「天然独」という若者のうねり 蔡英文時代の台湾 連載1 | 中国情報ジャーナル ディープな香港・中国・台湾

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蔡英文時代の台湾 本土派路線のビジョンと課題 連載1


「天然独」という若者のうねり

ひまわり学連から時代力量へ
中国の圧力屈しないパワー
無党派層巻き込むパワー
民進党と協力する新潮流に


台湾では5月20日、8年ぶりに民進党の蔡英文政権が発足した。野党時代に地方選挙で地殻変動を起こし、立法院(113議席)でも過半数を占める安定政権となったことで陳水扁政権時代(民進党)の少数与党による“ねじれ現象”は解消し、国民党の馬英九政権の進めてきた対中傾斜にも歯止めがかかり、国民党の凋落も始まる。中国とは「一つの中国」を認めず、「現状維持」を保つ難しい舵取りを任され、内政外交とも中国依存脱却による台湾優先路線を担う。民選総統4人目で初の女性総統誕生となる蔡英文新総統の政権課題と展望を探った。(台北・深川耕治、写真も)




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蔡英文政権が誕生できる土壌となったのは、民進党が地方選挙で着実に票を伸ばして国民党の鉄票を切り崩し、基礎票固めだけでなく、無党派中間層の支持を集めるため、友党として新政党「時代力量」と選挙協力を行ったことが大きい。


「2000年から8年間、少数与党の陳水扁政権が続く時、ねじれ国会で法案が思うように通せない中、協力関係にあったのは李登輝元総統から精神的指導を仰いだ台湾団結連盟(台連)。しかし、今回は台連が立法院選挙で議席がゼロとなり、時代力量が大勝したことで国民党を台湾化していった李登輝時代が終わったことを意味する」(民進党幹部)。

台湾メディアは台湾の若者の政治意識を代弁する時代力量の活動を「天然独(生まれながらの台湾独立志向)」という表現で表す。民進党は選挙序盤から無党派層の糾合に必要なミニ政党「時代力量」との選挙協力に積極的になり、選挙ポスターも蔡英文氏とのツーショットが目立った。


昨年12月の立法院選挙の終盤。新政党「時代力量」の集会は、若者中心に熱気に包まれていた。候補者の一人だった林昶佐(ちょうさ)氏(44)はヘビーメタルバンド「閃霊(ソニック)」のボーカルという異色の新人。日本でライブをしたこともある。過度の中国依存に危機感を深めた若者らが2014年3月に立法院を占拠した「ひまわり学生運動」などの公民運動が、新党結成の原動力になった。民進党と良好な関係の柯文哲台北市長ら地方首長らも応援にかけつけ、後押しした。

時代力量は、中国とのサービス貿易協定に反発した学生らが立法院(国会)を占拠したひまわり学生運動から派生し、林氏は15年1月、結党当初は総隊長となり、結党作業チームリーダーを務めた。ひまわり学生運動を支えた舌鋒鋭い「戦神」と台湾メディアで呼ばれる黄国昌・元中央研究院研究員が党主席に就任し、党として初めてとなる選挙で選挙区に12人、比例代表に6人を擁立。


通常、小政党は本末候補が多い中で国民党が圧倒的優位と見られていた選挙区で次々と無党派層の支持を集め、接戦まで追いつめて選挙区で3議席、比例区で2議席、計5議席を獲得した。民進党が安定政権になるために地滑り的な勝利をおさめる原動力は「第三勢力」に引き上がる若者のパワーとそれを温かく見守ろうとする政治風土にある。


「国民党『鉄の票』を切り崩していくことで、幅広い層の若者に政治参加を促し、政治が若者の投じた一票で変わることを実感させた天佑(天が助ける)選挙だった」と振り返る。中台双方がシンガポールの会談で一中各表(一つの中国をそれぞれが解釈する)とする92年コンセンサスについては「台湾の未来は1992年で合意した担当者ではなく、今の時代を生きる人々が決める。正常な国家建設こそわれわれに求められている」と明解に答える。


台湾では人口の8割を占める本省人(戦前から台湾に住む人々と子孫)と2割の少数派ながら政治やメディアを掌握する蒋介石とともに大陸から渡来してきた外省人(戦後、台湾に移り住んだ人々と子孫)とに大別され、それぞれの帰属意識を持ってきたが、政権交代が進む中で「台湾人意識」のアイデンティティが大多数を占めるようになった。

台湾では「台湾人意識」が世代を超えて高まる中、とくに抜きん出てその意識が強い「天然独」若年層には中国の圧力に徹底抗戦できていないと映る民進党の動きには不満も残る。日本の国会議員会館に当たる立法院委員研究大楼8階はひまわり学連でリーダー格だった人々が時代力量の立法委員スタッフとなって働き、林昶佐氏のオフィスにはダライ・ラマ14世の大きな肖像画が飾られている。


彼らは中国への帰属意識、祖国意識はほぼ皆無であり、従来、民進党を中心とした独立派は国際法から台湾共和国を建国する法理論を主張していたのに比べ、台湾独立は空気や水がそこに存在するように当然のことと考える世代ということになる。時代力量はその中核を担い、「天然独こそ時代力量の結党DNA」(黄国昌主席)と話す。

2008年、中国の対台湾窓口機関・海峡両岸関係協会の陳雲林会長が訪台した際、徹底抗議した若者たちが宿泊したホテルを包囲した「野いちご運動」、そして14年3月に起こった「ひまわり運動」で大きな花を咲かせた。香港の学生たちが中心となって展開された雨傘運動が親中派から徹底した圧力を加えられ、離散集合を繰り返して厳しい世間の目にさらされているのに対して台湾の学生運動は稀に見る成功を治めたといえる。蔡英文政権は若者の「天然独」の受け皿として台湾アイデンティティをどう示していくのか、就任式での演説が注目されている。




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台湾新政党「時代力量」の林昶佐立法委員に聞く
民進党の国民党化を監視
“治療回復”へ対中依存軽減を
李登輝元総統の薫陶も


 

5月20日、蔡英文総統が就任するのを前に政権与党となる民進党と友党関係にある時代力量(立法委員5人)所属の林昶佐立法委員(国会議員)に台北市内で新政権にかける期待と課題を聞いた。(聞き手=深川耕治、写真も)


 


 

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――ひまわり学連から発展した若者たちの政治意識が少数政党「時代力量」を大きく発展させてきたが、蔡英文新政権に対する法案提出、対中政策についての考え方、連携の方法はどうなっているか。


民進党とは考え方も政策も近い友党関係にある。蔡英文政権に対しては期待し、楽観視しているが、民進党が国民党化してしまわないように監視する役割をわれわれが担っている。法案は労働環境改善、文化支援、産業転化、選挙法改正など多岐にわたり、様々な民間団体の意見を公開して取り入れながら討論・審査し、全住民の意見を吸い上げて討議した結果、その力を借りて法案にしている。これが正常化への道筋だ。


――民進党と時代力量の政策の違いは何か。

時代力量は立法委員が5人の少数政党だが、衛生、労働、産業、社会福祉など多くの民間団体の意見を吸い上げて取り入れ、公開して専門家の意見も入れ、民進党とのすり合わせでは民進党側が大半折れた。そこには正統な民意があるからだ。


――「天然独(生まれながらに台湾は独立しているとの考え方の若者世代)」の時代力量にとって李登輝元総統が主張し、蔡英文新総統も加わったとされる二国論(中国と台湾は国と国の関係とする考え方)はどう受け取るか。

二国論は当然の主張だ。われわれは立法院選挙で当選後、李登輝元総統の自宅を訪ね、様々な意見交換をした。李登輝氏は「年を取ってしまったので、二回目の民主化任務となる蔡英文政権後は、君たちに未来を託したい」と話していた。その後も、連絡を取り合っている。


――対中貿易が約2割を占める台湾にとって中国依存はどの程度であれば良いと考えるか。

対中政策に対しては麻薬に汚染されたような深刻な病態の台湾を病根を絶ちきって健全な国に回復させることが急務。このまま麻薬を吸引しつづけると台湾は中国になってしまう。国民党政権の時のように台湾の地位を貶(おとし)めないようにする必要があり、疲弊しきった状態を治療して脱却し、健全な成長ができる環境を整える必要がある。中国依存を減らし、日本、韓国、フィリピン、ベトナムなど東南アジア諸国との貿易拡大を正常化のために強化すべきだ。


――ロックミュージシャンとして来日経験もあり、来月も東京でトークショーが予定されているが、日本のミュージシャンで尊敬している人物は。


忌野清志郎と椎名林檎だ。日本以外ではデビッド・ボウイを尊敬している。


【林昶佐(りん・ちょうさ)】
1976年2月、台北生まれ。アジアで活動する台湾のロック・バンド「閃霊(ソニック)」のボーカルのボーカル(フレディ・リム)で政治家。音楽家としては「金曲奨」、個人で「總統文化獎」など受賞。「アムネスティ・インターナショナル台湾」の議長を4年務めた。昨年1月、新政党「時代力量」を立ち上げ、今年1月の立法院(国会)選挙で快勝、立法委員(国会議員)となった。


 

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【連載 蔡英文時代の台湾 本土派路線のビジョンと課題


「天然独」という若者のうねり 蔡英文時代の台湾 連載1


村上春樹現象に見る日本との絆 蔡英文時代の台湾 連載2


経済浮揚、日本と連携が必要 蔡英文時代の台湾 連載3


蔡英文時代の台湾 本土派路線のビジョンと課題 連載4(最終回)


 



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同性婚を認める米国最高裁判決をきっかけに中華圏では同性婚の合法化をめぐり、賛否が先鋭化しつつある。とくに5月に発足した台湾の蔡英文政権は総統選で蔡氏が同性婚容認を掲げたため、与党・民進党の立法委員(国会議員)らが性的少数者(LGBT)による同性婚推進派の意向を反映する形で合法化に向けた法案準備を本格化させている。香港でも同性愛差別撤廃条例案の制定の動きが強まり、中国でも性の乱れを抑止できず、欧米型の同性婚推進や性交避妊教育の推進が市民権を得始めている。(香港・深川耕治)

同性婚を認めている国は22カ国、同性カップルの権利を保障する制度を持つ国・地域は29カ国・地域。アジアでは台湾以外にタイ、ベトナムも国会での法案審議が準備されつつある。

同性婚が認められる国・地域は以下の通り。

オランダ、ベルギー、スペイン、ノルウェー、スウェーデン 、ポルトガル、アイスランド、デンマーク、フランス、南アフリカ、アルゼンチン、カナダ、ニュージーランド、ウルグアイ、イギリス、ブラジル、米国、メキシコ、ルクセンブルク、アイルランド、グリーンランド(デンマーク自治領)、エストニア、コロンビア、フィンランド(2017年より)



登録パートナーシップなどを持つ国・地域は以下の通り。


フィンランド、グリーンランド、ドイツ、ルクセンブルク、イタリア、サンマリノ、アンドラ、スロベニア、スイス、リヒテンシュタイン、チェコ、アイルランド、コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、オーストラリア、イスラエル、ハンガリー、オーストリア、クロアチア、ギリシャ、マン諸島(英王室属領)、ジャージー諸島(英王室属領)、ジブラルタル(英国領)、マルタ、エストニア


※デンマーク、スウェーデン、ノルウェーにおいては登録パートナーシップ制度にあるカップルが同制度にとどまることは可能だが、新規にパートナーシップを登録することは不可。



アジアではこれまで同性婚が認められた国ないが、タイ、台湾あるいはベトナムにおいて法案が可決されればアジア初となる。



写真は香港での同性愛差別撤廃条例を通過させるための民主派デモ。



中国共産党一党独裁に反対し、民主化を求めるデモのはずが、2014年7月1日の民主化要求デモでは、先頭に同性愛差別撤廃を求める巨大なレインボー旗が広がり、民主化デモを完全に乗っ取る形になったため、同デモに毎年参加していた、同性愛に反対するカトリック香港教区の陳日君枢機卿らは2016年のデモに参加することを取りやめた。


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(1)

反対派の宗教団体の結束どこまで


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(2)

香港民主化デモ、スタッフの9割が同性愛者


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(3)

警戒する中国当局、家庭崩壊は党の崩壊に直結


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(4)

香港NPO「明光社」の傳丹梅副総幹事に聞く(上)

婚姻の4条件崩す恐れ


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(5)

香港NPO「明光社」の傳丹梅副総幹事に聞く(下)

乗っ取られた香港の民主化運動


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(6)

香港の精神科医・康貴華氏に聞く(上)

説得力欠く同性愛の遺伝要因説


連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(7)

香港の精神科医・康貴華氏に聞く(中)

「差別撤廃」に潜む伝統価値根絶

 

連載ルポ・中華圏に浸透する同性婚(8)

香港の精神科医・康貴華氏に聞く(下)

転向の意志尊重しない同性愛団体


連載 中華圏に浸透する同性婚



【香港立法会選挙2016 連載インタビュー 香港「自治」の行方 第1回~第10回】


劉慧卿民主党主席(上) 香港「自治」の行方 識者に聞く 連載第1回


劉慧卿民主党主席(下) 香港「自治」の行方 識者に聞く  連載第2回


呉秋北全国人民大会代表(上) 香港「自治」の行方 識者に聞く 連載第3回   


呉秋北全国人民大会代表(下) 香港「自治」の行方 識者に聞く 連載第4回  


新党「香港衆志」の羅冠聡党主席 香港「自治」の行方 識者に聞く 連載第5回


親中派団体「愛港之声」代表の高達斌氏 香港「自治」の行方 連載第6回   


梁家傑公民党名誉主席(上) 香港「自治」の行方 連載第7回    

梁家傑公民党名誉主席(下) 香港「自治」の行方 連載第8回

 

香港誌「前哨」の劉達文編集長(上) 香港「自治」の行方 連載第9回


香港誌「前哨」の劉達文編集長(下) 香港「自治」の行方 連載第10回