~Integration and Amplification~ クラシック音楽やその他のことなど -6ページ目

~Integration and Amplification~ クラシック音楽やその他のことなど

学生時代から断続的に聞いてきたクラシックCD。一言二言で印象を書き留めておきたい。その時の印象を大切に。
ということで始めました。
そして、好きな映画や読書なども時々付け加えて、新たな感動を求めていきたいと思います。

【CDについて】

作曲:モーツアルト

曲名:レチタティーヴォとロンド

   「我がいとしの希望よ!…ああお前にはどんな苦しみか分かるまい」K416 (9:31)

   アリア「あなたは忠実な心をお持ちです」K217 (7:49)

   アリア「いえいえ、あなたにはご無理です」K419 (5:01)

   レチタティーヴォとアリア

   「だが何をしたのだ、運命の星よ…私は岸辺が近いと思い」K368 (9:46)

   レチタティーヴォとアリア

   「哀れな私はどこにいるの…ああ口をきいているのは私でなく」K369 (8:35)

   レチタティーヴォとロンド

   「この胸にさぁおいでください…天があなたをお返しくださった今」K374 (9:28)

   アリア「ああ、できるならあなたにご説明したいものです」K418 (7:57)

   アリア「ああ、情け深い星々よ、もし天に」K538 (7:51)

演奏:グルべローヴァ(s)、アーノンクール指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団

録音:1991年6月 グラーツ(ライヴ)

CD:WPCS-21145(レーベル:TELDEC、発売:ワーナーミュージック・ジャパン)

 

【曲と演奏について】

今日は、モーツァルトのコンサートアリア集。初めて聴く分野ですので、大したことは書けません。(いつも大したことは書いていません(笑)。)まずは、そもそもコンサートアリアとは、オペラのレチタティーヴォやアリアの形式で、演奏会用に作曲された単独の歌曲といった形でしょうか…。それも、元ネタの既存のオペラの歌詞に対して作曲されたり、あるいはその曲を歌う歌手のために、歌手の特性にあわせて書き直された代替アリアであるとか、いろいろ形はあるようです。いずれにしても作曲の対象となった歌手が存在します。

 

モーツァルトは、歌手であったアロイジア・ウェーバーに実らぬ恋をし、最終的にその妹であったコンスタンツェ・ウェーバーと結婚することになりました。その後もアロイジアの歌う曲を書き続けています。二人ともカルロ・マリア・フォン・ウェーバーの従姉にあたります。このCDには、そのアロイジアに対して書かれた曲が幾つか含まれており、そこからアロイジアがどんな技巧や特徴だったかをうかがい知ることができるというのも面白いところ。そういう意味で、アロイジアは素晴らしい技巧と高音域の歌声の持ち主であったということかと思いました。

 

そういう訳で、初めて聴くコンサート・アリア集は、アロイジアのための歌に注目して聴くことにしました。モーツァルトの音楽とそのオペラ歌曲の技巧のエッセンスが盛り込まれた作品だと思います。グルべローヴァは勿論素晴らしい高音域の安定した歌唱を聴かせてくれています。アーノンクールも引き締まった彫りの深いサポートで、素晴らしいライヴ録音を聴くことができました。また、他の曲も聴く機会がありましたら、もっと突っ込んで聞いてみたいと思います。こうして聴くと、元ネタの今や一部忘れられた形になっているとも思われる、モーツァルトの時代の数々の作曲家によるオペラが、こうして蘇ってくるということも面白いことだと感じました。

 

これは、アロイジアに対して書かれたK419で、この音源と同じもの。なかなか、聴きごたえのあるアリアです。

 

購入:2023/07/29、鑑賞:2024/09/19

 

関連しそうな過去記事より

 

 

 

 

なにかピアノ曲を聴いてみようと思って、この曲を聴き始めました。ディアベリ変奏曲…めったに聴きませんねぇ…。ずっと棚に眠っていたのでした。

ということで、

買い置きのCDを聴こう、ふたたび…⑬

 

【CDについて】

作曲:ベートーヴェン

曲名:ディアベリのワルツによる33の変奏曲 op120 (55:36)

演奏:アラウ(p)

録音:1985年4月3-7日 スイス ラ・ショードフォン

CD:UCCP-9331(レーベル:PHILIPS、発売:ユニバーサル・ミュージック)

 

【曲と演奏について】

以前にもこの曲を聴いて記事にしたことがありますが、やはり敷居の高い曲という印象は変わっていません。昔、クラシックを聴き始めた頃、この曲に関する解説記事に、ベートーヴェンの音楽の総決算であり最高の芸術みたいな書かれ方をしていたのを読んで、かなり敷居があがりました。ハンマークラヴィーアもそうです。それ以来、この曲が判らないと、お前はベートーヴェンがわかったことにならない…みたいなイメージを植え付けられてしまって、正直あえて敬して遠ざけています(笑)。権威のある批評家が、個別の曲を決めつけるように神格化してしまうのもどうかと…。

 

と言っても始まらないので、気を取り直して聴いてみます。アラウの演奏の印象は、ガッチリしています。一つ一つの変奏が着実に進んでいく感じ。アラウ82歳の録音というのも驚きですが、力強い演奏でした。この曲の印象として、普通の変奏曲と違うのは、いきなり第一変奏から主題から離れて、ベートーヴェンが自分の世界に入ってしまうようなところ。今回、アラウの演奏を聴いてそう感じました。テーマはどっかに行ってしまった感じです。そんな中で連綿と続く変奏は、一曲一曲集中して聴けば面白いかもしれないけど、正直心地よく流れていく感じがしました。やはり、あまりこの曲のいい聞き手ではないのかな(笑)?

 

終盤に入って一段と盛り上がっていくこの変奏曲。アラウの演奏は、構築感がありながらも、表情も変化しつつ、ベートーヴェンのロマン派的な一面も見えた気がします。次の世代への橋渡しのような。

 

購入:不明、鑑賞:2024/09/18

 

関連する過去記事より

 

 

 

 

 

新日本フィルハーモニー交響楽団の室内楽シリーズ。最近毎回聴きに行っていますが、いつも斬新なプログラムなので、いろいろと新たな発見も多く、ちょっとお気に入りです。今回のプログラムは、聴いたことのない作曲家ばかり。今まで、時々予習をしてから聴きに行くということもしていましたが、まぁ…今回は何かいい曲があったらあとでフォローしてみようというノリで行きました。

 

室内楽という演奏形態。そういった未知のいろいろな曲が演奏されることはもちろんですが、有名曲でも、演奏したい編成にあわせて編曲して聴かせてしまうという自由度とか、それも長い時間をかけて準備して、一夜限りの時間な中で流れてしまって消えてしまうとか、録音という固定された環境で音楽を聴くことが多い中で、こういった形に音楽の元々あった姿の一つを見るような気がして、それもまた楽しいのです。今日はどんな発見があるのでしょう。

 

◆プログラム
①スヴァンテ・ヘンリソン:Suite Off Pist

②ジャン・クラ:弦楽三重奏曲
③ヨーゼフ・ラーボア:ピアノ五重奏曲ホ短調 op3

 

演奏:立上舞(vn)②③、日高夕子(va)②③、サミュエル・エリクソン(vc)①②③、

   原田遼太郎③(cb)、マルコス・ペレス・ミランダ(cl)①、栗田奈々子(p)③

2024年9月17日 すみだトリフォニーホール

 

プレトークでは、エリクソンさんが曲について丁寧に解説されました。その内容は一部を個別の曲の中で紹介するとして…

 

スヴァンテ・ヘンリソン:Suite Off Pist

スウェーデンの現代の作曲家ヘンリソン(1963-)。オーケストラで首席コントラバスや主席チェロの奏者を務めたこともある方で、いまやポピュラーの分野でも活躍する音楽家とのこと。私と同じ年齢ですね…(笑)。第一楽章は1996年に作曲され、近年後ろに二つの楽章が追加されました。クラリネットとチェロという組み合わせも珍しいのですが、なかなかいい響きでした。ちょっとポピュラーっぽい雰囲気があったり、民族曲的な雰囲気があったりしましたが、第三楽章の少々ミニマル的な展開もなかなか面白かった。その場では、まずまずという感想だったのですが、後で考えるとこの日一番面白かったかも…。映像ともシンクロしやすそうな曲だと思いました。原曲は、ソプラノサックスとチェロという組み合わせですが、いろいろな組み合わせで演奏されるようです。

 

これは、ソプラノ・サックスによる演奏。また、印象が少し違います。

 

ジャン・クラ:弦楽三重奏曲

クラは、フランスの海軍将校であり作曲家。年代は印象派の時代に重なります。デュパルクに師事したとのこと。この曲は、艦長も務めて航海経験が豊富なクラらしく、海の情景が曲に顕著に表れているとのこと。前半が海と航海の印象で、後半が異国の港への寄港や祭りの印象ということでした。

弦楽三重奏という形態で、それぞれの楽器が分担を分けているというよりは、協奏している雰囲気の曲になっていました。オーソドックスな印象で標題的な雰囲気もあり、そこからは印象派のイメージも漂ってきます。今日の三曲の中で、伝統的なクラシック音楽を聴く楽しみとしては、一番気にいった曲でした。

 

フランスの往年の名トリオである、パスキエ・トリオによる演奏です。

 

ヨーゼフ・ラーボア:ピアノ五重奏曲ホ短調 op3

ラーボアは、後期ロマン派時代に活躍したドイツの作曲家。幼少時の病のため、盲目であったとのことです。アルマ・マーラーやシェーンベルクの最初の先生であり、ヨアヒムとの親交が厚く、ワーグナー・リスト派対ブラームス派の構図の中では、ブラームス派だったとのこと。絶対音楽を旨とする作曲家でした。

音楽は、ピアノ五重奏という編成ですが、ヴァイオリンは1台で、コントラバスが入る形です。曲は、チェロのソロが多い上に、コントラバスも時々ソロで登場するという珍しい音が聴かれます。低音奏者においしい曲なのですね。一方で、ヴィオラのソロは気が付きませんでした。何となく、第2ヴァイオリン的役割になっているような…。印象としてはソロの多い曲で重奏の妙味としては今一つかなと思いましたが、一度聴いただけなのでまだ判断はできません。ロマン派らしい曲なので(経歴・親交からするとブラームス的?)、いずれ「復習」してみたいと思います(笑)。

 

ラーボアのピアノ五重奏曲ホ短調op3 全曲

 

さて、アンコールです。

④ピアソラ:オブリヴィオン

全員再登場して演奏されました。なんだか、これらの演奏の後ではホッとする、いい曲ですね。

 

演奏は、エリクソンさんを中心に、アット・ホームな雰囲気がありました。室内楽を聴く一夜として、良かったと思いました。また、次回が楽しみです。

ショスタコーヴィチの時代 ㊸

ショスタコーヴィチの鑑賞の続きです。op101の弦楽四重奏曲第6番は以前に聴きましたので、今回はop102のピアノ協奏曲第2番になります。肩の凝らない曲ですね…。

【CDについて】

作曲:ショスタコーヴィチ

曲名:①ピアノ協奏曲第1番ハ短調 op35 (21:54)

   ②ピアノ協奏曲第2番ニ長調 op102 (17:27)

   ③3つの幻想的舞曲 op5 (3:02)

   ④24の前奏曲とフーガより、第1,2,5,23,24番 (32:15) 

演奏:ショスタコーヴィチ(p)、クリュイタンス指揮、フランス国立放送管弦楽団①②

録音:1958年5月24,26日①②、1958年5月30日③、1958年9月12日④

   パリ Salle Wagram

CD:0777 7 54606 2 9(レーベル:EMI)

 

【曲と演奏について】

ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番は、モスクワ音楽院に在学中だった、息子マキシムのために書かれ、マキシムによって初演されました。また、マキシムの指揮、マキシムの息子のドミトリ2世のピアノでも演奏されています。言わばショスタコーヴィチファミリーの曲ですね。ショスタコーヴィチは、この曲については、「何の芸術的価値も、イデオロギー的価値もない」と書いていますが、本当のところはわかりません。ただ、気軽な曲であることは確かだと思います。

 

このCDにカプリングされているピアノ協奏曲第1番は1933年の作品で、プラウダ批判前の絶好調の時代。曲想は同様なのですが、当時の尖った雰囲気はより穏やかになり、まとまった曲になっている感じです。第二楽章は美しく、このあたりは映画音楽にも多くの作品を残しているショスタコーヴィチの作品だという事を思わせます。この曲をショスタコーヴィチが演奏したのは1958年ですが、この一連の録音は、ショスタコーヴィチのピアニストとしての演奏活動の最後のものだという事です。

 

この音源です。速い演奏です(笑)

 

ショスタコーヴィチの自身のピアノ協奏曲の演奏はスピードが速く、特に第2番の演奏時間は、他のピアニストの演奏と比較しても圧倒的だと思います。この曲は、今では様々な演奏家の音源を聴くことができ、すでに有名曲の仲間入りをしているのでしょう。そして、このCDの後半の24の前奏曲とフーガの演奏は聴きものだと思います。「芸術的価値も、イデオロギー的価値?もある」作品という位置づけだと思いますが(笑)、ピアニスト・ショスタコーヴィチとしての自身の芸術表現として、しみじみ感じることのできる素晴らしい録音でした。

 

作曲者自身による24の前奏曲とフーガの第24曲の演奏です。

 

雑駁ではございますが、気軽な曲なので、気軽にメモしました…(笑)

 

購入:1990年代、鑑賞:2024/09/13(再聴)

 

関連する過去記事へのリンクです。

 

 

 

 

【CDについて】

作曲:バルトーク

曲名:①弦楽器打楽器とチェレスタのための音楽 Sz106 (27:43)

   ②舞踏組曲 Sz77 (15:39)

作曲:コダーイ

曲名:③ガランタ舞曲 (13:58)

演奏:ショルティ指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:①1955年4月、②③1952年11月 ロンドン キングズウェイ・ホール

CD:UCCD-3779(レーベル:DECCA、発売:ユニバーサル・ミュージック)

 

【曲と演奏について】

バルトークの演奏と言えば定評があるショルティの録音。これは、1950年代のモノラル録音で、ショルティの録音としてもごく初期のものになります。最初期のショルティはどういう演奏をしていたか、と興味をもって聴き始めました。

 

まずは、弦チェレから。早めのテンポで、少々前のめりな感じがしました。これは、当時の現代曲的な演奏なのでしょうか?第三楽章の静かな部分も少し早めで、深閑とした情緒にはもう少し…といった気がしました。ただ、とても面白く聴けているのは事実で、後年のショルティのこの曲の演奏のイメージと一致すると思いました。後年に磨きがかかってさらに聴かせる演奏になる、その萌芽が現れているのかもしれません。第四楽章は、オーケストラがショルティに付いていけてない感じで、厚みがなく雑に聴こえてしまいました。特筆すべきは、1955年のモノラルですが、録音がとてもいいと思いました。

 

この音源です。この時期の録音だとライナーが安定ですが、いろいろな指揮者がバルトークやコダーイを競って録音しています。そしてこの録音はパソコンで聴くくらいだと全く問題ない、モノラルの優秀録音だと思います。

 

舞踏組曲とガランダ舞曲は、1952年の録音ですので、若干音は劣ると思います。といっても標準的なレベルです。ショルティはこれらの曲に込められたハンガリーのリズムを体得しているはずで、聴かせ方は一流です。一方で、かなり強引な感じがして、かつ軽く感じるところもあり、少々空回り気味かもしれません。舞踏組曲は、バルトークの前衛的とも思える音楽が、とても民族色豊かに演奏されて、面白い出来上がりになっています。ガランタ舞曲は前衛的要素が少なく、より民族音楽的ではあるので、ショルティの音楽もニュアンスに富んでいます。最終的に少々軽く聴こえるのは、録音や成熟途上の要素があるのか?と思いました。当時のロンドン・フィルは、これだけあくの強い民族音楽を、さらに濃いショルティの演奏に応えて、どれだけ表現することができるのか?ということかもしれません。この時期の貴重な記録として大変面白く聴けたCDでした。

 

このCDの音源の、コダーイ作曲ガランタ舞曲です。活気のある演奏だと思います。

 

そして、このジャケットが当時らしいデザインで素晴らしく、見て楽しいCDだと思います。これ、青がバルトークで、白がコダーイを現わしているような気がしますが、気のせいでしょうか…??

 

このCDのジャケットは1952年録音の両舞曲のオリジナルのものですが、弦チェレのカプリングはどうだったかと調べてみると、どうやらハーリ・ヤーノシュらしいですね。両方ともバルトーク/コダーイセットだったようです。ハーリ・ヤーノシュも聴いてみたいと思いました。

 

購入:2023/10/07、鑑賞:2024/09/09

 

関連する過去記事より

 

 

 

【CDについて】

作曲:ベートーヴェン

曲名:交響曲第3番変ホ長調 op55 (45:09)

   交響曲第4番変ロ長調 op60 (30.00)

演奏:ジンマン指揮、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団

録音:1998年5月 チューリヒ Turich Tonhalle

CD:74321 59214-2(レーベル:ARTE NOVA)

 

ジンマンのベートーヴェンの交響曲全集。これが3枚目になります。CD番号の若い順に聴いているので、きっと録音順になっているはずです。これが、折り返し点であとは、1,2,9なので、主要な部分は出そろったかな…という感じです。

ということで、

買い置きのCDを聴こう、ふたたび…⑫

 

【曲と演奏について】

新ベーレンライター版による最初のベートーヴェン交響曲全集。3回目は第3番、第4番のCDである。ベートーヴェンの第3番は個人的には重苦しくて、あまり得意ではなかったのだが、昨今ピリオド演奏時代になって、随分身近になったような気がする。この演奏もモダン・オーケストラといいつつ、ピリオドに近い設定だと思う。第一楽章が颯爽と進むのが心地よく、ティンパニーの音がよく目立っていた。ちなみに、ティンパニー協奏曲と揶揄されたのは第8番?

 

第二楽章に入ると、普通のテンポでじっくりと歌い込まれている。それ以降も、よく緩急のニュアンスのつけられた、大変楽しめる演奏になっていると思う。第3番はそれほど聴いてこなかったので、頭の中に名盤候補があまり無いのだが、この演奏も時々取り出して聴いてみた演奏だと思った。トーンハレ管弦楽団も腰の据わった素晴らしい演奏をしているのではないだろうか。

 

第4番は、あまり目立たないながら大好きな曲で、どうやらムラヴィンスキーの演奏を聴いてから好きになったようだ。厳しい展開も良く似合う曲である。そういえば、カルロス・クライバーのレパートリーであった。斯様に厳しめのキビキビしたスタイルで堪能できる曲であるので、ピリオド・スタイルでも似合う曲だと思う。そして、このジンマンの演奏もしかりで、推進力のある演奏が自然に入ってくる気がする。もちろん、そういった演奏を聴いて好きになったという曲であって、それ以降第4番は、情緒豊かな演奏も大好きなのである。

 

この音源から、交響曲第3番の第2楽章。イメージとは違うかも…ですが、この演奏でじっくりと歌われる葬送行進曲がなかなか素晴らしいと思いました。

 

またまたアントニーニ盤との時間比較です。アントニーニ(op55/47:05,op60/32:27)これに対し、ジンマン(op55/45:09,op60/30:00)。深い意味はありません(笑)。この時間の差で、アントニーニ盤は3と4が2枚に別れて6枚セットになったのかな?それにしても、この2曲に限っては、うちにある最速のCDになりました。

 

購入:不明、鑑賞:2024/09/12

 

関連過去記事リンクは、この全集とベートーヴェンの交響曲第3番、第4番など

 

 

 

 

 

 

ハイキングの記録です。

 

上野原駅から北の飯尾に向かうバス路線は、右側が三頭山から繋がる笹尾根へ、左側が権現山などの中央沿線の山へと繋がる登山口になっています。18きっぷの使用期限の最終日に、このバスに乗って向かう山に決めました。坪山は近年春のヒカゲツツジのシーズンに大賑わいする山なのですが、この時期はさすがに閑散としています。

 

坪山への登りは、どんどん高度を上げていく爽快な1時間半くらいの登りで、途中から春ならば花が咲いているであろう、ヒカゲツツジの群落がでてきます。山頂からは尾根筋をアップダウンしながら下っていきましたが、高尾周辺や奥多摩の山々の雰囲気のある、とても懐かしい感じのするハイキングコースでした。

 

下山して、帰りのバス待ちが約2時間。バス停近くの軒下に座り込んで、ぼーっとしながら行き交う車を眺めていました。こういう時間はけっこう好きなのでした。

 

坪山に登っている途中にある、唯一の展望ポイントでした。

正面に笹尾根の穏やかな稜線と麓の集落が見えています。

 

坪山の山頂に着きました。開けた山頂からは正面に奥多摩の三頭山が見えています。

 

三頭山の横に遠くに見えているのは、東京都の最高峰の雲取山ですね。

 

この時期、山の中はキノコの季節。このアカヤマドリは笠の径が20センチ以上ある大物でした。このキノコは食べられるそうですが、ボリューム満点です。

 

森の中の一コマ。「ムンクの叫び みたいな木」😱😱😱と、看板がかかっています😆。

 

記録・コース

9月10日(火)

御岳神社前バス停 9:57 ~ 西コース ~ 坪山(11:26 - 12:15) ~ 阿寺沢分岐 ~ 13:47 学校前バス停

 

所要時間:03:50、距離:4.9km、累積標高差登り:636m、離籍標高差下り:665m

 

詳細記録はこちら ↓

 

 

ショスタコーヴィチの時代 ㊷

久しぶりに再会します。せっかく始めたので、続けましょう…。ちょうどop100からです。

【CDについて】

①ショスタコーヴィチ:スペインの歌 op100 (15:19) 

②グリンカ:イネジリヤ、私はここにいる (1:56)

③グリンカ:サンクト・ペテルブルクとの別れ(全12曲)より、第3曲:ボレロ (2:57)

④ダルゴムイシスキー:グラナダは霧に包まれ (2:07)
⑤ダルゴムイシスキー:ボレロ (2:53)
⑥ダルゴムイシスキー:夜のそよ風が天空に流れる (3:18)
⑦アントン・ルビンシテイン:12のロシア民謡 op78 第6曲:パンデーロ(4:06)

⑧ファリャ:7つのスペイン民謡 (13:50)

⑨ミンコフ:ギターの嘆き より 第5曲:風景 (4:17)
⑩ラヴェル:民謡集より 第1曲:スペインの歌 (2:39)

⑪グラナドス:昔風のスペイン歌曲集 より 嘆きにくれるマハ第1番 (3:08)

演奏:ボロディナ(ms)、スキジン(p)

録音:1995年1月 ロンドン Lyndhurst Hall, Air Studios

CD:PHCP-11071(レーベル:PHILIPS、発売:ポリグラム)

 

【曲と演奏について】

第1曲目にショスタコーヴィチの「スペインの歌」が入っているCDです。この作品は、1956年のもので、スターリンの死後、交響曲第10番発表以降のものになります。しかし、まだジダーノフ批判が解けていない状態で、当たり障りのない作品なのですが、こういった作品がそれなりに需要もあったのだとも思います。スペイン民謡を編曲した形で、オリジナリティという面では低いのですが、ロシア国内における一定の異国趣味の需要にこたえたものということでしょうか。そして、このCDはむしろロシアの異国(スペイン)趣味の歴史が刻まれているようです。

 

ショスタコーヴィチ:スペインの歌の第1曲の「さようなら、グラナダよ」の原曲はサルスエラの「さらば、グラナダ」ということです。

これは、日本の誇るテノールであり、藤原歌劇団の創設者、藤原義江による「さらばグラナダ」

 

曲は、グリンカ、ダルコムイシスキー、アントン・ルービンシュタインと続いています。ロシア音楽の父であるグリンカから、チャイコフスキーへと繋がっていくロシア音楽の系譜がみえるはずのCDです。グリンカは古典的な雰囲気で、伴奏も分散和音中心のオーソドックスなもの。ダルコムイシスキーになると、若干曲に叙情性を帯びてきます。そして、アントン・ルビンシテインになって、少しメロディアスに感じられたりします。そうは言っても、これらの曲で歴史を語るのはちょっと難しいですね。あくまでも異国趣味の系譜になっています。曲としては、1944年生まれのミンコフの曲が、現在においてはもっとも馴染みやすく感じました。

 

ミンコフの「風景」ゆっくりと叙情的に歌われています。

同じくミンコフの「風景」哀愁を帯びた曲です。ステラ・グレゴリアンさんの歌唱。この声は好きですねぇ…。

 

一方で、当の憧憬の対象であるスペインの曲は、ファリャ、ラヴェル、グラナドスと名曲揃いです。ファリャの「7つのスペイン民謡」はベリオによる管弦楽伴奏もあり、そのCDをなぜか持っていたりします(笑)。ラヴェルの曲は、モスクワの出版社が行った、諸国の民謡へ和声をつけるコンクールのために書かれたもので、ラヴェルはこの時、スペイン、フランス、イタリア、ヘブライの4つの民謡で入賞しているとのことです。従ってこれも編曲の範疇ですね。そして、グラナドスは、先日このブログで記述した、ロス・アンヘレスの歌唱による歌曲集の中のひとつで、あちらには含まれていなかった、マハ3曲の中の一曲になります。

 

こちらは、本場物のファリャ。ロス・アンヘレスとラローチャによる演奏です。

 

さて、これらのロシアからの作曲家による異国趣味・憧憬の曲と、実際のスペインの曲を並べた曲集で、歌っているのもロシア人のボロディナというCDです。ボロディナの歌唱は叙情的にゆったりとして、少し思い感じかなと思いました。ロシアからみたスペインへの憧憬というのは、私からみるとちょっと縁遠い世界です。ロシアにはスペインのみならず西欧(音楽)への憧憬は常にあるようですので、これもそれらの一つということでしょうか。そして、ショスタコーヴィチもその需要にこたえるように、この曲を作曲(編曲?)したという事だと思いました。

 

購入:2023/12/27、鑑賞:2024/09/11

【CDについて】

作曲:シューベルト

曲名:ピアノ・ソナタ第16番イ短調 D845 op42 (34:27)

   3つの小品(即興曲) D946 (25:01)
作曲:ブレンデル(p)

録音:1987年9月 ノイマルクト

CD:422 075-2 (PCD-7001)(レーベル:PHILIPS、発売:日本フォノグラム)

 

最近ピアノ・ソナタの中ではシューベルトが一番好きで、歳を経るごとにその傾向が高まるようです。このブログでもブレンデルのCDを中心にしていろいろ聴いていましたが、今回は第16番を聴いてみました。シューベルトの出版された最初のピアノ・ソナタということで、シューベルトとしては、やっと完成形に達したということなのでしょうか。

 

第16番のソナタは、それほど頻繁に聴いてきたわけではないので、印象が定まっていなかったので、今回は無心に何を感じられるか耳を傾けてみます。そうしていると、随分いろいろと思い浮かびます。

 

冒頭は、特徴的な呟きのようなフレーズで始まりますが、これは何を表すのでしょう。日本語のイメージの発想だと、「ねぇどう思う?」と呟いているような、なかなか決心がつかず逡巡しているようなフレーズに聞こえました。そして、早いパッセージに入って、そうだよね。そうに違いない。そうだよなっ!と自分の中で確証を固めようとしているようです。そして、「いや、やっぱり…」とまた逡巡が戻ってきます。これが、今回この曲を聴いた第一印象で、ブレンデルの演奏がそう思わせたのかもしれないと思いました。

 

第16番のソナタは、シューベルトが死を扱った作品の一つとも言われているようです。それは、死と乙女や未完成交響曲、一連の歌曲集などたくさんあります。そして、この曲は同時期に作曲された「墓掘人の郷愁」との類似性も指摘されています。私は、どこがどうとはよく判っていませんが😅。そう言われればなるほどと思いながら聴いていると、またいろいろなことが思い付いたりします(笑)。

 

例えば、「魔王」の音楽の、子供の不安と焦燥の場面。フレーズの対比や焦燥感。死に向かっていくということから連想しました。また、何か確証を得ようといて逡巡して何度も戻ってしまうところに、マーラーの交響曲第6番の終楽章のような展開を連想しました。どこからこんなイメージが来るのか?と考えるに、それはきっとブレンデルの演奏も影響しているかなと思います。

 

最近のシューベルトのピアノ・ソナタの演奏は、どちらかと言うと静かで滑らかな演奏が多いのかなぁと思いますが、ブレンデルの演奏は、目鼻立ちのはっきりした演奏で、速度の差も大きくて、対比が明確に現れているような気がします。ブレンデルはこの曲から何を読み取って表現したのかは、推測してもさすがに理解の範疇を越えています😅…。

 

さて、そんな想像の遊びは楽しいものでしたが、いずれにしても大作曲家の境地など、理解しえないものでしょう。しかし、いろいろと人生について思い巡らすことのできる音楽を残してくれているのは、偉大なことだと思います。最後に「墓掘人の郷愁」の訳詞をリンクしておきましょう。たぶんキーはここにあるんでしょうねえ…。

 

 

また、第16番のソナタを聞いた時にいろいろ考えてみましょう。

連れていっしょに聴いていた3つの即興曲。何回も聴くうちに好きになりました。

 

フィッシャー=ディースカウとリヒテルによる「墓堀人の郷愁」

 

ブレンデルによるピアノ・ソナタ第16番の第一楽章。同じ音源だと思います。

 

購入:2023/12/14、鑑賞:2024/09/04

 

関連過去記事のリンクです

 

 

 

 

 

 

久しぶりの映画鑑賞です。

今回は、第1回フィルム座上映としての、35mmフィルム上映で、秋葉原UDXシアターにて鑑賞しました。映写技師・岩本知明氏が代表として企画するもので、まだ、見たことが無かった名作が、35mmフィルム上映で観賞できるとのことで、楽しみにしていました。

 

「こわれゆく女(A Woman Under the Influence)」は、1974年のアメリカ映画で、ジョン・カサヴェテス監督の作品でした。インディペンデント系の映画という事もあって長らく日本で上映されませんでしたが、90年代にやっと上映されています。そういう経緯もあって、昔の名画リストなどには乗ってこないのですが、最近は人気作品の一つとなっていると思います。1990年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録されていますので、かなり早いタイミング(2年目)での登録と思います。

 

【あらすじ(ネタバレ注意)
土木作業現場で監督として働くニック(ピーター・フォーク)の妻メイベル(ジーナ・ローランズ)は、情緒が不安定気味でした。ニックが仕事仲間を連れて帰宅すると、和もうとしてはしゃぎすぎ、かえって気まずい雰囲気になったりします。子どもの友達の親たちも、子供と遊ぶ時の異常なはしゃぎぶりに引いてしまっています。ニックも切れやすい性格で、かつメイベルにしっかりさせて、まともに見せようという思いが強く、メイベルとニックや親類との関係は険悪になり、ついに精神病院に入院させられてしまいました。

 

メイベルが不在となると、ニックは父親の役割を過剰に意識しますが、逆に子どもたちの不安は増大。半年後にメイベルが退院した時、ニックは職場仲間など大勢を招いて歓迎しようとしますが、友人に行動を諫められ、さらに帰って来たメイベルの取り繕った態度に耐えられず怒鳴ってしまい、メイベルをパニックに追い込んでしまいました。来客は帰され、ニックはメイベルを殴りつけますが、子どもたちは「ママが心配」とメイベルから離れず寄り添うます。子供たちのママを常に愛する様子を見たニックは、考えを改め、普通の状態に戻ると夫婦は穏やかな笑顔を浮かべてベッドを整えるのでした。

 

トレーラーです

 

【感想(ネタバレ注意)
女性が、周囲の環境によって精神をむしばまれていく映画というイメージで見に行きましたが、そう単純な映画では無かったと思いました。まず、子供を送り出す場面や、夫の会話などから、主人公のメイベルはかなり神経質な性格であることがわかります。そんな不安定な雰囲気の中で始まる最初の職場仲間との食事の場面の居心地の悪さが強烈でした。なんとかしてその場をうまく運ばないといけないという努力が見てとれますが、それを行わないといけない社会環境にも疑問を感じます。

やがて、夫の言動やDB、家族の言動から、むしろ純粋な心はメイベルの方ではないかと思えてくる場面もしばしばみられるようになります。ただしこのあたりは微妙な所もあり、見ている方はハラハラしながら翻弄される感じです。そして周囲の人もその場から離れたがったり、意見したりと動き始めますが、付き合いの中で決定的な解決がないまま、ラストに向かいました。家族や友人たちの集まる場面は、社会生活の中での強烈な気遣いや居心地の悪さも感じました。

ラストはやっと二人だけになってメイベルに自然な笑顔が出るのが救いですが、同じような現実は程度の差こそあれどこにでもあるという難しさを感じながら映画は終ります。人間社会で生活していく以上、付き合いのための気遣いはどこにでもあるもので、それによって精神に不調をきたしていく様子を全面に描いた作品でした。子供たちの純真さがメイベルをいい方向に導いているように思います。本当は家族が一番の支えになるのでしょうが、大人はダメですね…。

主演のジーナ・ローランズがこの微妙な役を見事に演じていて、強烈な印象を残します。冒頭の主催者の紹介にありましたが、先月お亡くなりになったとのことでした。ピーター・フォークも突如切れる頑固な夫の演技が素晴らしいと思いました。70年代のインディペンデント系のアメリカ映画で、映し出される工事現場の雰囲気には、70年代の日本映画のアンニュイな雰囲気と共通的なものも感じたりして、いろいろと感じ入る映画でもありました。

冒頭に主催者より、35mm上映はサッカー用語を引用して、インテンシティが高いという紹介がありました。平たく言うと映像の表現内容が濃いというという事かと理解しました。この作品のデジタル上映を見たことがないので比較はできませんが、映像の迫力は伝わるものがあったかと思っています。

 

最後に音楽の話題を少し…

使われている音楽は、「ラ・ボエーム」や「白鳥の湖」などがありましたが、「ラ・ボエーム」は第3幕の「何をした、何を言った(Che facevi, che dicevi)」で、これは、ジッパーズ指揮・フレーニ、ゲッダの歌唱による音源とのことです。

 

2024/09/08 UDXシアターにて