香港の精神科医・康貴華氏に聞く(下) 中華圏に浸透する同性婚 第8回 | 中国情報ジャーナル ディープな香港・中国・台湾

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中華圏に浸透する同性婚 第8回 

香港の精神科医・康貴華氏に聞く(下)
同性愛者を異性愛に転向可能
本人の意志尊重阻む同性愛団体
医師による医療救済は必要に


――同性愛や同性婚が少数派ではないという社会的風潮は若者にも影響するか。


英国の調査では18~24歳の若者で異性を恋愛対象に思わず、同性でも良いと感じている若者が50%を超えているという結果が出ている(右下の図表参照)。最近の若者は異性間の恋愛や性交渉だけでなく、場合によっては両性愛(バイセクシャル)であったり、同性愛でも可能なのではないかとの好奇心による風潮が強く影響されていると言えるだろう。とくに10代前半の女性は恋愛対象の性別が変わりやすい。一つは社会的風潮として同性愛は一般的になったと思ったり、同性愛の友人が性交渉を求めると本人も同性愛者になってしまう傾向にある。異性への恋愛に失敗してしまうと、同性愛に陥る傾向が見られる。


――同性愛者が同性愛に抵抗を感じて離脱して異性愛者に転向したいと願うケースはあるのか。

同性愛者が異性愛者に転向するケースはある。医者の立場から見ると、人間はみな、両性愛の機会があるがそれがすべてのケースではない。しかし、1948年に発表された米国性科学者のアルフレッド・キンゼイが発表した性に関するキンゼイレポートはほとんどの人はある程度、両性愛的傾向を持ち、完全な異性愛者または同性愛者と断定できる人は全人口に対して5~10%に過ぎないと結論づけているが、これは間違っている。


――同性愛を嗜好していても、異性愛に変わるケースもあるということか。


私は30年間、同性愛者の患者を診ているが、異性間の結婚をした後、片方が同性愛の傾向に走っても、同性愛と異性愛の性交渉を往来する場合がある。重要なのは、その人が同性愛を選ぶか、異性愛を選ぶかの意志選択にある。同性愛者だから同性婚だけをするかというと必ずしもそうではない。彼らが孤独に苛まされて助けを求めたら、われわれは医師として助けの手をさしのべるべきだろう。LGBTの活動家は性的少数者への差別をなくして皆平等にすべきだという主張だが、差別ではなく、本人の意志の問題だ。偏っているのは自分の性傾向を頑なに受け入れてほしい(同性愛の性傾向のままで良い)と主張するグループであって、同性愛から離脱して異性愛へもどりたいという人たちを抑圧するだけで尊重していない。これは同性愛運動の覇権と言える。覇権主義の彼らは同性愛の性傾向のままであることを堅持するとの立場を取らないと、同性愛で悩み、離脱したいとの心の叫びを持つ人々に対しては厳しく報復しようとする。


――トランスジェンダーでは、午前中は男性、午後は女性になるなど、性を自分の都合で自由に決めて良いとの考え方も出ているが、医学的にどう見るか。


性同一性障害だった十種競技モントリオール五輪金メダリストのブルース・ジェンナー氏は体は男性だが本人は女性と思っているので性別を女性に変えて生活している。しかし、女性になったら、今度は男性に変わりたいと主張しているケースもある。こういう場合、自分が男性か、女性か、主観的に思っているだけだ。


――L(レズビアン)、G(ゲイ)、B(両性愛者)、T(トランスジェンダー)のうち、LGBは男性が好きか女性が好きかという性的嗜好だが、Tは自分の体を男性と判断するか、女性と判断するかということなので一緒にするのは無理があるのではないか。


トランスジェンダーはきわめて割合が低い分、LGBと一緒にすると、社会的な同情を強く得られる。ほかにインターセックス(IS=性分化疾患)という性の発達が先天的に非定型である身体的性別に関する60種類以上の症候群・疾患群でバイセクシャルになるケースも入っている。極めて特異な分、同情を誘うため、LGBTグループはISも同じグループに入れようとしている。彼らの目的の一つは性による社会的文化的差別をなくそうとするジェンダーフリー。性差別や婚姻についての彼らの主張と実際に行動していることは違っている。


――とくにトイレ使用の問題は香港でも大きな問題になりつつあるのではないか。

女性用トイレや浴室の使用について男性の姿形であるトランスジェンダー(性同一性障害者で外科的手術までは望まない人)の人が自分たちの権利を主張して自由に使えるようになれば、女性達は脅威を感じないか、女性達の安全が危惧される。過去10年間、香港ではLGBTの団体から圧力ばかりかけられ、公開の場で言ってもいないことを発言したと主張し、弾圧する。だから香港の医師は同性愛問題について発言を極端に控えるようになってしまっている。私は同性愛から異性愛に性的嗜好が変わりたいと思う人も、そのままで良いと思う人もその意志を尊重するが、変わりたい人に助けの手を医師としてさしのべることを阻止されるのは職業倫理に反することなので続けていきたい。


【英国の若者(18~24歳)の性傾向調査結果】
自分は異性愛者 46%(72%)
自分は同性愛者  6%(4%)
両性愛者(完全な異性愛者でも同性愛者でもない) 48%(24%)
※カッコ内は英国内の成人男女すべてでの割合

英国YouGov調査(サンプル数1632人 2015年8月13~14日実施)


【康貴華(ホン・クァイワ)】
1955年3月、香港生まれ。79年、香港大学医学部卒業後、英国王立精神科医学会の会員となり、香港精神医学院院士、香港医学専科学院院士。81年から83年、香港の中国神学研究院で神学を学び、キリスト教の信仰と心理療法を研究。同性愛者やトランスジェンダーの人やその家族との対処経験が30年以上となり、同性愛で悩む人々や家族のために「新造的人協会」を共同設立。明光社理事。カトリック香港教区同性愛問題小組や性文化学会顧問。


(連載ルポ「中華圏に浸透する同性婚」8回分=終わり)


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同性婚を認める米国最高裁判決をきっかけに中華圏では同性婚の合法化をめぐり、賛否が先鋭化しつつある。とくに5月に発足した台湾の蔡英文政権は総統選で蔡氏が同性婚容認を掲げたため、与党・民進党の立法委員(国会議員)らが性的少数者(LGBT)による同性婚推進派の意向を反映する形で合法化に向けた法案準備を本格化させている。香港でも同性愛差別撤廃条例案の制定の動きが強まり、中国でも性の乱れを抑止できず、欧米型の同性婚推進や性交避妊教育の推進が市民権を得始めている。(香港・深川耕治)

同性婚を認めている国は22カ国、同性カップルの権利を保障する制度を持つ国・地域は29カ国・地域。アジアでは台湾以外にタイ、ベトナムも国会での法案審議が準備されつつある。


同性婚が認められる国・地域は以下の通り。


オランダ、ベルギー、スペイン、ノルウェー、スウェーデン
、ポルトガル、アイスランド、デンマーク、フランス、南アフリカ、アルゼンチン、カナダ、ニュージーランド、ウルグアイ、イギリス、ブラジル、米国、メキシコ、ルクセンブルク、アイルランド、グリーンランド(デンマーク自治領)、エストニア、コロンビア、フィンランド(2017年より)


登録パートナーシップなどを持つ国・地域は以下の通り。


フィンランド、グリーンランド、ドイツ、ルクセンブルク、イタリア、サンマリノ、アンドラ、スロベニア、スイス、リヒテンシュタイン、チェコ、アイルランド、コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、オーストラリア、イスラエル、ハンガリー、オーストリア、クロアチア、ギリシャ、マン諸島(英王室属領)、ジャージー諸島(英王室属領)、ジブラルタル(英国領)、マルタ、エストニア


※デンマーク、スウェーデン、ノルウェーにおいては登録パートナーシップ制度にあるカップルが同制度にとどまることは可能だが、新規にパートナーシップを登録することは不可。


アジアではこれまで同性婚が認められた国ないが、タイ、台湾あるいはベトナムにおいて法案が可決されればアジア初となる。


写真は香港での同性愛差別撤廃条例を通過させるための民主派デモ。


中国共産党一党独裁に反対し、民主化を求めるデモのはずが、2014年7月1日の民主化要求デモでは、先頭に同性愛差別撤廃を求める巨大なレインボー旗が広がり、民主化デモを完全に乗っ取る形になったため、同デモに毎年参加していた、同性愛に反対するカトリック香港教区の陳日君枢機卿らは2016年のデモに参加することを取りやめた。


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(1)

反対派の宗教団体の結束どこまで


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(2)

香港民主化デモ、スタッフの9割が同性愛者


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(3)

警戒する中国当局、家庭崩壊は党の崩壊に直結


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(4)

香港NPO「明光社」の傳丹梅副総幹事に聞く(上)

婚姻の4条件崩す恐れ


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(5)

香港NPO「明光社」の傳丹梅副総幹事に聞く(下)

乗っ取られた香港の民主化運動


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(6)

香港の精神科医・康貴華氏に聞く(上)

説得力欠く同性愛の遺伝要因説


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(7)

香港の精神科医・康貴華氏に聞く(中)

「差別撤廃」に潜む伝統価値根絶

 

連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(8)

香港の精神科医・康貴華氏に聞く(下)

転向の意志尊重しない同性愛団体


連載 中華圏に浸透する同性婚