭然ながら、ひっそり感じている事を代弁してくれます(笑)。

 

主役のクリフを演じるビル・キャンベルさんもカッコ良いんだよねぇ。純朴そうな、田舎のトッポい(←死語)アンちゃんみたいな感じが良いんですよ。

ヒコーキ野郎ではあるけど、何事に際してもジェニーを第一に考え、後先も考えずに突っ走る単純さも好き(笑)。

余談ながら、『ハムナプトラ』の頃のブレンダン・フレーザーさんのルックスを見るたび、どことなく、この人を連想していたものです。

そんなキャンベルさん、本作以降はほとんど知名度が上がるような作品には出演していないようで、ちょっと残念…。

とは言え、確かジェニファーさんとお付き合いしてた時期があったから、少なからずのラッキーはあったんでしょうけど。

あの頃の、フィービー・ケイツさんやソフィー・マルソーさんに憧れていた昭和のマセガキからすれば、「ジェニファー・コネリーが公私ともに彼女とか羨ましすぎる!」とか思っただろうね。

 

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映像特典は一切なし、せいぜい吹き替え音声がある程度のド最低限仕様です。

『北斗の拳 -FIST OF THE NORTH STAR-』が始まりましたね。

 

核の炎に包まれ、荒廃した世界。死滅を免れた人類は生き延びる事に貪欲になり、暴力と略奪が力なき者を支配していた。

水を求めて小さな村に流れ着いたケン。村の長老はケンの胸にある七つの傷を見て不吉を覚える。

そんな折、水や食料を奪おうとするジードの一味が村を襲う。少女リンが殺されそうになった時、ケンの怒りが爆発。北斗神拳という暗殺拳の使い手だったケンはジードたちを一網打尽にし、村は救われた。

村を後にし、旅を続けるケン。その先にはケンを待ち受ける男が……といったお話。

 

今や国民レベルで周知された作品の、ちゃんと数えれば何回目だよと言いたくなるくらいの(笑)再びのアニメ化です。

何しろ原作がああまで線が多くて緻密な画風ですからね、それを動かさなきゃならないんだから、アニメ屋さんはやりたがらないんじゃないかな?

「仕事、持ってきたよ!」

「良かった~、どんな作品?」

「『北斗の拳』!」

「ええ…」

という現場の空気を想像してしまいます(笑)。

 

CGに頼らざるを得ないのは先刻承知ながら、CGと手描きを併用した上で見分けが付きにくいのは良かったです。

…と言ってる時点で手描き部分もあるんだろうと思い込んでいますが(あるよね?)。

ただね~、手描きだからこそキャラの表情に変化を付けて欲しいんですよ。

まだ1話なのでキャラが固まってないのもあるけど(笑)、初めの頃はケンも柔らかい笑顔を見せていたんですよね(後にも薄いながら笑顔がない事はない)。

この逆として、

こういう烈しい表情もあり、相当に怒っているのは一目瞭然。

が、本作ではこれらが表現できていません。

漫画においてデカいコマを使っている画ほど、インパクトを与えた上で読者の感情を震わすシーンでもあるんだから、特に注力せにゃならない部分だと思うんです。

そういう所を手描きでやって見せて欲しいんですよ。

CG(モデル)はデッサンが正確なまま滑らかに動かせられるけど、顔の表情の変化はまるでダメ。感情の機微というか“情”の表現は未来永劫にできないんじゃないかと感じるようになりました。

総じて人形劇、もしくはゲームみたいなビジュアルなんですよ。

 

エンディングに『愛をとりもどせ!』を使う嫌らしさは想定内で、あとはどんな人が歌うかですが、Toshiさんが担当しているんですね。

昨今はどんな人がアニメ作品に携わっても偏見が生じない時代になったとは言え、これはなかなかの人選。

…とは言え、アレンジやボーカルの軽っり~感じが今風で失笑したけど、それは前半に限っての話。後半のド高音、特に♪お前は旅立ち~♪とか♪見たくはないさ~♪のあたりはToshiさんの真骨頂!

そして、クリスタルキングによるオリジナル版は低音と高音のバランスで成り立っていたんだなと、つくづく実感。

 

1話を観ていて、そういや原作でも似たような台詞があったなと思う事が多かったので、実際に原作を片手に見直してみたところ、9割が一語一句も変えない原作そのまんまのものでした。

こんなのを見知りすると、わざわざ脚本家なんか雇わなくていいじゃんとすら思えます。

声優が持つスマホに原作の電子書籍をダウンロードさせて、それを台本代わりにでもすれば、わざわざ台本を製本するためのコストが浮くじゃん?なんて皮肉が通じちゃいそうなほど(笑)。

かつ、カット画も漫画のそれとほぼほぼ同じで、絵コンテとしても流用できそうなほど。

もちろん実際は映像作品として定尺通りに収めるため、複雑で緻密な計算がなされた上で作られているのは想像できるとは言え、ただ見るだけの享受する側からすれば、特に漫画を原作としたアニメ作りってずいぶんチョロい仕事だなとすら感じてしまいます。

 

それ故、原作を読んでいてセリフの情感や動きを自分なりに想像できる人にとっては何も面白くない作品です。出演者もそこかしこで名前を見る人ばかりだし、脳内再生も容易いでしょ。

これは常々思っている事で、特に漫画に関して、映像作品になる事が究極的な目的と思われている風潮がありますが、わざわざ形態(=メディア)を変えて進化させる必要はないんだよね。

個人的には漫画の実写化より、本作のような、ただ音と動きを付けただけにしか見えないアニメ化の方がよっぽどつまらなく感じます。

原作改変を悪と見なす連中に媚びながら作っているようにしか見えないんですよ。

 

――という事で、途中で脱落しそうな予感しかありません(タイミング的にはユリアが出てきた頃かな)。

あんな調子で原作と同じ事しかやらないんだったら、原作を引っ張り出して読み込みます

まぁ、漫画版を読む機会がない人は本作を見ておけばいいと思います。

そういえば、毎週2話づつ放送するのは地味にありがたいですね。

 

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観るけど…『北斗の拳 -FIST OF THE NORTH STAR-』