懐徳館庭園(懐徳園)@東京大学・本郷キャンパス
懐徳館庭園(懐徳園)@東京大学・本郷キャンパス東京大学の本郷キャンパスは加賀前田藩の上屋敷だったことは良く知られているし、大名庭園・育徳園の池は通称「三四郎池」として、これまた著名だ。明治になり、その敷地の大半は東京大学となるも、前田家は本郷キャンパスの南西隅に広大な邸宅を構えていたとは知らなかった。明治38年に和館、明治40年に洋館を竣工し、明治43年の明治天皇の行幸を前に日本庭園を整備した。竣工時の西洋館と日本庭園。現在のこの角度からに近い。大正15年前田邸と代々木演習林の交換により前田邸は駒場に移転し敷地と建物は昭和3年に東京大学に寄贈され「懐徳館」と命名され、迎賓館として使用された。しかし、懐徳館は昭和20年の東京大空襲によって焼失した。東京大空襲では懐徳館以外の本郷キャンパスの建物は被害を免れた、と云うのは奇跡的かもしれない。現在の和風の建物は昭和26年に再建された。懐徳館庭園は芝庭と石を多用した池泉と築山で構成されている。現在はポンプを使用した人工の滝は使われず、涸れ池と大きな石組が残る。総合研究博物館増築時に出土したという西洋館の基礎が、総合研究博物館の近くに保存されている。総合研究博物館には2度ほど訪ねた。入場無料で多岐に渡る資料が展示されていた。総合研究博物館の辺りが前田侯爵邸(懐徳館)の西洋館が建っていたらしい。東京大学埋蔵文化財調査室助手の原祐一先生が主宰する史跡見学会「加賀藩・富山藩コース」に参加したので懐徳館の庭園を見る機会を得た。普段も公開されているのかどうかは分からなかったが、この日(10月15日)はホームカミングデーで、公開講座やシンポジュームなどが開催されていた。懐徳門、現在通行は出来ない。総合研究博物館の裏側で目立たない場所だ。邸宅の全ては空襲で焼失したがこの門とレンガ塀は貴重な遺構。