~Integration and Amplification~ クラシック音楽やその他のことなど

~Integration and Amplification~ クラシック音楽やその他のことなど

学生時代から断続的に聞いてきたクラシックCD。一言二言で印象を書き留めておきたい。その時の印象を大切に。
ということで始めました。
そして、好きな映画や読書なども時々付け加えて、新たな感動を求めていきたいと思います。

 

【CDについて】

作曲:カバレフスキー

曲名:組曲「コラ・ブルニョン」op24a(20:32)

   組曲「道化師」op26(15:07)

   組曲「ロメオとジュリエット」(33:13)

演奏:イェルヴァコフ指揮 モスクワ交響楽団

録音:1995年3月 モスクワ モス・フィルムスタジオ

CD:8.553411(レーベル:NAXOS)

 

カバレフスキーの管弦楽曲集を聴いてみました。
カバレフスキーの作品を意識してまとめて聴いたことはありませんでしたが、「コラ・ブルニョン序曲」、「道化師のギャロップ」や、いくつかの協奏曲など、著名な作品は耳にしていました。こうして1枚のCDとして、まとまって聴くのは、おそらく初めてです。

カバレフスキーは、多くの20世紀のソ連の作曲家に見られるような、迫害のエピソードがほぼ語られません。一般には、体制側としてソビエト連邦公認の芸術家として活躍した作曲家とされています。それは、社会主義リアリズムを実践したかのような、作風の親しみやすさからもうかがい知ることができます。一方で、カバレフスキーは青少年の音楽教育に特に注力した人物でもあります。

このCDには3曲が収録されています。
組曲「コラ・ブルニョン」、組曲「道化師」、そして組曲「ロメオとジュリエット」です。
「コラ・ブルニョン」は、歌劇から管弦楽組曲への編曲で、輝かしく華やかな性格の作品。管楽器がよく響き、吹奏楽でも親しまれています。「道化師」と「ロメオとジュリエット」は劇付随音楽からの編曲です。「道化師」は、「ギャロップ」が有名ですが、それ以外の曲は今回初めて聴いたかもしれません。全体としてコミカルで楽しく、運動会などで使われるのも納得の、親しみやすさがあります。

そして、3曲の中で最も印象に残ったのが、「ロメオとジュリエット」でした。
物語性がはっきりしており、登場人物の主題を追いながら聴けるのが魅力です。ジュリエットのテーマは、いわゆる愛の主題とも言えるもので、冒頭の導入部にも現れますが、「リリカル・ダンス」でより明確に提示され、物語の進行とともに展開していきます。哀愁を帯びた美しい旋律であり、終曲では非常に悲しみを帯びた表情を見せます。演奏者による表現の違いも楽しめそうです。

指揮者のイェルヴァコフという人物は、この1枚以外の録音を探すことができませんでした。ブックレットには初期はクラリネット奏者として活躍、その後指揮者として、多数の録音や演奏実績があると紹介されています。現代曲に定評があるとか…。この演奏自体は、特に強い個性を打ち出すタイプではなく、穏当でバランスの良いものだと感じました。作品の全体像はよく把握できます。
同じオーケストラを指揮したキタエンコによるオリンピア盤もあわせて聴いてみましたが、表現の濃さや切れの良さではキタエンコ盤の方が面白く聴けるかもしれません。
まずはNaxos盤のような標準的な演奏で作品の骨格をつかみ、そのうえでさまざまな演奏を聴き比べていく。これもまた、Naxosの楽しみ方なのかもしれませんね。

このCDの一番最後の部分。ロメオとジュリエットの終曲です。

ロメオとジュリエットのキタエンコ=モスクワ響による演奏

 

カバレフスキーといえばこれ、ギャロップです。

オーマンディ=フィラデルフィアの最高の演奏です🤣

 

購入:2026/03、鑑賞:2026/03/31

 

過去記事のリンクです。

 

 

 

以前の記事で、NAXOSの30周年アニバーサリーBOXを買って、おいおい聴いていこうと思っている、と書いたことがありましたが、いよいよじっくり聴き始めることにしました。
 

このセットを買った理由の一つは、30枚のラインアップを見て、NAXOSの30年間の変遷が非常によくわかるセットだと思ったことです。この30年の間にNAXOSは大手レーベルとなり、時代に合わせたさまざまな展開を見せてきました。80年代、CDやデジタル録音が普及し始めた頃に登場し、その流れの中で発展してきたレーベルです。その歩みを、このセットから読み取ることができるのではないかと思ったのです。

 

一方で音楽そのものについても、曲は変わらないながら、時代に応じて演奏スタイルや流行、聴き方や接し方など、取り巻く環境は確実に変わってきています。30年前にこれらの録音に接したときの「常識」の一部は、いまではすでに変わっている部分もあるはずです。そうした意味でも、あらためて録音の歴史を振り返ってみる意義があるように思います。


このセットはCD1からCD30まで作曲家のアルファベット順に並べられていますが、今回はあえてCD番号順で聴いていきたいと思います。録音年代と100%一致しているわけではないかもしれませんが、それでも大まかな流れはたどれるはずです。

 

さて、何が出てきますでしょうか。なかなか最後までたどり着かないかもしれませんが、まずは始めてみましょう。

最初は、ヤンドーによるベートーヴェンの3大ソナタです。

 

【CDについて】

作曲:ベートーヴェン

曲名:ピアノソナタ第8番ハ短調 op13「悲愴」(17:32)

   ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 op27-2「月光」(14:33)

   ピアノソナタ第23番ヘ短調 op57「熱情」(23:29)

演奏:ヤンドー(p)

録音:1987年4月21-23日 ブダペスト Italian Institute in Budapest

CD:8.503293 CD-2 【元番号:8.550045】(レーベル:NAXOS)

 

【演奏についての感想】

ブックレットの短い解説によると、

ヤンドーのNAXOSへの最初の録音で、フンガロトンによって製作された。NAXOSにこれだけの録音を残した演奏家は、他にはいない。(ハイマン)

ヤンドーの明快で直接的なスタイルと自然な即興性は、特に悲愴と熱情の緩徐楽章に見事に表現されている。暖かく叙情的であるが、感傷的になり過ぎることはない(ペンギン・ガイド)

 

まず、初見で聴いての第一印象は、硬質なキラキラした音だということ。音とテクニックは勿論安定しています。そして、芸風で掴む巨匠タイプではないということ。つまり、聴いたとたんグイっと引き込まれたりする演奏ではないということですね。そして、演奏スタイルが流麗で、ロマン派的に聴こえます。古典派的な曲でも、構築より流れ重視に感じます。

 

そんな印象の中で、3大ソナタ曲を聴いた感想です。悲愴はとても真摯な演奏です。シンプルに完成された曲なので、気負わずとても綺麗に聴くことができます。月光は、ちょっと芸風が必要な曲かも知れませんね。ヤンドーは第一楽章を淡々とした雰囲気で、第三楽章を激しくという感じで、これは曲想の通りですが、そこに感情や揺れが入らないと、単調になったり、荒っぽくなったりしているような気がします。表現の振れ幅が小さいので、曲のコントラストが活きないということでしょうか。熱情は、3曲の中でもロマン的な要素が大きいのではと思うので、スタイルに合っていると思います。よく雰囲気が出ています。もちろん往年の巨匠のような芸風で掴むところはありません。

 

とりあえず、こんな感じを持ちました。音質から軽やかなイメージを持つのと、飽きの来ない演奏ではありますね。いつまでも流して聴いていても、時々ハッとしながら、聴けるタイプです。逆にこれに慣れている時に、リヒテルとか聴いてしまうと、ぶっ飛びます(笑)。

 

ヤンドーの演奏はNAXOSを聴いていると、これからもたくさん聴くと思うので、今回はここまでにしたいと思います。

30周年BOXにこのCDを入れた意義とは、まさにNAXOSに最も多くの録音を残した演奏家の最初の録音ということですね。

 

ヤンドーの弾く熱情の第一楽章。真摯で輝かしい演奏だと思います。

 

対比してしまうこと自体どうかと思いましたが、激しい演奏ですね。

 

 

購入:2026/01/24、鑑賞:2026/03/29

 

過去記事のリンクです。

 

 

 

 

 

 
 
 

 

久しぶりに、コンサートの投稿です。

実は、去年の新日本フィルハーモニー交響楽団の定期が気に入ったので、定期会員になっていました。元々室内楽シリーズが好きで、毎回行っていたのですが、ついに本丸のほうにも通い始めたのです。今回は、マーラーの第6番。佐渡裕さんが音楽監督になって3年目の締めの公演になります。


◆プログラム
マーラー:交響曲第6番 イ短調

演奏:佐渡裕指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団

2026年3月21日 すみだトリフォニーホール

 

恒例の佐渡さんによる御挨拶。佐渡さんが指揮者デビュー後初めて定期演奏会を任されたのが、新日本フィルでのこの曲ということです。そして、佐渡さんが語ったことを少しだけ書いておきますと、まずこの公演が3年間の区切りになること、この曲は幸せ絶頂のマーラーが、来たるべき戦争や身近な死なども含め、将来を予見した曲であること、そして第四楽章のハンマーについてでした。

 

ハンマーは、最初は5回だったそうですが、それが3回になり、最終的に2回になった。省略された最後のハンマーは、マーラー自身の死を表すということでした。佐渡裕さんはレナード・バーンスタインの弟子と言うことになるわけですが、この曲のウィーン・フィルでの演奏の時もアシスタントとしてずっとついていたそうです。バーンスタインの演奏も3回ハンマーを鳴らしますので、その流儀を受け継がれていますね。

 

さて、演奏が始まります。第一楽章は、冒頭からリズムを刻んでいきますが、これは事前挨拶にあった軍隊を思わせる内容。あまりニュアンスをつけず、淡々と進行していく感じがして、却ってこの曲の不気味さが強調された感じがします。少し早めのテンポで進んでいった気がします。そして、この印象は第二楽章(スケルツォが先)も同じように感じました。

 

そして、第三楽章のアンダンテは、ゆったり進みながら、大きく盛り上がっていった印象です。表情豊かでバーンスタイン的ともいえるかもしれません。オーケストラが大きな盛り上がりを見せて迫ってきます。そしてその雰囲気のまま、長い第四楽章に突入していきます。ですから、快活な演奏でどんどん盛り上がっていくんですね。そして目玉はハンマー!ちょうど舞台の真ん中真後ろで打ち下ろされますが、近づいてくると、計ったようにゆっくりと上げて開けてドンと落とす。視覚効果も抜群でした。

 

そして、バーンスタイン流の3回目のハンマーがとても効果的。ほとんど終曲の近くで落とされます。そして、3回目のハンマーの後は、静かな金管のコラールと言う形で教会を思わせるイメージ。そして衝撃的に締められるのでした。なかなか効果的で、聞き終わっての納得感も非常に高いと思いました。佐渡さんのしっかりした解釈で、オーケストラがとても良い音楽を演奏してくれたというのが率直な感想です。

 

これで、まだまだ佐渡さんの時代が続きますね。演奏を最後までやり切った感と言うよりも、また来年もこの音楽が聞けるんだなという、大きな期待感を持つことができたコンサートでした。また、来年度のコンサートも楽しみにしたいと思います。

 

 

【CDについて】

作曲:チャイコフスキー

曲名:弦楽四重奏曲第3番変ホ短調 op30(34:54)

   弦楽四重奏曲変ロ長調(1865)(13:12)

   弦楽四重奏のための四つの楽章(6:57)

演奏:新ハイドン弦楽四重奏団(ブダペスト)

録音:1995年10月2-5日 ブダペスト Phoenix Studio at the Unitarian Church

CD:8.550848(レーベル:NAXOS)

 

【曲について】

かなり久しぶりにチャイコフスキーの弦楽四重奏曲第3番を聴きました。ほとんど忘れてました。

 

久しぶりの第一印象は、どこかぼんやりした、雲の中を漂うような感触でした。書かれたきっかけが、亡き人への追悼であり、第三楽章にこの曲の核となる葬送行進曲を含むこと、また感情の起伏が内省的で、穏やかに進行していくという要素も、その印象に関係しているかもしれません。

 

それにもまして、この曲の印象を決定づけるのは、長大な第1楽章でしょう。長い序奏を伴うソナタ形式という、中間の雄大な盛り上がりは、あたかも後期ロマン派の交響曲を思わせるような構築を感じます。

ブルックナー的な弦楽四重奏と言うと、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、そうした響きの広がりを思わせる瞬間もありました。そのような響きの広がりに加えて、チャイコフスキーの美しい旋律美もあちこちで楽しめる曲で、特に第三楽章の葬送行進曲の美しさは特筆すべきものだと思いました。

 

第二楽章はロマン派的スケルツォで軽快。第四楽章は明るく展開するフィナーレですが、第一第三が荘重感が大きいだけにちょっと軽く感じるのもブルックナー的かもしれません。この肩の力が抜けた感じが、重厚さからの解放を感じるか、少し物足りなく感じるかは、時と場合によるかもしれない。

 

そんな美しい旋律もあり、美しい盛り上がりもある、雄大な弦楽四重奏曲。いかにもチャイコフスキーらしさが詰まっている曲だと思います。それほどメジャーではないにしても、隠れた名曲ですね。

 

このCDは、さらに若き日の作品が2つ収められています。一つは、一楽章のみの弦楽四重奏曲で、音楽院時代に課題として作曲したものの、1楽章のみで放置されたもの。ロマン派の華やかなりし時代に、伝統的な弦楽四重奏の語法で作曲した作品ですが、この楽章に全ての物語を注ぎ込んだような面白い曲だと思います。チャイコフスキーは幻想序曲という曲を何曲か作曲してますが、その流れを感じました。もう一曲は、若き日の弦楽四重奏の断片として残っていたものを、後世に4つの楽章にまとめられ、出版されたものです。

 

演奏しているのは、新ハイドン弦楽四重奏団(ブダペスト)。初めて聴く四重奏団なので、久々に聴くこの曲から、この四重奏団の特徴を推し量ることは難しいですが、あまり尖った演奏ではないと思いますが、聴けば聴くほどチャイコフスキーの美しさがにじみ出る感じがしました。NAXOSが採用している演奏団体ということで、堅実でハイレベルな団体。曲の印象をしっかりとらえることができたと思います。

 

 

チャイコフスキーの弦楽四重奏曲といえば、伝統的なボロディンSQが有名ですね。
私も最初に聴いたのはこの録音です。でも、きっと今ではいろんな演奏が楽しめるのだと思います。

 

 

購入:2026/03、鑑賞:2026/03/18

 

過去記事のリンクです。

 

 

 

 

 

 

ずいぶん前に、まとめ買いしたCDの中に、この1枚がありました。ギターの演奏が心地よく、車を運転するときとかに、なぜか無意識に手が伸びるこのCD。気がつけば、内容もよく調べないまま、ずっと聴き続けています。ということで、内容を少しは確かめてみようと思って、じっくり聴いてみた次第です😆。

 

【CDについて】

①作曲:J.S.バッハ

 曲名:パルティータ第3番ホ長調 BWV1006(16:18)

②作曲:ポンセ

 曲名:ロマンティックなソナタ(17:47)

③作曲:タレガ

 曲名:ムーア人の踊り(2:49)

    アラビア風奇想曲(4:08)

    ワルツ(1:47)

④作曲:シュレック

 曲名:3人のトルバドゥール(11:01)

⑤作曲:ウォルトン

 曲名:5つのバガテル(12:24)

演奏:ヴィドヴィチ(gt)

録音:1999年7月13-17日 カナダ St. John Chrysostom Church, Newmarket

CD:8.554563(レーベル:NAXOS)

 

【曲について】

バッハのパルティータ第3番(BWV1006a)は、無伴奏ヴァイオリンの曲集を、バッハ自らがリュートに編曲した作品です。リュートと似た撥弦楽器ということで、ギターでも良く演奏されています。バッハの他の無伴奏ヴァイオリン曲集にもギターによる演奏はありますが、バッハの手になる編曲で全曲が揃っているのは、このBWV1006aが唯一のもので、素人目に聴いても、他の編曲と比べると、密度と言い構築性と言い、確かにバッハの編曲だよね…という気がしています。気のせいかもしれませんが…😆。

 

ポンセは、20世紀前半に活躍したメキシコの作曲家。ヨーロッパでも研鑽や活動期間も長く、多岐にわたる分野の曲を残しています。中でもギター作品が有名とのこと。この「ロマンティックなソナタ」は、セゴビアの依頼により、シューベルトがギター曲を書いたらどうなる?というテーマで作られた曲とのこと。何かこう、既知のメロディが、そこで鳴っているような気がして親しみやすい曲ですが、音楽的にはシューベルトらしい書法がいろいろと取り入れられているとのことです。

 

タレガから3曲ですね。有名な「アルハンブラ…」は入ってないのですが、「アラビア風奇想曲」が入ってますね。どれもスペインの民俗音楽の要素の詰まったメロディアスな作品でした。名曲ですね…。

 

シュレックは、20世紀中盤に活躍した、クロアチアの作曲家であり指揮者で、多くの交響曲や協奏曲などを含め多岐にわたる分野で作品を残しています。クロアチアなので、奏者のヴィドヴィチにしてみると、母国の作曲家ですね。「3人のトルバドゥール」は3人の吟遊詩人という意味で、3つの詩的な曲が入っています。無言歌風の美しい曲です。正直言って、シュレックという名前を私はこのCDで初めて知りましたが、聴いてみるとなかなか美しい曲でした。

 

最後はウォルトン。20世紀のイギリスの大作曲家の一人ですが、ジュリアン・ブリームの委嘱によって作曲された、唯一のギター曲。クラシック・ギターの音を聴くと、どうしてもスペインを連想してしまいますが、ギターといえば広くポピュラーの分野で発展した楽器でもあり、クラシック・ギターも脱スペインの、いろいろなイメージができてくるといいな…と思いました。

 

【演奏についての感想】

このCDは、ローリエイト・シリーズの中の1枚。NAXOSでは当初、ギター部門での、コンクール等の優勝者などの注目の若手のソロCDをリリースし、未来への足掛かりを作っていました。のちにギター部門から他の分野にも拡大していきます。

アナ・ヴィドヴィチは、クロアチア出身のギタリストで、「フランシスコ・タレガ国際コンクール」など、いくつかのコンクールで優勝し、その後世界的ギタリストとして各国で演奏活動を続けられています。来日もかなりの回数を数えています。

 

このCDは、まだデビュー間もない頃の演奏だと思いますが、素晴らしいテクニックで、とても流麗に演奏されています。音楽が淀まない、輝くような演奏なので、とても聴きやすく、いつのまにかヘビロテになっていました。内容を全く知らずに買ったCDが、ずっといつも聴いているCDになるというのも、ロマンですね🤣🤣🤣。

 

これは、パルティータ第3番の2024年のライヴとのことで、CD録音から25年。

演奏の雰囲気はさすがに変わってきていると思います。

 

このCDに入っていない、「アルハンブラの思い出」でも…

 

購入:不明、鑑賞:2026/03/1

【CDについて】

①作曲:フォーレ

 曲名:レクイエム op48(36:38)

②作曲:ヴィエルヌ

 曲名:幻想的小品集 op51 より、第1組曲第2曲 アンダンティーノ(3:36)

③作曲:ド・セヴラック

 曲名:タントゥム・エルゴ(3:15)

④作曲:フォーレ

 曲名:小ミサ曲(10:25)

⑤作曲:フォーレ

 曲名:ラシーヌ讃歌 op11(6:30)

演奏:サマリー指揮、スコラ・カントゥルム・オブ・オクスフォード、オクスフォード・カメラータ

   キャリー(org)、ベックリー(s)、ゲッジ(bs/br)

録音:1993年5月17-18日 オクスフォード Chapel of Hertford College

CD:8.550765(レーベル:NAXOS)

 

ふらふらと一人でドライブに出かけた時、旅先のブックオフに入って、車内で聴いてみようと思って買った1枚です。いつの間にかフォーレのレクイエムは好きな曲の一つになっていました。このCDも楽しみです。


【曲の印象について】

フォーレのレクイエムは、美しく敬虔なという言葉で表現される曲と思います。静かな曲調の中で美しいフレーズや大きな盛り上がりも入っていて、いつ聞いてもいい曲だなと思います。そして、このCDには他に4曲入っていますが、なかなか個性的な取り合わせです。

まず、ヴィエルヌのアンダンティーノ。ヴィエルヌは19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの作曲家、オルガン奏者。ノートルダム寺院のオルガン奏者の地位にあり、6つのオルガン交響曲が重要な作品となっています。オルガン曲以外にも器楽曲や声楽曲もあり、フォーレに管弦楽による交響曲も献呈しています。このCDの曲はオルガン作品集である幻想的小品集の1曲で、敬虔なミサ曲のCDの中に合って間奏的な位置を占める静かな曲。ロマン派を引き継ぎつつ、20世紀初頭の精緻な技法で描かれています。

次はド・セヴラックの合唱曲。ド・せヴラックは、ヴィエルヌとほぼ同世代の作曲家。アルベニスと親しく交流したあと、南仏を拠点に活躍した所謂地方主義の作家。南仏といえば、ドーデーの水車小屋だよりを思い出しますが、そういったイメージなのかなと思いました。このCDの中にあっても素朴で真摯な1曲という形です。

そして、フォーレの小ミサ曲とラシーヌ讃歌。フォーレの合唱曲の中でも超名曲ですね。

小ミサ曲は、メサジェとの共作の、「ヴィレルヴィルの漁師たちのミサ曲」をフォーレの曲の部分を中心に改訂・再構成したもの。素朴な構成の中に、飾らない究極の美しさがの本質が宿るような曲だと思います。

 

【演奏についての感想】

初めて聴くCDから音が流れてくる瞬間はワクワクするものですが、このCDから音が流れて出してくると、そのゆったりした美しい流れに、耳をそばだたずにはいられません。とても自然な流れで、とても澄んだ美しい流れです。この曲の数ある名盤をいくつか聴いてきましたが、この演奏もまた特別な体験だと思います。よく、敬虔というキーワードで語られるこの曲ではありますが、この演奏を聴いていると、演奏において敬虔とは何だろうか?と、ちょっと考えてしまいます。

 

そういった曲なので、感情豊かな演奏で敬虔さ美しく表現する。そんな演奏が今まで名盤として評価を受けて、幅広く推薦されていたのではないか?と思います。でも、ここにあるのは、そもそもの音楽が持つ、作為の入らない敬虔さだと思いました。私は、いくつかの演奏を聴いた中で、最終的にデュトワのCDをよく聴くようになったのですが、そのとても美しい演奏で、かつ強く感情を主張しない分、とても心地よく聴けるのです。このCDはさらにその上を行っているとさえ思いました。クリュイタンス、コルボ、ジュリーニとそれぞれとても素晴らしい演奏ですが、このナチュラルな美しさはまた違った音楽のスタイルです。きっと、この曲はそういう演奏がとても活きてくる曲だと思います。名盤は、ひと時の大きな感動を呼び起こすものですが、座右にいつもあるのはこういう音楽が良いと思いました。

 

フォーレのレクイエム以降の4曲。オルガンで間奏を入れ、素朴なタントゥム・エルゴが入り、小ミサ曲、ラシーヌ讃歌と美しい曲で締められます。とくに小ミサ曲は美の極地です。透明な精神世界の美のエッセンスが凝縮されたような曲でした。ラシーヌ雅歌は小ミサ曲とは少し雰囲気が違って現実世界の美を感じる曲です。最後に今の美しい世界に戻ってきてCDが終わります。

 

ジェレミー・サマリーとスコラ・カントゥルム・オブ・オクスフォード、オクスフォード・カメラータは、透明感のある美しい歌声でこのCDをまとめています。素晴らしいパフォーマンスです。

 

この音源から、レクイエムのピエ・イエス。美しい曲です。

 

小ミサ曲の名演奏の一つと思います。オールディスによるもの。伝統的な名演奏ですね。

 

購入:2026/02/18、鑑賞:2026/02/19

 

過去記事のリンクです。

 

 

 

 

【CDについて】

作曲:ジョン・アダムズ

曲名:ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン(4:05)

   包帯係(19:19)

   悲歌的子守歌 op42 (作曲:ブゾーニ、編曲:アダムズ)(9:27)

   シェイカー・ループス(25:28)

演奏:オールソップ指揮、ボーンマス交響楽団、ガン(br)

録音:2003年6月10-11日 イギリス Lighthouse Poole Center for Arts

CD:8.559031(レーベル:NAXOS)

 

何か、ちょっと目新しい音楽を聴きたくて、中古CD店でNAXOSないかな?と思って探したところ、その店には1枚しかありませんでした。何かNAXOSを1枚買うというのが目的だったので、そのCDを買ってきました(笑)。


【曲の印象について】
ミニマル・ミュージックは、基本的に好きです。現代音楽の中ではとても楽しめる分野で、ずっと聴いていても、不思議と飽きません。
音楽は昔から、繰り返しをうまく使いながら時間の流れを作ってきました。「ボレロ」や、「パシフィック231」、「魔法使いの弟子」など、反復の印象が強い20世紀の作品などを思い浮かべると、その効果はよく分かります。ミニマル音楽には、そのような繰り返しの魅力のエッセンスが詰まっていると思います。

もう一つ、元々私はテクノポップが好きだったので、この音楽には自然に入ることができました。テクノポップ自体がミニマルの影響を受けていると言われますが、クラフトワークとか思い出すと、リズムやパターンの反復という点では、共通した感覚がありますね。という訳でミニマルは、いわゆる「現代音楽」という構えた感じではなくて、もっと身近なものに感じます。
 

ジョン・アダムスはアメリカの作曲家。東海岸で伝統的な音楽を学んだあと、西海岸を拠点に活動しました。アダムズは、ヨーロッパの伝統音楽を、アメリカのミニマルな語法と結び付け、新しい音楽を作り上げていったのだと思います。

 

このCDでは、冒頭に「ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン」が配置されています。この曲、いかにもオープニングに相応しい曲で、この曲を聴くと、さぁ楽しい時間が始まるよー、という感じがします。

最後が「シェイカー・ループス」で締められます。シェイカー教という宗教の祈りの印象から着想された曲とのことですが、いかにもミニマルらしい名曲。第一部の鋭角的なリズムで脳内をシェイクされ、第2部の静かな雰囲気の中で、空虚な空間に窓が軋んでいるような雰囲気がとても素晴らしいです。最後までインパクトのあるミニマル・ミュージックが展開し、精神的高揚を体感できるような名曲でした。

 

間に挟まれた2曲、「包帯係」と、ブゾーニの「悲歌的子守歌」の編曲は、一転して雰囲気が異なり、ヨーロッパの後期ロマン派以降の音楽を感じさせます。

「包帯係」は、南北戦争で傷ついた兵士の看護活動を行ったホイットマンの詩による作品で、現場で見た兵士の死と人間の尊厳を厳かに描いた作品です。
「悲歌的子守歌」はブゾーニの曲をアダムズが編曲したもの。静かな音のうねりを聴きながら、「バーバーのアダージョ」や、アイヴズの「答えのない質問」のような、時間が止まったような音楽を連想しました。この真ん中の2曲は、死のイメージもにじみ出る作品の中に、どこか20世紀の苦悩の中で、平穏を求めるような響きに感じました。

 

全体を通してみて、ジョン・アダムズは単なるミニマルの作曲家というだけではなく、ヨーロッパの伝統音楽を背景に持ちつつ、その中にアメリカの歴史や社会、文化が深く感じられて、大変面白いCDでした。

 

【演奏についての感想】

演奏しているオールソップは、NAXOSのアメリカ音楽シリーズの多くを担当しており、バーンスタインの薫陶を受けたアメリカの女性指揮者。アメリカの音楽にはとても造詣が深くて、まさに手の内の曲だと思います。

演奏はとても見通しがよく、適度な先鋭さを持つ、感情過多にならない、きっちりした演奏。特にシェイカー・ループスは原曲が弦楽七重奏の尖った曲であり、のちにアダムズによって弦楽合奏に編曲されたこの曲を演奏するにおいて、オールソップの明晰な演奏はとても合っていると思います。ジョン・アダムスを知る上でも、非常に良い演奏だったと思いました。

 

オールソップとBBC響による、「ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン」。ご機嫌です。

 

購入:2024/02/18、鑑賞:2026/02/19

 

過去記事のリンクです。

 

 

 

 

【CDについて】

作曲:マーラー

曲名:花の章(7:29)

   交響曲第1番ニ長調(57:17)

演奏:ラトル指揮、バーミンガム市交響楽団

録音:1991年12月16-19日(ライヴ) バーミンガム Symphony Hall

CD:CDC7 54647 2(レーベル:EMI、発売:EMI Records)

 

【曲について】 

マーラーの最初の交響曲にして、私もマーラー入門でよく聴いた曲。聴き慣れた曲ですので、安心して聴けます。

この曲の最終形の完成までに、マーラーは何度も演奏会で披露しながら改稿を重ねました。初期は「交響詩」として発表され、2部構成の5楽章で、「巨人」という標題も付けられていました。その時には、現状の4つの楽章以外に「花の章」と名付けられた楽章が入っていました。その後、改稿が重ねられ、最終的にはこの楽章は外され、標題も取り除き、純粋な交響曲として完成します。これは、第2番「復活」の初演よりも後の事となりました。

 

このCDには冒頭「花の章」が録音されています。「花の章」は本来第2楽章ですが、完成形の4つの楽章は、「花の章」が入っていた時とは細部が異なっていますので、間にはいれられませんね…。成立過程の資料として聴くこともできますが、最初に置いてあるということから、ラトルの解釈の一つの要素を窺うことができるのかもしれません。

 

【演奏についての感想】

この演奏を聴いて、印象としては今まで聴いたことの無い第1番だと思いました。冒頭からテンポはゆっくり、緩急も強弱も大きくという感じですが、それは巨匠的なうねりではなく、極めて現代的なスタイリッシュな緩急と感じられます。とても緻密に演奏されている印象で、それこそ音楽を舐めるように細部まで見て行くようです。

 

演奏時間は標準的なものですが、ゆっくり感じるのは、緩の部分がことさら丁寧に扱われているからだと思います。急の部分はスピードが上がりますが、全体として前へ前へという感じではありません。その瞬間に鳴っている音楽そのものを、丁寧に描いているような感じを受けました。

 

思えば、当時はオーケストラの実力を見せつけるような、迫力やうねりを前面に出す演奏が基本だったと思います。その中で、ラトルのこの演奏はインパクトがあったかもしれません。今でこそ、ハーディングのマーラーのように、室内楽的で密度の高い演奏も珍しくありませんが、今改めて当時を振り返りながら聴くと、確かに変化の時代があったと思い当たるとともに、それが今のマーラー演奏に繋がり、またラトルのその後の活躍に繋がっていく、一つの通過点であったのではと、改めて感じるのでした。

 

この演奏の音源です。

 

購入:2024/01/30、鑑賞:2026/02/11

 

過去記事のリンクです。

 

 

 

 

 

【CDについて】

作曲:マーラー

曲名:交響曲「大地の歌」(66:28)

演奏:バーンスタイン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

   キング(T)、フィッシャー=ディースカウ(Br)

録音:1966年4月

CD:452 301-2(レーベル:DECCA、発売:THE DECCA RECORD)

 

【曲について】 

実は、この曲大の苦手でした。でも、レコードとしてはクラシックを聴き始めて、最初に買った10枚のレコードに入っているはずです。ベイヌム盤です。当時は高校生的に、完全に背伸びしていたと言えます。

 

この曲は、6楽章からなる、歌入り交響曲です。

第9番のジンクスを意識したマーラーが、番号無しとしたことで有名ですが、歌曲集的な性格もあり、番号なしでも頷ける一面もあります。

交響曲として見た場合、6つの楽章を全体構成の中でどう関連付けるかは、いろいろな考え方があるようですが、今回この曲を聴くうえでしっくり来たのが、4つの楽章と考える方法でした。

第1楽章は、重い導入の楽章。第2楽章は、暗い緩徐楽章。第3,4,5楽章をひとまとめと考え、スケルツォ的性格の楽章、第6楽章が終楽章で、30分以上あり、曲の半分を占める形です。起承転結という感じの4楽章構成になっているとも言えると思います。

曲の歌詞は、中国の古典の詩のフランス語訳を、ドイツの詩人ベートゲが自由にドイツ語に翻訳・編集した詩集「中国の笛」から、マーラー自身が更に適宜改変したもの。元の漢詩がはっきりしているものや、そうでないものもあるらしいです。当時のヨーロッパにおける東洋趣味もありますが、マーラー自身が死を感じる年ごろになってその不安の解決を、東洋思想に求めたかったという面もあるかもしれません。

 

【曲を聴いたところでの感想】

今まで苦手だったのは、まず音だけで音楽に馴染もうとしていたところもあったのでは?と思ったので、再度、歌詞もいろいろな対訳や元の詩を確認しました。

第1楽章は、酔っぱらいの詩。人生への絶望からの逃避と抵抗に酒を飲み尽くす男。人生は生も死も闇と歌います。

第2楽章は、秋の寂しい情景と、既に心に長く留まり続けた秋に、もう次に来るのは冬ばかりと嘆きます。

第3~5楽章は、それぞれ若さ、美しさ、春がテーマの明るく能天気な歌であるが、それぞれ風景をシンメトリーでみせたり、酔いつぶれて逃避したりと、逆にアイロニーを込めて扱っていたりもします。ただ、前楽章からの転であり、ある程度、現実離れの雰囲気を出して、天上の世界、あるいは仮想の夢の世界を感じさせています。

第6楽章は告別。夕暮れの樹下に佇み、友を待つ、そして長らく会わなかった友に、山の彼方へ、故郷へと帰って、来たるべき時を待って過ごすと告げます。都会での競争社会に疲れ、純粋に生きるために田舎に帰るともとれるし、山に入る大地に還るということを拡大して行けば、儚く短い人生から別れ、永遠の転生の世界に取り込まれていくという、大きな解釈もできるという形になります。

なるほど、素晴らしい構成で、内容自体は普遍的にフィットするものですね。我々が、東洋思想に慣れ親しんでいるかもしれませんが…。

 

一方で、音楽がとても素晴らしいです。歌と伴奏という組み合わせからは離れて、歌もオーケストラの一部として組み入れられたような印象。全体で交響曲を構成しています。あたかもオーケストラのための協奏曲のように、各パートの美しいフレーズが散りばめられた曲。じっくり聴いて、聴きごたえがある音楽でした。

とくに、第6楽章は圧巻で、前半の情景描写の管弦楽の素晴らしさ。音が歌詞の歌う情景を美しく飾っています。そして、間奏から音楽は心理描写へと変化していきます。見事な終末は死でも終わりでもなく、昇華であり転生という雰囲気です。曲は静謐な雰囲気の中で、「Ewig(永遠に)」という言葉の反復で閉じられます。

 

【演奏についての感想】

この演奏は、壮年期で最も精力的だった時期のバーンスタインが、ウィーンフィルを指揮した、ダイナミックで気迫のこもった演奏だと思います。バーンスタイン流の想いのこもった演奏ではありますが、後年ほど濃厚ではないと思います。バーンスタインの演奏するマーラーは特別のもので、マーラーのやや陰に篭りがちな感じさえある悲観主義を、バーンスタインは前向きな人間の声として表現してしまいます。この音楽は、ラストはいかにも明るく、ハッピーエンドに聴こえてきます。

この演奏では、通常はアルトで歌われることの多いパートに、バリトンのフィッシャー=ディースカウを起用しています。これは、マーラー自身の、アルト(またはバリトン)という指定によるものですが、これによって、この曲の世界観の、中央に出て弓折れ矢尽きて故郷に帰ると決めるところなどが、いかにもこの時代においての男性的なものと思え、真実味が増す気がしました。そして、フィッシャー=ディースカウは立派に作品に込められた役を演じきる歌い手です。まさに適材ではないかと思いました。

 

この演奏は、バーンスタイン流に、この曲の良さを明るくドラマティックに描き出した演奏であり、聴き継がれるべき名盤であると思いました。

 

この音源を対訳の動画で聴くことができます。
判りやすいですね。

 

購入:不明、鑑賞:2026/02/10

 

過去記事のリンクです。

 

 

 

 

 

 

 

 

【CDについて】

作曲:ラインベルガー

曲名:ヴァイオリンとオルガンのための6つの小品 op150(35:50)

   ヴァイオリンとオルガンのための組曲 op166(22:16)

演奏:デニソヴァ(vn)、ストルツェプ(org)

録音:1997年8月13-15日、ハンブルク

CD:74321 58965 2(レーベル:ARTE NOVA、発売:BMG)

 

【曲について】 

ヨーゼフ・ラインベルガーは、1839年リヒテンシュタイン生まれで、ミュンヘンで活躍した作曲家。年代的にはブラームスの少し年下ですがほぼ同世代、チャイコフスキーやグリーグに近く、ドイツではロマン派が成熟し、各国にロマン派が広がっていった時代に活躍しました。バイエルン王室に仕え、宮廷音楽家・作曲家として活動し、教会オルガニストもつとめ、音楽院の作曲教授をつとめ、ということでバイエルンにしっかり根を下ろした人。名声は世界に聴こえ、弟子は世界から集まってきたようです。 

 

そもそもオルガン奏者がキャリアのスタートであったこともあり、オルガン曲に大きな成果を残していますが、一方で音楽院では作曲家の教授も務め、あらゆる分野に作品を残しています。当時は人気を博したようですが、死後作品は急速に忘れられ、その後もオルガン曲に関しては重要なレパートリーとして弾き続けられていましたが、1980年代以降録音も増え、広く再評価が進みました。 

 

ラインベルガーは、教会のオルガン奏者からスタートしているだけに、宗教音楽分野の造詣が深く、またバッハを研究したことでも知られています。そのようなラインベルガーの作品、ヴァイオリンとオルガンという組み合わせ。初めて聴きますが、どんな音楽なのでしょう。 

 

【演奏についての感想】

この音楽、率直に言ってとても聴きやすい音楽でした。クラシックを聴いている堅苦しさがない。伝統的な書法で書かれたクラシック音楽でありながら、感触としては、映画音楽を聴いているような親しみやすさを感じます。ラインベルガーが研究したバッハ的な伝統書法と、ロマン派の抒情とが結びついた音楽という感じでしょうか。

 

そして、ヴァイオリンとオルガンという取り合わせが絶妙です。オルガンはヴァイオリンが奏でる空間となり、その中でヴァイオリンが歌い続ける。連綿と続く歌なのですね。形式とか構造を感じさせず、まさにその空間を音で満たすような音楽でした。 

 

演奏している、デニソヴァがとてもいいです。彼女のヴァイオリンの奏でる歌は、オペラ風の巨匠的歌ではなく、その場で舞っているような、明るく奔放な歌。重くもなく艶やか過ぎず、明るく軽妙な歌なのでした。これはとても合っていると思いました。 ラインベルガーは、どうも構えずにすらっと聴けてしまう作曲家のようなので、もう少しいろいろと聞いてみたいと思いました。

 

6つの小品 op150の冒頭に置かれている、とても叙情的で美しい「主題と変奏」。

ポール・バリット(vn)他による演奏です。

 

 

購入:不明、鑑賞:2026/02/07