「米田建築史学」で解く「日韓の断層」:なぜ話が通じないのか。 | 民営文化センター

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民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

大和朝廷の前身であり、倭国の一連邦でもある扶桑国では、新羅を中心とした韓半島出身の「在日」の元祖が支配層となり、彼らが採った唐に対する売国奴的行動により白村江の戦いでは、いとも簡単に宗主国である倭国に勝利し、壬申の乱以降、自らを「日本」と騙り、乗っ取り王朝がスタートします。

 

倭国(九州王朝)は終わりの頃「日本」を名乗っていたのですが、その国名を乗っ取られるのみならず、すべてを乗っ取られ、その挙句、歴史上、無かったことにされてしまったのです。

 

そのインチキの歴史がスタンダードとして現在、学校で教えられているのですから、それを暴く「米田建築史学」が御用学者筋から煙たがられるのは当然です。

 

このように大和朝廷日本は始めから「在日」支配であり、途中から列島に流入する者は数知れず、自身がピュアな倭国人かどうかもわからない、というのが現実なのです。

 

しかし確実に言えることは、フェイク・ヒストリーのままでは、純粋な日本人が権力を手にすることは有り得ず、永遠に属国民生活を続けることになるのです

 

即ち、国を動かす者が韓半島経由人達で固められ、昔は唐への売国、現在はUSへの売国も加わりダブル売国、しかもピュアな倭国人はボーっと暮らす毎日で、亡国の危機に気づかない。

 

そんな中、「日韓の断層」と言うのですが、韓半島人同士が深層で対立しているのであって、ピュアな日本人は無関係です。

 

大昔、新天地を求めて海峡を渡る勇気がなく半島に留まった者たちの子孫と、思い切って移住して羽振りが良くなった者たちのいがみ合い、と考えれば分かりやすいのでは・・・

 

植民地支配云々の話も、出自が同じもの同士のほうが遠慮がなく、簡単に衝突しているに過ぎない、と これまた、分かりやすいのでは・・・

 

 

・・・・・・と思いますが。