「空がこんなに青いわけがない」 柄本明 | くにたち蟄居日記

「空がこんなに青いわけがない」 柄本明

イメージ 1
 
 「結婚しない男」での夏川結衣のコメディエンヌぶりに感心した。色々夏川のキャリアを調べているうちに、本作での夏川にコメディエンヌの萌芽があるという話を読んだ。レンタルでも見つからず、アマゾンで中古品を購入して漸く鑑賞出来た。

 夏川には、しかし、期待が外れた。本作の夏川は奇人であって、知性を感じさせるようなコメディエンヌとは言い難い。勿論、これはこれで夏川の芸の広さを感じさせるものはある。但し、「結婚しない男」にて見せつけた芸とはまた別だったということだ。そう感じた段階で、次は柄本明の監督ぶりに興味が移った。

 柄本は監督として本作が処女作であり、最後の作品となっている。彼自身はもう監督はやらないと言っているそうだ。監督柄本として本作を観るとどうなのか。

 直ぐに感じることは本作は小津安二郎の影響を強く受けているという点だった。
 
 いくつかの画面のきりとり方は小津そっくりである。また、そもそも本作のテーマが「ある種の家族の壊れ方」と見た場合、そのテーマ設定が小津のいくつかの作品に似ている。間違いなく柄本は小津を強く意識しながら本作を作ったに違いない。

 かつ、小津をデフォルメしたらどうなるのかという実験作でもある。

 例えば空からやってくる鉄人28号の巨大な風船は、小津の「麦秋」で空を飛んだ小さな風船を模している。三浦友和が最後に青空を見上げて子供用の自転車をこぐ場面は、「お早う」で繰り返される晴天への言及を膨らましている。夏川も「早春」の淡路千景をもっと異常にした感じである。探せばもっと見つかりそうだ。

 柄本はなぜ監督を二度とやらないと決意したのか。興業成績等の外的要因もあったかもしれない。
 
 1990年代初頭の邦画は決して利益が出る体質でもなかったろう。但しそれ以上に内的要員もあった気がしてならない。本作で小津をなぞる内に柄本が何を思ったのかを一度聞きたいものだ。