【ライヴ鑑賞】「「憧れ」と「欲望」」新日フィル室内楽シリーズ 楽員プロデュース | ~Integration and Amplification~ クラシック音楽やその他のことなど

~Integration and Amplification~ クラシック音楽やその他のことなど

学生時代から断続的に聞いてきたクラシックCD。一言二言で印象を書き留めておきたい。その時の印象を大切に。
ということで始めました。
そして、好きな映画や読書なども時々付け加えて、新たな感動を求めていきたいと思います。

新日本フィルハーモニー交響楽団の室内楽シリーズ。今回は、コンサートマスターの西江辰郎さんのプロデュースによるもの。大御所の登場である。そして、プログラムがとても興味深くて、どれも聴いたことの無い曲。一応予習ということで、メインのタネーエフのピアノ五重奏曲くらいはYouTubeで聴いてから会場に向かった。

 

タネーエフはチャイコフスキーに学び、モスクワ音楽院の教授として、スクリャービン、ラフマニノフ、グラズノフ、プロコフィエフ、メトネルたちを指導した。どちらかと言えばロシアの西欧派の系譜を思わせる。ただし、チャイコフスキーのようなロマンティックな旋律は多用せず、厳格な構築性を重視した。そんなことから、ロシアのブラームスと呼ばれることもあるようだが、本人はブラームスやワーグナーを毛嫌いしていたという。このあたりロシアという立ち位置からの微妙な葛藤が見受けられる。

 

◆プログラム
①J.S.バッハ(ジョン・バーンスタイン編):来たれ、異教徒の救い主よ BWV659

②ドヴォルザーク:弦楽四重奏のための「糸杉」 B.152より第4曲

 「ああ、私たちの愛に求める幸せは花開かない」
③ミルゾヤン:弦楽四重奏曲ニ長調

④タネーエフ:ピアノ五重奏曲ト短調 op.30

 

演奏:西江辰郎(vn)、立上舞(va)、中恵菜(va)、サミュエル・エリクソン(vc)、

   菊池裕介(p)

2024年7月8日 すみだトリフォニーホール

 

プレトークでは、西江さんが選曲の経緯を語られた。その言葉自体はすでに忘れかけているのだが、だいたいこんな内容だったと記憶している。「昨今の世界情勢(紛争など)に鑑み、歴史を紐解いてみた。西欧音楽の歴史はキリスト教教会音楽に始まり発展してきた。その歴史の流れの中で、今起こっている事象を読み解くような曲を集めている。ラテン語で書かれ市民には理解の難しかったキリスト教の経典が、ルターによってドイツ語に翻訳された。これにより、人々は書いてあることを知り、現実とのギャップも知ることになった。(J.S.バッハのこの曲はルターの翻訳から来ている)。ドヴォルザークの曲から流れ出るボヘミアの情景。ミルゾヤンは、ソ連時代のアルメニアを生きた、民族色の強い作曲家。タネーエフの曲からは西欧への憧れが見られる」全体をなかなか結び付けづらい点もあると思うが、俯瞰してみた時、キリスト教世界と異教徒、周辺国の民族主義と西欧文明との葛藤などキーワードが浮かぶようなスピーチであった。

 

という前置きで音楽が始まった。最初の2曲は短い曲でもあり、美しい音楽を楽しんだ。ボヘミアの風景の浮かぶようなドヴォルザークの音楽は素晴らしい。そして、前半の大曲はミルゾヤンである。1921年生まれの作曲家で、グルジアのゴリ生まれ(スターリンやムラデリと同郷)だが、アルメニアに移住している。プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、バルトークの影響を受けた作風で、アルメニアの民俗音楽としては、ハチャトゥリアンの次世代の後継者であった。1947年に作曲されたこの曲は、なるほどショスタコーヴィチ的なテイストも強いのだが、それがアルメニアの旋律と融合して展開していく面白い曲であった。

 

そして、後半はタネーエフ。この曲は事前に聴いてはいたが、最終的にまだよくつかめていない。確かにタネーエフ自身に関する評伝から読み解くと、チャイコフスキーの流れを汲みつつ、叙情性を薄めて構築性を上げたらこうなるという、頭での理解には至るのだが、なかなか体感として入ってきていない。いずれもっとじっくり聴いてみたいと思った。ラストの教会の鐘のようなピアノの連打は印象的であった。

 

さて、演奏会は通常のプログラムでは終わらない。アンコールがあるのだ。この日は2曲のアンコールがあった。

①プッチーニ:弦楽四重奏曲「菊」

②ピアソラ:天使の死

「菊」は、言わば追悼曲であり、レクイエムである。「天使の死」は、魂を救済しに下界に降りた天使が、ブエノスアイレスの場末でナイフで刺し殺されるという場面につけられた音楽である。この2曲のアンコールで極めてインパクトの強い演奏会となった。

 

憧れが欲望を生み続けるこの世界には、救済は無いのだろうか…。

我々は聖なる心の犠牲の上にのみ、生き続けることができるのだろうか…。

 

関連する動画ですが、一曲だけ。素晴らしい演奏があったのでリンクします。

 

プッチーニ:弦楽四重奏曲「菊」(弦楽合奏版)

マリス・ヤンソンス追悼(一周忌)としてのバイエルン放送交響楽団による演奏です。

指揮台は空席になっています…