くにたち蟄居日記 -87ページ目

「年」という言葉

 
 忘年会の季節だ。
 
 ところで忘年会とは「年を忘れる」と書くわけだが、その「年」とは一体何なのだろうかと気になっているところだ。その宴会が「年を忘れて騒ごう」という趣旨だというなら、その年にはなんとなく「重い」ものがある気がする。まさか年齢というわけでもあるまい。
 
 「良いお年を」という言葉もある。これは年内にはもう会わないだろうと思われる人と
最後に交わす挨拶だ。1月1日からはもう使わない言葉でもある。ここに使われる「年」とは、これまた何なのか。
 
 こう考えてみると「忘れたい年」であるとか「良くてあるべき年」というニュアンスが
見えてくる。ますます、そんな妙な重みのある「年」とは何なのだろうかと考える
ことは案外楽しい。
 
 ここで思い出したのは「傘子地蔵」という民話だ。
 
 あの話は大みそかにおじいさんが「年越し」のお金を稼ぐために傘を売りにいく話だ。結局傘は売れず、帰りの路でお地蔵さんたちが寒そうだったので傘を上げたところ、お地蔵さんたちがお米やお金を持ってきてくれたという話だった。
 
 こう考えていくと、「年を越す」ということは実はかなり重いことだったのかもしれない。
きちんと新年の為にご馳走をこしらえて準備しなくてはならないという作業が師走の義務であり、それを「年」と呼んだのではないか。
 そんな作業は時として忘れたいくらいの激務だったのかもしれないし、それが上手く行くことをお互いにエールとして贈りあうということがあったのかもしれない。
 
 

「金澤翔子、涙の般若心経」  

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 勤務先の横で金澤という方の小さな個展をやっていた。雄渾な筆に感銘を受けた。そんなことで本書を読む機会を得た。

 本書で紹介される金澤のエピソードで一番印象に残ったのは建長寺でのくだりである。建長寺にて席上揮毫の打ち合わせの際に金澤は机の突っ伏して寝てしまったという。慌てて起こそうとした母親を建長寺の管長は止めた。そうして「これが我々の求めている禅の行きつく境地なのです」と言ったという。

 「禅」という言葉をたよりにして金澤翔子という方の人生とその書を見直してみると、腑に落ちる部分が多いことに気づいた。金澤はダウン症という大きなハンディを抱えた。そのハンディのお蔭で得られないものが非常に多いことも想像につく。但し、そのお蔭で得たものの大きさもうっすらと見えてくる。

 「そのお蔭で得たもの」と僕は今言った。

 健常者であり、自分の子供も健常者である僕が「そのお蔭で」と言う事はとても無責任だ。但し、それ以上に金澤という方が得た稀有とも言える「大きなもの」が存在する。それが本書を読む感動だ。

 その「大きなもの」とは何か。言葉にはしにくいが「純粋な宗教」とでも言いようがない。教条も決まりも無い、純粋な「祈り」だけで出来ている宗教のように見える。その余りの純粋さに、建長寺の管長程の方ですら、いささか恐れ入ったということではないだろうか。

 本書の写真で紹介される金澤の書は見ていて楽しい。書いた方がハンディを抱えているかどうかとは無関係に美しい。
 但し、その「美」の根源は、やはり金澤という方がハンディを通して獲得した「祈り」にあるのではないか。それが
最後の読後感であった。

銀杏祭りの頃

 
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 銀杏祭りの時期だ 
 
 日本語には「探梅」、「紅葉狩り」、「花見」、「雪見」等の
美しい言葉がある。季節を愛でる習慣がこれだけついている人たちも
案外少ないのかもしれない。
 
 景色だけではない。「鈴虫を飼って音色を楽しむ」であるとか
渓谷のカジカガエルの鳴き声をわざわざ聞きに行く人たちも多い。夏の夕方の
ヒグラシの音等も、映画等では大定番だ。
 
自然が奏でる本来は無機質であるべき音色に、美しいものを見出す人間の能力は
ある意味では大したものだ。
 
我々も日々は仕事や私事都合で悩殺されることも多い。たまには季節感を
楽しむという心のゆとりは大事なのだろうなとも考えた。
 

「日本人へ」   塩野七生

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 塩野七生の快刀乱麻な同時代論である。

 本書で印象的な部分は司馬遼太郎とのやりとりだ。
 司馬は塩野に対して塩野の作品は「歴史研究でもなく歴史小説でもなく、その中間を行っている」と喝破したという。その司馬の言葉は、そのまま司馬に向けても違和感は無い。つまり司馬は塩野を「戦友」と呼んだということなのかもしれない。そう考えることは楽しい。

 塩野がなぜ欧州の歴史を描きながら、同じ切り口で日本の現代を語る事が出来るのかは、まさに「歴史研究でも歴史小説でもない」という塩野の興味の有り様から来ているのだと思う。

 塩野にとって、例えばカエサルやペリクレスは、まさに目の前に立っているセクシーな男であり、従い「現実」なのだろうと思う。本書の48~49頁では著作しつつ、描いている相手に、ぶつぶつと語りかけてしまう自分自身を塩野は語っている。そんな姿をある種の狂気と捉えることも可能かもしれない。但しそれは不毛な解釈の仕方でもある。塩野にとって、書いている相手とはまさに「現実」だ。従い、彼女は「現実」に対して語りかけているわけだ。それを通じて彼女は常に「現実」を書いているとも言えないか。だからこそ、同じ手法で日本の「現実」も書けてしまうに違いない。

 それにしても快刀乱麻だ。本書で切られまくっている方の反論も是非聞きたい。

「さよならのあとで」 詩 ヘンリー・スコットホランド  絵 高橋和枝 

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 死んでしまった「わたし」が、生きている「あなた」に語りかける一編の詩を本にしたものだ。高橋和枝という方が
とぼとぼとした筆致で絵を添えている。若しくは全くの空白のページも多く挟みこまれている。僕は本書を読みながらそんな空白のページから立ち上る「何か」にしばしば考えさせられた。

 本とは何かが書いてあるページを綴じてつくられるだけではないということだ。空白は、それが空白であることの意味を「読む」人に迫ってくる。いま「読む」と言ったのは、空白のページを「眺める」ことと「読む」ことには大きな違いがあると思うからだ。本書ではまさに空白を「読む」作業を強いられる。

 では何を「読まされている」のか。

 本書は「死」を扱った本だ。その本に数多く挟み込まれている「空白」とは、おそらくは「死なれた」側の心象風景なのだろう。大切な人を喪った喪失感が、そんな「空白」によって、綺麗に表されている。そんな「空白」の中で、時折、詩が挿入され、イラストが現れる。そんな詩やイラストとの「出会い」の鮮やかさは、何より「空白」があるからだ。

 雄弁な「空白」を創ったところに、本書の発行者の独創性がある。本書は詩を書いたヘンリーという方、イラストを描いた高橋という方、に加えて、「空白」を書き込んだ発行者の3名が創り上げた、一編の詩集だ。一つの詩だけで出来ている本を「詩集」と呼ぶことにためらいはなかった。

「レヴィナスと愛の現象学」 内田 樹

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 20歳代後半から読解力の低下を感じてきた。10歳代は同じ本を繰り返し舐めるように読んだものだが、いつしか読み飛ばす癖が付き始めていた。40歳代後半になって反省した。つい同時に何冊が読む事も多かったが、思い切って本作だけしか当面読むまいと悲壮な決意で取り組んだ本である。

 本書は簡単な本ではない。一度読んだ程度ではたぶん理解は半分以下であろう。但し、そこからが内田という方の語り部の芸である。読んでいるうちになんとなくレヴィナスという方に親近感を覚えてくる。たぶん、本書で内田が目指しているのもその辺りだと僕は思う・「レヴィナスは難しいけれども、なんとなく親しみを感じたね」というような感想が出ることが内田のテーマであったのではなかろうか。

 本書で一番感銘を受けたのは、まさに「読書とは何なのか」という本書を読みはじめた際の原点にある。本とはそれを読む人がその読み方によっていかようにも読めるということだ。もっというと、人は自分の読み方でしか本を読めず、自分の理解の仕方でしか理解できないということである。

 当たり前といえば当たり前だ。但し、結局本を通じて(内田がいうなら「師」を通じて)結局見えてくるものは自分自身でしかないというように考えると、いささか深いものがそこにある気がする。
 小学校の頃に父親に「僕が見ている三角形とお父さんが見ている三角形は見え方は違っているかもしれないが、お互いにそれを三角形と呼んでいるから話がなりたっているのではないか」と言ったことも思い出した。因みに、その僕の意見には父親もかなり誉めてくれたことも覚えている。そんな「三角形」の一つが本書だ。

 本書を読み終えてほっとした。新しい本が読める気がしてきたからだ。

「空がこんなに青いわけがない」 柄本明

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 「結婚しない男」での夏川結衣のコメディエンヌぶりに感心した。色々夏川のキャリアを調べているうちに、本作での夏川にコメディエンヌの萌芽があるという話を読んだ。レンタルでも見つからず、アマゾンで中古品を購入して漸く鑑賞出来た。

 夏川には、しかし、期待が外れた。本作の夏川は奇人であって、知性を感じさせるようなコメディエンヌとは言い難い。勿論、これはこれで夏川の芸の広さを感じさせるものはある。但し、「結婚しない男」にて見せつけた芸とはまた別だったということだ。そう感じた段階で、次は柄本明の監督ぶりに興味が移った。

 柄本は監督として本作が処女作であり、最後の作品となっている。彼自身はもう監督はやらないと言っているそうだ。監督柄本として本作を観るとどうなのか。

 直ぐに感じることは本作は小津安二郎の影響を強く受けているという点だった。
 
 いくつかの画面のきりとり方は小津そっくりである。また、そもそも本作のテーマが「ある種の家族の壊れ方」と見た場合、そのテーマ設定が小津のいくつかの作品に似ている。間違いなく柄本は小津を強く意識しながら本作を作ったに違いない。

 かつ、小津をデフォルメしたらどうなるのかという実験作でもある。

 例えば空からやってくる鉄人28号の巨大な風船は、小津の「麦秋」で空を飛んだ小さな風船を模している。三浦友和が最後に青空を見上げて子供用の自転車をこぐ場面は、「お早う」で繰り返される晴天への言及を膨らましている。夏川も「早春」の淡路千景をもっと異常にした感じである。探せばもっと見つかりそうだ。

 柄本はなぜ監督を二度とやらないと決意したのか。興業成績等の外的要因もあったかもしれない。
 
 1990年代初頭の邦画は決して利益が出る体質でもなかったろう。但しそれ以上に内的要員もあった気がしてならない。本作で小津をなぞる内に柄本が何を思ったのかを一度聞きたいものだ。

「かつおぶしと日本人」 

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 鶴見良行の「バナナと日本人」、村井吉敬の「エビと日本人」と同じ路線でかつおぶしから見た日本を描き出した好著である。

 「バナナと日本人」「エビと日本人」とも同様に本作は決して「かつおぶし」を書いた著作ではない。かつおぶしと関わった人間達を、その「関わり方」に注目しながら描き出している。

 本作で展開される人と人との「関わり方」とは、「グローバル」と言って良い。「グローバル」というと、いささか大上段であり、多国籍企業のようなイメージを受ける方も多いかもしれない。本作で描かれる「グローバル」とは、もっと汗くさく、人間くさい「人と人との関わり合い」である。

 日本人は内向きだと良く言われる。

 本作に登場する日本人を見ていると、かかる日本人評価は一面的なものだと判断せざるを得ない。本作の登場人物は、度胸良く海のかなたに渡っていった方が多い。男性だけではなくうら若い女性も同様だ。

 勿論経済的な理由が、海外渡航の動機だったのだろう。但し、新天地を南洋に求めて行った志には明るいものがある。「戦争さえなかったらそのまま現地に居たかった」という声もいくつか紹介されている。そのような声が主流だったかどうかは分からないが、生まれた故郷を離れて海外で逞しく生きた日本人が数多くいたことは確かだったろう。だからこそ本作の題名には「日本人」と明記されているのだと僕は思う。それが「バナナと日本人」からの伝統だ。

 それにしても一つの商品に注目して、それに関わる人々を描き出すという手法は面白い。僕らが日々使ったり食べたりしている物にも多くの人が絡んでいる。そういう想像力は大事にしたい。それが最後の感想でもあった。

パシフィックリム

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 機内の小さな画面で鑑賞した。本作を鑑賞するにはもっともふさわしくない環境である。但し、引き込まれた。

 「怪獣映画」である。なにせ、登場する怪獣がKAIJUと呼ばれている。それを知った段階で昭和39年生まれの僕としては本作を観ないわけにはいかない。僕の子供時代はまさに怪獣映画やウルトラマン等が真っ盛りだった。今見ると流石に特撮も古臭いわけだが、当時は最先端だったはずだ。本作が本多猪四郎に捧げられているという事実は僕らの世代にとっては涙が出るほど嬉しい。

 さて、そんな感傷を抜きにして本作を観るとどうか。

 突っ込みどころだらけである点は色々なレビュアーの方のご指摘通りだ。但し、ある意味では本作は「お約束」に満ちている。
 怪獣との戦闘シーンは本来なら大笑いしそうなものだが、観ている時は真剣になってしまう。こちらのロボットがパンチを繰り出す瞬間にこぶしを固めないような観客は本作にはふさわしくない。血圧も上がり、汗だくで鑑賞する方こそ僕らの世代の友人なのである。戦闘シーンの後の徒労感にはかなりのものがあった。

 菊池凜子が良い。「ノルウェイの森」等の彼女には余りぴんとこなかったが、本作の彼女は素晴らしい。怪獣映画で素晴らしいことが彼女のこれからの女優人生にどう影響を与えるかも含めて、今回非常に彼女に興味を持った。なにせカッコ良かったではないか。

 ということで、大きな画面で再度鑑賞しなくてはならない。それが今の僕の課題だ。

楽天の優勝

 楽天の優勝をテレビで観戦した。普段余り野球を観ない僕ですら、観てしまったのは今年の日本シリーズの
展開が劇的だったからだ。
 
 世論というものがある。世の中で形成される「大きな合意」という意味もあるかもしれない。おそらくは今年は
楽天が優勝することには日本全体の「大きな合意」であったと思う。
 
 僕が初めにそれを感じたのは1985年の阪神タイガースであり、1993年のヤクルトスワローズにて確信を得た。
毎年、かかる「大きな合意」が形成されるわけではない。むしろ、ごくたまに形成されるだけのような気もする。2013年はそんな「ごくたま」の年だったかもしれない。まるでワインに使うブドウの品質のようなものだ。
 
 九回裏の田中投手の登板には賛否両論があるだろう。但し、それも世論の一つだったと思う。あの場面に彼が
登板することは、おそらくは、既に「大きな合意」があったはずだ。
 
 観戦していた限りでは、疲労で制球もいささかままならず、かなりのピンチを実際に招くことにもなった。
田中を登板させた星野監督にしても、あそこで田中投手で負けてもしょうがないと思っていなかったと
言えるだろうか。
 
 但し、打席に立った巨人の選手も無意識のどこかで田中投手を打ってはいけないと思っていたのではなかろうか。巨人の原監督にしても、おそらくは。
 
 日本シリーズは、予定調和的に、終わったと僕は思う。たぶんそれが今年の日本にとって一番良かった
のだろうなとも思う。