ボナール「白い猫」
背中をキューッと丸め、
首をひっこめ、
足をビヨーンと踏ん張って強く伸ばし、
ユーモラスな姿で立っているのは、
猫だ。
この絵はピエール・ボナールの描いた
「白い猫」である。
踏ん張っているとはいえ、
何とバランスの悪い姿なんだろう。
足が長すぎるし、首がない。
猫好きの人なら
すぐにわかるかもしれないが、
この半開きのような細い目は、
何を欲しているのだろう。
いや、何も望んでいない、
ただ気持ちよく、「あ~~~」と、
あくびをしただけなのかもしれない。
ということは、
とても心地よい姿なのか。
周りの雰囲気も、なんとなくのどか。
ここは自宅の庭のようだ。
樹木は柔らかい緑の葉をつけ、
地面には枯れた芝生が見える。
このバランスの悪い白い猫と
このかすみがかかったような背景が、
とてもいいのだ。
疲れた神経と体を包んでくれる。
この絵を観ていると、
いつの間にか、
うとうとと居眠り、なんてことも・・・・・
ボナールの動物好きは有名だ。
生涯で残した
2,300点あまりの絵画のうち
700点ほどは、
どこかに動物を描き込んでいる。
特に猫はボナールにとって
お気に入りの題材だったようだ。
だからこそ、
このような優しい絵ができ上ったのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は
この背中をキューッと丸めにした
白い猫に会いに・・・・・
ボナール「乗合馬車」
この神々しいまでの光りは何だろう。
大きな輪の中に女性がひとり、
この絵はピエール・ボナールの描いた
「乗合馬車」である。
どうやら、この大きな輪は
乗合馬車の車輪のようだ。
ボナールが見た乗合馬車は
太陽に照らされ
大きく黄金色に輝いていたのだろう。
「日本びいき」のボナールはこの時、
何を感じたのか?
どこかで見たことのある、この黄金色、
これは仏像の光輪ではないか!!
と感じたに違いない。
この黄金色は、ただ、
まぶしく輝いているだけではない。
じんわりと温かい空気さえも漂わせている。
大きな黄金色に輝く車輪の前で、
若い女性が身をかがめながら、
こちらを向いている。
表情は優しそうで温かい眼差しだ。
この何気ない雰囲気が
この絵を、さらに
ダイナミックにしているのかもしれない。
ボナールは19世紀末のパリで、
前衛的な芸術家の集団である
ナビ(予言者)派として活躍した。
そんな彼の発想のもとに描かれた
この絵は
車輪を光輪のように描くなんて、
自由で、温かく夢があって、楽しくなる。
この絵は一般的には、
あまり知られていないが、
私は、この黄金色に
すっかり魅せられてしまったのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は
この黄金色の乗合馬車の乗客に・・・・・
ドミニク・アングル「泉」
水瓶を肩にかかえた
裸の女性が1人立っている。
瓶からは水が流れ落ちている。
この絵は誰もが1度や2度、
どこかで目にしたことがある有名な絵だ。
ドミニク・アングルの描いた「泉」である。
岩の割れ目の間に立つ女性は、
若くみずみずしく美しい。
タイトルは「泉」だが、
泉はどこにも見えない。
けれど、このひんやりとした、
涼しげな空気感は何とも言えない。
女性の目の前には深い森が
広がっているようにも感じられる。
などと想像しながら、
この絵を眺めると涼しい風が吹いてくる。
この美しい女性は
〝泉の精”なのかもしれない。
アングルはこの絵を40歳で描き始め
76歳の1856年に完成している。
なんて、長い年月をかけたのだろう。
40歳の時に描いた絵と、
76歳のこの絵と、どんな変化があるのか。
例えば、女性のポーズひとつにしても
ゆるやかなS字をえがき、
何とも言えないしなやかさを醸し出している。
首の傾きや、手の位置もそうだ。
そのひとつひとつにこだわり続け、
長い年月をかけて、
女性の美を追求し続けたのだろう。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は
この美しい泉の精が宿る森へ・・・・・
ドミニク・アングル「ヴァルパンソンの浴女」
風呂から上がったばかりの女姓が
やや前かがみで頭には
赤い模様のついた布を巻き付けている。
この絵は
ジャン=オーギュスト・ドミニク・アングルの描いた
「ヴァルパンソンの浴女」である。
でも、どうして後ろ向きなのだろう。
この女性の顔も見てみたい・・・・・
この絵を描いた画家アングルの絵を観ると、
女性の背中ばかりを描いている。
確かに、この女性の背中は美しいが・・・・・
アングルは女性の背中に魅せられた画家のようだ。
でも、どこにそれほどまでに魅せられたのだろう。
やはり、女性特有の柔らかな肌の質感か、
そして緩やかな曲線なのか。
この様な女性は古代の彫刻でも
見たことがあるような気がする。
やさしい肉感とふくらみの描き方は
親しみを感じ心やすらぐものだ。
そして、それは母のやさしに
通じるものなのかもしれない。
アングルはとても凝り性で、
一枚の絵に10年以上かけたものもあるとか、
また、モデルのポーズにも
強いこだわりを持っていたようだ。
この絵の女性のすこし前傾した姿は
何を語っているのだろうか。
浴女の哀愁か、
脱ぎ捨てられたベットの下の赤いサンダルが
何となく、はかなく悲しく見える。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は
アングルのこだわって描いた
女性の背中を観る旅に・・・・
バスキア「 Cabra 」
真っ赤な背景に、
怪しげな角を生やした、
これは一体、何だろう。
動物か?人の顔か?
左右の目の形が違う。
顔がゆがんでいる。
ボコボコに殴られたようにも見える。
薄暗いストリートの壁や地下鉄に
描かれた落書きのようにも見えてくる。
この絵はジャン・ミシェル・バスキアの
描いた「Cabra」である。
日本語読みでは「カブラ」といい
スペイン語では山羊という意味だ。
間違えてはいけない。
タイトルは「Cabra(山羊)」だが。
描かれているのは「Bull 〈牡牛〉」なのだ。
何故、牡牛を描いたのか?
バスキアはプロボクシングの元世界ヘビー級王者
モハメド・アリを尊敬していた。
モハメッド・アリはベトナム戦争の際、
徴兵を拒否したため
世界チャンピオンをはく奪されていた。
その後、三年半かけて
チャンピオンに復帰したのだが、
その復帰戦の相手がアルゼンチンの
ヘビー級オスカー・ボナベナだった。
この試合でアリはノックアウト勝ちをしている。
このボナベナのニックネームが
「Bull 〈牡牛〉」なのだ。
つまり、アリがボコボコにした
ボナベナを描いたという訳だ。
その時、アリは「GOAT(山羊)」といわれていた。
つまり「山羊」と「牡牛」との戦いで
「山羊」が勝ったのだ。
これは拍手拍手の大歓声だっただろう。
そして、タイトルを「カブラ」としたのは
モハメッド・アリへの深い深い思いが
あったからではないだろうか。
この絵に大好きなボクサーのモハメッド・アリが
絡んできていることはなんとなく嬉しい。
また、この絵は1993年にオノヨーコさんが
購入していたとか、
このバスキアの絵に日本人が25年も前に
絡んできていることは、
驚きと共に、これもまた、嬉しくなる。
今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
モハメッド・アリ 対 オスカー・ボナベナの、
あのノックアウト・シーンを今、一度観てみたい。
バスキア「 Untitled (1982) 」
この絵を観て、ピーンときた人が
たくさんいると思う。
この強烈な絵は一度見たら忘れられない。
そして最近、話題にもなった。
この絵はアメリカの新進気鋭の画家、
ジャン=ミシェル・バスキアの描いた
「 Untitled (1982) 」である。
日本語で訳すと 「『無題』1982年に描く」 となる。
この激しい顔は、
怒っているのだろうか?
それとも、叫んでいるのか?
何かに噛みつこうとしているのか。
それとも、何かを噛み砕こうとしているのか。
頭の上には白い冠のようなものが載せてある。
黒い頭蓋骨の中に描かれているものは何だろう。
目、鼻、白い歯をむき出しにした大きな口、
その口で、何かを噛み砕こうとしているのか。
いずれにしても、強い自己主張をしているのだろう。
しかし、その一方で背景の青がとても美しい。
この爽やかな青の中で、
怒りの塊のような恐ろしい顔が、
少し和らぐような感じを与えているのかもしれない。
バスキアは貧富の差や、人種差別などに、
多くの不安や、憤りを感じていたようだ。
その激しい感情をこの絵にぶつけたのだろうか。
この絵から私達は何を感じとれば良いのか、
それは観る人、
それぞれが感じ取ればいいのかもしれない。
いずれにしても、この絵から、
たくさんのエネルギーをもらえるのは確かだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
バスキアは28歳の若さで亡くなってしまったが、
この絵を描いた頃の若いバスキアに会いに・・・・・
ルーベンス「キリスト哀悼」
敬虔なクリスチャンのルーベンスは、
その信仰心をわかりやすくするために、
このような絵を描いていた。
皆さんもご存知のように
キリストはエルサレム郊外のゴルゴタの丘で
はりつけに処され亡くなった。
キリストの遺体が親族のもとに帰ってきた時の
様子を描いたのが、
このルーベンスの「キリスト哀悼」である。
真ん中の人物がキリスト、
その周りには聖母マリア、聖ヨハネ、
右端は若く美しいマグダラのマリア、
そして天使たちが囲んでいる。
キリストはもう動かない。
脇腹には深い傷、
そして手の甲、足の甲には深く打たれたのだろう、
釘跡がくっきりと見える。
何と傷ましいことだ。
あまりにもリアルで、目をそむけたくなる。
聖母マリアは絶望のあまりか、天を仰いでいる。
周りの聖ヨハネや、天使達もそうだ。
その姿はすべての者に
深い哀しみを与えるものだった。
しかし、頭上には、いくばくかの光が
射しているかのようにも見える。
これは神の救いか。
マグダラのマリアは
右目に大粒の涙が浮かべ、嘆き悲しんでいる。
彼女はキリストにより、
七つの悪霊を追い出してもらい、
キリストの受難にも立ち合い、
復活したさいに最初に出会った女性なのだ。
また、キリストが棺の上に置かれているのは、
これから埋葬を執り行うという意味もあるようだ。
その横には聖母マリアが取り除いたのか、
いばらの棘の冠がそっと置かれている。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この哀しみの場面に・・・・・
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ルーベンス「マルセイユ上陸」
この絵は歴史上の実話を元にしているもののようだ。
場所はフランス・マルセイユ、
そして豪華な客船。
この絵は
ルーベンスが描いた「マルセイユ上陸」である。
この絵は莫大な財力を誇った
イタリア・メディチ家の娘が、
フランス王との結婚のため
マルセイユに上陸した時の様子を描いたものだ。
これは17世紀の
悲劇の女王マリ・ド・メディシスの半生を
描いたもので、24枚からなる
「マリ・ド・メディシスの生涯」の中の、
最も有名な一枚である。
さてこの絵の画面の上半分では
何が行われているのか。
真ん中にいるのが花嫁で
その両隣にいるのは花嫁の親族のようだ。
花嫁の正面には、両手を広げた男が立っている。
どうやらこの男性は
花婿のフランス王アンリ4世のようだ。
花嫁の堂々とした態度に比べ、
国王は小柄で可愛らしくも見えてくる。
これは財力の違いか、
力関係を垣間見たような気がする。
そして画面の下半分は、
上で起こっていることと、
まるで違う場面が描かれている。
3人の裸の女性のなんと魅力的なことか。
よく見ると足元に波がからみついている。
この女性たちは海の女神で、ロープを握り、
花嫁の乗ったガレー船を岸壁に引き寄せているのだ。
それにしてもロープを腕・肩に巻きつけながら
体をくねらせ大胆なポーズをとっている。
このあたりがルーベンスらしい描き方
なのかもしれない。
そして、この絵は高さが394センチもある大画面で、
人物も見やすく大きく、
船や天蓋などの装飾物もしっかりと描かれている。
見どころ満載の迫力ある絵だ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この出迎えの場面に・・・・・
ボナール「花咲くアーモンドの木」
雪をかぶった大きな木、
下には黄色と赤が見える。
この黄色と赤は花か、それとも・・・・・
下は秋の景色のようでもあり、
上は冬?
少々、アンバランスのように見えるこの絵は、
ピエール・ボナールの描いた
「花咲くアーモンドの木」である。
あの小粒でカリカリした、
ときどきつまむ、茶色のアーモンド。
あの美味しい実が、この木になるのだ。
こんなに白い美しい花を咲かせて。
以前に、ゴッホの描いた
「花咲くアーモンドの枝」の絵を観たが、
今回の絵はアーモンドの木、全体を描いている。
しかもこの絵はやわらかい雪のような
花をたくさん付けている。
実際のアーモンドの花は、
桜の花ビラに似ていたが、
春先に咲くのかもしれない。
背景の濃い青色は空の色だろうか、
アーモンドの白い花を一層、
引き立たせている。
さて、左下の黄色い部分だが、
最初は緑色だったようだ。
ボナールは
「左の地面の緑が間違っている。
必要なのは黄色だ・・・」
といって、ここの部分は描き直させたのだ。
そして、緑から黄色に変わったのだ。
79歳のボナールの最期の絵となったこの絵は、
甥に頼んで、この部分を描き直させ、
やっと完成となった。
なるほど、黄色に変えて、
いいアクセントになり、
絵が明るくなったのかもしれない・・・・・
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この雪のような白い花を見に・・・・・
ボナール「猫と女性 あるいは餌をねだる猫」
白いテーブルの前に女性が一人、
そして横には
白い猫が描かれている。
この絵はピエール・ボナールの描いた
「猫と女性 あるいは餌をねだる猫」である。
女性の表情は何故かハッキリしない。
しかし、横にいる猫は、
何と表情豊か。
テーブルの上には皿があり、
その上には魚が一匹、のせられている。
猫は
「そのお皿の魚を下さい。」
「ねぇ、どうしてくれないのですか?」
女性はそれを制するかのように
右手をテーブルの上にパチンと置いている。
涼しい顔で、
「いけません。」
「後であげます。」
とでも言っているのだろうか、
あまり笑顔のない表情で。
猫は前足を上下しながら何回も何回も
お願いしているようだ。
女性と、皿の上の魚を交互に見ながら・・・・・。
このふたりは長年一緒に暮らし、とても仲良し、
こんな風に小芝居をして楽しんでいるのかもしれない。
などと想像しながら、
あまりの可愛いさに、「プッ」と吹き出してしまった。
ボナールは「日本かぶれのナビ派」といわれていて、
浮世絵が好きだったようだ。
この絵も、あまり立体感を出さずに
平面的に描かれているようだが、
どこかに浮世絵につながる部分があるのだろうか?
今晩の
「一人ぼっちのウォークマン」の旅は
この白い猫と戯れに・・・・・









