※「白血病からの社会復帰」シリーズが初めての方は、コチラ の「連載を始めるにあたって」を先にお読みください
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前回(第79話) の続きです。
「発病前のキャリア~発病~闘病~そして社会復帰」と順に、キャリアコンサルタント目線も添えてお伝えしています。
※なぜ闘病からお伝えしているかは、こちらへ
※これまでのお話の詳細は、目次1 、目次2 、目次3 へ
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(これまでのあらすじ)
1話~79話までのお話は、あらすじ1 、あらすじ2 、あらすじ3 、あらすじ4 、あらすじ5 をご覧ください。
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(今日のお話)
長かった・・・・。
2001年9月11日、急性骨髄性白血病で緊急入院(第5話) し、その4日後には、間質性肺炎で「3日間がヤマです」 の危機。
その後も、治療できないかも!?(第12話) と言う危機の中、一か八かで治療を再開し、ドナーさんが見つかって(第26話) 、ハイリスクハイリターンの骨髄移植に踏み切るかどうか悩みに悩んで(第27話) 。
移植を決意した直後に(第33話) 、また新たな壁が立ちはだかって(第38話) 、、、。
2002年7月の骨髄移植後も、波乱つづき(第71話) (第76話) (第78話) 。
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2002年12月。
クリスマス直前、退院が決まりました
しかし、退院日が決まっても、本当に退院するまでは、安心できない私がいました。
まだ、移植後のGVHD (拒絶反応のようなもの)を押さえるため、免疫抑制剤を飲んでいましたし、白血球も、まだ赤ちゃん白血球状態。
いつ、また重大な感染症にかかっても、おかしくありませんでしたから。
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本当に本当に、波乱つづきの1年4カ月の入院生活でしたが、この時は、予定通り退院することができました
ただし、
退院と言っても、自宅療養。
低い免疫力の中、人ごみに出るのは禁止。ナマモノは食べてはダメ。
生活に多くの制限がありました。
それでも、閉ざされた無菌室(第23話) (第69話) や制限だらけの入院生活と比べれば、夢のような”ふつうの生活”でした。
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長期に渡る入院生活で増えた荷物をまとめて、家に帰る準備をしながら、彼(現・夫)が迎えに来てくれるのを待っていました。
そして、家までの帰り道。
真っ先に私が立ち寄りたいと言ったのは、、、、コンビニ
”自分で商品を見て、選ぶ”
それをしたかったのです。
無菌室や病棟から出られない1年以上の入院生活の間は、必要なもの、欲しいものは、頼んで買ってきてもらうしかできませんでした。
"選ぶ自由”
それをまずは味わいたかったのです。
こちらへ つづく・・・
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【シリーズ目次】
【目次1】発病前のキャリア~緊急入院~無菌室での闘病
【目次2】移植するのかしないのか~右足の手術
【目次3】骨髄移植直前~
【あらすじ】
(あらすじ1)第1話~第45話
(あらすじ2)第46話~第54話
(あらすじ3)第55話~第62話
(あらすじ4)第63話~第72話
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【幸せな就職のための具体的スキル記事】
◆就活/転職FAQシリーズ(目次)
【働くを楽しむための記事】
■どんな仕事も楽しめる♪目次集【1~67話、番外編1~54】
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ハッピーに働いて、ハッピーに生きる。
幸せな就職へキャリアカウンセラー木村典子
※症状などは私の場合の経験談で、白血病の症状を説明しているものではありません。また白血病に関する内容も、元患者の私の理解の範囲で、正確なものではありません。病に関しては、専門医にご相談くださいませ。