淡江大学国際事務戦略研究所の翁明賢所長に聞く 下
香港への影響は限定的
対中依存脱却へ経済浮揚策
軍事バランスも体質改善へ
――1月の総統選、立法委員選挙で際立ったのが民進党と選挙協力した若者世代を代弁する少数政党の「時代力量」(黄国昌主席)の躍進だ。李登輝元総統が精神的指導をしてきた台湾団結連盟(台連)の議席がなくなる中で5議席を獲得している。時代力量の動向をどう見るか。
「時代力量」は、まさに台湾の今の時代が作った政党であり、時代を映す鏡のような政党だ。13年7月、兵役が残り数日で終了する若者が微罪で懲罰にかけられて過酷な労働で死亡した事件が隠ぺいされたとして若者を中心に5万人規模のデモが起こり、その後、ひまわり学生運動が展開される中で時代力量が政党化されたが、これらは時代が作ったものだ。しかし、立法院に5人の議員を送り込んでも、力強い政策提言を続けていかなければ、あと2年ぐらいで政党としての勢いがなくなってしまう可能性がある。台連は議席数がなくなったが、台連と時代力量は協力関係にあり、大局的な見地から民進党の国民党化を監視する立場だ。
――香港では台湾の「ひまわり学生運動」の後、14年9月末から79日間にわたって幹線道路に座り込む雨傘運動が展開されたが、政府との交渉は失敗した。その後、香港の若者を中心に「香港独立」を主張したり、香港を自分たちの「本土」と考えて親中派や中国本土を激しく攻撃する新政党が結党されているが、香港政治の天王山とも言われる9月の香港立法会(議会・70議席)選挙で本土派は議席を獲得できる可能性はあるか。
中国の強い圧力で非常に厳しいだろう。台湾の場合は立法院(国会)を占拠して抗議した学生たちの動きに対して民進党や多くの住民が温かく支援した下支えがあった。しかし、香港は1997年7月、中国に返還され、一国二制度が保障されていると表面的に見えても、主権は中国にある。中国共産党が香港の自由や民主を制御している実態がある。若者たちの下支えになって加護する基盤がないと、選挙でもある程度の票は獲得しても議席獲得は厳しい。
――香港問題を統括する中国の張徳江・全国人民代表大会常務委員長(党序列3位)が5月18日、香港立法会(議会)の民主派議員らと直接意見交換する異例の対応をしているが、香港の学生運動が香港独立を主張する急進的な動きをかなり憂慮しているからか。
張徳江委員長の香港訪問は、香港独立を主張する学生たちの動きを封じることで中国国内の学生たちの動きを抑える内政的な意味がある。香港独立の考え方が無意味であることを香港の民主派に説得して成功すれば国内の独立派勢力を抑えることにもつながるからだ。
――蔡英文政権での喫緊の課題は国内経済政策だ。具体的な復興策で成功する見通しはあるか。
バイオテクノロジーによる生物科学技術、太陽光などによる環境を利用した新エネルギー政策を行い、来年をめどに原発を停止して廃炉にしていく方針だ。対外貿易では中国依存率が約4割である現状から、日本、米国、東南アジア、欧州など全方位での貿易を拡大し、中国の依存率は現状維持のままで貿易相手国を拡充深化させていく。蔡総統の就任演説では「単一市場に依存する状況から決別しなければならない」と貿易多元化を強調しており、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定など広域の経済連携に参加し、東南アジアやインドなどと関係強化する「新南方政策」を推進し、中国市場への過度な依存から脱却しようとしている。
――中台関係を軍事バランスから見ると、中国優位が進んでいる。蔡英文政権は台湾の軍事力強化をどの程度、行うと見るか。
台湾政府は軍の徴兵制から募兵制への大転換を進めているが、蔡英文政権はその双方をうまく使って行くだろう。両岸関係は貿易で見れば全体の4割を依存し、馬英九政権はさらに中国依存を強めた。蔡英文政権は中国依存の割合を変えず、それ以外の国々と協力強化することでリスクを分散する方針を打ち出している。軍事的にも米国との関係を強化することで軍事バランスの中国優位が進むことを抑えていくことになる。
――蔡英文政権になって台湾と日本の関係はどのように深化していくか。
台湾は日本とは安全保障を核に外交、貿易、文化交流での深化を進めていく。安倍晋三首相が首相に就任する前、11年9月に台湾を訪問して蔡英文氏と会談しているし、祖父・岸信介元首相や父・安倍晋太郎元外相も親台湾派だったことからも安全保障に関して深化することを願っている。とくに日本版の台湾関係法については安倍政権次第だ。馬英九前政権は歴史問題で日本に冷たかったが、蔡英文政権は親日であり、米国との関係も深めてさらに軍事力を強化する好機となっている。(聞き手・深川耕治、写真も=終わり)
【翁明賢(おう・みんけん)】台湾のカトリック系大学の輔仁大学ドイツ文学学士を経て淡江大学欧州研究所修士、独ケルン大学で政治学博士取得。台湾戦略研究学会理事長、国家安全会議諮問委員などを歴任し、現職。専門は中国の国家安全戦略と政策など。
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同性婚を認める米国最高裁判決をきっかけに中華圏では同性婚の合法化をめぐり、賛否が先鋭化しつつある。とくに5月に発足した台湾の蔡英文政権は総統選で蔡氏が同性婚容認を掲げたため、与党・民進党の立法委員(国会議員)らが性的少数者(LGBT)による同性婚推進派の意向を反映する形で合法化に向けた法案準備を本格化させている。香港でも同性愛差別撤廃条例案の制定の動きが強まり、中国でも性の乱れを抑止できず、欧米型の同性婚推進や性交避妊教育の推進が市民権を得始めている。(香港・深川耕治)
同性婚を認めている国は22カ国、同性カップルの権利を保障する制度を持つ国・地域は29カ国・地域。アジアでは台湾以外にタイ、ベトナムも国会での法案審議が準備されつつある。
同性婚が認められる国・地域は以下の通り。
オランダ、ベルギー、スペイン、ノルウェー、スウェーデン 、ポルトガル、アイスランド、デンマーク、フランス、南アフリカ、アルゼンチン、カナダ、ニュージーランド、ウルグアイ、イギリス、ブラジル、米国、メキシコ、ルクセンブルク、アイルランド、グリーンランド(デンマーク自治領)、エストニア、コロンビア、フィンランド(2017年より)
登録パートナーシップなどを持つ国・地域は以下の通り。
フィンランド、グリーンランド、ドイツ、ルクセンブルク、イタリア、サンマリノ、アンドラ、スロベニア、スイス、リヒテンシュタイン、チェコ、アイルランド、コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、オーストラリア、イスラエル、ハンガリー、オーストリア、クロアチア、ギリシャ、マン諸島(英王室属領)、ジャージー諸島(英王室属領)、ジブラルタル(英国領)、マルタ、エストニア
※デンマーク、スウェーデン、ノルウェーにおいては登録パートナーシップ制度にあるカップルが同制度にとどまることは可能だが、新規にパートナーシップを登録することは不可。
アジアではこれまで同性婚が認められた国ないが、タイ、台湾あるいはベトナムにおいて法案が可決されればアジア初となる。
写真は香港での同性愛差別撤廃条例を通過させるための民主派デモ。
中国共産党一党独裁に反対し、民主化を求めるデモのはずが、2014年7月1日の民主化要求デモでは、先頭に同性愛差別撤廃を求める巨大なレインボー旗が広がり、民主化デモを完全に乗っ取る形になったため、同デモに毎年参加していた、同性愛に反対するカトリック香港教区の陳日君枢機卿らは2016年のデモに参加することを取りやめた。