ひとりぼっちのウォークマン -40ページ目
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ミケランジェロ 「アダムの創造」

今夜は、14~16世紀に起こったルネッサンスの世界へ・・・・・・・・

この時代の代表的な美術家には

ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、
ラファエロなどがいます。


その中でも、ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂天井画、

その一部分の「アダムの創造」はあまりにも
有名です。

ひとりぼっちのウォークマン


その題材は旧約聖書の創世記から描かれています。

第一章では、天地万物の創造主である神
(エホバ)が7日間で全てを創造し、

その6日目に創造させたのが人間(アダム)とされています。


この絵には、神が最初の人間(アダム)に生命を吹き込み、自身の姿・形に似た人間を創造し、

地上の支配者という役割を与える場面が描かれています。


この後、

エホバとアダムの指先が触れる部分は、
神の意思と生命の伝達を表すとされています。


映画のオールドファンであれば、この絵画が
映画『ベン・ハー』の序章で使用されたことや、

向かい合う指が映画『E.T.』のイメージポスターにパロディとして

採用されたことは、有名な話ですよネ。


今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

ローマのシスティーナ礼拝堂天井画を端から端まで、

じっくり探検・・・・・




ムンクの「叫び」 日本中の人がサケビたいのだ!

歴史にのこる戦後最悪の出来事、東北大震災から半年になろうとしている。

政治に期待することも出来ず、日本国民はただひたすら、けなげに頑張っているだけ。

私たちの少しばかりのボランティアだけでは少しも進まないのが現状、

これでいいのだろうか・・・・・
どうしてよいのか分らない。

言いようのない先行きのない不安、救われないイラダチ、
わけもわからない叫びが、今日も充満している。

先ず浮かんだのが、ノルウェー近代絵画の代表的な画家、エドヴァルド・ムンクの「叫び」だ。

ひとりぼっちのウォークマン


ムンクは、幼いころから病弱だった。

5才のとき母親を亡くし、14才のときは姉と死別していて、
日々の暮らしの中で、常に死を意識して生活をしていたようだ。

30才のときの夕方、フィヨルドのほとりを歩いて、ふと空を見上げると、血に染まったかのような赤い雲を見た。

その雲は、自然を貫く不安の叫びのようだった。

そして、人間の不安に共鳴するかのような、その様を、血の朱色で表現した。

その不安定な感情をより一層掻き立てるのが、暗い紺色の背景で、
これは赤い空に対比して、画面に安定を与えることはないように描いたといわれている。


「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、ノルウェーのフィヨルドにしようか、それとも、東北地方にしようか。

・・・・・もう分からない・・・・・




最初は好きになれなかったマネ作「笛を吹く少年」

中学生のとき、マネ作「笛を吹く少年」を見て、対象が自分の年齢と近いところもあって、何か親しさを感じていました。

ひとりぼっちのウォークマン

しかし、笛を吹いているのに、表情がほとんどなく、何か平面的で他人行儀な感じがあり、その絵が、気になってはいましたが、あまり好きな絵ではありませんでした。


大人になって、この絵の解説を知ることになって、
作者はエドゥアール・マネといい、ゴーギャンからは「絵画はマネをもって始まる」と讃えらる程の人だったそうです。

そして、「笛を吹く少年」では、鮮烈な印象を与えるため、独自で大胆な色彩を取り入るほか、

日本の版画から、平面的なアプローチや、強い太い輪郭線を用いて対象と空間を隔離する手法を用いました。

下方にある、彼の尊敬する巨匠ディエゴ・ベラスケス作「道化師バブロ・デ・バリャドリード」から、

対象と空間のみの単純・簡素化された表現手法を取り入れ、今までにない新境地を開拓しているということでした。


有名な画家が、新しい手法、独自性を求めて、苦しんで創出した作品を、改めて、尊敬の念を持って、つぶさに見ることが出来ました。


今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」のさまよえる旅は、パリのオルセー美術館にあるという「笛を吹く少年」を、もう一度見るためにデッパツ・・・です。


ひとりぼっちのウォークマン




人知れず埋もれていた絵画が、ある男の情熱で名画に!!

主人公はベルギーブルッセルにすむ無名のフレデリック・ロラン男爵。

町のある画廊で偶然見つけた絵が、フェルメールのタッチにとても似ていると思い入手した。

その画廊ではニセモノといわれたが、本物と信じ、あきらめきれなかった。
 
その後、あらゆる美術専門家に鑑定を依頼したが、ことごとく「ニセモノ」という判定だった。

しかし、あきらめきれずに、最後にロンドン大学の絵画科学鑑定の第一人者に依頼した。

その結果、フェルメール以外使っていなかったフェルメールブルーの存在と、「レースを編む女」で使用しているキャンバス地と同じものであるとX線分析で証明された。

明らかに本物であることが証明された。

しかし、オークションで一般の美術家に認められる夢を見ていた男爵だったが、不幸にも、そのオークションの直前に亡くなってしまった。

オークションでは6億円からスタートし、3分後に33億円の値段がついて落札された。

フェルメールのニセモノといわれた
「ヴァージナルの前に座る若い女」が、やっと本物と公に証明された歴史的一瞬だった。
e.
ひとりぼっちのウォークマン


今晩、「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
ベルギーのブルッセルにしようか、イギリスのロンドンにしようか、迷っています。

To be or not to be.
・・・一晩、眠れぬ夜を過ごしてしまいそう・・・




フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」

思い出の一品は、この作品です。

少女のなぞめいた雰囲気から「北欧のモナリザ」とも言うべき、印象の強い作品です。
ひとりぼっちのウォークマン

中学校の美術の本で見た時、年もそんなに離れていなかったせいか、身近に感じられ、

しかも、おいそれとは話しかけにくい、近寄りがたい雰囲気を感じさせていた作品でした。

今になって改めて観てみると、当時と同じ新鮮な感情が浮かんできます。

オランダの古都、デルフト。
この街は、フェルメールの故郷として知られています。

この街にある「ホテル・デ・エマウスポールト」は、デルフトの伝統的な家屋を利用したアットホームなホテルで、
スイートルームは『フェルメールの部屋』となっています。

ここにはフェルメールの作品21点が飾られていたり、床は作品に度々登場する黒と白のタイルがモチーフになっていたりと、
フェルメールファンにはたまらない造りとなっています。

今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」は、そのホテルの、その部屋で、一晩を明かします。

明日の仕事は ?? 

どうなったってカマ、イマ、セン・・・・





思いでの絵画「ジョアン・ミロの絵」

心さまよえる旅人、「ひとりぼっちのウォークマン」は、部屋に飾られた一枚の絵を見て、30年前に、思いを馳せました。
ひとりぼっちのウォークマン

その絵は思いでの「ジョアン・ミロの絵」、

この絵画と出合い、それまで絵画とは無縁であった一人の少年が、絵画を生涯にわたって好きになるきっかけになった一枚です。

実際30年前に見たのは、たしか本物ではなく、レプリカではあったと思いますが、写実でない絵を初めて観てショックとともに、その迫力に圧倒されてしまいました。

彼の描く対象は人物であれ動物であれ、原型を激しくデフォルメし、独特の形態、原色を基調とした激しい色使いで描かれ、そのあふれる生命感を目の当たりに見せ付けられ、絵画の懐の深さに、トリコになってしまいました。

そのときは、この絵のアートプリント版を購入して、自分だけの部屋の真ん中に飾ったものでした。

今、見ても、意味とするところは分かりませんが、いつも元気がもらえる絵です。

作品の題は右上に書いてありますが、スペイン語なのか、すぐにわからなかったので今でも気にも留めていません。

今晩は、ミロの生まれた、スペイン、カタルーニャの灼熱の地を、「ひとりぼっちのウォークマン」は旅をする予定で・・・・・

ひとりぼっちのウォークマン

ゴッホの「ひまわり」

心の旅人、ひとりぼっちのウォークマンの見る夢は今回も絵画です。

ひとりぼっちのウォークマン


後期印象派の画家ゴッホの代表作の「ひまわり」は現在、東郷青児美術館所蔵のもので、

20年程前に、当時58億円で、日本の会社が購入したと報道され、ビックリしたものです。

この花瓶に生けられたひまわりの絵は、ゴッホが最も充実していた時代の、明るい南フランス、アルル地方に滞在したときの作品です。

フランスの灼熱の太陽の下に、力強く咲き誇っている「ひまわりの花」は、彼にとってユートピアの象徴であったといわれています。

そんな日差しの強い南フランスのアルル地方を散歩している「ひとりぼっちのウォークマン」・・・・・・今晩の夢はこれで決まり。

手元でいつも眺めていたい「モネの睡蓮」

10年ほど前に、仕事で疲れていたときに、テレビに映ったクロード・モネの「水連」に、何か癒されるような気持ちになって、ジーと見つめていました。

なぜか、とても気になっていたのです。
当時の私の気持ちは、ひとりぼっちのウォークマンそのものだったのです。

ひとりぼっちのウォークマン


友人から、「岡山県の大原美術館に本物があるよ。見に行ってきたら、レプリカなら買うことが出来るかも知れない」といわれて、

後先、考えずに、ひとりぼっちで新幹線に乗って、一路、岡山県倉敷に向かって、新幹線の人となっていました。

あのきれいな倉敷の町並を見ることもなく、直接、大原美術館の、趣のある入り口から館内に入ってみました。

そこには、モネの「睡蓮」が待っていてくれました。
そのそばで、じっと、閉館まで、佇んでみつめていました。

行く前までは、大きな絵画だと思っていましたが、
縦72cm、横92cmの、そんなに大きな作品ではなかったのです。

当時の、私の気持ちを、何も言わずとも、理解してくれているような、
そんな、何もかも包んで癒してくれそうな感じがしました。

そのほか、特に何を感じたのか、良くは覚えていません。ただ眺めていただけかもしれません。ほんとうに当時のことはよく思い出せません。

美術館を出るときに、すぐに、この絵を持って帰りたいといった気持ちがあったので、せめて、「モネの睡蓮」のレプリカを購入しようと申し込んだのですが、

注文製作のため、1ヶ月位はかかるといわれ、注文なら、近間の東京・横浜でも出来ると思い、そこで注文することをあきらめました。

その代わりに「モネの睡蓮」のポスター写真を購入して帰ってきました。

そのポスター写真を自分の部屋の真ん中に飾って、そのときからズーと飽きずに、時おり見ています。現在も健在です。

その後、10年を経過して、画家の趣味も変わり、近間での注文はそれっきりになっています。


ひとりぼっちのウォークマン

クロード・モネ作『日傘の女』

人の記憶はあいまいなもの。どれだけ愛したとしてもどれだけ幸せであっても、

時の経過とともに次第に薄いもやのように、ベールのかなたに包まれてしまうのです。

そんな心情を描いた一枚、クロード・モネ作『日傘の女』。

ひとりぼっちのウォークマン

(画像をクリックしますと拡大されます)
油彩画。季節は初夏、青い空と白い雲。画面を爽やかな風が吹き抜けて、

日差しを浴びた色とりどりの草の上に、白いドレスを着た女性が一人、日傘をさして佇んでいます。

絵画に、近づいてみると荒い筆づかい、何が描かれているか判別できないほどの荒さ。

絵から離れてみると、画家の意図が手に通るようにわかってくるのです。

もっとも、分からないものは彼女の表情。その表情を読み取ることが出来ません。

でも、画面全体の明るい色調から、画家の描く喜びが伝わってくるかのような作品となっています。

なぜか、気になる記憶に残る作品です。

モネが描いた「日傘の女」は3枚あります。他に「散歩」と「左向きの絵」があります。


ひとりぼっちのウォークマン

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特定電子メール法に基づく表記

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