有力候補一本化できず激戦に 香港行政長官選挙
本命の政務官か人気の財政官か
習近平指導部の意向で左右
曽財政官へ出馬断念圧力強く
民主派は財政官支持へ結束へ
香港政府トップを選出する行政長官選挙を3月26日に控え、1月12日、政府ナンバー2の林鄭月娥政務官(59)が出馬を前提に辞任表明し、先月にナンバー3の財政官を辞任して出馬準備を進める人気度の高い曽俊華氏(65)、出馬表明している親中派で新民党主席の葉劉淑儀立法会議員(66)、胡国興・元高等法院判事(70)と争う見通しだ。中国政府の信任度が高い林鄭氏と世論調査で支持率トップを保つ曽氏の激戦が予想され、親中派が過半数を占める間接選挙であるため習近平指導部の意向が結果を左右する。(香港・深川耕治)
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「辞任する理由は一つだけ。中国政府に辞任が認められた場合、行政長官選挙に立候補する準備を始めるためだ」。
1月12日、林鄭月娥(キャリー・ラム)政務官は行政長官選挙に立候補するために梁振英行政長官に辞表を提出し、記者会見で立候補の詳細は語らなかった。
同日午前に行われた非公開の会議で林鄭政務官が約1時間にわたって講演し、貧困撲滅、経済の多様化、一国二制度の堅持など8項目に尽力したいとし、「私は社会主義者ではない」と強調しつつ、カトリック教徒であるためか講演の最後に「立候補は香港のためにしなさいとの神の思し召し」とも述べ、参加者が総立ちで拍手喝采だったという。
林鄭氏(写真右=深川耕治撮影)は12年からナンバー2の政務官として梁長官を補佐する右腕として働き、14年秋の雨傘運動では学生代表との交渉で譲歩を拒否する強硬姿勢を貫き、中央政府の信頼を一定レベルで得てきた。
一方で、昨年12月23日、林鄭氏は北京で香港版の故宮博物院となる「香港故宮文化博物館」の開館を22年に行うことを突然発表し、香港市民への事前の了承や意見聴取なく打ち上げたことに計画の進め方が強引すぎると批判の的になっている。
2012年7月の就任以来、支持率が低迷し、不人気に苦しんだ親中派の現職、梁振英氏(62)は先月、娘の病気を理由に再選出馬を断念すると表明。候補者擁立が水面下で本格化していた。
2月14日の立候補受付に向け、立候補には親中派が大半を占める選挙委員会(定数1200)メンバーの150人以上の推薦が必要条件。当選するには過半数の得票が求められる。
先月に行われた選挙委員会の委員選挙では民主派が325人以上選出され、前回の約200人よりも大躍進。行政長官選の制度民主化を求めた14年秋の若者を中心とした雨傘運動による大規模デモ以降、立法会選や選挙委員会選でも中央政府への不信感が広がり、政治意識が変わってきているが、民主派は選挙制度改革案を自ら否決したことで自前の候補者擁立ができないままだ。
民主派は大半が「梁振英行政長官の右腕として梁振英路線の継承を表明している」として林鄭月娥氏への支持はしない見通し。
民主派政党・公民党の梁家傑名誉主席は1月13日のラジオ番組で「行政長官選では4人の候補の中では曽俊華氏を推す。林鄭氏や葉劉氏は支持できる余地がない」と表明している。世論調査で支持率トップを維持する曽俊華氏は民主派の若い世代にも理解を示すリベラルな側面があることから曽氏を推す動きだ。
民主派と親中派の融和を模索する穏健民主派「民主思路」の湯家●(馬ヘンに華)氏(公民党を離党した元立法会議員)らの少数グループは「林鄭氏はわがグループの考え方に似ており、仕事ができる人物」と推す動きもある。
湯氏ら「民主思路」は立ち上げ以来、林鄭月娥氏が「民主思路」主催の講演会でスピーチするなど、極めて良好な関係を築いており、次期政権でごく少数の穏健民主派が政府中枢に入りたいとの思惑も見え隠れする。
一方、曽氏は07年に香港ナンバー3の財政官に就任後、9年半にわたって財政・経済政策を統括し、習近平政権の経済ブレーンらと親交が深い一方、民主派の学生たちにも理解を示す側面があり、政治問題では中央政府の不信が払しょくされていない。
香港では経済、財政のトップは金融、経済に関する対策リーダーとしては極めて優秀な官僚が就任してきたが、中央政府との仲介を取り持つ政治面では中国共産党に絶対的な忠誠を尽くす親中派でない限り、民主派との厳しい対決に腹を据える人物は少なく、曽氏もその例外ではない。
曽俊華氏は辞表を提出後、仕事がないため、自宅で掃除している姿も(写真右)。最近は長年住み慣れた官舎から引っ越し作業をする夫人の姿が紹介されたり、本人が香港のネットニュースサイト「 UNWIRE.HK 」 の取材 に答えて、「中央政府は通常通りの公正公平な手続きを履行してくれるものと信じている。私は困難な道を歩み続けることは恐くない。いつも通りの歩みを続ける」と答え、カトリック信徒であるだけに聖書の聖句を引用しながら中央政府からの圧力には屈しないことを暗に示唆した。
中央政府は数日中に林鄭氏の辞任を批准する見通しで、林鄭氏は2月3日に出馬表明の決起集会を行う準備を進めている。一方、曽氏は先月に辞表を提出して一ヶ月以上が過ぎても批准されない異常事態となっていて中央政府からの出馬断念圧力が強まっている。
香港メディアの報道では中国政府の香港担当部門である国務院香港マカオ事務弁公室の王光亜主任が深セン(土ヘンに川)入りし、林鄭氏とすでに財政官を辞表を提出して行政長官選への出馬準備を進める曽俊華氏の二人に個別で極秘裏に密談し、曽氏には出馬断念を促したが、本人は拒否。有力候補の一本化調整が難航している。
先回(12年3月)の行政長官選で当初は唐英年政務官(当時)を本命視していて唐氏のスキャンダル発覚で梁振英氏に“鞍替え”せざるを得ず、親中派の票が割れて689票による当選を余儀なくされた梁振英氏の“悪夢”が中国政府の脳裏には過ぎっている。
動静に詳しい全国香港マカオ研究会の劉兆佳副会長は「二人の一騎打ちになる可能性が高く、高得票による当選が見込めない場合、中央の真の意味での信任を受けにくく、民主派が一方の候補に肩入れしていくと親中派は分裂してしまう。林鄭氏のみが唯一の中央の信任を得られる候補であり、曽氏はいつ民主派に変貌するかわからないリスクがある」と分析している。
早々と行政長官選挙への立候補を表明している親中派の葉劉淑儀(レジーナ・イップ)立法会議員(新民党主席)は着々と選挙対策を進めており、1月13日、香港最大の親中派政党・民主建港協進連盟(民建連)との会合を開き、行政長官選への支援を要請。民建連の李慧琼党主席は「わが党が行政長官選でだれを支持するかを決めるのは、まだ時期尚早だ」と述べ、立候補受付が終了した段階で支持する人物を決めるスタンスで、林鄭月娥氏の圧勝を願う習近平指導部の最終決定による意向を待って判断することになる。
香港中文大の最新世論調査(1月4~10日実施)によると、支持率トップは曽氏で27・6%。林鄭氏は2位で23・2%、胡氏が3位で12.6%、葉劉氏が4位で9.7%となっている。
【香港の近年の主な動き】
2014年8月 中国が17年の香港行政長官選挙で、事実上、民主派の立候補を制限する制度改革案を決定
2014年9月〜12月 改革案に反発した香港の若者らが香港中心部の大通りを占拠する「雨傘運動」。抗議は79日間続き、計955人が逮捕
2016年1月 中国共産党に批判的な本を扱っていた書店関係者5人の失踪が問題となり、抗議デモに約6千人が参加
5月 中国共産党序列3位の張徳江氏が香港を訪問し、「少数の者が(国の)分裂をあおっている」と独立論を牽制(けんせい)
7月〜8月 立法会選挙で、独立などを訴えていた計6人の立候補を取り消し
9月7日 立法会選挙で独立を視野に入れる「青年新政」の2議員が当選
10月12日 議員宣誓が無効に
11月7日 全人代常務委が2議員の資格を無効とする基本法の解釈を示す
11月30日 香港高等法院(高裁)が議員資格失効に異議申立をした2議員の申し立てを却下
12月2日 香港政府が香港高等法院(高裁)に新たに4人の立法会議員の議員資格失効を求めて審査申し入れ
12月9日 梁振英香港行政長官が来年3月の行政長官選挙への不出馬を表明
12月12日 11日に投票された香港行政長官選挙の選挙委員(定数1200)を決める各界グループ別選挙で親中派が786人、民主派は339人(約27%)を獲得。
2017年1月12日 林鄭月娥政務官が辞任表明し、行政長官選挙への出馬を表明
【中華の顔】
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同性婚を認める米国最高裁判決をきっかけに中華圏では同性婚の合法化をめぐり、賛否が先鋭化しつつある。とくに5月に発足した台湾の蔡英文政権は総統選で蔡氏が同性婚容認を掲げたため、与党・民進党の立法委員(国会議員)らが性的少数者(LGBT)による同性婚推進派の意向を反映する形で合法化に向けた法案準備を本格化させている。香港でも同性愛差別撤廃条例案の制定の動きが強まり、中国でも性の乱れを抑止できず、欧米型の同性婚推進や性交避妊教育の推進が市民権を得始めている。(香港・深川耕治)
同性婚を認めている国は22カ国、同性カップルの権利を保障する制度を持つ国・地域は29カ国・地域。アジアでは台湾以外にタイ、ベトナムも国会での法案審議が準備されつつある。
同性婚が認められる国・地域は以下の通り。
オランダ、ベルギー、スペイン、ノルウェー、スウェーデン、ポルトガル、アイスランド、デンマーク、フランス、南アフリカ、アルゼンチン、カナダ、ニュージーランド、ウルグアイ、イギリス、ブラジル、米国、メキシコ、ルクセンブルク、アイルランド、グリーンランド(デンマーク自治領)、エストニア、コロンビア、フィンランド(2017年より)
登録パートナーシップなどを持つ国・地域は以下の通り。
フィンランド、グリーンランド、ドイツ、ルクセンブルク、イタリア、サンマリノ、アンドラ、スロベニア、スイス、リヒテンシュタイン、チェコ、アイルランド、コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、オーストラリア、イスラエル、ハンガリー、オーストリア、クロアチア、ギリシャ、マン諸島(英王室属領)、ジャージー諸島(英王室属領)、ジブラルタル(英国領)、マルタ、エストニア
※デンマーク、スウェーデン、ノルウェーにおいては登録パートナーシップ制度にあるカップルが同制度にとどまることは可能だが、新規にパートナーシップを登録することは不可。
アジアではこれまで同性婚が認められた国ないが、タイ、台湾あるいはベトナムにおいて法案が可決されればアジア初となる。
写真は香港での同性愛差別撤廃条例を通過させるための民主派デモ。
中国共産党一党独裁に反対し、民主化を求めるデモのはずが、2014年7月1日の民主化要求デモでは、先頭に同性愛差別撤廃を求める巨大なレインボー旗が広がり、民主化デモを完全に乗っ取る形になったため、同デモに毎年参加していた、同性愛に反対するカトリック香港教区の陳日君枢機卿らは2016年のデモに参加することを取りやめた。
親中派は「四人の有力候補者の中で行政長官に最もふさわしいのは林鄭月娥氏」(陳永棋・全国全国政治協商会議常務委員)としており、親中派・親政府派にとっては正式な立候補受付期限までに候補が一本化できるかどうかが大きな課題となっている。