民営文化センター -60ページ目

民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

      学校説明会

 

 小顔で長身の生徒会長君が玄関ホールの掲示版の前で案内してくれました。

 

 この学校では受験希望者のための教師主導によるオフィシャルな説明会は一切無い代わり、学校祭の期間中、生徒により自主的に企画・運営されます。


 

 2年前は、普通の教室で開催され、参加者も少なかったのですが、今年は中3と思しき私服、制服の若い子の整理券を待つ長蛇の列が見られました。

 

 この“学校祭中に催される”というのがミソで、受験生は祭のムードの中で“大学受験に有利な学校云々”などという親の思惑はサラサラ念頭に無く、“来年、この祭りの輪に入りたい”の心境と思われます。

 

 これが「絶対に合格するぞ!」と言わせるモチベーションの正体であり、ブランド力(りょく)の源泉となるものです。

 

 

 

 これからは、世間で話題になる“東大に何人入った”とかが重視されなくて、特色があり充実した高校生活を送ったかどうかが評価される時代が来ると思います(→出身高校で評価)。

 

 ここで実質(浪人時代を含め)4年間を過ごし、ひとまず完結する人間形成の期間は高く評価され、実りある人生が期待されます。私が経営者なら(紐付き奨学金を約束の上)青田刈りに乗り出すかも知れません。

 

 ネットに書き込まれる話題として、入学後の勉強がありますが、たとえビリになっても、凄い奴や変わり者がゴロゴロいるので、彼らを観察するだけでも入学する価値はあると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  短期留学体験報告

 

 

毎年夏休み、10数名の生徒がイギリスにミニ留学に出かけ、その成果を学校祭の会場でも発表します。

 

玄関ホールの吹き抜けスペースで、自身のポスターの前にいた2年生のT..君が色々教えてくれました。

 

今年は30名ほどの志願者があり、審査のうえ選抜され、トレーニングを経て出かけたとのこと。

 

展示を見ると、すべて英文なので、みな帰国子女レベルかと思いきや、そうでもなさそうです。

 

問題は中身ですから。

 

 

彼自身、自動運転システムを研究したいのだが、その前に“自動運転に伴うトラブルの法的な解決策をハッキリさせておくべき”というのが今回の研究の骨子のようです。

 

彼は自動運転の運用面に不安が無い状況下で、(技術面について)思い切り研究してみたいと抱負を語っていました。

 

「自分は超理系ですので・・」と胸を張っていたのが印象的でした。

 

 

その他の研究については以下のようです。

 

タイトルだけでもフォローしてみてください。

 

 

 

 

  幾つになっても学校祭は楽しめます。

 

 

 

 

 

  ちはやふる の世界へようこそ

 

  1階の畳の部屋が会場で、手書きのポスターがお出迎えです。

 

  練習用ユニフォーム  競技かるたは体育会系。

 

  見学者に手ほどきしています。

 

  競技の実演  右手のBOXが専用CDプレーヤー

 

  活動状況報告 皺々で“使いまわし”がひと目でわかるぞ。

 

  かるたの聖地 近江神宮   ここではさすがに制服ですね。

 

 さて

『続 法隆寺は移築された 建築史学入門』には後半95頁にわたり「小倉百人一首再論」が掲載されていますので、一昨年に続き、競技かるた部に最新版1冊差し上げました。

 

米田流の百人一首解釈が競技にどのような影響を及ぼすか興味があります。

 

古文、日本史の入試に向けては要注意ですので、3年生は読まないほうが無難でしょう。

 

競技のデモンストレーションでは競技専用のCDプレーヤーから和歌が流れます。

 

 

「難波津に咲くやこのはな冬ごもり 今は春べとさくやこの花」

 

 これを聞くと米田史学マニアは一瞬姿勢を正し、ニッコリするのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年前にも行きましたが、今回も見所が沢山ありました。

 

2年の違いだけでも、微妙な変化が分かります。

 

1年ごとに1/3の入れ替りという「希釈」を繰り返しても、自分たちの頃の「成分」も“0”とはならず、僅かながら残り伝統は守られています。

 

時には環境や制度が変わり「復古」し、巷の話題になることもあります(学校群制度の終焉)。

 

伝統にかかわる要素として「建物」(校舎など)の果たす役割は果てしなく大きいと思います。

 

各地で保存運動が巻き起こりますが、“遺したい気持ち”の本質が理解されていないことが多いようです。

 

旭丘の校舎は昭和13年竣工のものを模したのですが、今の所、一定の評価は得られている、と思われます(生徒諸君の頑張りのお陰?)。

 

以上の様な目線で、以下の校舎周りを中心とした写真集をご覧ください。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒諸君良く頑張った。

 

祭りの直後は憂鬱なものですが、しばらく辛抱・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最新の中学生向けの社会科の参考書を見てビックり。

 

大和朝廷の起源がどんどん早まっている。

 

図のAの部分は239391年の間に(大和朝廷の発展が)進んだと思わせる仕掛けである。

 

538年に仏教伝来(B)だと?

 

それって、高句麗系の連中の勝手な言い分じゃないか!

 

517年に佐賀県三瀬村で長谷観音が像立された事実を伏せ、長谷寺全体を大和に移築して自らが新築したように振る舞う。

 

このように九州王朝「倭国」の出来事を我が事にするのは朝飯前で、枚挙に暇が無い。

 

『日本書紀』が嘘まみれだと言う人は多いが、対案(説)を示す人は少ない。

 

中でも一番犯罪的な嘘は「磐井の乱」であり、このミスリードは国家のプライドを最大限貶めている。

 

仏教サイドからは「阿弥陀如来」、神道サイドからは「八幡大菩薩」として、すべての倭国民から慕われた国王(倭薈)を乱暴なイメージの地方豪族に仕立て上げ、落としめている。

 

現在、落ち目の我が国が何とか踏ん張っているのも、海外から「無宗教なのに・・・ 」と評価される日本人の美徳も、この約1500年前のスーパースターのお陰だと同意してくれる人がもっと増えて欲しい。

 

その彼の第1号像は奈良薬師寺に「薬師如来」と偽られて鎮座しておられる。

 

現在、流布している仏像本で読む価値のあるものは一冊も無い。

 

フェイクは徹底している。

 

 

 

 

 

 

 

2008年当時、ひとまず保存した「週刊新潮」の記事です。

 

記者の文章は、いったい何が問題点なのか分からないまま書いている印象ですが、「米田史学」を学べばスムーズに理解できます。

 

東北は大宰府を首都とする「倭国」の連邦のひとつでしたので、会津で後漢時代の銅鏡が発見されても何ら不思議ではありません。

 

東北は自らの連邦を「日本」と名乗っていましたが、その名称を本家「倭国」に譲り渡したのです。

 

乗っ取り政権である大和朝廷(~現在)はその名称を「壬申の乱」(学校で習うのとは異なる)の後、さも昔から自分の国の名称の様に名乗っているのです。

 

「日本」と聞いたら、「東北」と反応しましょう。

 

 

 

 

 

 

長谷寺ファンなら、ひと目で、そそられる表紙です。

 

一昔前は今より元気があって、古書市に頻繁に出かけていました。

 

丁度、長谷寺に興味を持ち始めた頃で、掲載されている白黒写真が綺麗なのと、ためになる文章がいっぱいのように思えたので、迷うことなく買い求めました。

 

著者は文芸評論家の中でも重鎮のようで、森羅万象を知り尽くし、自信に満ち溢れ、圧倒的な上から目線の文体です。

 

期待して読み始めたのですが、色々講釈を聞かされた挙句、何かモヤモヤした感じが付き纏うのです。

 

最近、再びチャレンジする機会があったのですが、以前よりさらに読む楽しさが沸いてこないのです。

 

以前は当方の読解力・教養のなさが原因であり、その後の自分には全く進歩が無かったのではないか、と悩むところでしたが、前回と今回の印象が一致した理由を考えたところ、

 

そもそも、本書の内容がフェイクであり、それに気付かれないための言い回しは、読み手に不協和音的感覚を投げかけるのであって、自分は本能的にそのようなフィーリングに反応したのだと思います。

 

「米田史学」を学び、真実の歴史を知ってしまった現在では、更にその感を強くします。

 

逆の立場を考えてみるに、定説派が「米田史学」に感じるフィーリングは更に不快なものであると想像します。

 

 

 

 

 

 

大和朝廷の前身であり、倭国の一連邦でもある扶桑国では、新羅を中心とした韓半島出身の「在日」の元祖が支配層となり、彼らが採った唐に対する売国奴的行動により白村江の戦いでは、いとも簡単に宗主国である倭国に勝利し、壬申の乱以降、自らを「日本」と騙り、乗っ取り王朝がスタートします。

 

倭国(九州王朝)は終わりの頃「日本」を名乗っていたのですが、その国名を乗っ取られるのみならず、すべてを乗っ取られ、その挙句、歴史上、無かったことにされてしまったのです。

 

そのインチキの歴史がスタンダードとして現在、学校で教えられているのですから、それを暴く「米田建築史学」が御用学者筋から煙たがられるのは当然です。

 

このように大和朝廷日本は始めから「在日」支配であり、途中から列島に流入する者は数知れず、自身がピュアな倭国人かどうかもわからない、というのが現実なのです。

 

しかし確実に言えることは、フェイク・ヒストリーのままでは、純粋な日本人が権力を手にすることは有り得ず、永遠に属国民生活を続けることになるのです

 

即ち、国を動かす者が韓半島経由人達で固められ、昔は唐への売国、現在はUSへの売国も加わりダブル売国、しかもピュアな倭国人はボーっと暮らす毎日で、亡国の危機に気づかない。

 

そんな中、「日韓の断層」と言うのですが、韓半島人同士が深層で対立しているのであって、ピュアな日本人は無関係です。

 

大昔、新天地を求めて海峡を渡る勇気がなく半島に留まった者たちの子孫と、思い切って移住して羽振りが良くなった者たちのいがみ合い、と考えれば分かりやすいのでは・・・

 

植民地支配云々の話も、出自が同じもの同士のほうが遠慮がなく、簡単に衝突しているに過ぎない、と これまた、分かりやすいのでは・・・

 

 

・・・・・・と思いますが。

 

 

 

 

 

“わが子の学校でのトラブルを教師とともに解決する方法”が9月10日の「日経」夕刊に載っていました。

 

 

このテーマは今に始まったことでなく、戦前でも話題になっていたことを以前書きました。

 

 

「シューベルト教授の父兄の心得25か条」です。

 

 

このドイツ発祥(?)の教育マニュアルを中心に据え、一冊にまとめたのが『名古屋教育ママ物語』で、「シューベルト教授の父兄の心得25か条」をサブタイトルにしました。

 

 

一風変わった出来上がりで、見る者によって受け止め方は以下のように様々です。

 

 

即ち、著者の自分史、女の一代記、旧制女学校資料、日本近現代史、教育論、子育てマニュアル、現代教師の精神安定剤、受験合格お守り、等々。

 

 

興味のある方はご一報下さい。

 

abandjcclub@gmail.com

 

小・中学生を持つお母さん、スランプに陥った先生方には特に効能があるとの声が初版を読んだ人から漏れ聞こえています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年前、愛知県立旭丘高校の学校祭(鯱光祭:

ここうさい)を見に行きました。

 

 校舎建替え後、初めてです。

   

 問題の当時、私は保存派でしたが、生徒諸君にとっては学習環境が改善され、ひとまず建替えは正解であったように思えます。

 

 しかし、伝統校のプライドがあるなら、玄関のある西ウィング(昭和13年完成)だけでも新校舎の設計全体の中に組み入れるべきだった、と今でもそう思います。

 

 2年前の母校訪問については、このブログに連載しました。

 

 普段が年寄り相手ですので、若い諸君を間近に見ると元気を貰えます。

 

 昨年も訪問を楽しみにしていたのですが、不自然な悪天候に阻まれて実現しませんでした。

 

ポータルサイト上、生徒諸君の奮闘振りがガンガン伝わっていたのに残念でした。

 

それに引き換え、今年のツィッター記事はなんとなく元気が無いようです。

  

本番が素晴らしいものであることを期待しています。

 

昭和60年頃のテレビ番組でダークダックスのマンガさんが母校を訪れているのですが、ちょうど学校祭のシーズンだったのですね。