三代目の息抜きブログ
  • 13May
    • 彦島一周の画像

      彦島一周

      普段生活している地域のことを知っているようで知らないという事は多いと思います。たまや本店は山口県下関市の彦島という所にありますが、島とはいえほぼ陸続きで広さもそこそこ。小学校は5校あるし、以前は『水道局さえあれば市にできる』と言われていたこともあります。出身の著名人といえばロンドンブーツの淳さんですね。そんな彦島ですが、長く住んでいても今まで行ったことがない場所はたくさんあります。実際自分の生活圏以外の区域にはほぼ行くことがないのですが、時々人に聞かれることがあります。『彦島って一周できるの?』その質問をされたらいつも答えるのが『きれいに海沿いをぐるっと回るってのはできないけど、できるのはできるよ』とはいえ、どの道を通ったら『ちゃんと一周』したことになるのかはよくわかっていませんでした。そこで、改めて彦島をちゃんと一周してみるのはどうかということで、ひとまずはそのルートを調べてみました。ちゃんと一周というのは一番外側の道を通って一周するということです。最大外周での一周はどの道を通って、それが何kmあって、何分かかるのか。こんな時頼りになるのはGoogleマップ。道路を見ながら線を引いて行ってはじき出した最大外周ルートがこれです。そしてこの道を実際に通ってみるわけですが、ストリートビューで見ただけでもここ車無理だよねってところがいくつかあったのでバイクでの走行です。ではその検証結果はどうなったのでしょうか。動画をご覧ください。

  • 11May
    • たまや本店 ふぐの全国宅配特設サイト開設です。の画像

      たまや本店 ふぐの全国宅配特設サイト開設です。

      たまや本店ではふぐの全国宅配を行っています。 これまではオフィシャルHPからの注文か電話注文で、お支払いも銀行振込か代引きでの対応でしたが今回新たに特設サイトを開設いたしました。新たな試みとして3つのポイントがあります。 まず一つ目はクレジット決済での購入です。新サイトにはカート機能が付いていますので通常のネットショッピングと同様に、気に入った商品をカートに入れた後はクレジット情報を入力すれば決済が可能です。 たまや本店ふぐの全国宅配二つ目のポイントとしては、新しい価格帯でのご案内の商品があります。お手頃なふぐさしセットは4,000円で税込・送料込!たまや本店 ふぐさしセット4,000円三つ目は、贈答品として購入される方のために器のバリエーションを増やし、お好みのものをお選びいただけるようになりました。これまでは陶器のお皿のみでしたが、今回はプラ素材のものを複数種そろえました。目的に合わせてお皿の柄を変えてみてはいかがでしょうか。小19cm中22cm(陶器22.5cm)大30cm(陶器31.5cm)いつもお世話になっている方への贈り物や、大切な方へのお祝いの品としてもお勧めいたします。詳細はこちらからたまや本店ふぐの全国宅配

  • 06Aug
    • 亀山八幡宮の花火大会に行きましたの画像

      亀山八幡宮の花火大会に行きました

      7月30日亀山八幡宮 夏越祭花火大会が開催されました。毎年恒例の花火大会です。亀山八幡宮は以前紹介したこちら花火の打ち上げ数は約2000発。唐戸のあるかぽーと防波堤灯台から上がります。これまでちゃんと見たことがなかった花火ですが、今回は信用金庫さんより、会場のすぐそばに建つ下関グランドホテルの4階から花火を見ることができるというお話をいただいたので参加しました。花火はおよそ1時間あったのですが動画はその最後の数分間です。このタイミングでホテルのスタッフさんが窓を開けてくれて、それまではガラス越しだったのですがダイレクトに見れるようになりました。やっぱり生で、近くで見る花火の迫力はすごいですね。実はもう一つ驚いたのは、スマホカメラのレベルです。ここ最近スマホはスペックの高さも頭打ちになってきていて、現在各メーカーが力を入れているのはカメラ機能なのだそうです。今売られているスマホは背面にレンズが2個以上ついているものが多いです。僕のスマホも写真用と動画用でカメラが分かれています。動画を撮る際にはワイドモードで視野角が広い画で撮れます。また、手ブレ防止機能も働いているのでガタツキがありません。画質も4Kが選べるのできめ細かい映像を残せます。数年前では考えられないクオリティです。技術の進歩はありがたいのですが、いつまでそれについていけるかなと心配にもなります。

  • 04Aug
    • 映画 『この世界の片隅に』 を見た流れからのちょっと気になった事

      地上波初となった『この世界の片隅に』以前話題になった時にこれは見てみたいなと思っていたので録画して見ました。素晴らしい作品でした。海外からの高評価というのも日本人としては嬉しいです。映画を見終わってから、そう言えば大学受験で広島に行った時に、せっかくだからということで原爆ドームと原爆資料館に行ったことを思い出しました。小学生の時、クラスメイトが原爆資料館にある被爆者の人形がすごく怖いと言っていました。受験生の18歳ならそこまで怖いと感じるものでもないだろうと楽な気持ちで入館したのですが、展示物は順路を追うほどに原爆の恐ろしさを実感させられるもので、その最後に被爆者の人形がありました。多分何歳で見ても恐怖を感じさせるものだと思います。ところが、今さら知ったのですが、その被爆者の人形が撤去されたそうです。もう2年前です。撤去の理由は、実際に被爆した人から『原爆被害というのはこんなものではなかった。服も燃えてなくなり、顔も皮膚がただれて性別もわからないような人達がいた。人形展示では伝えきれない』という声があり、資料館としては被爆の真相をよりリアルに伝えるために実際の被爆資料や写真を中心にして、再現物ではなくありのままの資料を展示する方針とするため。この撤去問題は反対の声が多かったそうです。そりゃそうだと思います。まず、実際の被爆体験者の声として『こんなものではなかった』とありますが『展示をやめろ』とは言ってません。それを聞いたどこかの誰かが『完全に再現しきれていないこの人形では事実よりも軽くみられる』というおかしな受け止め方をして、さらにその結果として『じゃあよりリアルな人形にする』ではなく『事実と違うものは撤去する』という恐ろしくねじ曲がった思考で決定した事です。実体験を100%としたら展示人形の再現力は30%だか40%だかわかりませんが、その度合いは大事なことですか?実際がそんなものではなかったのは当然です。どれだけ多くの遺留品や記録を展示しても実体験の100に並ぶことはありません。ですが少なくとも資料館に行った人にとっては最もインパクトに残る展示物であり、戦争の恐怖と核の非人道性を最大に感じるものでした。一番大事なのはそこのはずです。それを伝えるための資料館だったはずなのに。人形の展示をやめて実物資料の展示でリアリティを高める?高まらないでしょ。伝わらないでしょ。人形を残して、そのそばに『爆心地の近くではこれ以上に悲惨な状態の人が大勢いた』の一言を添えるだけでいかに凄絶な状況だったか、これ以上と言われても想像もつかないほどの地獄が広がっていたと感じるはずです。リアリティどうこうの理由は建前で、実際には表立って言えない事があるんじゃないかとすら思ってしまいます。

  • 15Apr
    • 第二関門トンネル

      ここ最近話題になっているので地元民として少し意見を。『安倍総理の地元と麻生副総理の地元をつなぐ道路』という発言がやたらと報道されていますが、これは『そういう見方もある』という程度のことで、あまりこの表現ばかり取り上げてしまうと話のすり替えになります。少なくとも下関の一市民の感覚としては、第二関門トンネルを作ることと安倍総理の地元であることはまるで関係がなく意識したこともありません(というか安倍さんの地元は長門市。選挙区というくくりでは下関市まで含まれますが)。実際に将来その道路ができた時に利用する立場で言えば、『本州と九州をつなぐ道路』が正しい認識です。というか明らかにその方がスマートで普通の思考です。忖度という分かりにくい言葉がひとり歩きしているせいで、その分かりにくい言葉を中心にいろんなことがこじつけられて、結果として本来の趣旨がブレている状況に思えます。単純に、道路として必要かどうかが焦点のはずです。無知な僕でも海底トンネルを通すことが安くないことは分かります。となると費用対効果がどうなのかということになるのですが、これに関しては正直わかりません。ただ僕は基本的には賛成の立場です。現在、本州と九州を行き来するには3つの道路があります(JRは除きます)。まずは関門橋。これは高速道路になります。そして関門トンネル。こちらは一般道路上の有料区間となります。最後に人道トンネル。こちらは歩行者のみの道路です。人道トンネルはひとまず置いておくとして車両の陸路としては関門橋と関門トンネルの2つがあります。2つあれば十分なんじゃないの?という意見もあります。僕も普段からそんなに頻繁に九州に行くわけではないので、2つじゃ足りない!と思ったことはありません。でもたぶんそんな個人の見解で考えてはいけないんだと思います。くどいようですが、これは県境であり海を挟んで本州と九州を行き来する道路の話です。下関という地域の特徴上、陸続きの県境が近くにないのですが通常は隣の県との往来の道路が2本なんて事は無いんじゃないでしょうか。また物流という観点で2つは多いでしょうか?少ないでしょうか?九州には福岡や熊本などの大きな都市があります。当然そこには人口も集中しています。ネット通販の加速で陸便が増加すれば道路は混みます。さらに、何か大きな災害があって、本州側あるいは九州側に避難しなければならなくなったらその道路は多いに越したことはありません。ですが現状道路は2つです。関門トンネルは時々点検工事で通行止めになります。その時は関門橋を使って行き来するので、工事期間中は本州⇔九州が道1本になります。トンネルも橋も、建造物である以上老朽化しますし、そのメンテナンスや安全確認は必ずやらなければいけません。下関側は、関門橋と関門トンネルの乗り口が近いところにあります。簡単に言えば1本の道から関門橋方面と関門トンネル方面と本線に分かれます。という事は関門橋やトンネルが混むと本線にまでその影響が出ることになります。北九州側の門司もそれに近い状況です。第二関門トンネルは、下関と北九州がこれまでとは違う地区でつながる構想になっています。互いの地区は地形的にも本州と九州が最短で結ばれる位置関係にあります。トンネルの距離が短いことは非常に大事です。まず行き来の時間短縮、そして建設費用が抑えられるということ、工事やメンテナンスの際も期間を短くできるということです。そして現在の橋やトンネルから離れた別の道路になるので渋滞の緩和にもつながります。第二関門トンネルを通すことのデメリットは、その工事にかかる数百億か数千億かわかりませんがお金です。作らなければそのお金は別の何かに使うことができます。ほかにも近隣住民の立ち退きが発生するかもしれませんし、海底を掘るわけですから自然環境への影響もゼロではないでしょう。作る意味がないとか絶対に作ってはいけない理由があれば作らない方がいいんでしょうが、先に書いたような道路事情が現実にあります。結局何が言いたいのかというと、副大臣が総理を忖度してトンネル事業をすすめたとか、もちろん安部首相や麻生副総理の意向でどうだとかそんな取って付けたような話で公共事業が進んでいくような国だったら地方の行政なんてとっくに破綻してるでしょうが第二関門トンネルの構想は、僕が小学生の頃から耳にしてきた話です。という事はその新しい道路の開通に向けて、数十年に渡って調査や提言をしてきた人たちがいるわけです。またそこに反対する人の意見も当然あって、これまでの双方の献身的な議論の内容こそが一番重要なはずです。どちらの立場の人も未来の経済や生活を豊かにするために試行錯誤している。その人たちにとって総理の選挙区だの副大臣が忖度したなどどうでもいい事で、そんなものでこの事業がメディアに取り上げられるのは水を差される以外のなにものでもない話です。

  • 26Nov
    • 食わず嫌いの画像

      食わず嫌い

      ずいぶん昔になりますが、先輩との会話でこんな失礼なやり取りをしてしまいました。『相撲は見る?』という先輩からの質問に『相撲ですか。あまり見ませんね』と答えたところまではまだよかったのですが『そうか、俺は結構相撲が好きでね』と言う先輩に『いやぁでもアレじゃないですか?何かこう、暑苦しいっていうか。僕は見ながらメシが食えるかどうかが基準なんですよ。ボクシングとかなら食えるんですけど相撲は無理っすね』極端な偏見。しかもわけのわからない持論を持ち出し、目上の人が好きだと言っているものを即座にこき下ろす暴言ぶり。これはもうゲンコツでやられてもおかしくなかったのではないかと思います。先輩は『そうか(苦笑)』と言ってそれ以上その話はしませんでした。あの時スマホをいじりながら話しかけてきた先輩は、きっと相撲の取り組み結果を見ていて隣にいる僕とその話でもしようと考えたのでしょう。世間話のひとつとして何気なく相撲の話題を振っただけなのに、まるで握手を求めたらヒザ蹴りが飛んできたぐらいの無礼な仕打ちです。しかし先輩は怒ることなく寛大に応じてくれました。あれから数年経って、手のひらを反すように相撲に興味を持ち始めたのが今の僕です。きっかけは先ほどとは別の先輩でした。『最近習得した顔真似やるから誰か当ててみてよ』と言われ見せてもらったのですが全くわからなかったので答えを聞いたら『稀勢の里よ』それを聞いてもわかりませんでした。名前からして力士であることは察知しましたが顔を知らないので似てるかどうかもわからなかったのです。それ以来何度も稀勢の里の顔真似を自信たっぷりにやるので、これは確認するしかないということでネットで調べたらとりあえず似てなかったので先輩にそう伝えたところ『違う違う、花道から入ってきて土俵のそばで出番待ちしてる時の顔だから』…そんな場面場面で顔変わるか?と疑問に思ったのですが、だったらその時を見てみなきゃということで相撲中継で確認することにしたのです。当時、稀勢の里はまだ大関でした。顔真似する先輩は『もうじき横綱になるから』と明言していました。横綱になりそうな力士なら知っておいたほうがいいかなという気持ちもあり普段見ることがない相撲中継を見ました。実際のところ、その時点で僕が知っている力士は白鵬と豪栄道ぐらいでした。幼い頃、祖父の家に行くとよくテレビで相撲をやっていて、当時は千代の富士が全盛期だったのですが幼いながらも『この人かっこいいなぁ』と思った記憶があります。先輩の顔真似から名前を知った稀勢の里は『17:40くらいになった出てくるから』と聞いていたのでその頃合いで中継を見てみることに。稀勢の里が登場し、土俵の近くに腰を下ろしたあとアナウンサーが横綱昇進の可能性について触れた時に稀勢の里一人がカメラで抜かれたので、さて、どんな表情をしているのかと見入ったところ全然似てないじゃないそれはもう弁償もののレベルで似ていませんでした。というか花道の時から表情も変わってないです。結局先輩の顔真似が1ミリも稀勢の里に似てないことは確定したんですが流れでそのまま相撲中継を最後まで見ました。その日の中継は結びの一番が終わったあともまだ時間があったのか、最後の弓取り式まで放送されていました。今思えばこれが大きかったのだと思います。弓取り式は、なにか神事を見ているような感覚になりました。土俵の中央で化粧まわしを着けた力士が弓を振る姿は神秘的で、他には類を見ない日本特有の儀式だと感じたのです。考えてみれば、相撲はスポーツと呼ぶほどポップな感じではありません。それは横綱土俵入りはもちろん、行司や土俵周りにいる呼出の人たちもみな最高レベルの作法を持って土俵に上がるからだと思います。小さな動き一つ一つが儀式として見れるのもそのためで、そういったところがまた日本人には心地よく映るんだろうと思います。また、格闘技と呼ぶにも他とはかなり違うところがあります。幕内の力士だけでも42人ほどの人数がいて、それが15日間連続で取り組むわけですから〇月〇日〇時にゴング!といった通常の格闘技とは見方が全く違います。国技と呼ばれるにふさわしい相撲。日本人としてその伝統と格式に敬意を持てる喜びを今頃になって感じているわけですが、ここで当然思うのが一度生で見てみたいそんなわけで平成最後の九州場所というプレミア感もあって行ってきました‼初めての観戦はちょっと遠くの椅子席から今回最大のポイントは横綱全員休場なんでこうなるかね…ある意味あの横綱土俵入りを見に来たみたいなところあるのに。3横綱の中では特に鶴竜を見たかったです。顔が優しそうでやわらかい感じがあるし、食べたらおいしそうです。横綱全休は残念でしたが、相撲のいいところは他にもたくさん魅力的な力士がいることです。今回は九州場所なので、九州出身の力士が出てくると会場が大いに沸きます。琴奨菊は福岡の出身なのでなおさら声援が多かったです。この人も優しそうな顔つきなんですよね。ただ、立ち合いになると怖い…でかい…今回は西側の席に座ったのですが、よく考えたらこの角度で見る景色は初めてです。テレビは正面の画しかないので新鮮でした。東側の力士の表情は良く見えます。そこまで相撲に興味がなかったころから知っていた豪栄道が出てきた時はちょっと感動しました。豪栄道は、『豪栄道豪太郎』というそうです。豪太郎は本名。もう名前からして強い。戦う豪太郎勝った豪太郎力士には品格が求められるとよく聞きます。ですので勝っても負けてもポーカーフェイス。そういう凛とした姿が見られるのも相撲の魅力ですね。

  • 26Sep
    • それは稀に起こる琴線に触れた出来事2の画像

      それは稀に起こる琴線に触れた出来事2

      出典https://group.tyo.jp/works/2016/cm/005772.htmlまさかこの言葉を自分が発するとは思っていませんでしたが京都に行くことにしました。下関から京都に行くには新幹線が一番便利です。下関駅は新幹線が通ってないので最寄りの新幹線駅まで在来線で行かなければなりません。ここで2つの駅の選択肢が出てきます。新下関駅と小倉駅。どちらも下関駅から2駅です。が、ほぼ間違いなく選ぶのは小倉です。変な話ですが、一度九州に下ってからV字ターンするように京都に向かうのです。理由は簡単で、『のぞみ』が止まるのは小倉だから。新下関はこだまとかが大半なのであまり利用することはありません。今回は小倉まで在来線で出て新幹線に乗り換えて京都まで。ただ問題は京都駅から展示場である京都国立近代美術館までの道のりです。前回の大阪行きの時は、知らない土地で在来線だの乗り換えだの嫌だからタクシー使っちゃえというノリだったのですが、今回は違います。地下鉄使います。なぜ京都だとそれができるのか。それは京都の地理が碁盤目だからです。嘘です。碁盤目と地下鉄は全然関係ないです。今回はひとりで行くので何かトラブルがあって遅れたりしても誰も迷惑しないからです。調べたところ京都駅から地下鉄烏丸線に乗って北に3駅行ったところで東西線に乗り換えて東にまた3駅。『東山駅』で降りてから徒歩10分くらいで美術館です。東山魁夷展が東山駅。覚えやすい。調べている時点でわかっていたことですが今回は日帰りなので営業マンの出張でよくあるような、滞在時間より移動時間の方が長いパターンです。もったいないとか言ってられないです。もし滞在時間の方を長くしようと思ったらそれこそ泊まりになります。というわけで朝イチから出発。特に問題もなくちょうど正午頃に美術館に到着しました。すぐそばに流れるのは鴨東運河(おうとううんが)。右側に見える建物が京都国立近代美術館です。看板出てます。そして、一際目を引くのがこの大鳥居。この大鳥居のずっと奥に平安神宮があります。鳥居の少し手前の左側にあるのが京都国立近代美術館です。ありましたよ。代表作が使われた看板が。書いてあるとおり、本当に『あお』の色使いがすばらしい画家なんですよね。この看板はボックス型になっています。側面はこんな感じ。反対側スマホでぱっと撮った程度の写真ですら色合いの素晴らしさがわかります。そしていよいよ中に入るのですが、当然館内は撮影禁止です。上の看板にもある海の絵。唐招提寺の『濤声』はやはり圧巻でした。L字型をしたこの作品はLの長辺部分で畳7枚分の長さがあります。記念に買ったレターケース?で説明するとこの部分は作品全体の3分の1以下です。この右側にも左側にもまだまだ続きがあります。ですがこの部分だけで3m77cmあります。全体の長さは19m84cmです。正直、本当に見ておいて良かったです。美術館はすごい人だかりでしたが、この襖絵は皆が一番見たい作品だったのか、ものすごい人の数でした。僕は当然往復して見ました。そのほかの名作も筆使いまでわかる近さで見れるのでやっぱり実物はいいですね。でも一番良かったのはこの『濤声』です。約1時間作品を見て回って帰りました。移動時間 片道4時間x2 合計8時間滞在時間1時間総移動距離 往復約1000kmの旅でした。

    • それは稀に起こる琴線に触れた出来事の画像

      それは稀に起こる琴線に触れた出来事

      1ヶ月ほど前、8月25日の昼下がりでした。テレビでなんでも鑑定団が流れていて、おそらくは再放送だったと思うのですが、番組の最後に出てくるその日のメインとなるお宝の鑑定コーナーでした。スタジオ鑑定で出されたのは絵画。川辺にたたずむ馬の絵が依頼品でした。この絵には特に何も感じませんでしたが、依頼人のご婦人が『東山魁夷の絵です』と言ったあとに流れた東山魁夷の代表作品の紹介映像を見たときなんだこれ!すごい!となったのです。なんて綺麗な色使いなんだろうか。山林や降雪の絵は、その静けさと幻想的な空間が目を通して枠外まで頭の中にイメージが広がるような感じでした。また、何枚ものふすまを使って描かれた海の絵は今にも白波が動き出しそうな迫力で、なおかつその海の色はリゾート地に見る透き通った海のようなものではなく濃厚でありながら鮮明で、青とも緑とも言えないその色に本当に目が釘付けになりました。気がついたらスマホを片手に取っていました。『この人の画集が欲しい』と思ったのです。画家の名前をちゃんと聞いてなかったのでテレビ画面に出ている文字を見て『えっと…ひがしやま…なんて読むのこれ?とりあえず【さきがけ】と、最後の字は【えぞ】で使われてたな…』などと考えながらネットショッピングで検索をかけます。しかし絵画の画集はあまりたくさん発行されないのか、数がありません。それにここ最近で出された画集もないようなので、数年前に販売されたものの在庫をいろんなお店で探しました。その途中で『魁夷(かいい)って読むのか』とずいぶん遅れて名前の読みを知ったりしながらようやく見つけたのが3部作に分かれた作品集。3冊まとめて販売しているお店はなかったのですが、なんとか揃えて購入が出来ました。日本画家として、日本画だけではなく水墨画や洋画も数多く作品があります。同じ人が描いたとは思えないような違いも見ることができます。画集を買ったのはこれが初めてです。たくさんの作品を手軽に見れて説明も付いているのがいいです。でもやっぱり額に入れられて壁にかかっている物をじっくり見るのもいいですよね。実はネットショッピングで購入した時に気づいたのですが『あ、勢いで購入ボタン押したけどそう言えばこの人のこと全然知らんままやったわ』ということでちょっと順序が逆のような気がしますがそこから『東山魁夷』でグーグル検索しました。だいたいこういう時は検索結果のトップにウィキペディアが出てくるのですが、今回は違いました。結果のトップに来たのは『生誕110年 東山魁夷展』なに!?いつ!!?『京都展 8.29(水)-10.8(月)』8.29… 4日後じゃねえか!!こんなことがあるのか…勢いで画集3冊買うような画家を知った直後に展示会が始まる。しかも京都では30年ぶりらしい。また、今回最も見どころになるのは奈良・唐招提寺御影堂障壁画の再現展示。これは襖絵と床の壁面全68面に描かれた東山魁夷の代表的な超大作です。御影堂の修理に伴い、今後数年間は現地でも見ることができないこの作品が展示されます。なによりこの作品はまさになんでも鑑定団の中で僕が魅了されたあの躍動感のある海の襖絵です。京都か…。画集を即買いした時の勢いが届いて中を見たあとでも衰えなければ、これは行くべきなんじゃないか…?というか衰えるとかの問題じゃなくて、このタイミングで開催(完全にこっちの主観と都合ですが)ってのは『行け』ってことなんじゃないの?いろいろと考えた結果  ↓こうなった

  • 01Sep
    • たまたま見つけた凄い人たち

      YouTubeで色んなアーティストのMVを見て回っていた時です。たまたま再生したこの動画なにこの人たち‼バンドなんてやったことないけどこの演奏技術が異常なことは分かります。しかも各パートごとの別撮りMVもある。ギターベースドラムさらに各パートごとに解説動画まであるギターベースドラム『そこに鳴る』がバンド名『掌で踊る』が曲名ややこしいな…。中でも一番驚いたのはこのドラムはサポートメンバーということ。その腕前でサポートかよっていう。日本のミュージシャン凄い人いっぱいいます。

  • 24Jul
    • 子供が株式会社を作る! 下関でジュニアエコノミーカレッジが初開催ですの画像

      子供が株式会社を作る! 下関でジュニアエコノミーカレッジが初開催です

      ジュニアエコノミーカレッジというイベントをご存知でしょうか。これは小学5、6年生を対象にした商業体験プログラムです。子供たちに模擬株式会社を作ってもらい資本金10,000円、借入金10,000円の最大20,000円を元手に自分たちで会社の名前、商品を決めて仕入れを行い売り上げ目標を立てて実際に販売します。さらに販売が終わった後は決算と納税まで『模擬体験』してもらいます。ここまでやるのが『疑似体験』との違いです。このイベントは現在全国49か所で開催されています。もちろん開催にあたって教育委員会やPTAから後援を頂いて各学校長にも案内を配布した上で子供や保護者の皆様に参加を募ります。子供たちは※5人1チームでエントリーしてもらい、そのチームで会社を作ります。5人の中から社長や財務部長、商品部長を決めます。この5人で会社を解散するまでずっと一緒に活動することになります。※参加者の都合で4人や6人になる場合でも受け付けています。さて、今回この素晴らしいプログラムを初めて下関で開催することが決まりました。こちらがそのチラシ裏面はスケジュールが書かれています。このプログラムは夏休みの最中から始まり、年末まで続きます。まず最初のドリームセミナー、サポートセミナーというのが同日に開催されますがドリームセミナーは参加する子供たちに向けたこのジュニエコの説明です。サポートセミナーは保護者の方向けにジュニエコの説明をするセミナーです。このドリームセミナーの中でチームの中から社長などの役職を決め、さらに会社名、キャッチコピー(企業理念)を決めます。まさに『登記』を行うわけです。そこまでできたら次回のアクティブセミナーに向けて宿題が出ます。宿題…、夏休みの宿題がさらに増やされるの?いやいや、このジュニエコ自体を自由研究とかの宿題のテーマにしたらいいじゃないですか!宿題というのは実際にどんな商品を売るのか、それをいくらで売るのか、どれくらい作ってどれくらい売ることでどれくらいの利益を出すんだ!というドリームプラン(事業計画)を作ってくることです。それらを発表するのが次回のアクティブセミナーです。そして保護者向けのサポートセミナー。その名の通り子供たちのサポートとしてどんなことをするのかを説明します。実はこれが結構難しいのですが、ジュニアエコノミーカレッジの1番大きな目的は『子供たちに「決める」体験をしてもらう』事です。つまりこのジュニエコで子供たちがやろうとすることを大人が大人の考えで決めてはいけないという事です。例えば子供たちが出してきた意見に『それはダメ』と言ってはいけません。『それやるんだったらこうした方がいいよ』というのはもってのほかです。もちろん、子供だから分からない、知らない事を教えるのは構いません。ですがどんな会社にするか、何を売るか、どうやって商売をするかはすべて子供に決めてもらいます。そこで子供たちは何を学ぶでしょうか?自分で決めてやることに少し不安になったり、逆にワクワクしたり、どうやったら目標を達成できるか真剣に考えるでしょう。自ら考え、実行に移す。それも一人ではなくチームでとなると連帯感や責任感も生まれます。そして『仕事』というものを学ぶことで、普段親がどんなことをしているのかも学ぶでしょう。この夏、もしかしたらこの先の人生の大きな財産になるかもしれない体験ができるジュニアエコノミーカレッジ。未来を創る次世代の子供たちを募集しています!

  • 11Jul
    • 大阪城と通天閣の画像

      大阪城と通天閣

      6月末から7月にかけて数日間大阪に行ってきました。父方の祖父のお墓参りと大阪観光です。今回は大阪城と通天閣をめぐりました。大阪城を近くで見るのは初めてです。下から見上げるとなかなか迫力がありました。自分的には城は遠くから見る方が好きかもしれません。最初は曇り空だったのですが、徐々に天気が回復してきて青空が広がってきました。夏を先取りしたかのような入道雲ができていて、もちろん気温もぐんぐん上がっています。でもやっぱり都会ってかっこいいですね。歴史的建造物である大阪城のすぐそばでもこんなビル群があって、昔と今を同時に感じられるなあと思いました。大阪城のあとは通天閣へ。また少し雲行きが怪しくなり一瞬雨が降ったりしたのでなんか空がおどろおどろしいですが土曜日だったので結構人がいて展望台に行くまで少し時間がかかりました。エレベーターに向かう列に並んでいる時見つけたのがおお、スグルじゃないか。もろ世代ですからね。あんまり見てなかったけど。今回の大阪では本場のたこ焼きも山ほど食べたし、いかにも大阪のおっちゃんといった感じの面白いタクシードライバーに出会ったりとても楽しかったです。余談ですが出発の日、電車に乗ろうとしたら遅れが発生していました。ひとまずホームのベンチに腰掛けたのですが隣にいた大学生がめちゃめちゃ臭い。体臭ではなく服の生乾きです。梅雨ど真ん中のこの時期に屋外の湿気もあいまってすごいことになってる。向こう側に座ってる友達は何ともないのかな?まったく、勘弁してよ。と思いつつも、こちらも旅行かばんとか大きな荷物があるし一度座ったところを動きたくありませんでした。まして電車の遅れでホームには人が溜まってきていたので他に空いてるベンチはなさそうでした。ここは我慢して乗り切るしかないか…などと考えていると、その隣の彼がすっと立ち上がってどこかに行きました。やったぜこれで新鮮な空気が吸える。すると程なくして別の人が座りました。どうやら同じ大学生の友達らしく反対隣に座っている子と話しています。その彼は別に臭いはなかったんですがうるさい。基本的に声量があるんだと思います。延々と愚痴をこぼしてる。「いつなったら(電車)くんの?マジだりー」これを数パターンの言い方で繰り返していました。気になったのは彼の口癖。「あー、電車来んから学校休もうかな」「9時半までに来んかったら秒で休もう」「実際もう間に合わんしね。それやったら秒で帰るわ」「ていうかパチンコ行こうかな。永楽(パチンコ屋)にしようかな」「半になったら秒で永楽やな」『秒で』やめろや結局電車は30分近く遅れて9時半はとっくに回ってたんですが乗車した後車内を見渡したらその彼は乗ってました。秒で永楽じゃなかったのかよ。

  • 19May
    • ヤバイTシャツ屋さん 特典DVDの画像

      ヤバイTシャツ屋さん 特典DVD

      5月16日に発売された6thシングル『げんきいっぱい』の特典DVDがYouTubeで紹介されています!終りの方にたまや本店ご来店時の映像があります。ちゃんと自腹で購入したシングルを開封し、特典DVDを観ました。今回は山口県内の3か所に立ち寄っての撮影だったようです。ときわ公園→雲林寺→たまや本店これ、全部所在する市が違います。結構長い距離移動してたんですね。特に雲林寺はあと少し東に移動したら島根県に入るようなところにあります。宇部市のときわ公園では園内の遊園地や動物園に行ってます。遊具で遊びたくさんの動物と触れ合ったあと、萩市にある通称ネコ寺とも呼ばれる雲林寺でネコのお面やネコの像や生きてるネコと戯れ、その後、ここ最近ノラ猫に困っているたまや本店がある下関市へ。やっぱり一番気になるのはたまや本店での様子。当日僕はお部屋に行ってないのでどんな状況だったのかこのDVDで初めて確認できました。みなさんふぐ刺しを箸でごっそり取って召し上がってましたw長距離移動でお疲れだったと思いますが、楽しそうに喋ってふぐをたくさん食べておなかいっぱいになってくれたようです。嬉しい限りですね。さらに嬉しいのがこちら。歌詞カードの裏にクレジットで入れてくれました!これはいい記念になります。改めましてヤバイTシャツ屋さんメンバーこやま様、しばた様、もりもと様、そしてご同行のユニバーサルミュージックスタッフの皆様この度はたまや本店へのご来店誠にありがとうございました。

  • 13May
    • ヤバイTシャツ屋さんのニューシングルの画像

      ヤバイTシャツ屋さんのニューシングル

      ヤバTのニューシングル5月16日発売に先立ってYouTubeでは新曲鬼POP激キャッチー最強ハイパーウルトラミュージックのMVが上がっています。もう毎度のことですが聴かせる気なし要はちゃんと聴きたきゃ買えって事です。にしても最高にふざけたこのノリは途中から笑いっぱなしで曲なんか頭に入ってきませんよ。実はこれより少し前にアップされているMVがあってセカンドアルバムに収録されている肩 have a good day -2018 ver.-という曲のMVなんですがヤバTの楽曲としてはおとなしめな肩 have a good dayという曲のオーケストラバージョンとでも言うんでしょうかとにかく無駄に壮大なスケールになった1曲です。曲調と歌詞のギャップがもうね…。5月16日の新曲を上げる前に『すかし』を入れてくるとはさすがに関西人です。さて、ニューシングル発売直前に迫っているわけですが昨日郵便物が届きました。品名のところに『ヤバイTシャツ屋さんサンプル在中』と書いてある。すごいよユニバーサルさん‼ニューシングル送ってきてくれちゃったよありがとうございますありがとうございますこれはビニール破らずにお店に飾らせていただきますね。聴く用のはちゃんと買います。現在ヤバTのホームページのトップ画像は、わが下関が誇る唐戸市場で撮影された写真が使われています。でっかいふぐの前ではいつもと違い3人ともりりしいお顔で写っています。ヤバイTシャツ屋さんニューシングル『げんきいっぱい』5月16日発売初回特典の『くそDVD』に、たまや本店での模様が収録されているようです(笑)

  • 12Apr
    • 記憶の断片が一度に寄せ集められる瞬間

      ふとした会話の中で『今まで生きてきて一番楽しかったのはいつ?』と聞かれ、『小6の時かな』と答えました。『なんでそんなに早いのw』と言われて、『ノンストレスで、根拠もなく毎日楽しかったよ』朝起きて学校で友達に会って、家に帰ったらすぐまた遊びに出て、夕方戻ったら晩御飯があって、食べたあとテレビ見て風呂入って寝る。起きたらまた友達がいる学校に行くっていう、そんな生活ができたのはあの頃だけでした。本当に何のしがらみもなく毎日が楽しかったです。でもそれに『根拠がない』って事はないですよね。自分で言っておきながら違うと思いました。根拠はあるんです。親という大きな存在にすべてを守られていました。生きる上で必要なものは全部親が完全サポートしてくれていました。学校の勉強だってついていけないようなレベルではなかったし友達とは時々ケンカする事はあってもすぐに仲直りできてました。これならストレスなんて溜まらないのは当然。贅沢とか豪遊ができる事が幸せってのもあるかもしれませんが、難しい選択を迫られたり、何かに追い立てられたり、身に降りかかる問題と戦うような事がない平穏な生活をおくる幸せもあると思います。両親が一生懸命働いて僕にその環境を作ってくれていたわけですが子供ゆえにそれに気付かず過ごしていた事もまた幸せな事だったと思います。僕にとって一番心がフラットだったあの頃が、それ以降のどの時期よりも幸福度が高かったのです。そんな話をした次の日の夜YouTubeで適当にアーティストのMVを流し見していた時です。不可思議wonderboyというラッパーの動画を再生して『このトラックどこかで聴いたことあるな。Nujabesの曲じゃないの?』Nujabesのreflection eternalという曲に似てる、というかちょっとアレンジされてるだけで間違いなくそれでした。元曲は多少歌声が入ってるだけでほとんどインスト曲。それに不可思議wonderboyのラップを乗せてます。曲名は『生きる』ラップは早く、リズムも最低限小節に合わせてある程度で韻を踏んだりしないのでほとんど喋ってる状態に近いです。嫌いな人は嫌いなタイプのラッパー。早口ですが聞き取れたラップの中に、記憶のあるフレーズが飛び込んで来ました。『経度から経度へ朝をリレーしていく』そう言えば昔学校の授業で『朝のリレー』っての習ったなぁ。確か冒頭は『カムチャッカの若者が…』から始まるやつだったよな。どこかの国の誰かが夜を迎える描写があって、次はまた別のどこかの国の誰かが朝を迎える描写があって、次はまた夜を迎える描写で…ていうのを何回か繰り返して、『朝』というバトンを毎日繰り返し誰かから誰かに渡してる、みたいな内容だったよなぁ。と少し懐かしい気持ちになりました。あの授業の時、朗読で先生に当てられた生徒が『朝もやの中で』というところを『朝も矢の中で』って読んで先生も皆も笑ってしまったのを思い出しました。あれは中学1年の時の記憶です。そんな思い出が浮かぶ中、曲は進んで行きます。生きているということ生きているということと繰り返したあとの歌詞、『いつかは死ぬとわかっていながら永遠なんてないとわかっていながらそれでも人は愛するということあなたの手のぬくみいのちということ』先ほどよりもさらに前の記憶がよみがえりました。最後の一文『人は愛するということあなたの手のぬくみいのちということ』これは僕にとって忘れられない一文です。小学校6年生の時、工作の授業で和紙を作りました。皆が家から牛乳パックを持ってきてそれを再生して和紙を作るのです。出来上がった和紙には手形をつけ、そこに自分の好きな言葉を書きます。でも自分で書くのではなく、一人一人書きたい言葉や文章を先生に提出し、それを先生が和紙に書き込んで完成なのです。どうしてそんな工作の授業だったのか、僕は小学5年生になった時、それまで3クラスだったのが2クラスになりました。6年生になる時はクラス替えもなくそのまま2クラスです。6年生の時の担任は、5年生の時は隣のクラスの担任でした。先生は僕たちの学年全員の担任をしたことになります。きっと、特別な思い入れがあったんだと思います。卒業を間近に控えた頃、僕たち生徒と共同作業で何かを残したかったのかも知れません。先生に書いてもらう一文は何にしようか、当時授業で習った谷川俊太郎の『生きる』という詩のラストが印象に残っていました。生きるということがどういうことかを表現したこの詩は『〇〇ということ』という言い回しが連続するのですが最後からひとつ前の箇所だけ違います。生きているということいま生きているということ鳥ははばたくということ海はとどろくということかたつむりははうということ人は愛するということあなたの手のぬくみいのちということ最後の3行がとても好きだったのでこれを選びました。数日して出来上がった工作和紙には、僕の手形の上に重ねるように先生の綺麗な毛筆で詩が書かれていて、最後に僕の名前を入れてくれていました。嬉しくてとても気に入っていたので、実家を出るまでの十数年ずっと壁に飾っていました。そう、不可思議wonderboyの『生きる』は谷川俊太郎の『生きる』をベースにアレンジしているのです。そして、前で触れた『朝のリレー』も谷川俊太郎の詩でこの2つをひとつにして唄っています。この曲、谷川俊太郎本人が公認しているそうです。小6の時が一番楽しかったと話した翌日にこんな形で当時の記憶が蘇るとは思いませんでした。あの頃の自分に今自信持って会えるかなぁと考えるとずいぶん色んなことが変わってしまったような気がしますが、それでも僕は生きています。ただ、こんなにも生きることを精一杯歌い抜いている不可思議wonderboy、そしてトラックを作ったNujabesはもうこの世にいません。不可思議wonderboyは、2011年に24歳という若さで亡くなりました。トラックメーカーのNujabesもその前年に亡くなっています。36歳でした。たまたま、何気なく再生した動画で小学校の工作で担任の先生にしてもらったこと昨日小学校の頃の話をしたこと中学の授業の朗読でみんなで笑ったこと大好きで聴いていたNujabesが亡くなりショックを受けたこと今日知ったラッパーがすでに亡くなっていたこと一度にそれらが頭をよぎり少し目頭が熱くなりました。曲の最後、本当にすばらしいです。不可思議wonderboy x Nujabes x 谷川俊太郎生きているということ生きているということ生きているということ生きているということたった今この瞬間が過ぎていくということいつかは死ぬとわかっていながら永遠なんてないとわかっていながらそれでも人は愛するということあなたの手のぬくみいのちということ

  • 09Mar
    • ヤバイTシャツ屋さんの画像

      ヤバイTシャツ屋さん

      ヤバイTシャツ屋さん    が   来た普通に考えたらですね、本州の端の端、下関。しかもその最南端の彦島。どう転んでも縁がないわけですが。今回は事前にレーベルの企画担当の方がご来店されて、その時に『撮影をさせてもらえませんか?』と言われました。旅行の記念写真のお願いかな?とか見当違いの事を思っていたんですが名刺をいただき、『ヤバイTシャツ屋さんっていう3ピースバンドの映像をこちらで撮りたいんです』え、うちでいいんですか まじすかもちろんすぐに了承しました。撮影内容はメンバーの皆さんがお部屋でお食事をしているところを撮るとのことで、店内や料理が映ります。有名人の方のご来店と言えば6年前の橋下徹さん以来です。あの時はご予約時に窓口の方のお名前と人数を聞いただけで当日になって初めて日本維新の会の皆さんであることがわかり、一番最後に玄関から入ってきた橋下さんに驚きました。経緯で言えば今回は逆になります。事前にどなたが来られるのかわかっていますからね。ただひとつ問題が。僕が彼らのことを知らないこれはこの場で本気で謝ります。すみません!!とても有名な方々でした!特に10代~20代の若者に人気があり、ファンの方からすれば知りもしない奴がライブより近い距離で接するとかふざけんなと怒られそうですが僕ができることは、当日に滞りなく撮影をしていただいてメンバーやスタッフの皆さんが納得いく作品を作れるようにお料理やお店の状況を含めて邪魔になりそうなことは一切しないということです。大前提として、ご来店されるお客様ですからね。そこでちょっと考えました。全く知らないというのは失礼ですし、知りすぎてるのもそれが表に出てしまうと良くない気がしたので事前に一度だけYouTubeで見てみようと思いました。どんなジャンルの音楽なのかを聴いてみて、こういう活動をしている人たちなんだなという概要だけ知っておこうと。それは良かったと思います。あんまり深く知りすぎると感情移入してご本人を目の前に変なテンションむき出しみたいな事になってはいけないので。当日、僕は一切現場は見ていませんが時々笑い声が聞こえていたのでうまく撮影が進んでいるように思えました。いい作品ができていたら幸いです。さて、数日経った今では彼らの曲をめちゃくちゃ聴き倒していますがすごくかっこいいです。曲はかっこよくて歌詞の内容はゆるい。小ボケ悪ノリ満載です。パンクロックですね。でもバラードのような曲もありますし、幅広いバンドだと思います。なによりミュージックビデオが本当に楽しい。自由な感じしますよ。自分たちの好きなようにロックを楽しんでるんですよね。パンクロックと言えば、90年代の終わりにインディーズチャート上位はパンク・メロコア一色で僕は当時そのあたりの音楽ばかり聞いていました。傾向として1曲あたりの長さが短く、歌詞はすべて英語。そしてなによりアルバムが安い(これは本当に助かった)。パンク先生と仰ぐ先輩がいたので、その人と何度かライブにも行きました。時代が変わって、今はパンクロックのブームはありませんがヤバイTシャツ屋さんはまさに今の時代の日本のパンクロックだと思います。日本語歌詞でパンクロックを演るのは90年代では禁じ手というか、ブルーハーツのパクリだと叩かれて終わる時代でした。きっとどの業界にも新しいものを認めないというのがあるんだと思います。ヤバイTシャツ屋さんは日本語で歌います(時々英語もある)。特に意味のない短い言葉の羅列はパンクそのもの。男性と女性でツインボーカルというのも曲に色味が出てます。若い子たちに受け入れられるのは最もです。10代20代は大人が思う『自由』とは違う純粋な『自由』を求めます。彼らはまさにそれを体現しているような存在ではないでしょうか。撮影当日はお帰りになる前にサインと記念写真を一緒に撮らせていただきました。どうしてもそこでひとこと言いたくて『PVすごく楽しいです』とお伝えしました。いやほんとに、見ててずっとニコニコして(ニヤニヤかもしれません)られるPVばっかりなんですよ。おかげで元気をいただいております。この度はご来店いただき誠にありがとうございました!

  • 06Apr
    • 関門海峡の画像

      関門海峡

      下関と門司の間を流れる関門海峡。近年下関側は関門橋の橋脚付近の道路を整備して、広い遊歩道ができ綺麗になりました。最近は地方も海外へのアピールをしていく傾向があります。この関門海峡もその流れに乗ってPR用のCMが作られました。北九州市観光協会さんが作成しているのですが、ちょっと本気出しすぎてませんかこれは相当作りこんでますよ。怪獣のデザインを見るとおなかの辺りはハリセンボンをモチーフにしたようです。

  • 15Nov
    • エクストラスーパームーンと海峡ゆめタワーブルーライトアップの画像

      エクストラスーパームーンと海峡ゆめタワーブルーライトアップ

      2016年11月14日は68年ぶりに月が地球に再接近らしく、スーパームーンよりでかいエクストラスーパームーンと呼ばれる天体ショーが観測できるとのことでした。普段よりも約14%大きく、30%明るく輝くそうで、ちょっと楽しみにしていたんですが下関はあいにくの雨で月は見れませんでした。結局翌日15日の撮影になりましたが、結構でかいです。11月14日は、世界糖尿デーにも指定されていて、イメージカラーがブルーなので下関の様々な建造物がブルーにライトアップされます。こちらも1日遅れにはなりましたが、一緒に写っている海峡ゆめタワーが今日もブルーになっています。ふたつの珍しい現象を同時に見れるのはちょっとお得感があります。

  • 11Nov
    • ジョウビタキ勘弁して下さいの画像

      ジョウビタキ勘弁して下さい

      ここ最近、車に鳥のふんが付いて困っていました。自分の車だけでなく営業車も従業員さんの車も。特徴はミラーの周辺やリアウィンドウのワイパーの辺りに集中していて、屋根には付いてません。また、上空から落とされたという感じではなくそこにとまってやってる模様です。最初はカラスかと思いましたが、たまたま見かけた時に腹がオレンジ色で背が黒のスズメぐらいの大きさの鳥がミラーにとまっていたのでその情報から調べて特定しました。ジョウビタキ。渡り鳥らしく、冬になると日本全国に現れるそうです。オスもメスも単独行動をとり、非常に縄張り意識が強い。で、こいつがなんで車にふんをひっかけるのかというとミラーや窓ガラスに写った自分を敵だと勘違いして攻撃する→敵がいなくなるまでそこで暴れる→いなくならないのでストレスがたまる→ふんをする。何なんだお前は!鏡という人工物を理解できないのはしょうがないと思います。問題はそれに加えてこの鳥の習性が悪い方に作用していることです。単独行動。同種とのコミュニケーションは縄張り争いか交尾ぐらい。彼らがオスメスを見た目で判断しているとしたら鏡に写るのは同性なので敵ということになるのかもしれません。野生の生き物ですし、本能で生きているわけですがふんはやめて‼ストレスたまってんならもうどっかよそ行けよ!鳥が犬みたいにマーキングするのかどうかは知りませんが、だとしてもそこはお前の縄張りじゃなくて人間が作り出した車っていう乗り物で僕の所有物なんだよね。たまりませんよ。朝、車の後ろにふんを発見して水かける。夕方確認したらまた付いてるので水かける。夜また付いてて水かける。見た目はかわいらしいとは思いますし野鳥好きな人には申し訳ないけどこの鳥タチ悪すぎ。

  • 31Oct
    • バルカン400フルカスタムの画像

      バルカン400フルカスタム

      これが↓こうなる新たに変更したのはハンドルハンドルポストタンクリアフェンダーシートテールランプメーターエアクリーナーハンドルはロボットハンドルにしました。これずっと憧れてたんです。位置を高くしたかったのでポストは長いものをチョイスするのですが、それだけだとグリップの位置が遠いのでドッグボーンライザーをかませて少し手前のポジションになるようにしました。ポストとライザーはハーレー用のパーツを流用。タンクはマスタングタンク。ピーナッツタンクは小ぶりすぎてガソリンの容量も少ないのでこちらに。それでも8リットルぐらいしか入らなかったような…。リアフェンダーはフラットリアフェンダーに交換。これもアメリカン乗りの憧れじゃないでしょうか。シーシーバーも取り付けました。シートはスタッズ付きのシングルシート。フラットフェンダーに換えたことでシートも換えないといけないのは宿命です。同じ理由でテールランプも小型の丸いものに変更。同様にメーターもタンクの変更と同時に必須になるものです。ノーマルの場合はタンクオンメーターと言って、タンクとメーターが一体化しています。そのタンクを取り外すわけですから当然メーターも一緒になくなるので新たに買わなければならないのです。エアクリーナーはノーマルのでかいものからSUエアクリーナーに交換。これは完全に見た目のかっこよさに惹かれて。そして、タンク及び前後フェンダーの塗装。キャンディーブルーという、ちょっとラメのようなキラキラした粒子が混ざったやつで仕上げました。後ろ正面から見ると、横幅が狭くすっきりとした印象です。そしてチョッパースタイルの黄金比は三角形のてっぺんが上にカチ上がってチョッパーらしいスタイルになりました。人生でこれが最後に乗るバイクになると思ったので、しっかりカスタムしてバイクライフを楽しみました。

  • 26Oct
    • 『君の名は。』 裏設定でちょっと心が踊るの画像

      『君の名は。』 裏設定でちょっと心が踊る

      出典http://www.kiminona.com/index.html※注意 映画の内容のネタバレになります。最初は自分が発見したつもりで浮かれていましたが実はすでにウィキペディアに書いてあり、ちょっとがっかりしました。とはいえ気づいた瞬間にはやっぱりわくわくするというか、違った楽しみ方ができます。実際のところ非常に狭い部分ではありますが…。新海誠監督の前作である『言の葉の庭』と、今回の『君の名は。』のつながりです。結果から言えば、『君の名は。』のヒロイン、宮水三葉が通う高校の古文の教師が、『言の葉の庭』のヒロイン雪野百香里です。映画の序盤で初めて瀧と入れ替わった翌日、その日は元の自分に戻り学校に行きます。授業は古文。『黄昏時』の語源を教えている女教師。ここで教えられている内容は作中で起こる現象の核となる説明なので意外と重要。で、その女教師が雪野ということなんですが、まず僕がこのシーンを見た時に『女教師』と『古文』という組み合わせから自然と『言の葉の庭』の雪野を連想しました。髪型も同じ感じだったし、そんな設定だったらおもしろいなと。そしてエンドクレジットをちょっと気をつけながら見ているとそこに『ユキちゃん先生』という文字が。映画の中で役が確立されている教師は古文の教師だけだったので間違いないと思いました。さらにあとから照らし合わせるために、その声優の名前を記憶しました。花澤香菜さんという人でした。調べた結果、やっぱり『言の葉の庭』で雪野の声をやっていた声優さんでした。こういうちょっとした発見はテンションが上がります。※ここから『言の葉の庭』のネタバレにもなります。出典http://www.kotonohanoniwa.jp/『言の葉の庭』の舞台は東京。高校1年生の秋月孝雄が雪野に恋をする話ですが、雪野は孝雄が通う学校の教師ではあるものの、生徒からの嫌がらせで心を病んで学校に行けない状況。家を出て学校に向かおうとしてもどうしてもそれができなくて公園で過ごす日々。一方の孝雄は雨の日が好きな、将来は靴職人になりたい青年。雨が降ると必ず1限をさぼって公園に立ち寄ります。二人はそこで出会い、雨の日だけ顔を合わせる仲になりますが、雪野は自身のことを話さないので孝雄は雪野が自分の学校の教師であることはもちろん、名前すら知らないのです。孝雄がそれを知るのは物語の後半。ラストで雪野は実家に帰ると言って東京を離れます。単純に僕は『言の葉の庭』の話のあと、実家に帰った雪野が新たに教師として働き始めたのが『君の名は。』の三葉が通う学校だったのかな、と思いました。しかし実際は違います。ウィキペディアでハッキリと書かれていますが、『言の葉の庭』と『君の名は。』は同じ時間軸です。二つの場所に同じ人がいるということはありえません。詳細を言うと、『言の葉の庭』の物語は2013年6月から9月まで。『君の名は。』での三葉の高校生活は2013年9月から10月まで。『言の葉の庭』で孝雄が友達に「お前ら焼けたな」というシーンがあり、これは間違いなく夏休み明けの会話なので日付はおそらく9月1日でしょう。その日に学校で雪野に会い、教師であることを知ります。そして(最短であれば)次の日がラストシーンの日になるのですが、そこで雪野は来週引っ越しで実家に帰ると孝雄に告げています。おそらく東京を離れたのは9月の10日前後。しかも実家は四国と言っています。『君の名は。』では正確な日付はわかりませんが、彗星が落ちるのが10月上旬だったと思います。瀧との入れ替わりの期間は9月の間の出来事で、入れ替わりは1週間に2回ぐらい起こると言っていたので、少なくとも半月はそういう状況だったはずです。9月の半ばぐらいから起こったとしても、その時期に雪野が三葉の学校にいるためには1週間ぐらいの間に東京から四国に引っ越して、次に岐阜に引っ越さなければなりません。これは明らかに不可能。というわけでこの部分に関しては辻褄が合っていませんが、一種のファンサービスではないかと思われます。しかしどうでしょう、もし時系列の辻褄が合っていたとしたら、そしてそれが『言の葉の庭』⇒『君の名は。』の順だったら。三葉と瀧の繋がりがなければ三葉は彗星の落下により死亡しています。数百人の死者が出た大惨事となっていますから、雪野も死んでいる可能性が高いです。となると遠く離れた東京で、雪野に想いを寄せている孝雄は離ればなれになってからひと月で好きな人を亡くしていることになります。これは切なすぎます。しかし『言の葉の庭』の最後には雪野から孝雄に手紙が届いています。その手紙の日付は2014年2月なので彗星が降った日以降に生きています。つまりは『君の名は。』のストーリーがあったからこそ雪野は死ななかったということになります。もしかしたら手紙の中で彗星の話を書いていたかも知れません。こんな風に話を広げたりして本編とは別の楽しみ方ができました。