「かつおぶしと日本人」  | くにたち蟄居日記

「かつおぶしと日本人」 

イメージ 1
 
 鶴見良行の「バナナと日本人」、村井吉敬の「エビと日本人」と同じ路線でかつおぶしから見た日本を描き出した好著である。

 「バナナと日本人」「エビと日本人」とも同様に本作は決して「かつおぶし」を書いた著作ではない。かつおぶしと関わった人間達を、その「関わり方」に注目しながら描き出している。

 本作で展開される人と人との「関わり方」とは、「グローバル」と言って良い。「グローバル」というと、いささか大上段であり、多国籍企業のようなイメージを受ける方も多いかもしれない。本作で描かれる「グローバル」とは、もっと汗くさく、人間くさい「人と人との関わり合い」である。

 日本人は内向きだと良く言われる。

 本作に登場する日本人を見ていると、かかる日本人評価は一面的なものだと判断せざるを得ない。本作の登場人物は、度胸良く海のかなたに渡っていった方が多い。男性だけではなくうら若い女性も同様だ。

 勿論経済的な理由が、海外渡航の動機だったのだろう。但し、新天地を南洋に求めて行った志には明るいものがある。「戦争さえなかったらそのまま現地に居たかった」という声もいくつか紹介されている。そのような声が主流だったかどうかは分からないが、生まれた故郷を離れて海外で逞しく生きた日本人が数多くいたことは確かだったろう。だからこそ本作の題名には「日本人」と明記されているのだと僕は思う。それが「バナナと日本人」からの伝統だ。

 それにしても一つの商品に注目して、それに関わる人々を描き出すという手法は面白い。僕らが日々使ったり食べたりしている物にも多くの人が絡んでいる。そういう想像力は大事にしたい。それが最後の感想でもあった。