中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。
[第十三集]
曹操は子桓と荀彧に留守の間都を護る重責を任ずると告げて、出立していった。
都を託されたということは後継に一歩近づいたことだと仲達は言うが、子桓はまだ釈然としてなかった。彼の目にはまだまだ父が子建を贔屓にしているように見える。丞相が子建の詩才を気に入っていることは明らかだが、世を治める能力は子桓に遠く及ばないと知っていると仲達は言う。世を治める者は目の前の勝敗にこだわらず常に大局を見るべき…その事を丞相は誰よりもよく知っているのだから。
行軍に軍師として同行している楊修と丁儀は、出立直前に丞相が子桓を赦し釈放した意味を考え始める。つまり元々丞相は子桓を罰する気はなかったのだ、彼が司馬懿と二人でこの難局をどう乗り切るかを試していたにすぎない。そして難局を乗り越えて見せた今、丞相の中で子桓の株は上がったに違いない。丁儀は策を繰り出す司馬懿をまず消さねばと言うが、楊修は彼を殺さずとももっと賢い方法があると言う。司馬懿の兄・司馬朗を子建の下につけるのだ。
子桓は阿照と狩りに出かけ城へ戻って来たところを崔尚書に見咎められる。丞相が国の将来を負って出陣されたというのに留守を任されたあなたは遊び惚けているのですかと。阿照は崔尚書の言う事ももっともだと思い自重しようと子桓に言うが、子桓は崔尚書が子建の義父でありこちらに敵対心を抱いてるだけで、本気で相手にする必要はないと答える。
不安になった阿照は仲達に相談し、仲達は自ら子桓を説得し狩りの道具を焼き捨てさせた。崔尚書は娘婿のために諌めたのではない、国のためを思って諌めたのだ。そしてこの仲達も子桓公子がこの世を変えてくれる、平和で栄えた天下を作ってくれることを信じて諌めたのだと言う。
翌朝、子桓は崔尚書の元へ行き先日の指摘を真摯に受け止め狩りの道具は一切破棄したと告げ、今後もよろしくご教授いただきたいと膝をつく。
司馬朗(伯達)は平原侯(子建)府に異動を命じられる。仲達は反対するが伯達は元々丞相府の官員であるから異動命令には逆らえない。これが楊修の差し金であることは容易に見抜けた。兄を子建に仕えさせれば弟である自分は強く出られない、子桓を勝たせることは兄を追い詰めることになる…。と、春華から兄弟なのだから争わなければならないという道理はない、むしろ助け合えばいいと言われ、ふと考えを改めた。
狩りに出かけるのをやめて庭で弓の練習をする子桓。子丹は伯達が子建に仕えたら仲達も兄のためにこちらを裏切るのではないかと不安を口にする。と、司馬家の三兄弟が子供達を連れて城外へピクニックに出かけたとの報せが。わたしには遊ぶなと言っておいて自分たちは遊びに行くのか…?
なごやかな一家団欒の場で伯達は叔達に新たな結婚話を提じる。だが叔達は未だに阿照の事を引きずっていて頑なに応じようとしない。とそこへ子桓がやってきた。子桓は仲達を呼び、伯達が子建に仕えることをどう考えているかと問う。仲達は司馬家が子桓、子建いずれに仕えることもすべては丞相・曹操のためであり、もし子桓が後継の座を勝ち取れば兄・伯達を殺すような真似はしないだろうし、子建が勝てば…自分は子桓と運命を共にするだけだと答える。
曹操は赤壁の戦いにおいて孫権・劉備の連合軍に大敗、天下統一が容易ならざると判断した曹操は自分を魏王に封じるよう漢天子に迫り、魏国を建国し鄴城を都と定めた。
[第十四集]
建国からしばらくして落ち着いた頃、甄氏は仲達に、許都に残している子建公子を鄴城へ呼び寄せるよう子桓から魏王に頼むよう勧めてほしいと言う。仲達は子桓と子建が仲良くすれば魏王も喜ぶし、立派な息子らが魏王の脇を固めていることを民衆にアピールすることは良い事だと勧めるが、子桓はせっかく後継として有利な立場にいるのにわざわざライバルを呼び寄せまた戦うことになるのはおかしいと取り合わない。挙句、伯達の差し金だろうと言い出したので仲達はむっとして帰っていった。普段腰の低い彼が随分と頑なな態度を見せたため子桓は少し驚く。
翌日、子桓が担当した新庁舎のお披露目が行われるが仲達は出仕をさぼって子供たちと遊びに出掛けた。仲達が病で欠席すると聞いた子桓はまだ怒っているのかと呆れる。
お披露目に姿を現した曹操は立派な扉に「活」という文字を書き入れ、どういう意味かわかるかと皆に問う。朝臣らが顔を見合わせる中、楊修が進み出て「この扉はよろしくないので取り壊すべきだ」と言う。この門は大き過ぎて(闊)民衆の反感を買いそうだからだ。それを聞いて曹操は得たりと笑う。すかさず楊修は子建を都へ呼び寄せて王の補佐をさせるべきだと進言。
魏王は子建を都へ呼びたいと思っている、そのきっかけを待っているのだ…仲達の言葉を思い出した子桓は考え直し、自分も楊修の意見に賛成すると申し出た。朝臣らは皆顔を見合わせ、曹操は意味深に笑う。
荀令君は曹操が魏王に即位した頃から病と称して朝議に出てこなくなった。心配した曹操は医師を遣る。だが荀令君の病とは、漢王家と曹家の板挟みになる苦しみによるものだった…。
平原侯・子建が鄴城入りすることが決定。子桓が結局進言通りに魏王に勧めたと知った仲達は急ぎ子桓の元へ行き先日の態度を陳謝する。子桓は弟といがみ合わず協力することも国のためだと思い、まずは子建を宴席へ招くことに。子丹が同席すると聞いてまた酔い潰されてはかなわないと仲達は出席を辞退した。
やってきた子建は兄との再会を素直に喜ぶ。が、側に控える楊修と丁儀は先ず父母に会うのが道義だと言って帰らせようとする。だが卞夫人と甄氏が仕立てた着物を贈られ感激した子建は子丹にも強引に誘われ結局宴席に上がり、楊修と丁儀は苦々しく戻っていった。
いい気分に酔っぱらった子建に子桓は泊っていくよう勧めるが、子建はやはり父母に挨拶にいかねばと千鳥足で退席していった。共に酔っぱらった伯達が馬車を御するが、誤って天子専用通路である司馬門へ着いてしまった。引き返そうとするが子建が酔った勢いで馬車を暴走させ司馬門を通って宮殿へ乱入してしまった!曹操の怒りはまさに怒髪天を突く。司馬門を暴走するなど、不敬罪で死刑は免れない。卞夫人はどうか息子を助けてとすがりつくが、いくら"魏王"の力があろうとも世論が許さない大事件だ…。
子丹はこれで子桓が後継になることは決まりだと祝杯をあげる。遅れてやってきた仲達はそこで初めて子建が酔って司馬門へ突入した事、随伴していたのが兄である事を知り真っ青になり飛んで帰る。二日酔いでまだ寝込んでいる兄を叩き起こし昨晩の事を問い詰めると、子丹の言った通りの重罪を犯したと言い弟らは騒然とする。伯達は自分ではなく子建が馬車を暴走させたのであり、司馬門守衛の崔申がそれを見ているはずだと言う。だが子建は己の身を守るために伯達に罪を擦り付けるおそれがある、崔申に正しい証言をしてもらわねば!
崔申は叔父である崔尚書に昨夜のいきさつを話す。崔尚書は今は誰にも話してはいけないと口止めする。そこへ丁儀がやってきた。そして身内(娘の婿)である子建を助けるために崔申にすべて司馬朗がやったことだと証言させろと脅迫する。

[A] 司馬懿(仲達)
文学掾。子桓の軍師。鋭い洞察力の持ち主。
[B] 曹丕(子桓)
五官中郎将。曹操の長男。後継の座を弟と争っている。
[C] 曹真(子丹)
霊寿亭侯。子桓の従兄弟で腹心の将軍。子桓が仲達を重用していることに半信半疑。
[D] 曹植(子建)
平原侯。曹操の三男。詩や音楽に長け、曹操のお気に入りの息子である。
[E] 楊修(徳祖)
主簿。子建の軍師。知識と野心に溢れた才人。
[F] 丁儀(正礼)
西曹掾(人事部のような役職?)。子建の軍師。片目が悪い障碍者でそのため崔家との縁組が破談になった過去がある。
[G] 司馬朗(伯達)
仲達の兄。楊修の企みで子建に仕えることになる。
[H] 曹操(孟徳)
漢帝を強迫して自らを魏王に封じさせる。漢朝廷の事実上の支配者。
[I] 卞夫人
曹操の妻。子桓、子建の母。彼女だけが曹操を阿瞞と呼ぶ。
[J] 甄宓
子桓の正室だがかつて子建に心寄せていたことから子桓からは冷遇されている。
[K] 郭照
子桓の側室。仲達の妻の義妹。阿照と呼ばれる。
[L] 崔琰(季珪)
尚書。子建の妻の父。
[M] 崔申
公車令(宮殿の護衛を司る)。崔琰の甥。
[N] 荀彧(文若)
尚書令。令君と呼ばれる。曹操の古くからの臣下。
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