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February 18, 2018

IT/イット “それ”が見えたら、終わり。 (4点)

テーマ:ドラマ

採点:★★★★☆☆☆☆☆☆
2018年2月6日(飛行機)
主演:ジェイデン・リーベラー、ビル・スカルスガルド、ジェレミー・レイ・テイラー、フィン・ウルフハード、ソフィア・リリス
監督:アンディ・ムスキエティ
原作:スティーヴン・キング

 

 原作がスティーブン・キングで、北米での興行収入が「シックス・センス」を上回り、ホラー映画歴代No.1の大ヒットを記録したということもあり、楽しみにしていたが、日本での劇場公開時はタイミングが合わず見逃した。しかし、タイ行きの飛行機でプログラムにあったので、機内で鑑賞した。

【一口コメント】
 この作品=「
スタンド・バイ・ミー」x「リング」x「エルム街の悪夢」÷5(いや10か?)・・・です。


【ストーリー】

 児童失踪事件が相次いで起きていた静かな田舎町で、ビルの弟が大雨の日に外出し、姿を消してしまう!!自分を責め、悲しみにくれるビルの前に現れた"それ"を目撃して以来、ビルは恐怖にとり憑かれてしまう。
 夏休みに入る頃、不良たちからイジメの標的にされている子供たち、"ルーザーズクラブ"、転校生ベン、そして薬局で出会った父親の性的虐待に恐怖を覚えるビバリーらと共に連続行方不明事件の謎を探ることとなる。ビルと同じく"それ"に遭遇した子供たちとビルは手を組み、"それ"に立ち向かう―――!!

【感想】

 機内で鑑賞したからか、かなり緩い内容だった。
 劇場での予告編などからホラー映画として売り出していたのだが、ホラーというよりはダーク・ファンタジーのような内容。何なら「
スタンド・バイ・ミー」のような青春映画の要素もある・・・というか、そっちの要素の方が多いくらいな印象だ。
 主人公はいじめられっ子の子供たちで、死体を探しに行くわけではないが、原作が同じスティーブン・キングで、時代背景や田舎町を舞台にしていることもあり(カバード・ブリッジが出てきた時は「
マディソン郡の橋」すら頭をよぎった・・・)、そこかしこにあの名曲が流れてきそうな雰囲気を感じてしまった。

 ホラーとして一番の欠点は"怖くない"こと、これに尽きる。
 貞子の役割としてピエロの姿をしたペニー・ワイズなるキャラが登場し、貞子=井戸といった感じでペニー・ワイズ=下水という関連付けは見事。下水=町のいたる所にあり、ペニー・ワイズが町のいたる所に突然登場するという恐怖感を煽る設定はさすがスティーブン・キング。
しかし音響の効果であったり、暗闇で見ることによって成り立つ恐怖感というものがほぼゼロの機内という環境が作用しているのかもしれないが、いかんせん怖くないのだ。ところどころで見せる「
リング」の貞子を思わせる演出があるのだが、ハリウッドでもリメイクされたこともあり、今更怖くない。

 また怖くない一因が青春要素を随所に入れてしまったこと。せっかくホラー的要素を入れても、その後に青春ドラマが入り、緊張感が削がれてしまう。ずっとこの繰り返しなので、ワンパターンと言えばワンパターンで、ドラマのシーンが終わったから、そろそろ恐怖シーンが来るでしょ?と心の準備ができてしまう。
 これが上手いホラー映画だと、ジェットコースター・ホラーというジャンルを築いた「
スクリーム」シリーズのように、"怖さ"と"笑い"にメリハリをつけて、ジェットコースターの起伏をしっかりさせ、テンポの良さにつなげ、ずっと緊張感を保てるのだが、この作品はそこがダラダラ感につながってしまっている。

 そして"子供にしか見えない"という設定も、上手く活かされていない。子供にしか見えないが、大人にも何かしら気づかせるという設定が少しでもあれば、大人の観客にも恐怖を感じさせることができたのだが、そこは明確にルール分けされている。
 その典型がビバリーの家の浴槽のシーン。ビバリーや他の子どもたちにはバスルームが血まみれになっているのが見え、全員で掃除をすることになるのだが、ここでピエロの姿は見えないが血のみでも父親に見せるなどのシーンが入っているだけで恐怖感というのは大きく変わったはず。
 子供達にはその原因がピエロというのがわかっているのだが、大人にはそのピエロが見えないため、子供以上にその不気味感は強いはず。演出の順番的にも最初に大人が異変に気づき、子供がそれに続き、子供にしか見えないピエロを追っていくという流れになっていれば、謎が少しずつ解明されていく=その解明された答え以上の恐怖を演出するというホラー映画の王道ストーリーになっていたと思うと残念だ。そうなっていれば、たくさんの子供が行方不明になっているという設定もより活かされていたはず。

 また"子供にしか見えない"という設定は夢の中で襲われる「
エルム街の悪夢」を連想させる。フレディのような逃げられない絶対的な怖さでピエロを描いていれば、もっと怖さを増すことができたのだろうが、そこがこの作品は弱かった。
 ピエロ=貞子xフレディ÷5くらいの感じで、日本的な心霊的な恐怖とハリウッド的な映像的な恐怖の両方をミックスしているのは良いのだが、良いとこ取りをしようとして逆に失敗してしまっているように見える。
 その1つの要因が子供たちの対応だろう。ピエロと対峙した時の恐怖感=圧倒的絶望感の見せ方が弱いので、ピエロの怖さが際立っていない。
 またピエロが台詞を話すのも恐怖感を醸し出すという意味では大きなマイナス。古今東西恐怖の対象というのは無口が多い。それなのにピエロは結構な長台詞を話すし、子供たちの前に頻繁に登場するため、ミステリアスな存在ではなくなってしまっているのだ。白昼堂々と登場したり、心理攻撃よりも物理攻撃が多かったりというのもどうなんでしょう?

 そしてこの"怖くない=恐怖がない"というのが、この物語の設定上、致命的な欠点になっている。
 というのは、いじめられっこの子供たちの1人1人がそれぞれ個別の"恐怖感"というのを持っており、それがきかっけとなり、この作品をホラーたらしてめているのだが、こちらが恐怖を感じない以上、子供たちの恐怖感というものに感情移入ができず、主人公たちの行動を理論上は理解できるのだが、深い部分で共感していない状態で物語は進んでいく。そしてその状態で1人1人が心の奥にある恐怖を克服する最後の場面に到達するため、このラストシーンが全く活きてこないのだ。
 だから恐怖を克服した後にピエロを倒すシーンは子供たちが倒れたピエロを集団暴行(少し前の時代風に言うならばオヤジ狩り)しているようにしか見えず、何ならピエロに感情移入してしまいそうにすらなってしまう・・・。
 これが圧倒的にダメな部分。仮に子供たちが倒すにしても、ここまで圧倒的に子供たちが強くては絶対にダメだ。子供たちが力を合わせても絶対に倒せないくらいの力の差があるところに奇跡的な要因が複数重なり合った結果、何とか倒せた!!くらいの演出にしておかないと見終わった後の、後引くような恐怖感というものはないに等しい・・・というか、この作品に関していえばゼロだ。
 例えば、オープニングで子供の腕がちぎられるシーンがあり、そこではピエロの残忍性が描かれているのだが、それ以降はそれ以上のインパクトが一切ない。オープニングのキャッチとして描いたというのはわかるのだが、クライマックスにもそれくらいのインパクトあるシーンを持ってきても良かったのではないか?と個人的には深く思う。

 ホラー映画だという先入観を持って、機内で鑑賞してしまったためか?かなり想像とは異なる内容にがっかりの作品でした。

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January 22, 2018

スター・ウォーズ -エピソード8・最後のジェダイ-(5点)

テーマ:ドラマ

採点:★★★★★☆☆☆☆☆
2017年12月31日(映画館)
主演:デイジー・リドリー、マーク・ハミル、キャリー・フィッシャー
監督:ライアン・ジョンソン

 

 2017年最大の目玉作品として世界中で注目された「スター・ウォーズ」第8弾。 

【一口コメント】
 "フォース=なんでもあり"となってしまった新しいスター・ウォーズの始まりの作品かもしれません・・・。

 

【ストーリー】
 銀河帝国軍の残党ファースト・オーダーと新共和国のレイア姫が率いる私設軍隊レジスタンスの戦闘が激化する中、行方が分からなくなっていた伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーが発見される。その頃、ファースト・オーダーの大艦隊がレジスタンスの基地を襲っていた。ポーがレイアの帰還命令を無視して多大な犠牲を払った結果、なんとか敵の軍艦スター・デストロイヤーを撃沈することに成功する。しかしハイパースペースを利用して逃げた先にもファースト・オーダーの軍隊が追ってきてしまう!!。
 一方、ジェダイ・マスター、ルークの元へ向かったレイは、レイアがルークの帰りを待っていることを伝えるが、ルークはそれを拒否し、レイに島から去るよう告げる。しかし時間をかけて説得していく中で、"ミレニアム・ファルコン"の名前を聞いたり、チューバッカやR2と再会したり、更にはハン・ソロが殺されてしまったことを聞いたルークは悩んだ末に、レイにジェダイとしての修行をつけ始める―――。

【感想】
 まず何はともあれ、最初に思ったのが、「主人公のレイが太った?」ということ。
 シーンによると言えばよるのだが、
前作ではエピソード1~3のナタリー・ポートマンとその影武者役のキーラ・ナイトレイとどことなく似ていると思えたのだが、今作ではそう思うシーンがなかった。エピソード7~9までの3作まとめて撮っているのだからそんなことありえないだろうと思っていたが、3作別々に取っているようなので、実際太ったのかもしれない。
 なぜ別々に撮っていると気づいたのか?というと、レイア姫役のキャリー・フィッシャーがこの作品撮影後に逝去し、エンドロールの最後にそのことが記されていたため。ということはエピソード9は彼女無しで脚本を大幅に修正して撮影が進むのか?あるいは代役を立てて進むのか?いずれにせよ、最後のエピソードはいろんな意味で大注目の作品になりそうだ。

 

 続いて気になったのが、前作では実質ハリソン・フォードが主役だったが、今作はマーク・ハミルが実質の主役になっている。3部作の2部作まで終わっていながら、真の主役であるはずのレイがあまり活躍していないのが気になるところではあるが、もしかしたら今回の3部作は最初から最後まで群像劇で描くつもりなのかもしれない。
 フィンとローズがレイ以上の活躍を見せたり(結局、全く意味が無かったが・・・)、ポーが1人で良くも悪くもかき乱したわりには最終的に旗艦を捨てることになったり・・・、R2-D2やC-3POを完全に脇役に追い込むほどBB-8が大活躍したり・・・、といった点はまさに群像劇。
 あるいは完結編でのレイの活躍を際立たせるための敢えて抑えた演出かもしれないので、そこは次回作を待ちたい 。

 そしてもう1つ気になったのが、"フォース"。
 一言で言うと「フォースってなんでもありの魔法のような力だったっけ?」という疑問がそこかしこで湧き上がるのだ。
 例えばレイとカイロ・レンのフォースを使った対話。距離に関係なく通じてしまう問題と実際にその場にいるほどの鮮明な映像という点を除けば、まぁこれは旧シリーズでもそれっぽい演出もあったので、まだ良い。実際、この2人の会話によって相互理解が深まっているので、新解釈という理解はありかもしれない。
 続いて気になった・・・というか驚いたのが、レイアのフォース。宇宙船が爆破され、宇宙空間に放り出されてしまったレイアが見せるトンデモな力。さすがに「これはないわ~」という演出だった。
 そしてクライマックスのルークが見せたフォース。「これもないわ~」って演出なのだが、ここはクライマックスということもあり、ここを突っ込みだすと「話全体がないわ~」になってしまうので、華麗にスルーってことで・・・。
 また「フォースは岩を動かしたり、人を操る力じゃない」とルークがレイに教えたはずなのに、岩を動かして仲間を救うシーンを挿入してしまうのもどうかと思う。せっかくカイロ・レンとフォースで会話ができるシーンを入れているのだから、レイアとフォースを使った会話で隠し通路を誘導するといった演出にすれば良かったのに・・・。
 このまま"なんでもあり"のフォースを許してしまうとスター・ウォーズの世界観が崩壊してしまうのではないだろうか?

 また相変わらずカイロ・レンは仮面をすぐに取る・・・。
 改めてこのキャスティングはイマイチ。前作のレビューでも書いたが、「良い作品には必ず良い敵役がいるという今までの映画の歴史からすると、その点においてこの新3部作は不安で仕方がない。今回は敢えて情けない男として描き、次作以降で主人公だけでなく、敵役も成長していく過程を描くための壮大な伏線だと思いたい・・・」と前回書いたが、やはり残念なまま終わりそうだ。

 

 とダメな点ばかり書いてきたが、もちろん良い点もある。
 いくつか見せ場は合ったのだが、基本的に冒頭のポーの活躍以外、この作品の中ではレジスタンス側は敗北しかしていない。これは3部作の2作目ということで完結編で"ジャンプする"ためにこの作品は"かがむ"ことに徹しているのだと思われる。特にフィンとローズの潜入は全くの無駄なシーンだし、レイア達レジスタンスも旗艦を捨てることになったし、良いところ無し。これらはすべて完結編で"ジャンプする"ための"かがみこみ"だと思われる。
 唯一の救いはレイとカイロ・レンが組んでファースト・オーダーの最高指導者スノークを倒したことだろうが、一番の強敵を2作目で倒す=完結編でいよいよカイロ・レンが強敵となるための布石="かがむこみ"と考えられる。
 こうして徹底的に"かがみこむ"ことに専念しながらも1つの作品として成り立たせたストーリー展開は素晴らしかった。その一番の要素はやはりルークの隠れた人間性の部分だろう。エピソード4~6で描かれた根っこの部分=ダメ人間の要素が、この作品に深みを与えている。ルークはジェダイ養成学校を設立し、そこにいたカイロ・レンを育てていたのだが、ダークサイドに引き込まれそうなカイロ・レンを殺害しようとして、それがきっかけで結果ダークサイドに落ちてしまったという流れはエピソード1~3のダースベーダー誕生のストーリーを連想させてくれる。

 またロゴの色を今までの黄色枠から赤枠に変え、ストーリーの中でも赤をメインカラーとして描いているのも良かった。赤と言えばこの手の作品だと血を連想させるわけだが、そこを逆手に取り、白い塩原の大地での戦闘シーンでは実際に流血することなく、塩が赤くなることでそれを連想させる演出などは今までに見たことのない演出方法で感心させられた。
 また血=血縁関係という意味でもいろいろな人間関係にメタファーが隠されていて、そういう意味でも赤をメインカラーにして、ロゴの色までも変えたという事実が素晴らしいと感じた。

 そして深い言葉もいくつかあった。
 ヨーダがルークに語った「失敗こそ最高の師だ!」といった台詞、そのルークが自らに問いかけた「ジェダイの存在がダークサイドを生んでしまっているのではないか?」という台詞、この2つの台詞は印象的で、特にルークの台詞はこのシリーズ全体を貫く根柢のテーマともいうべき内容で、いろいろと考えさせられる台詞でもある。

 何はともあれ、ファースト・オーダー側もレジスタンス側もどちらも精神的支柱(スノークとルーク)を失ってしまい、組織としては小粒になってしまった感が否めない。そもそもこのエピソード8は銀河全体の話というよりは辺境に逃げ込んだレジスタンスの本営とそれを追うファースト・オーダーの局所的戦いだった感も否めない。
 このあたりエピソード9でどのように盛り上げるのか?あるいはおなじみの冒頭の奥へと吸い込まれていく説明文でその辺りはバッサリ切り捨ててしまい、エピソード8は何だったのか?となってしまうのか?
 はたまたラストシーンでホウキをフォースで引き寄せた奴隷の少年がレイを食ってしまうほどの活躍を見せるのか?そもそも前作で提示された謎がすべて回収されるのか?
 いろんなものを抱えた状態で完結編を待ちたいと思います。

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December 30, 2017

鋼の錬金術師 (5点)

テーマ:邦画

採点:★★★★★☆☆☆☆☆
2017年12月23日(映画館)
主演:山田 涼介、本田 翼、ディーン・フジオカ、松雪 泰子
監督:曽利 文彦

 

 月刊少年ガンガンにて連載され、アニメ版映画も2回作られ、更にはアメリカでも劇場公開されている原作の実写化ということで、悪い意味で話題になっていた作品。

【一口コメント】
 錬金術バトルの内容は期待以上で、西洋風ファンタジーのオール日本人キャストという部分に関しては前評判通りの作品でした。

 

【ストーリー】

 死んだ母親を復活させるべく錬金術で禁忌とされる人体錬成に挑戦したエドとアルの兄弟。錬成は失敗に終わり、エドは左脚を、アルは体全体を喪失してしまう―――。 その後エドは心理の扉を開け、自分の右腕と引き換えにアルの魂を鎧に定着させることに成功する。エド自身も失った左足と右腕にオートメイルと呼ばれる機械鎧を装着し、史上最年少で国家錬金術師となり、鋼の錬金術師と呼ばれる存在となっていた。そしてエドとアルは失ったものを取り戻すため、賢者の石を探す旅に出る―――。

【感想】
 良くも悪くも(どちらかというと悪い方が大きかったか?)評判になっていた作品だが、個人的には悪い意味での前評判のおかげでハードルが下がっていたせいか、意外と楽しむことができた。
 とはいえ、物語に入り込めるかどうかを決める最初のオープニングが違和感満載だったため、世界観に入り込むまではかなり厳しいものがあったのも事実。日本人の子役2人が金髪にして、母親に接するシーン、違和感あり過ぎて興醒め。そこは外国人の子役をキャスティングしても良かったのではないか?主役の山田涼介とは違い、この2人の子役で客を呼んでるわけではないのだから・・・。
 もしかしたら「日本語を話せないとダメなので」的な理由があるのかもしれないが、それならその後に続く、人体錬成のシーンでの2人の演技力の無さときたら、TVドラマであっても許されないレベルなので、2人の子役は無言で演技をさせて、山田涼介の声をナレーションとしてかぶせた方が良かったのではないか?と心の底から思った。

 ・・・とまぁ、オープニングは史上稀にみる低レベルな幕開けだったこともあり、世界観に入り込むのに苦労をしたのだが、その直後のイタリアの街中での神父との錬金術バトルのシーンは「
ALWAYS 三丁目の夕日」の山崎貴監督と並ぶ、日本を代表するCG監督・曽利さんの力もあり、かなりのレベル。いや、このシーンを盛り上げるためにわざとオープニングのレベルを最低にしたのかもしれない?と勘ぐってしまうほどの出来栄えだった。
 錬金術を使ったバトルとその直後のアルの説明を通して、この世界観に入るために必要な最低限の情報がすべて伝わる。日本映画だとこのあたりを言葉で説明することが多いのだが、この作品はそこを絵で見せるという本来の映画らしい伝え方で、文字通り"見せて"くれる。

 このシーンを見て、テンションが上がり、ラストにはもっと壮絶な錬金術バトルが待っているか?と思いきや、この作品の一番の見せ場はここで終わってしまう。そもそも錬金術同士のバトルはこのシーンしかなく、後は人造人間であるホムンクルスとの闘いばかり。
 エドやマスタング大佐は錬金術を使うのだが、ホムンクルスの戦闘手段は錬金術ではないため、結果神父との戦闘シーンほどの盛り上がりには欠ける内容となってしまった。

 マスタング大佐と言えば、原作もそうなので仕方ないと言えば仕方ないのだが、強すぎる。最後の戦いなんてエドとどっちが主役かわからないくらいの大活躍で、作品を締めくくってしまう!
 焔の錬金術師という設定は原作と同じなのだが、描き方はかなり異なる。原作では爆発が主なのだが、今作では火炎放射器のような描き方をしている。映画という特性上、それはそれでありだと個人的には感じた。

 原作がしっかりしていることもあり、この作品もストーリー展開そのものはかなり良い内容。
 ヒューズ中佐とマスタング大佐の友情であったり、合成獣キメラの錬金術師ショウ・タッカーの娘すら犠牲にしてしまうほどの苦悩だったり、賢者の石に隠された秘密であったり・・・。1つ1つを深く描くだけでも1本の映画になるほどの内容だ。
 しかしそれを詰め込んでしまったため、1つ1つの要素がやや薄くなってしまっている。特にヒューズ中佐とマスタング大佐の友情については、もう少し時間をかけて丁寧に描くか、あるいは思い切って「ヒューズの敵」という怨恨風な描写は捨てて、単純に正義(錬金術師軍団) vs 悪(ホムンクルス軍団)という描き方にして、他の要素に時間を回すなどの工夫があっても面白かったかもしれない。

 ホムンクルス軍団に関していえば、松雪泰子演じるラストはものすごかった。批評として"ものすごかった"という言葉を使うのもどうかと思うが、とにかく"すごかった"のだ!!「
容疑者Xの献身」の際はミスキャストだと思ったのだが、こういうキャスティングもあるんだ!と素直に感心させられるほど、"ものすごい"キャスティングであり、演技だった。
 内山信二演じるグラトニーは見た目はナイスキャスティングだし、「食べていい?」のセリフも良いのだが、実際に捕食するシーンはもう少し描き方がなかったのか?というのが率直な感想。牙が出てくるところまでは良いのだが、その後あのスピードで追いかけられても怖くもなんともない。マスタング大佐の炎の描き方を原作から改変しているのだから、ここもスピードを変えるなり、ダイソンばりの強力な吸引力を足すなりして、恐怖感を煽る演出をしてほしかった。

 キャスティングという意味では、とにもかくにもイタリアの街にオール日本人で金髪のカツラを付けて青い軍服を着ているのはやはり違和感しかないのだが、エキストラレベルの役者は現地調達ではダメだったのだろうか?仮に日本で撮影しているとしても、主要キャストはイタリアまで撮影に行っているのだから、そこで一緒に撮影してくるくらいの予算もあっただろうに・・・。
 ヨーロッパ風舞台のファンタジー作品を日本人キャストで実写化という点では、「
テルマエロマエ」と比べるとどうしても見劣りしてしまう。後者はそもそもコメディだったから許されたとはいえ、キャスティングに力を入れていたことは一目瞭然だ。
 本田翼演じるウィンリィと本郷奏多演じるエンヴィーについては敢えてノーコメントで・・・(お察しください)。

 全体的には前評判ほどの悪印象ではないものの、盛り上がりの見せ方、ストーリー展開の順番などにもう少し工夫が見られれば、より良い作品に仕上がっていたと思われるだけに残念ではある。
 エンドロールの終わった後に、続編を暗示するようなシーンがあるが、果たしてどうなることやら?

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November 10, 2017

ブレードランナー 2049 (7点)

テーマ:SF

採点:★★★★★★★☆☆☆
2017年11月4日(映画館)
主演:ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

 

 1982年に公開された前作がカルト的な人気を博していた作品の35年ぶりの続編。自分も10年以上前に前作を見て以来だったが、昨年の東京コミコンでもブースが出ていたこともあり、鑑賞した。

【一口コメント】
 前作を見ているかどうかではなく、いつ見たか?によって大きく評価が変わる作品です。

【ストーリー】

 2049年、荒れ果てた地球。新型レプリカントの警察官Kは、旧型レプリカントを解体する任務を遂行していた。ある任務の際に木の根元に箱が埋まっているのを発見する。調査の結果、妊娠したレプリカントの遺骨が入っていた。
 レプリカントが妊娠することは不可能なはずだったため、上層部はその事実を隠ぺいするため、子供を探し出し抹殺するようにKに指示をする―――。

【感想】
 これは前作を見ているかどうか?ではなく、いつ見たか?によって大きく感想が変わる作品だ!というのが個人的感想。
 前作はそのダークさ故に万人受けはせず、公開当時は記録的ヒットとはならなかったが、日米共に公開終了後に一部でカルト的に広まった作品。1980年代前半にこの作品を見ていれば、当時の映画業界のSF技術やSF作品の作風においてはこの作品が技術的にも作風的にも画期的なレベルにあり、歴史に名を残すような内容であったと言える。
 しかしその後、この作品の影響を受けたと思われる日本アニメ「
AKIRA」がアメリカでもヒットし、日本語が入り乱れたダークな都市の描き方というのが一般化する。ハリウッドにおいても作品の描き方が一般化してしまった後に前作を見ているとそこに驚きや新鮮さはない。
 言い換えれば「
AKIRA」前後でこの作品の受け止め方は大きく分かれると言っても過言ではない。

 

 というのを踏まえて考えると、35年振りの続編であるにも関わらず、そのストーリー展開、キャスティング、そしてダークさ(特にKの結末の悲劇たるや・・・)、すべてが見事な続編だと感じた。恐らく前作のファンであれば、制作決定の話を聞いたときに傑作をいじるな!と思った人が多数いたはずだが、この作品を見れば、大半の人は見事な続編をありがとう!となるような内容だ。
 前半と後半で主人公がはっきりと分かれているのも良い。前半の主役であり、「
ラ・ラ・ランド」の主演でもあるライアン・ゴズリングが良い。なんというんだろうか、その哀愁漂う表情が作品全体に漂う雰囲気と見事にマッチしている。そして迎える壮絶なラスト。前作の主役であり、今作でも後半の主役であるハリソン・フォードを見送った後、雪の降りしきる階段の描写はファンの間でかなり議論を呼びそうな演出になっており、これがまた前作の良さを引き継いだ見事な終わり方だと言える。

 そしてそのKが愛するフォログラムAIのジョイ役のアナ・デ・アルマスがまた良い!自分はこの作品で初めて知った存在だが、今後の活躍が楽しみな女優。
 そしてフォログラムであるがゆえに愛を確かめられないジョイが生身の人間を呼び、同化しながら展開するラブ・シーンは今までに見たことのない斬新な映像だった。このシーンも前作の正当な続編としてファンからの評価が高そうな描写だと感じた。Kの切なさをさらに増すためにジョイ自身の切なさをこういった見せ方で描くという手法はとても効果的。そういう意味ではキューブリック X スピルバーグの「
A.I.」に似た寂しさを感じる。
 前作ではレプリカントという設定自体が斬新だったわけだが、今作ではその役割をこのフォログラムAI・ジョイが担っているという意味でも続編として見事!!さらにそこに女レプリカントであるラブが加わることで、レプリカント、AI、別人の幼少時代の記憶を持ったKという"切なさトライアングル"が完成するのだ!!

 

 そして後半に入り、主人公がハリソン・フォード演じるデッカードに代わり、前作からのテーマであり、今作の前半でも問題提起されていた人間とレプリカントの境界線を更に深くえぐっていく。
  ここまでの主人公交代劇が正直長いと感じた自分もいる。だから前作未見の人はもっと長く退屈に感じたかもしれない。1本の映画で主人公が2人という変わった作品。だからこその2時間43分という上映時間。極論、前後編に分けても良いのでは?というくらいの作品なのだが、そこは前作ありきの続編なので愛嬌ってこと・・・(笑)。

 でもって後半のデッカード編はデッカードが娘に会うためのストーリー。Kとデッカードが殴り合うシーンがあるかと思えば、エルビス・プレスリーやマリリン・モンローがフォログラムで登場するなど、やや前半とテイストが変わる。しかしこれもクライマックスに向けての演出。
 最初から最後まで終始ダークではクライマックスのメリハリが効かないので、中盤でいったん盛り上げシーンを入れたわけだ。
 それを踏まえての最後のKの悲劇。愛するジョイを失い(最後の「愛してる」も切ない)、最後の希望ともいうべき「もしかしたら自分が?」と思っていた上での悲劇。メリハリの結果、Kの絶望感がより際立つ見事なラストシーンに仕上がっている。個人的にはここで終わって欲しかった。その後のデッカードと娘の再会シーンは要らなかった。このシリーズについてはハッピーエンドではなく、バッドエンドが似合うのだから・・・。

 冒頭の繰り返しになるが、前作を見ているかどうか?は関係なく(・・・というか、見てないとそもそも理解に苦しむと思われる)、いつ見たか?によって大きく評価が分かれる作品であり、またハッピーエンドではなく、バッドエンドが好きな人に好まれる作品だと思います。

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October 18, 2017

亜 人 (9点)

テーマ:邦画

採点:★★★★★★★★★☆
2017年10月8日(映画館)
主演:佐藤 健、綾野 剛、玉山 鉄二
監督:本広 克行

 

 決して死ぬことのない人種=亜人同士の戦いという設定が単純に面白く、また監督が「踊る大捜査線」シリーズの本広克行ということで見に行った作品。 

【一口コメント】
 「死=恐怖」という人間が持つ根本感情を取っ払うという画期的な設定の上に成り立つ日本映画史上最高レベルのアクション映画です。

【ストーリー】
 日本国家が運営する不死の新人類である亜人の研究施設に収容された永井圭。その内実は不死であることを利用して、ありとあらゆる人体実験を繰り返す施設だった。
 ある日、研究施設を亜人のテロリスト・佐藤が襲い、圭も助けられる。しかし、亜人自治区の設立を求める佐藤に嫌悪感を持った圭は佐藤とは別の道を選び、山奥に1人で住む老婆に匿われながら、佐藤と国家から逃亡する日々を送る。
 数日が経過する中、亜人自治区設立要望に対し、何の反応も見せない国家に対して不満を抱えた佐藤が見せしめとして、厚生労働省のビルに旅客機で突っ込むというテロが発生する。また老婆の家にも亜人である圭の存在を嗅ぎ取った人々が押し寄せ、圭は佐藤を止めるため、亜人研究施設の長である戸崎と組むことを決意する―――!!

【感想】
 日本のSFアクション映画でここまで興奮したのは「
SP」シリーズ以来で、興奮度としては史上最高レベル!!
 漫画原作ということで、ストーリー展開においては安心して見ていられる仕上がりになっているし、死なない人間同士の戦い=どうやって終わるんだろうか?と思っていたが、そこもちゃんと丁寧に対策が描かれている。しかも上映時間は109分と短めで、非常にテンポよく進んでいく。
 もちろんその過程で、なぜ亜人になったのか?などの説明が省かれているなど、気になる点はあるものの、作品全体として見ると最初から最後まで緊張感を持って鑑賞できたことを考えれば、そんなに大きな欠点とは映らない。もちろん、この作品がドラマであれば、永井や佐藤、戸崎といった登場人物の背景描写などはもう少し丁寧に描く必要があるが、この作品はSF、もしくはアクション映画として楽しむ作品だと個人的には思うのでまったく問題ない・・・どころか、そういった不要な人物描写は最小限に留め、観客の想像力に委ねる手法がこの作品においては非常に上手く働いている。

 また永井がユーレイと呼ぶ亜人から生まれるもう1人の守護神ともいうべき体のCG映像も綺麗に馴染んでいて、ユーレイ同士の戦いも何度か繰り広げられるが、それぞれの個体に個性があり、見ていて楽しい。特に最後の圭と佐藤の戦いにおいては単純なユーレイ同士の戦いではなく、圭とユーレイの連携プレイも絶妙で、なるほど!そういう使い方があったか!?と唸らされた。

 そういった意味では原作の力=脚本が非常に良くできていて、漫画原作の実写を見て、久々に原作を読んでみたいと思わされた作品でもある。
 特に死んでもすぐに復活する=リセットの設定がものすごく上手く活用されているし、またユーレイを構成する粒子が一般人には見えないという設定を活かした最終決戦における圭の亜人捕獲作戦のアイデアや、佐藤が警備で固められたある場所へ瞬間移動する方法もなるほど!と思ったが、それを瞬時に応用してしまう圭の知力にも感嘆させられた。
 また、死んでもすぐに復活できる不死の亜人ならではの戦い方という意味では佐藤1人 vs SATの戦いも凄い!何度もリセットを繰り返しながら戦うという設定自体はもちろんだが、アクション映画として、アニメオタクでもある本広監督はそれを映画としてどう見せれば良いのか?というのを非常に良く分かっている。「アクション映画=細かいカットをつないでスピード感をもたらせる」というよくある演出方法だけでなく、ところどころに長回しを入れることで、1つのアクションシーンの中にも緩急をつけ、更なるスピード感UPを狙っているあたりは非常に効果的。
 また個人的にはSATの隊長が「
踊る大捜査線」シリーズと同じ役者というところも、一ファンとして嬉しかった。

 役者陣も素晴らしい。
 佐藤健も綾野剛もこの作品のためにかなり体を絞った感じが見える。エンドロールにライザップのロゴを見つけた時は、ちょっと笑ってしまったが、そういうことだろう。
 またここ数年、TVCMやTVドラマから映画まで幅広い役柄をこなす川栄李奈も良い活躍を見せる。戸崎に対する忠誠心と佐藤の右腕ともいうべき田中とのバトルシーンで見せるアクションのギャップも見事。元AKBの卒業生の中ではダントツで成功しているし、すでに元AKBという肩書が不要なくらいの存在感も示している。
 そして「
君の膵臓をたべたい」の浜辺美波が圭の妹役で出演していたのは事前知識がなかったので、嬉しかった。しかし正直、この妹の描写は不要だったと思う。妹が存在していようが、していまいが、圭がこの作品の中でとった行動に対して大きな影響を及ぼしたわけではなく、妹との描写を描く時間を亜人の謎解きに充てるなどしても良かったのではないか?(もちろん原作で登場しているのだろうが、原作のすべての登場人物が実写映画に登場しているわけでもないだろうから、この妹も登場させる必要はなかったのではないか?)

 もう1つのNGポイントとしてはHIKAKINが出演していたことだろうか。日本のTOP YouTuberとして最近ではTV CMにも出演しているが、さすがにやり過ぎ感が漂ってしまう。
 TV、新聞などと並ぶマスメディアの地位を築いた存在としてのYouTuberを描きたかったのだろうが、この作品においてYouTubeの存在を描く必要性が薄いし、どうせ描くならYouTuberではなく、YouTubeそのもののメディアとしての特性を描く(例えばリアルタイムで視聴者数がわかるなど)方が重要なはず。ましてHIKAKINを出すとなると裏でいろんなバーターの話や話題作りとしてのビジネスが見えてしまい、興醒めしてしまう。
 もっと言うと、作品としての質はハリウッドに持っていても楽しめるレベルのクオリティだと個人的には思うのだが、日本人以外が見た時にHIKAKIN=YouTuberとはならず、誰だこいつ!?となるのは目に見えている。いや、誰だこいつ!?となることが問題なのではなく、このメディアは何なんだ!?となる(YouTubeだとわからない)ことが問題なのだ。

 個人的に気になったのは妹とHIKAKINの2点のみで、それ以外は概ね満足の行く作品だった。冒頭の繰り返しになるが、日本映画特有の長ったらしい状況説明などを思い切って省きつつ、必要最小限の説明は残し、観客の想像力に委ねた演出は本当にお見事!!で、もしかしたらこの作品前後で今後の邦画(特にアクション系)の制作の1つの方向性が変わったとなるレベルの作品だと思う。
 「死=恐怖」という人間が持つ根本感情を取っ払うという設定の上で、「死を恐れる必要がない=永遠に死にもの狂いで動き続けることが可能」という画期的なアイデアによるアクション映画。今までの日本映画だと不死だからこその悩みや葛藤を描いてしまいそうだが、今作はそこを潔くバッサリ行ったことで最初から最後までダレルことなく、緊張感を持ち続けられる仕上がりになっている。
 それでもいくつか印象的な台詞があることも見逃せない。個人的には2つほど強く印象に残っているのが、戸崎と圭が組んでできた対佐藤チームの一員である平沢の「祝杯をあげよう!」と、佐藤が尋ねた「亜人なのになぜ人間の味方をするのか?」に対する「亜人とか人間とかどうでもいい。俺はお前が嫌いなんだ!」という圭の答え。特に圭の答えは上述してきた"無駄を省いて必要最低限"という、この作品の作りそのものを端的に表している。

 終わり方から考えると続編がありそうなので、期待したい!!

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