第八十二話 猫ンピュータ | ねこバナ。

第八十二話 猫ンピュータ

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「出来た! 世紀の大発明だ!」
N博士は、暗い研究室の真ん中で、大声を上げて喜んだ。
助手たちがあちこちから顔を出す。

「博士、ついにやりましたか!」
「おめでとうございます!」
「ありがとう、うん、ありがとう」

博士は助手たちの祝福を受け、涙を流しながら握手を交わしている。
そこへ、二日前に来たばかりの新米助手Hがやってきた。
「おめでとうございます、と言いたいんですけど...」

博士はきょとんとした。
「ん? 何かね?」
「その発明って、いったい何なんですか?」

助手Aはいらいらしながら言った。
「あのね君、助手になったんだから、博士の研究くらい頭に入れておきたまえ」
「はあ。でも、いろいろたくさんありすぎて。ゴキブリ疑似運動ユニットから、なめくじ型脱臭器までは憶えたんですが...」
「まあまあ、いいじゃないかね」
博士は苦笑いしながら割って入った。

「じゃあ、君に教えてあげよう。私の今世紀最大の発明を!」
「まだ九年ですけどね」
「ひとこと多いよ君は」
助手BがHをたしなめた。

「おほん! では解説を始めよう。これこそ未来の人間とペットの橋渡しとなる『猫ンピュータ』だ!」
「ねこんぴゅーた」
「そうとも。これは、猫の思考パターンや行動パターンを全て解析し、人間にその真意を伝えることが出来るのだよ」
「おおおおおおおお」
助手たちから歓声が上がった。
「まさに人類の夢ですね!」
「人間と猫が、バリアフリーに意思交換が出来るようになるなんて」
「すばらしいです博士」
しかし助手Hだけは、きょとんとしたまま喜ぼうとしない。

「あの博士」
「何だね」
「それに、どんな意味があるんですかね?」

博士は一瞬たじろいだ。
「な、何を言うんだ君。動物との意思交換は、人類最大の夢なのだよ」
「そうとも、前世紀の初めには、猫や犬との意思交換が今世紀には実現すると、そう予言されていたんだ」
「それがついに博士の手で! うううう」
感涙にむせぶ助手たちと博士だが、助手Hはまだきょとんとしている。
「意思が判る、ってだけなんですね要は」
「へ?」
「判ることで、いったい何が出来るようになるんですか?」
「そ、それはだね君」
博士は、助手Cに命じて、一匹の猫を連れてこさせた。

「ほら、ここに一匹の猫がいる! 猫とはまことにミステリヤスな生き物だ。たとえ飼い主であっても、次の瞬間どんな挙動に出るか予測できないことがあるという」
「はあ」
「そこでだ。この猫ンピュータを使えば、彼等猫がどんなふうに考え、どんな行動をとるかが、たちどころに判るのだよ」
「はあ」
「...おほん。では見ていたまえ。D君、猫を実験台へ」
「はいっ」

そうして、一匹の猫が、台の上に乗せられた。
薄暗い室内に、ひとつだけ強い照明が灯る。そしてその猫を台ごと照らし出す。

「いいかね、この猫センサーを猫に向けて、と...」
茶トラの大きな猫は、台の上でうずくまって、眼をしばたかせている。
そこに猫の顔の形をしたスピードガンのようなセンサーが向けられた。

「ぽちっと」
博士がボタンを押す。モニタには猫の表面温度や電磁波の計測値などが映し出される。
二秒ほどで、
「complete」
の文字が浮かび上がった。
「ほら、出た、出たぞ!」
「おおお」
助手たちが博士の周りに集まり、モニタに釘付けになる。固唾を呑んでモニタ表示を見守る。
そして、世紀の瞬間が訪れた。

<まぶしい>

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「やった! やったぞついにやった!!」
「いやちょっと、これ、これはわかるでしょ別にこれでやんなくても」
「なっ、何を言うかっ! もしかしたら腹が減ってるかもしれないだろ」
「まあ...それはそうですけど...」
「ふん、君にはこの大発明の真価がまだ判らないようだ。博士、私が試してもよろしいですか」

助手Eが前に進み出た。
「うむ、よかろう」
博士が重々しくうなずくと、助手Eはふたつのキャットフードを手に取ってHに向かった。

「いいかね。ここに二種類のフードがある。いずれも猫のためを思って作られた超健康食品だ。しかし、残念ながらこの猫がどちらを好むかは判らない。そこでだ」
助手Eはフードの口を開け、小さな皿二つに少量ずつ取ると、猫の目の前に置いた。

「さあ、どちらを好むか、実験だ!」
助手達は息を呑む。
猫はまず右の皿に興味を示した。
くんくん。

<なんだこれ>

「ほら、ほら、さっそく表示されたぞ」
「はあ」

くんくん。かぷ。

<んまい>

「おおおお、んまいか、そうか」
「いやだからそれは」
「黙って見てろ! お、もうひとつの皿に興味を示したぞ」

くんくん、くんくん。かぷ。

<んまい>

「おおおおお、これもんまいのか」
「すごいですねEさん」
「あのいやだからこれは」

がぶがぶがぶがぶがぶがぶがぶがぶ

<んまい><んまい><んまい><んまい><んまい>

「ほら、ほら! こっちのほうがんまいと、出ているじゃないか君」
「すごい、すごいですねEさん」
「いや、これも博士の研究の賜だよ、ううううう」
「E君、ありがとう、ありがとううううううう」

「あの、だから、見ただけで判るじゃないですかそれだって」

ばん!

博士がついに怒って、助手Hを睨みつけた。

「きっ君っ! この素晴らしい発明が何故理解できんのだ」
「だってそれを使わなくても判るんですもの」
「あああ、何という探求心のない人間なんだ君は。この、文字で猫の気持ちが余すところ無く表示されるこの、この猫ンピュータの真価が何故」
「博士、それは当然ですよ」

助手Fが進み出た。
「何だねF君」
「H君は視覚だけで猫を判断しようとしている。それがそもそもの間違いです。視覚に頼らない方法でなら、H君を納得させることが出来るでしょう」
「なるほど、さすがはF君だ」
「では、ひとつ実験をしてもよろしいでしょうか」
「おお、ぜひ試してくれたまえ」
「ありがとうございますっ」
そう言うと、助手Fは三つの箱を持って来て台の上に乗せた。

「さあ、では嗅覚の実験をしましょう。この箱の中にはそれぞれ、腐りかけのブルーチーズ、インド○タシン配合の湿布剤、そして僕が四日間履きっぱなしの靴下が入っています」
「うえええええ」
「こらそこっ、変な反応しない! おほん。そこで、この中で猫が最も嫌がる臭いを調べようと思うのです」
「おおおおおおおおおおお」
「すばらしい」
「猫の生態の秘密に、また一歩近付くな」
「そうでしょうそうでしょう」
助手Fは得意げだ。
「どうだね、これは君にも判らんだろう」

「湿布ですよ」

「へ?」
「いやだから湿布」

「な」
「なんで判るんだ君」
「だってそうなんですもの」
「ま、また適当なことを言って。どうせ当てずっぽうに決まってる」
「いやだから」
「黙らっしゃい! そこで大人しく見ていなさい。君の間違いを正してあげるから」
助手Hはおずおずと椅子に座った。

「では実験開始です!」

猫はまず真ん中の臭いを嗅いだ。
くんくん。

<なんだこれ>

「おおおおおお」
「未知なる物への興味ですな」
「はあ...」

しかし、猫はあまり興味を示さずに、右隣の箱の前へ進んだ。
くんくん。

<なんだこれ><なんだこれ>

「おお、興味が増している」

<なんだなんだ><なんだなんだ>

がりがり、がりがり

「おお、箱をひっかき始めたぞ」
「あっ、蓋を開けようとしている」

がたん。

「ああ、落としてしまった」
「ってこれは...く、靴下?」
「なんと猫は、靴下に興味を示したのか!」
「これはすごい! 世紀の大発見だ!!」
「...あのう...」
「黙って見てろ!」
「さあ、残る箱は...」

そして猫は、残る左隣の箱の前へと進んだ。
くんくん。くんくん。

....。

猫は口を半開きにし、眼も半開きにして、顔をそむけた。

<くさっ!>

「おおっ」

<くさっ!><くさっ!><くさっ!><くさっ!><くさっ!>

「おおおおおおおおおおおお」
「すごい反応だ」
「だって臭そうな顔してるじゃないですか」
「だから視覚で判断するなと言ったろ!」
「いやでも」
「ほら、その箱の中身を開けたまえF君」
「はい博士」

助手Fは箱を取り上げ、蓋を開けた。
果たして、その中には。

「...湿布だ...」
「え、H君、何故判ったんだ」
「だって、猫は湿布の臭いがきらいな子が多いんですよ」
「何故君はそれを知っている」
「それは、猫を飼っているからですよ」

「へ?」
「あのう、博士、それに皆さん」

助手Hは、周りを見渡して言った。

「猫ンピュータの開発はけっこうですけど、猫の研究って、ちゃんとやりました?」
「は?」
「いやだから、猫の研究ですよ」
「...」
「猫がどんな動物か、どんな生活をするか、みなさん調べましたか?」

「おいA君、君調べてただろう」
「い、いや僕は、あ、そうだ、確かC君が」
「そんな! 僕は集積回路の開発に忙しくて、あ、F君ならきっと」
「何言ってるんだよ! 私はプログラムの修正にかかりっきりで」

「...つまり、誰も猫ってどんな生き物か、ちゃんと調べてなかったんですね...」

博士はがっくりと膝を折った。
「うあああああああああ、私は、私は、致命的なミスを犯したああああ」
助手たちも次々とうなだれる。
「あああああああ、一生の不覚だああああ」
「こんな、こんな初歩的なことにいいいい」
「これまでの、これまでの月日が、費用がああああ」

「あの、私、今日で辞めます、この研究所」
そう言って、Hは白衣を脱ぎ捨て、さっそうと部屋から出て行った。
「うにゃん」
台の上の猫は、走ってHの後に続いた。

「ま、待って、君待ってくれえええええ」
博士は後を追おうとした。が、太いケーブルに躓いて転んだ。
「うわっ」

転んだその鼻先には。
Fの靴下が。

「ぐっはあああああああ」
「博士!」
「博士ええええええ」

「...懲りない人たちねえ...」
流れるような髪をなびかせ、美しい肢体を揺らめかせながら、Hは研究所を後にした。
そして、茶トラの猫も、Hにぴったりと寄り添い、去って行った。

「うにゃん」


おしまい





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