ふとした会話の中で
『今まで生きてきて一番楽しかったのはいつ?』と聞かれ、


『小6の時かな』と答えました。


『なんでそんなに早いのw』と言われて、


『ノンストレスで、根拠もなく毎日楽しかったよ』


朝起きて学校で友達に会って、家に帰ったらすぐまた遊びに出て、
夕方戻ったら晩御飯があって、食べたあとテレビ見て風呂入って寝る。
起きたらまた友達がいる学校に行くっていう、そんな生活ができたのはあの頃だけでした。


本当に何のしがらみもなく毎日が楽しかったです。
でもそれに『根拠がない』って事はないですよね。
自分で言っておきながら違うと思いました。
根拠はあるんです。


親という大きな存在にすべてを守られていました。
生きる上で必要なものは全部親が完全サポートしてくれていました。


学校の勉強だってついていけないようなレベルではなかったし
友達とは時々ケンカする事はあってもすぐに仲直りできてました。


これならストレスなんて溜まらないのは当然。
贅沢とか豪遊ができる事が幸せってのもあるかもしれませんが、
難しい選択を迫られたり、何かに追い立てられたり、身に降りかかる問題と戦うような事がない平穏な生活をおくる幸せもあると思います。


両親が一生懸命働いて僕にその環境を作ってくれていたわけですが
子供ゆえにそれに気付かず過ごしていた事もまた幸せな事だったと思います。


僕にとって一番心がフラットだったあの頃が、それ以降のどの時期よりも幸福度が高かったのです。



そんな話をした次の日の夜


YouTubeで適当にアーティストのMVを流し見していた時です。


不可思議wonderboyというラッパーの動画を再生して
『このトラックどこかで聴いたことあるな。Nujabesの曲じゃないの?』





Nujabesのreflection eternalという曲に似てる、というかちょっとアレンジされてるだけで間違いなくそれでした。
元曲は多少歌声が入ってるだけでほとんどインスト曲。
それに不可思議wonderboyのラップを乗せてます。


曲名は『生きる』





ラップは早く、リズムも最低限小節に合わせてある程度で韻を踏んだりしないのでほとんど喋ってる状態に近いです。
嫌いな人は嫌いなタイプのラッパー。


早口ですが聞き取れたラップの中に、記憶のあるフレーズが飛び込んで来ました。


『経度から経度へ朝をリレーしていく』


そう言えば昔学校の授業で『朝のリレー』っての習ったなぁ。
確か冒頭は『カムチャッカの若者が…』から始まるやつだったよな。

どこかの国の誰かが夜を迎える描写があって、次はまた別のどこかの国の誰かが朝を迎える描写があって、次はまた夜を迎える描写で…

ていうのを何回か繰り返して、『朝』というバトンを毎日繰り返し誰かから誰かに渡してる、みたいな内容だったよなぁ。と少し懐かしい気持ちになりました。

あの授業の時、朗読で先生に当てられた生徒が『朝もやの中で』というところを『朝も矢の中で』って読んで先生も皆も笑ってしまったのを思い出しました。あれは中学1年の時の記憶です。


そんな思い出が浮かぶ中、曲は進んで行きます。


生きているということ
生きているということ
と繰り返したあとの歌詞、

『いつかは死ぬとわかっていながら
永遠なんてないとわかっていながら
それでも人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ』


先ほどよりもさらに前の記憶がよみがえりました。


最後の一文
『人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ』


これは僕にとって忘れられない一文です。
小学校6年生の時、工作の授業で和紙を作りました。
皆が家から牛乳パックを持ってきてそれを再生して和紙を作るのです。


出来上がった和紙には手形をつけ、
そこに自分の好きな言葉を書きます。


でも自分で書くのではなく、一人一人書きたい言葉や文章を先生に提出し、
それを先生が和紙に書き込んで完成なのです。


どうしてそんな工作の授業だったのか、
僕は小学5年生になった時、それまで3クラスだったのが2クラスになりました。
6年生になる時はクラス替えもなくそのまま2クラスです。


6年生の時の担任は、5年生の時は隣のクラスの担任でした。
先生は僕たちの学年全員の担任をしたことになります。
きっと、特別な思い入れがあったんだと思います。
卒業を間近に控えた頃、僕たち生徒と共同作業で何かを残したかったのかも知れません。


先生に書いてもらう一文は何にしようか、
当時授業で習った谷川俊太郎の『生きる』という詩のラストが印象に残っていました。


生きるということがどういうことかを表現したこの詩は
『〇〇ということ』という言い回しが連続するのですが
最後からひとつ前の箇所だけ違います。


生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ


最後の3行がとても好きだったのでこれを選びました。
数日して出来上がった工作和紙には、僕の手形の上に重ねるように先生の綺麗な毛筆で詩が書かれていて、最後に僕の名前を入れてくれていました。
嬉しくてとても気に入っていたので、実家を出るまでの十数年ずっと壁に飾っていました。


そう、不可思議wonderboyの『生きる』は谷川俊太郎の『生きる』をベースにアレンジしているのです。そして、前で触れた『朝のリレー』も谷川俊太郎の詩でこの2つをひとつにして唄っています。
この曲、谷川俊太郎本人が公認しているそうです。


小6の時が一番楽しかった


と話した翌日にこんな形で当時の記憶が蘇るとは思いませんでした。
あの頃の自分に今自信持って会えるかなぁと考えると
ずいぶん色んなことが変わってしまったような気がしますが、それでも僕は生きています。

ただ、

こんなにも生きることを精一杯歌い抜いている不可思議wonderboy、
そしてトラックを作ったNujabesはもうこの世にいません。


不可思議wonderboyは、2011年に24歳という若さで亡くなりました。
トラックメーカーのNujabesもその前年に亡くなっています。36歳でした。


たまたま、何気なく再生した動画で

小学校の工作で担任の先生にしてもらったこと
昨日小学校の頃の話をしたこと
中学の授業の朗読でみんなで笑ったこと
大好きで聴いていたNujabesが亡くなりショックを受けたこと
今日知ったラッパーがすでに亡くなっていたこと

一度にそれらが頭をよぎり
少し目頭が熱くなりました。



曲の最後、本当にすばらしいです。

不可思議wonderboy x Nujabes x 谷川俊太郎

生きているということ
生きているということ
生きているということ
生きているということ
たった今この瞬間が過ぎていくということ
いつかは死ぬとわかっていながら
永遠なんてないとわかっていながら
それでも人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ