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「大軍師司馬懿之軍師聯盟(全42話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第五集]
曹子桓が突然司馬府へやってきた。子桓は荀令君も認めたその才能を自分のために使ってくれないかと仲達に言う。将来父の後を継いで天下を治めるために自分の軍師(※ブレーン、アドバイザー)になってくれと言うのだ。とんでもない事に巻き込まれそうだと察した仲達は難しい事はよくわからないととぼけて固辞するが、かつて司馬防救出の手掛かりを引き出すのに郭照を遣ってわたしを利用したくせにと追及された。

曹操の前に連れてこられた楊修は、楊家と袁紹の繋がりを利用して袁紹を罠に嵌めてみせると申し出る。曹操は特赦し袁紹討伐の遠征に連れて行くことに。
それを知った子桓は楊修に騙されるのではと父に問う。曹操は、この戦乱の世で人を登用する際に重要なのは仁義などの徳ではなく才能、そして利用価値があるかどうかであり、楊修が仮に偽の忠義を示しているのだとしても袁紹を欺くのに充分利用できるのだと答える。また楊修を側に置いておくことで楊彪はうかつに動けなくなり、また反乱分子も楊彪と曹操の関係を疑って彼の元に集う事はできなくなるのだ。子桓はならば司馬懿も登用し連れて行けば、司馬家に親しい朝臣をも牽制できるのではと父に進言。その言葉を聞いて、曹操は意味深に笑うのだった…。

後日、仲達は司空から主簿に任命された。曹操に仕えれば司馬家にとって厄介な事になると確信した仲達はわざと馬車に轢かれて両脚を折った。
司馬懿が事故で骨折し歩けなくなったため主簿を辞退したと聞いた子桓は、どうあっても協力しない気かと怒り司馬家に乗り込んできた。仲達は実際に折れた脚を見せて決して嘘ではなく、主簿に任命されて浮かれていたため事故に遭ったと弁明するが子桓は信じない。
子桓から報告を受けた曹操は、司馬懿がただの天然馬鹿なのかそれともこちらの意図を全て読み切っているのかと疑う。と、郭嘉が司馬懿の真意を見抜く方法があると言い出した。

郭嘉は司馬懿が袁紹と通じていて近く彼の元に下るとの噂を流させる。仲達はこれがどうあっても司馬家の首根っこを押さえておきたい曹操の仕業だと解ったがどうすることもできない。弁明のために伯達が仲達を担架に乗せて司空に面会に行く。
曹操は仲達の脚を楊修に確認させる。楊修は医師に命じて最も太い鍼を使用させて診察させる。脚に鍼が突き刺さる…だが仲達の脚は完全に折れていて感覚がなく彼は表情一つ変えなかった。医師はこの骨折は治るものではなく一生歩けないだろうと診断。楊修は仲達を睨みつけ、「俺は日頃から馬鹿の友や敵にはなりたくないと思っているが、お前は俺の敵たり得る。」と囁く。
その様子を遠目に観察していた郭嘉は、司馬懿はこちらの計算をすべてを見抜いている可能性があると曹操に告げる。曹操も司馬懿の抜きん出た才能を認めており、廃人(障碍者)を殺しては天下の笑いものになるだけ、どれだけ耐えられるか見てやろうと時機を待つことに。仲達は解放され家で静養するよう命じられた。

ついに袁紹が大軍を率いて攻めてきた。曹操は自ら出陣して迎え撃つ。世に言う官渡の戦いである。
曹操は出陣の前に郭嘉と荀令君に、自分の後継にはどの息子が相応しいと思うかと問う。二人は顔を見合わせる。それぞれが名を書き入れた竹を見て曹操は笑い、二人を下がらせた。
司馬家を見張っている満寵が報告にやってきた。司馬懿は依然寝たきりで変わらないようだ。曹操は遠征中にでも司馬懿の怪我が嘘だと判明した折には殺せと命じる。

[第六集]
行軍中に曹操は立派な石碑を見かける。表には謎めいた八文字が書かれており、郭嘉にどういう意味か尋ねるが彼にもわからない。が、楊修が分かったと声を上げる。曹操はしばらく考えていたがようやく意味が分かる。文字遊びになっており字を合体させると「絶妙好辞(すばらしい言葉だ)」となり、碑文を賞賛する意だったようだ。曹操はこの謎がたちどころに分かった楊修の才能を褒め、今回の戦の見通しについても考えを聞く。楊修は兵の数は袁紹が上回っているものの彼本人の求心力が行き届いておらず、したがって一致団結し命がけで戦う兵士が多い我が軍の方が有利であると説く。曹操はその答えに満足そうだ。楊修や郭嘉といった天下の英才を皆従えている父は天下を統べるにふさわしいと子桓が褒め称えると、曹操は司馬家のひよっ子を従えさせられなかったのだからわしもまだまだだと笑うのだった。

仲達は車椅子を作ってもらい一人でも動けるようになってから表情も明るく元気になってきた。侯吉は官職につかない方がこうやって平和で穏やかに過ごせるのだから結果的によかったと言うのだが春華は歩けない夫が不憫でならず、あの事故の日に侯吉が出掛けていなかったら仲達を止められたのにと八つ当たり。仲達は原因を突き詰めていけばきりがないといって妻をなだめる。
仲達は河辺でのろのろ歩く小さな亀を見つけ、まるで自分のようだと持ち帰って飼うことに。

叔達が阿照に熱い視線を送っているのに気付いた仲達は二人を結婚させようと考える。叔達は大喜びするが、阿照は没落した郭家のために行方不明の兄を見つけるまでは嫁ぐことはできないと言って固辞する。どうやらそれはただの言い訳で阿照には他に好きな人がいるようだ。彼女が呟いていたという詩を聞いた仲達は眉を曇らす…それは曹操の息子・曹子桓の作った詩だったからだ。

仲達は拾った亀を大きな碗に入れて飼っていたが、その亀が碗を登って外に落ちそうになっている。早く助けてやれと春華を急かすがついに亀は足を滑らせ…亀は床に落ちる寸前で春華に助けられたが、気が付くと仲達は立ち上がっていた。立てる、歩ける!春華は涙を流して喜ぶが、しかしこれは絶対に他人には知られてはならない事であった。

曹子桓は袁紹の屋敷へ乗り込むが、袁紹らは逃げた後で女たちが取り残されていた。袁紹の息子の妻・甄宓は自害しようとするが子桓が阻止し保護する。美しい甄氏に曹操の三男・曹植(子建)は一目惚れし、夜更けに彼女の部屋の前で琴をつま弾き関心を引こうとする。

ある日仲達は庭で書の虫干しを前にして読書をしていた。と、急に空が暗くなり雨が降って来た。雨足はどんどん強くなり仲達は慌てて書を取り込もうとつい立ち上がる。それを下働きに扮した間者に見られてしまう。一目散に走り出す間者。気付いた春華が猛然と追いかけ、刃物を取り出して抵抗する間者を江湖にいた頃の武術で仕留めた。だが間者の所持品からそれが校事であることが判明し仲達も真っ青になる。そこへ突然汲布が現れた。殺された校事は彼の同僚で、司空の命令で校事として仲達を見張っていたこと、そして足の怪我が嘘なら殺すよう命じられていたことを告げる。仲達はどうか見逃してくれと土下座しようとするが、しかし汲布は、今回の事は見なかったことにしておくので今後充分気を付ける事だと言って去って行った。

袁紹の屋敷から朝臣とやりとりしていた書簡が大量に見つかる。曹操は中を見もせずに焼き捨てろと命じるが、ふと思い立って子桓と子建を呼ぶ。二人にこの書簡をどうすべきかと問うた。子建は即座に焼き捨てると言い、子桓は中を調べた後焼き捨てると言った。子建は袁紹を倒し父の天下は決まったようなもので今更歯向かう者はいないと言うが、子桓は袁紹の敗因は内部の裏切りが原因であり、そのような失敗を繰り返さないためにも調べておく必要があるのだと説く。曹操は二人の話を聞いた後、結局書簡を焼き捨てた。子建はやはり自分の意見が正しかったと得心の笑みを浮かべる。
曹操は妻の卞夫人にもどちらが後継にふさわしいかを問う。曹操からすると子桓はあまりに慎重すぎて他人を信じられず子建は楽観的すぎて他人に騙されそうだ。卞夫人は息子に足りないと思う部分があるのならあなた自身がそれを教えこめばいいのだと答える。
その時、郭嘉が病で倒れ危篤との報せ。曹操はすぐに馬を走らせ軍師の元に駆けつける。
病床の郭嘉は自分が去っても荀彧、荀攸といった優秀な策士がいるので心配はないと言い、そしてあの司馬懿は計り知れない才能があるため万が一にも孫堅や劉備に渡してはならない、もし配下につかないならば殺すべきだと遺言する。


[A] 司馬懿(仲達)
京兆尹・司馬防の次男。
[B] 楊修(徳祖)
司空主簿。太尉・楊彪の息子。漢王朝の存続を願う父と違い、この乱世では真に実力のある者に仕えるべきだと考えている。
[C] 曹操(孟徳)
司空。漢朝廷の事実上の支配者。
[D] 曹丕(子桓)
五官中郎将。曹操の長男※。弟の子建をライバル視している。阿照の事を好ましく思うが所詮司馬家の人間だとして一線を引いている。
[E] 曹植(子建)
曹操の三男※。詩や音楽に長ける。
[F] 郭嘉(奉孝)
曹操の信頼する若き軍師。校事府を司る。
[G] 張春華
仲達の妻。元は江湖の剣侠のようだ。二児の母。
[H] 郭照
張春華の義妹。阿照と呼ばれる。曹子桓に心ときめかせている。
[I] 司馬孚(叔達)
司馬防の三男。阿照に思いを寄せている。
[J] 汲布
校事の一人。元は江湖の剣侠。張春華と何かしらの縁があるようだが…。

※曹丕と曹植は嫡男(卞夫人の子)で第一子、第三子だが、彼らの上に嫡子でない男子(曹昴)がおり、会話では曹丕が二哥・二公子と呼ばれたり曹植が四弟、四公子と呼ばれたりする。

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「大軍師司馬懿之軍師聯盟(全42話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第三集]
帰ろうとする仲達を、しかし汲布は引き留め、捜索で押収した金の食器の箱の中から袁紹の手紙が出てきた事をこっそり伝える。どうやら彼と春華はただの知り合い以上の関係だったようだ、汲布に礼を言い仲達は急ぎ帰宅する。
父が袁紹と通じているなど有り得ない。とするとやはり楊修が父に罪を擦り付けたとしか…。楊修は司馬家に恨みがあるわけではなく単に父親を助けたかっただけであろう、そしておそらく、いや十中八九、楊太尉は衣帯詔メンバーだ。さらに父もその名を連ねているであろうと仲達は確信する。楊修と司馬懿はそれぞれ自分の親の潔白を証明するため衣帯詔の名簿を探すはず…それが司空の真意だ。

阿照は曹丕(子桓)に助けを求める。だが彼にもやはり助ける手立てはない。父・曹操は弟の曹植を可愛がり自分には見向きもしないからだ。ましてや父に敵対する一派の件などどうすることもできない。だが阿照の真っ直ぐな物言いが気に入った子桓は自分の愛剣を贈り、彼女の掌にとある二文字を書き示すのだった。
阿照から子桓が示した二文字…「荀彧」を聞いた仲達は急ぎ適当な薬湯を用意させ、荀令君(荀彧)の元へ行き牢獄の父に薬を届けたいと懇願する。荀令君らが見守る中、仲達は父に薬湯を飲ませ事の真相を問うが、司馬防はやはり冤罪だと答える。そして仲達の手を強く握り「叔達の結婚の事をよろしく頼む」と言った。

司馬防は三日後に処刑されると発表された。父の言動から衣帯詔の名簿は楊太尉が持っていると確信した仲達は楊府へ強引に乗り込み、楊太尉に「例の名簿はどうするつもりかと父が心配していた」と告げる。その言葉に楊太尉は動揺する。仲達はさらに、あの名簿は現在自分が持っており、もし楊太尉が協力してくれなかったらしかるべきところ(※曹操の元)へ出してでも父を救うつもりだと告げて去る。
楊太尉はいつの間に盗まれたのかと青くなりすぐに名簿を隠しておいた箱を確認する。が、名簿はそこにあった。謀られたと気づくが、それを楊修が目にし全ての不幸の元凶であるこの名簿を奪い焼き捨ててしまった。

荀令君の元へ再度仲達がやって来て父を救ってほしいと言う。荀令君は呆れるが、仲達は今衣帯詔の名簿は楊修が所持しており彼は名簿を司空に差し出すかもしれない、そうすれば名簿に名を連ねている多くの朝臣が一斉に失われ国の損失だと説く。さらにはあなたも衣帯詔に誘われたのではと問う。荀令君は漢王朝の忠実な朝臣であると同時に司空の腹心、それでサインはしなかっただろうが、楊修は追い詰められれば名簿にあなたの筆跡を真似て名を書き加えるかもしれないと言う。
仲達が尚書台へ行ったと知った楊修は彼が荀令君に衣帯詔のことをばらしてしまうと焦るが、楊太尉は荀令君には衣帯詔に誘った事があり既にその存在を知っている、彼は漢王朝のために黙っていてくれるはずだと息子をなだめる。だが今となっては荀令君が見逃してくれるとは限らないではないか!楊修はなんとかして口封じせねばと頭をひねる。
楊修は荀令君に面会し、司馬懿を放っておけば衣帯詔のことを司空に話してしまうかもしれないし、そうなればあなたが司空を裏切った(衣帯詔の存在を見て見ぬふりをしていた)事が明るみになると迫る。そしてたった一人に犠牲になってもらうだけで国の有能な人材を守れるのだと説くのだった。

その夜、荀令君は河辺の桟橋に仲達を呼び出す。その様子を楊修が離れた所で見守る。さらにその楊修を汲布が見張っていた。
荀令君は仲達に何やら話した後立ち去ろうとする、それを追おうとする仲達を荀令君の護衛の剣士が刺殺した!静かに桟橋に倒れ込む仲達の姿に汲布は目を見張る。
こうするしかなかったのだ…楊修は駆け寄り、仲達が事切れていることを確認し詫びの言葉を口にする。仲達の骸は川の中に放り込まれた。楊修は荀令君にこれで同舟の仲間だと、いざとなればこちらは衣帯詔にお前の名を書き入れることもできるのだと念を押すのだった。


父親の処刑まで時間もないのに仲達は出掛けたきり帰ってこない。弟たちは仲達を探し回るがまったく手がかりがない。もう間に合わないだろう、司馬防は謀反の罪で処刑され司馬家の者は皆連座させられる…春華は腹をくくり使用人らに暇を出し執事の侯吉に幼い子供たちを託し城外へ逃げるよう指示するのだった。

[第四集]
阿照はどうしたらいいかわからず曹子桓に泣きつく。事情を聞いた子桓は父に司馬懿が突然失踪したことを告げ司馬防の処刑を先送りにし捜査した方がいいのではと提言するが軽く追い払われた。
司馬防の処刑が迫れば必ずや衣帯詔に動きがあるはず…曹操の目論見通り、楊彪が自首してきたとの報せ。曹操は敢えてその報せを無視する。続いて荀令君と楊修がやってきた。荀令君は司馬防が罪状にサインすることを拒否していると告げる。曹操はそんなものは適当に処理すればいいと言い、どうせなら明日の処刑に立ち合えばいいと命じる。と、楊修が自分も処刑に立会い嫌疑を晴らしたいと申し出た。彼としては司馬防が死ぬところを確実に見届けて一刻も早くこの"殺人計画"を終わらせ解放されたかったのだ。

翌日、荀令君は楊修を呼び、司馬防が結局罪状にサインしなかったため彼の筆跡を真似てサインを書き入れてほしいと頼む。とにかく早く事を終わらせたい楊修はサインを書き入れた。
春華と郭照は司馬防が牢屋から刑場へ移送されるところを襲って司馬防を救出しようとするが曹子桓に阻まれ捕まり揃って刑場へと送られた。司馬防に死刑が宣告される。群衆の中から叔達が飛び出してきて冤罪だと叫ぶ。楊修を指さし奴が父を罠に嵌めたのだと。だが取り押さえられ成す術がなかった。
時間が来たが荀令君はなぜかすぐに執行命令を出そうとしない。楊修に催促されようやく命令を出す。死刑執行人が刀を振り下ろそうとしたその時「待ってくれ!!」なんと仲達が刑場に現れた!
仲達は父は冤罪である、その証拠に罪状のサインは楊修が偽造したものだと訴えた。子桓に真偽を問われた荀令君は確かに楊修が書いたものだと答え、楊修は目を剥く。
実はこれは司馬家から出てきたという袁紹の手紙が楊修によって偽造されたものであることを証明するための仲達の策だったのだ。自分が死んだと知れば楊修は安心して隙を見せる、彼が他人の筆跡を偽造したことを荀令君に証明してほしいと仲達は頼んだのだ。本当に殺すかそれとも殺す芝居をするかは任せると言って…。そして荀令君は彼を生かす選択をした。護衛に急所を外すよう指示し仲達を殺したように見せかけたのだ。
楊修は仲達がでたらめを言って自分を陥れようとしていると主張するが、捜査主任の満寵しか知り得ない「金の食器の箱から手紙が出てきた」ことをうっかり口にしてしまう。子桓は刑の執行を停止し楊修と仲達を連行させた。


荀令君は曹操の前に平伏し、楊修の悪巧みを暴くためとはいえ司空を騙すようなことをした(※公文書偽造)事を謝罪する。だが曹操は彼の手を取り、国のために務めを果たしただけで謝るようなことは一切ないと身を起こさせる。そして司馬家は冤罪だったとして全員釈放し、死んだ董承や他の朝臣らの名誉を回復すると告げる。己のためだけに動いているように見えた曹操が実は国のことを一心に思っていたと知り荀令君は感服し改めて曹操に忠誠を誓うのだった。
その様子を物影から見ていた郭嘉はさすが司空だと舌を巻く。人の命を奪うことはたやすいが、人の心をつかむことは難しい。司空は簡単にそれをやってのける…。曹操は言う、人材は何より重要だ。自分が出陣する際に都を任せられるのは荀彧しかいない。目障りな楊彪と司馬防を生かしてでも荀彧を心服させられればそれでよい。そして司馬懿、楊修…彼ら若き才能もまた有用な駒となるかもしれぬ。どう思う?訊かれた郭嘉は、楊修は使えるが司馬懿はどうかと思うと答えるのだった。


[A] 司馬懿(仲達)
司馬家の次男。父と兄が捕えられ司馬家の命運は彼の手にかかっている。
[B] 楊修(徳祖)
主簿(会計もしくは書記官の職?)。楊彪の息子。父を救うため司馬防を陥れる。
[C] 司馬防(建公)
京兆尹。司馬家の家長。曹操の敵・袁紹との繋がりを疑われ逮捕される。
[D] 楊彪(文先)
太尉。司馬家に敵意はなく、ただひたすら漢王朝の存続を願っているだけなのだが…。
[E] 曹操(孟徳)
司空。漢朝廷の事実上の支配者。
[F] 郭嘉(奉孝)
曹操の信頼する若き軍師。校事府を司る。
[G] 荀彧(文若)
尚書令。令君と呼ばれる。曹操の古くからの臣下だが…。
[H] 曹丕(子桓)
五官中郎将。曹操の長男。父は弟ばかり贔屓しており自分に明るい未来はないとなげやりになっている。
[I] 張春華
仲達の妻。元は江湖の剣侠のようだ。二児の母。
[J] 郭照
張春華の義妹。阿照と呼ばれる。偶然会った貴公子・曹子桓に心ときめかせている。
[K] 司馬孚(叔達)
司馬家の三男。阿照に思いを寄せているのだがあまり相手にされてない。
[L] 汲布
校事の一人。元は江湖の剣侠。張春華と何かしらの縁があるようだが…。


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「大軍師司馬懿之軍師聯盟(全42話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。


[第一集]
後漢末期、献帝の代。世は乱れ北方の袁紹や南方の劉備の勢力が国を脅かしていた。漢朝廷の実権は司空・曹操が握っており、彼の専横ぶりに業を煮やした朝臣らがひそかに献帝を旗印に曹操暗殺の機会を狙っていた。そのメンバーが名を連ねた盟書を「衣帯詔」と呼んだ。

司馬家の次男・懿(仲達)に子が生まれようとしていた。だが難産で、神医と呼ばれる医者・華佗は麻酔を用いて帝王切開を行い無事子供が生まれた。同じ頃、曹操はひどい頭痛に襲われ、そこで華佗が呼び出された。司馬家当主・防は華佗が衣帯詔に名を連ねていることを知りこの機に曹操暗殺をと持ちかけるが、華佗は自分は病を治す者で人を手にかけるような真似はできないと言い静かに曹府へと向かっていった。
華佗は曹操に開頭手術をするか、もしくは田舎の静かな山林で10年の静養を行う他に治療法はないと診断する。曹操はどちらも話にならないと憤慨し彼を投獄。曹操は華佗が自分を政権から排除しようとしている勢力の一派ではないかと疑い、軍師の郭嘉に華佗の身辺を調べさせた。すると華佗は司馬防、董承と交友関係にあると判明した。

まだ科挙制度がなかったこの頃、有識者が月に一度有志を集めその才を発表させ、その実力を認められた者が官職に推挙される「月旦評」という風習があった。曹操はこの戦乱の世を安定させるためには広く才能を募るべきだといい、楊太尉(楊彪)の息子・楊修が主宰するという月旦評を視察に行くと言い出した。衣帯詔メンバーは曹操暗殺の絶好の機会とみるが実はこれは反乱分子をあぶり出すための罠なのだった…。

華佗は司空暗殺未遂の罪で処刑された。その報せを聞いた司馬防は衣帯詔の存在がばれたのではと真っ青に。華佗の死を聞いて仲達は悲しむが、しかし父が悲しみよりも恐れを抱いていることを不審に思うのであった。
楊修もまた、父・楊彪が華佗処刑の報せを聞いて動揺するさまを見て、もしかすると父が衣帯詔に加わっているのではと訝しむ。

司馬家の三男・孚(叔達)と楊家の娘はまもなく結婚する予定だったが、突然楊家から娘と叔達は釣り合わないので婚約解消すると突きつけられた。応待した伯達、仲達は失礼だと憤慨するが当の本人は気が進まなかった縁談とあってこれでよかったんだと言う。婚約解消の詫びの品として金の食器などが贈られてきた。腹の虫がおさまらない仲達は月旦評で楊修を言い負かしてやれと弟に檄を飛ばす。

月旦評には多くの人々が集まりお祭りのようになっている。司馬家へ向かう阿照の馬がこの人の多さに驚いて暴走、それを曹操の息子・曹丕が助けた。
いよいよ月旦評が開幕。主宰の楊修が女たちの黄色い声援を受けて登場する。集った群衆の中には月旦評を観察する曹操親子と側近ら、さらにそれを狙う董承ら衣帯詔メンバー、そして弟を連れ名誉奪回のためにやってきた仲達の姿があった…。
叔達はある論文の写しを発表するが、楊修はその論文は偽作と判明したと酷評する。叔達はすごすごと引き下がるが、仲達は黙っておられず壇上に上り弟の代わりに反論する。激論が交わされ曹操もその弁論に感心している、とその時掛け声が上がったかと思うと剣を抜いた男らが一斉に曹操に向かって来た!人々は逃げ惑う。だが郭嘉が合図をすると周囲に配した兵が現れ暗殺者らを一網打尽にしていった。暗殺者を指揮していた董承は捕えられ連行される。

[第二集]
曹操暗殺が失敗したと知った献帝は逃げようとするがそれを妃の董貴人が止める。父・董承はもしもの時のために宮殿にも伏兵を仕込んでいる、宮殿へ乗り込んでくるであろう曹操をここで仕留めるのだ…!だがその考えをも曹操は見抜いており暗殺者は次々と始末されていく。曹操は全ての朝臣を召集し、そして献帝の前に董承を引きずり出した。
曹操は共謀者を吐かせようとするが董承は舌を噛んで自害。父が"共謀者"という言葉に激しく身を震わせているのを見た仲達は、父が衣帯詔に関わっている可能性に気付いた。
次に董貴人が引き出されて来た。董貴人は献帝の子を身ごもっている。献帝はどうか見逃してくれと頼むが、曹操は誰のおかげであなたが帝位に就けたのかと問い、短剣を抜いて差し出し「この曹操が逆賊だと思うなら今ここで殺しなさい」と迫る。もちろん献帝にそんなことをする勇気はなかった。これで曹操が正しいと認めた事になり、董貴人は目の前で殺害された。朝臣らからついに批難の声が上がる。曹操は依然短剣を指し示し、自分の事を逆賊だと思うのなら今ここで殺すがいいと膝をついてみせる。声を上げた朝臣らはしかし動く勇気はなく次々と曹操の部下に殺されて行く。
その無法な行いを看過できずついに楊太尉は息子の制止を振り切って曹操を批難、楊太尉は董承の共謀容疑で連行されていった。曹操はさらに司馬防を追及する。あまりの恐怖にしどろもどろになる父に代わって仲達が董承とは一切無関係だと弁護するが、曹操は司馬防と伯達を連行させた。さらに残る朝臣をもみな逮捕し取り調べさせるのだった。

楊修は父は冤罪だと曹操に直訴へ。そして董承と共謀して袁紹と組もうとしていたのは司馬防だと告げる。司馬府を捜索すればきっと袁紹の手紙が出て来るはずだと。すぐに司馬府へ強制捜索が入る。仲達の妻・春華が止めさせようとするが、校事(捜査官)の中に旧知である汲布の姿を見つけたため、じっとその場を耐える。
その頃仲達は郭嘉の元を訪れていた。父は董承とは無関係で冤罪であることを司空に口添えしてほしいと頼み込むが、郭嘉はなぜ司空がお前と楊修を放免したのかその意味を考えろとだけ言って追い返した。

司馬府から押収した物品を調べたところ、あの楊家から贈られた金の食器が入っている箱の底から袁紹の手紙が出てきた。楊修の主張は認められ楊太尉はすぐに釈放された。
楊太尉が釈放されたと聞いて仲達もひと安心するが、しかし父は逆に死刑牢へ移されたと聞き動揺する。何が起こったのか訊くため楊府を訪ねるが楊親子は頑なに面会を拒否する。司馬府だけでなく他の大臣の家にも捜索が入っているようだ。しかしなぜ父だけが死刑牢へ移されたのか…悩む仲達に妻・春華はある人物が助けてくれるかもしれないと言う。それは校事の汲布だ。彼は元は江湖の剣侠で、春華は昔山賊に襲われた所を彼に助けてもらったことがあると言うのだ。
仲達は春華の剣を持って汲布に会いに。昼間の捜索で一体何が見つかったのか問うが、汲布は公務上の秘密は言えないと答える。


-司馬家-
[A] 司馬防(建公)
京兆尹(都長のような役職)。司馬家の家長。衣帯詔メンバーだがその事は家族にさえ秘密。
[B] 司馬朗(伯達)
司馬家の長男。
[C] 司馬懿(仲達)
司馬家の次男。
[D] 司馬孚(叔達)
司馬家の三男。楊家の娘との結婚が決まっているが実は阿照の事が好き。
[E] 張春華
仲達の妻。庶民の出で武術に長ける。
[F] 郭照
張春華の義妹。義姉の元へ遊びに来ている。阿照と呼ばれる。

-曹操陣営-
[G] 曹操(孟徳)
司空(宰相クラスの役職)で国の実権を握る事実上の支配者。袁紹討伐を前にまずは国内の反乱分子を粛清しようと考える。妻からは幼名である阿瞞と呼ばれる。
[H] 曹丕(子桓)
五官中郎将(副宰相のような職)。曹操の長男。
[I] 郭嘉(奉孝)
曹操の信頼する若き軍師。校事府(捜査やスパイを担当)を司る。
[J] 汲布
校事の一人。元は江湖の剣侠。

-漢朝陣営-
[K] 劉協
漢皇帝。献帝と称される。気が弱く曹操には面と向かって歯向かえない。妃の董貴人のすすめで心ある老臣を集め曹操暗殺計画「衣帯詔」を密かに発する。
[L] 董承
将軍。董貴人の父で国丈(皇帝の妻の父)、皇叔(皇帝の叔父)とも呼ばれる。衣帯詔のまとめ役。
[M] 華佗
神医と呼ばれる名医。
[N] 楊彪(文先)
太尉。衣帯詔メンバー。
[O] 楊修(徳祖)
楊彪の息子。知識人として名高く月旦評を主宰。
[P] 荀彧(文若)
尚書令(秘書職)。令君と呼ばれる。

※氏名の後ろのカッコ内は字(あざな。自分で名乗る呼び名)。ダイレクトに本名で呼ぶのは命令、敵対のニュアンスになり、字で呼ぶとやや丁寧なニュアンスになる。通常は敬意をもって役職名で呼ぶ。より親しい間柄ではお兄さん伯父さんといった親族風の呼び方をする。
※あらすじでは状況や視点の違いによって本名、字、役職名、その他の呼び名が混在してますが随時人物紹介を参照してください。


→インデックス
「大軍師司馬懿之軍師聯盟」(2017年 邦題「三国志-司馬懿 軍師連盟-」 監督/張永新 主演/呉秀波)
全42話

[2018.7追記:日本語版作られたようです。]

タイトル長ったらしく見えるけど「之」が日本語の「・」の意味で、日本風にすると「軍師連盟-軍師司馬懿-」。
これまた三国史の、後半から活躍する魏国の策士・司馬懿(司馬仲達)を主人公にした大河ドラマ。仲達を演じるのは「天命の子」で苦悩の父親・程嬰を演じてたウー・ショウボー(呉秀波)。大ヒットしたらしくてすでに続編も作られている。

例によって原語で見てるのですが、今までの時代劇と違って台詞の解読はとっても難解!というのも、現代劇ばりに早口の人が多い!より自然体を目指した、あるいは今時の人に親しみやすくすることを目指した演出なのかな。もうみんなベラッベラ喋りまくる。脚本がミステリ仕立てになっているので台詞量も多く言葉の端々が重要なカギになり、最初は意味不明な台詞が後から意味がわかるというものも多くて、ちょっと中国語初心者にはキツかった。(x_x;)
でも繰り返してでも観たいと思うほど毎回面白い!これは早く翻訳して広く見てもらいたい!

三国志を知っていると話がわかりやすいかもしれません。脚本もおもしろいけど美男美女揃いで実力も兼ね備えたキャスティングでお芝居もとっても見ごたえあります。ぜひ原語でもトライしていただきたい。
間違っている部分もあるかもしれませんがあらすじを追っていきます。
[2017.12追記:ネタバレ防止のため一部反転字にしました。]

(※先にGoogle+で公開した記事を再編集したものです。)
#1 第1集~第2集
#2 第3集~第4集
#3 第5集~第6集
#4 第7集~第8集
#5 第9集~第10集
#6 第11集~第12集
#7 第13集~第14集
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YOUKU


泉屋博古館の木島櫻谷展を見に行ってきました。

近代の日本画家・木島櫻谷の作品とデッサン、下絵など約50点を展示。
特に動物画が高く評価されてる画家みたいですが、元来日本画や骨董品に興味がないのでその価値とか人物像は他サイトを参考にしていただくとして、生き生きとした動物絵は確かに素晴らしいものでした。とても動きのある、まさに"絵から飛び出してきそう"な臨場感あふれる作品の数々。平面的になるのが日本画の特徴でもあるのにとても立体感を感じ、特に動物の毛皮、あのふさふさ感ふわふわ感ゴワゴワ感がそれぞれ忠実に描きこまれてるのです。薄めた墨のもわっとしたにじみや広がりはアンダーコートのふわふわ感を感じさせ、筆跡を生かし躍動感を走らせる濃い墨がオーバーコートを表現。油彩とはまた違う毛皮の手触りを目で感じられます。

今でこそ動物の瞬間の表情を捉えた写真なんてネットで検索すれば簡単に見られるけど、この櫻谷の活躍した時代は写真はまだまだ高価なもので、動物たちのこの表情は人間の目が捉えたものを頭の中に現像してそれを写し取って描かれたもの。その瞬間を捉える目線が凄いと唸らざるを得ない。
そして才能ある人はやっぱりその能力をすべて見せてみたくなるのでしょう、動物の格好、姿勢が、普通はあんまり描かないよなぁという構図もあって。例えば鹿のお尻をリアルに綿密に描いた掛け軸…こんなの床の間に飾っておく?(^▽^;) 立派な鶴を描いた屏風も、首をぐるんと曲げて羽根つくろいに忙しく半目の鶴ばっかり…ちゃんと下瞼が閉じてるところなんかリアルだわー。

絵画として作品になっているものは、もちろん、日本画らしくある程度格好良くデフォルメされた勇ましい動物たちだけど、多く残されている普段のスケッチは生物学者のノートのように非常に写実的で鳥の模様も細かに記録されてたり、日々の努力が垣間見られるものでした。


櫻谷が使用した絵筆や絵の具も展示されてます。

* * * * *

常設展示室では「中国青銅器の時代」と題してコレクションの青銅器が数多く展示されてました。

祭祀に用いる食器や楽器、鏡などで緑青に覆われずっしり重みのありそうなものばかり。驚くべきことに商時代(日本はその頃縄文時代)のものがほとんどで、数点は朽ちかけてるものもあったけど大部分が無傷の完全な原型を留めていていわゆる中国四千年の歴史の凄さを感じます。
1ミリに満たない細い細やかな模様がびっしりとほどこされ、そして中国文化は対称性を重んじるので完全な丸みや完全に対称な模様、デザインの美しさ。機械のようなこの業を人の手でというのが凄すぎる…。展示されているものの大部分が、大昔に作られたことを理由に価値が決まる骨董品としてではなく単純にその美しさで価値が決まる美術品として鎮座。でもちゃんと骨董品、歴史的資料としても扱われていて、楽器を実際に鳴らした音を聞く事ができたり青銅器の文様をコピーした完璧なレプリカが自由に触れたりという楽しさも。


木島櫻谷 近代動物画の冒険
10/28-12/3 泉屋博古館(京都)

泉屋博古館(京都)
京都市バス「宮ノ前町」下車すぐ。
常設展示室の展示は会期が決まってるので確認してから行ってください。