町歩き
写真を撮っていいか聞くと、大喜びで店員にポーズをとるように指図していたオジサン。
この町も犬が多い。宿ではスパニエルとチャウチャウが、外に出れば野良か飼い犬か分からないけど、気ままな犬達がじゃれてくる。犬達はたいてい数匹で群れて行動し、昼は眠そうにめいめいの縄張りで横になり、よほどのことがない限り吼えない。クマのようにでかい犬が野良かと思いきや、夕方には飼い主が「散歩綱をつけて」散歩をさせている。この辺りの機微はよくわからない。
さて、プエルトナタレスはパイネを見れば、すぐに次の町に向かう通過点のはずだった。でも前日の疲れた頭でツーリスト会社のお姉ちゃんと噛み合わない会話をし、どうも時刻がおかしいチケットを取ってしまった。
案の定、宿に戻ってフアンに見せたものはロングトレッキング用のもので、この日はバスのキャンセル手続きと予約のし直しで午前中は終わり、翌日のツアーまで一日町をぶらぶらすることになった。
始めは錆付いて見えたナタレスの町も、陽の光が差し人々が行き交うところを見ると活気がある。町並みを眺めながら山脈と言う地理的な隔たりを超えると、こうまで違うものかと思う。荒涼としたAR側パタゴニアに比べると、チリ側は緑が溢れ、牧歌的な雰囲気が漂う。ただ、建物は泥臭さがあり緑や黄色といったくすんだ色彩が目に付く。人々の雰囲気もARのあっけらかんとした感じに比べると素朴で日本人に近い感覚を持っているように思えた。
青果屋でリンゴと良い香のする小ぶりの桃、小さなみかんを2つ買い、くたびれた足を休めるため町の真ん中にある教会で休むことにした。
LILIの家
町で一通りの用事を済ませ、この日の夕食のヨーグルトとパン、そして缶詰の桃がのったケーキを一切れ買って宿に戻った。ここの建物、町外れの民宿でバラックのような外見ながらドミトリーとシングルを備えており、中はきれいに片付けてある家庭的な雰囲気。というか、客引きの彼の家族らしき人が大きなテーブル状のストーブのあるダイニングでくつろいでいる。
案内された部屋は壁がこってりした黄色で、明かりは裸電球が一つ。窓は天井に煙突のようなでっかい穴があり、そこにトタンがかぶせてある。
「2,3日滞在するならこれでいいや」とは思ったものの、前述したようにまずドアが閉まらない。床に敷いてある絨毯がゴリゴリひっかかり、どう頑張っても5㎝ほどの隙間が出来る。開け閉めするには両手で力いっぱい押さなければならない。
そして強烈なのは夜の冷え込みだった。宿の共有空間のリビングは暖房がガンガン焚かれ、半袖短パンでビールを飲んで過ごせる位の暖かさ。しかしドミはじめ個室は寒い。なんせ北半球で言えば北海道よりはるかに北の地域で、ストーブがない部屋とはいかほどのものか想像ができるだろうか。
日記を書くにもベッドで4枚重ねの毛布に包まっていなければ、ガタガタと震えが来る。しかもベッドの真上の「天窓」から隙間風が吹き込んでくる。安いし宿の雰囲気も家庭的でいいのだけど、この部屋はたとえるなら座敷牢。
ところで、この宿で私の面倒を何かと見てくれたのは流暢な英語を話すフアンで、右手首から肘までにタトゥーを入れ、どこかとぼけた印象。ドミの一室に寝泊りしチャウチャウを飼っている。しかし、どうみてもこの家族とは違うようで客引きの兄ちゃんとは友人で居候なのか。ともかく彼にはいろいろとお世話になった。
プエルト・ナタレス
プエルトナタレスはどこか錆付いた雰囲気を持つ町で、とてもここがチリ側パタゴニアのメッカとは思えない。西部劇の風吹きさすぶ中、木製のドアがキイキイ言うのを思い起こさせる風情で、どことなくわびしい。バスを降り、群がる客引きの中から見つけた安宿に向かいながらそんなことを思った。もしかしたら、この町をわびしく見せていたのは、私の気分だったのかもしれない。この町に着いたときは少なからず疲れが出ていた。
あちこち移動続きで、この日カラファテの町を出る早朝、私のいた4人部屋のドミトリーで現金盗難事件があり、警察が来るというちょっとした騒ぎもあった。そして国境の検疫のひと悶着で知らぬ間に気疲れもしていたらしい。
でもせっかくプエルトナタレスを通るのだから、パイネを見ておかなければもったいない。床に敷かれた絨毯が引っかかるドアを無理やり押して閉め、バスを予約するために町に出ることにした。
オタスケマン登場
書類作成はまだ終わらない。途切れ途切れに聞こえてくるキータッチ音と、窓越しにボスが急かす「come on!!」の怒鳴り声。
20分ほどかかって始末書ができあがった。どれほど難しい文書かと思いきや、のぞきこんだそれはパスポート№、氏名、持込物(リンゴ)などの入力箇所だけ太字の定型文。腰掛からずっこけそうになるほどガックリしたけど、苦手なものは仕方がない。少なくとも、一生懸命タイピングする姿を見ればそう思う。
で、気になる罰金。
重量を計る時点で、重量制なのは予想がついた。問題は金額で、指差されたのは後ろの金額表の一番安いCL$10,760、ということは…計算してもCL$のレートはうろ覚えなので日本円で数千円ぐらいかな…?くらいしか分からない。しかもまだ両替をしていないので現地通貨が手元にない。
ためしにアルゼンチンペソを見せると、首を横に振られる。それならと、プエルトナタレスに着いてから両替しようと思っていたUS$20紙幣を出したけど、これもダメ。金額が足りないのか外貨は禁止なのか、理由はわからないけど受け付けてもらえない。押し問答がしばらく続いた。
こうしている間にもバスの発車は遅れ、多くの乗客に迷惑をかけてしまう。苛立つボスが部屋に来、罰金の支払いでてこずっているのを察すると、この先のプエルトナタレスの事務所での支払方法を説明し始めたそのときだった
「Hey!!」
窓から身を乗り出して覗き込むのは、あのオシャベリスペイン人。
いつまでたっても座席に戻らないので様子を見に来たらしい。
私の手にはUS$20紙幣、そして3人の係官。一見して何が起こっているのかわかったらしい、係官と話を始めた。さすがスペイン語同士、話が早い。
「オレが代わりに支払うから、君はオレにそのUS$をくれ」
「Grasias!!」やるじゃん、いいとこあるねオタスケマン!!
オジサン係官が領収書にサインをし、今度はどれを控えてどれを渡すのか分からなくなり、しばしガサガサした後、哀れなリンゴはゴミ箱へ。
「ヨカッタネ」とにっこり笑う若い係官
「マッタク」という表情のボス
そして慣れない作業に疲れた表情のオジサン係官。
大急ぎで2人で大荷物とザックをバスに運び込み、バスは数十分遅れで発車した。
で、後で気づいたこと。CL$10,760はUS$20では足りなかったのだけど、まぁ彼はきっと今でもどこかでオシャベリを続けていることでしょう。そして始末書の私の名前のアルファベット、スペルの順番が入れ替わってました。ほんとに苦手だったんだね…オジサン。
ブラインドタッチ
ことの始まりは国境前に車内で記入した申告書だった。その中に生物の項目があったけどNOにチェックをつけ、さらにカラファテの町で買ったリンゴがまだザックに残っていたのをすっかり忘れていた。それが運悪く見つかったというわけ。
小さな隣室へ通され、向かい合って座る。人は悪くなさそうな眉毛の下がった7:3分けのオジサン係官が早口で説明するスペイン語はさっぱりわからない。質問らしきものをされるけどそれも意味不明。
「パサポルテ」
それだけは聞き取れた。さっき押し込んだポケットから、パスポートを引っ張り出して渡す。さっきまでいた隣の部屋とはドアと窓でつながっており、スピード違反で捕まったドライバーを見るような目でこちらを眺めるバスの乗客たち。
ことの元凶リンゴをキッチンスケールに乗せると、きっかり200g。壁には罰金額の一覧表らしきものがある。
内心これが一番心配だった。トンデモナイ金額だったらカード払いは出来るのか、それを思うと背筋に冷や汗が走る。ここまで節約してきたのもバッパーにありがちな貧乏自慢ではなく、必要に迫られてのケチケチ生活だった。話のネタとしては面白いけど、これは自分の身に今起こっている現実。好奇心と冷や汗両方が交互にやってくる。
一通り説明らしきことを終えてから、書類作成に入った。
・・・遅い。
遅すぎる。
パソコンのモニタを覗くと、人差し指で一つ一つキーを探しながら入力している。しかも慣れていないらしくあちこちのファイルをひっくり返しては真剣に調べている。補助の若い係官がパスポート№を読み上げると、今度はそれについてゆけず、またパチ…パチ…となる。できることなら自分で入力させてほしい。
ヒマをもてあまし、回転する腰掛をくるりと回すと、窓の外は馬が草をはむのどかな風景があった。
検疫
入国スタンプを押した後の検査台前で、ふさふさのヒゲを持つ係官から申告書の記載内容に間違いがないことを確認され、重たいザックを台に載せた。
隣ではボストンバッグが開かれ、私のザックも腕を肩まで入れてゴソゴソと中を探られる。
「そのポケットはさっき見たよ…」
手早く済ませようと一生懸命なのは分かるけど、どうにも要領が悪いオジサン担当官、ザックの上蓋の同じチャックを何度も開け閉めしている。いくら中を調べても洗濯物と日用品しか入っていないんだけどなぁ…と他人事のように眺めているときだった。次の手荷物を調べていた彼の表情が何かに気づいた。
眉を寄せ、への字口の係官の手には
ザックから取り出されたリンゴ。
「リンゴ リンゴね。」
それだったら別にいらないから、後ろのでっかいゴミ箱へどうぞ。
と思っていたら、話はそれほど簡単ではないらしい。
担当していたオジサン係官に従い、隣室へ直行となった。
チリへ
チリのプエルト・ナタレス行きバスは満員で、隣はよくしゃべるスペイン人の男性だった。この男、とにかくよくしゃべる。私が車窓からの眺めを楽しみたいことに気づくと、通路を挟んだ女性にひたすら話しかける。おまけに見せてくれたデジカメの画像は、すべてカメラ目線の笑顔で決めポーズ。
これまでの日記を整理しながら、ザックに残っていた干からびかかったパンを口に放り込み、山に近づくにしたがって増える緑を眺める。やがてアンデスを抜ける辺りでチリへの入国。全員バスから降り、手荷物・大荷物を持ってイミグレーションへ向かった。
機械的なアルゼンチンの出国手続きに比べるとチリは入念さが違い、パスポートチェックの後は荷物の検査がある。大きな台で係官が荷物を開き、手を入れてはゴソゴソと中を探る。60人以上いる乗客乗員全員に対して数人の係官でこれをするのだから、たいした手間になる。
「これは長いな…」
この先のプエルト・ナタレスでの宿探し、今日の晩御飯はまたパンと水か…など時間つぶしと実用を兼ねた考え事はしていたけど、まさか自分が長引かせる張本人になるとは、このときは気づいていなかった。
星空とサンドイッチ
再び起こされ、ガソリンスタンドに着いたのは23時を過ぎていた。このスタンドは見覚えがある、ということはカラファテまであと2時間ほどで着くということ。
給油はなく、中の売店で夕食をとる。いつ買った物なのか、車内にはクラッカーがあるのに気づいた。車を降りると外気の冷えに軽く身震いする。スタンドの照明はあるものの頭上には満天の星が散らばり、オリオンが見えた。
紙カップに入れた熱いコーヒーと、チーズを挟んだボソボソのパンはターコイズブルーのセーターを着たセニョーラがレンジで温めてくれた。食欲はないけどせっかくなので全部食べる。そして最後の一っ走り。ヘッドライトの向きが下がるのを直しながらカラファテまで一気に進んだ。
真っ暗な荒地の中に明々とオレンジ色に浮き上がるカラファテの町。
時刻はすでに深夜の1時をまわり、町の入り口の検問でマルチェロはしつこい質問を受け、身分証を提示している。
19時間に及ぶ往復1,000kmのドライブはようやくスタート地点に戻った。この日の宿まで送ってもらい、まるで保護者のようだったマルチェロとはここでお別れ。握手しようと思ったらここはアルゼンチン、ベシートで締めくくりとなった。
「明日はチリかぁ。」
そんなことを考えつつ、抜き足でドミの2階ベッドに上がったあとの記憶はない。
写真だけの夕暮れ
写真だけ残っている夕焼けの地平線。寝ぼけてたからよく覚えてない…。もっと見とけばよかった。
広漠とした空と大地の広がりはすばらしいのだけど、この先まだ6,7時間はこの眺めが続く。途中からは真っ暗になるだろう、疲れが出てどうにも眠くなってきた。
マルチェロの運転にも疲れが出ている、わだちに足を取られることが往路よりも多い。自分だけ休むのは悪い気がしたけど、「寝てていいぞ」という言葉に甘え、ヤッケを被りシートを倒し体をもたせかけた。
何時間眠ったのだろう、目が覚めたのは圧倒的な夕焼け空の真っ只中だった(と思う)。
「起きろ、Yuki!! 見ろ!!すごい夕焼けだぞ!」
「…?…??」
せっかく起こしてくれたのに、私は低血圧人間(上88下48)。目は開けたもののこの壮大な夕焼けは、部分的にしか覚えていない…。





