切り抜き遊び
- 中林ういさんの本は楽しくてよく見ます。私が持っているのはこの1冊。紙や身近な素材を使って、誰でも目にする生活の中の何かを再現するのが魔法のようで、子供のころに夢中だった「できるかな」のワクワクした気持ちが大人になった今でもムクムクと湧いてきます。
- Paper×Paper―uiの紙工作/中林 うい
さて、そんな12月もクリスマスまであと2日。部屋の飾りを作ってみようかとページをパラパラとめくり、図案は本からお借りして、ちょっと手を加えて仕上げてみました、オーナメント。
材料
◆厚紙(その辺にある厚紙でOK。紙袋の底にしいてあるものくらいの厚み)
◆好きな色の絵の具、できればアクリル絵の具
◆カーボン紙(なければ適当な紙の裏面に、2B以上の鉛筆で一面真っ黒に塗る)
◆トレーシングペーパーか薄い紙
◆カッター
①厚紙に好きな色で好きなように両面に塗ります。絵の具は濃い目に、2色くらい使って筆の跡や気泡、ムラを出すと意外で面白い効果が出ます。心の趣くままに筆を動かしましょう。このとき絵の具はなるべくアクリルを使うこと。水彩でも出来るけど、剥落や摩擦、水に弱いので。
②本から図案を写し取り、カーボン紙で①の紙に転写。せっかくなので有効にスペースを使えるように、うまく組み合わせて。
③それでは本番。カッターで切ります。紙の厚さにもよるけど、同じ方向ずつ切ったほうが楽。いちばん楽しい作業。個人的にはカッター版はA6サイズの小型のものが小回りがきいて扱いやすいです。
同じく本から借りた図案で作った葉っぱのオーナメント。
街角で
不規則でラフなつくりの石段を下り、海側のメインストリートへと歩く。通り沿いはこれでもかとペンギングッズが並び、ためしに品揃えの良さそうな店入るとマネキンならぬペンギンがこれまたペンギンのTシャツやトレーナーを着ている。棚をみればそこにも、本棚から絵葉書まで。
ここまでペンギン尽くしだとそれ以外の物を選びたくなるけれど、家族や友人たちが喜びそうな絵ハガキを選び、あわせてパタゴニアと南極半島の自然に関する内容がスペイン語と英語で書かれた本を買った。
実は私は痛恨のミスをしていた。今回の旅は本を忘れてきてしまった。活字中毒と言うか、枕元にかばんに本がないと落ち着かない自分なのに。活字禁断症状はこのときピークに達し、この際なのでスペイン語だろうが英語だろうが、本の体裁ならなんでもいいと買うことにした次第。ちなみにこの本はカラー写真が豊富で拾い読みならなんとか読める。水がかかるとページがくっ付いてしまうのがたまにキズだけど、今でも何かを調べたりするときに重宝している。
郵便局で他のツーリストに混じってせっせと手紙を書き、その足で街をぶらつく。探しているうまそうなパン屋はどこにも見当たらず、町外れの刑務所近くに小さなサンドイッチ屋があるくらい。もう一本海沿いへ道をずらすと、洒落たレストランがあり、窓越しに見えるパンがとてもうまそうなので、そこに入ることにした。
チーズとパンとハムの盛り合わせを注文して、ノートにこれまでの旅の前半を振り返りながら、いつものように思いついたことをつらつらと書き留め始めた。
◆チリからの南極観光船が沈没。幸いにも死者なし。
◆時々すっかり忘れていたロシア語をひょいと思い出す
◆プンタ・アレーナスのホテルの部屋には、「何か」が居た。
◆おいしいジャムを食べたい
◆5大陸で南極へ最前線へ来た。あと1,000km
◆ここのパン、美味しい。
「SMOKE LINE 風の河を辿って」
東京へ出る切符が手に入ったので、見たかった銀座のギャラリーを見てきました。「SMOKE LINE 風の河を辿って」 写真家の津田直さんの個展です。モンゴル、モロッコ、中国を巡って撮影した作品には静謐な空間と作者の言う世界をつなぐ風が流れるような風景写真。自分が持つ「世界観」とは違うとなんだか反発を感じながらも、その美しさに目を奪われたひと時でした。
ところで、自然自然と世の中は言うけれど、私は人間も自然の一部だと思うのです。人間という生き物として滅びたくなければ、他の生き物とどうやって共存していくかが今騒がれている「自然保護」のつきつめた答えではないのかな…と。それは生き物として当然の本能なので、その中で充実した日々を過ごせたらと思いつつ、東京の街見物を楽しみ、クリスマスプレゼントの材料を揃え、以前勤めていた都心の人の多さに改めてびっくりし、人間と「自然」と目の前の小さな楽しみの間で考えが目くるめく回り帰ってきたのでした。
※画像は資生堂ギャラリーHPよりお借りしました。
札幌観光
航空券が安いうちにと、北海道に帰省していました。私の旅は秋冬が多かったのですが、それはどれも同じ理由、航空券が安いから。
ところが数日前から引いていた風邪を仕事でこじらせ、症状MAXのタイミングで出発。空港行きと東京駅行きのバスを乗り間違え、発熱となみだ目、鼻水とひどい咳で搭乗し(はた迷惑な客)、具合が悪いのでとっとと千歳について休もうと思いきや、よりによって気流が悪く苫小牧手前の海上で飛行機はクルクルと旋回をし、ヘロヘロになって実家に帰ったのでした。
結果、日程のうち2/3は風邪でダウンし友達にも懐かしい方にも会えず、ラスト2日でスパートかけて「札幌観光」してきました。
たった2年離れた間に全体的な雰囲気が少し変わった気がする札幌の街。前よりも北国らしさを意識した街づくりをしているように見えて、歩いてて楽しかったです。本州に住んでこの街を新鮮なというか、客観的に眺めることができるようになったのが一粒で二度おいしいというか、思った以上に楽しめました。
さて、その内容はといえば、見たかったのは札幌市資料館(旧控訴院)の「おおば比呂司記念室」。20周年ということで、資料館のギャラリー全室を使って、大々的に作品を展示していました。北海道ゆかりのおおば比呂司の作品には、私はどこかで目にしてから無意識に影響を受けていて(わかさいものイラストかな?)、このギャラリーが無料ということもあり、ふらーっと行ってはこのイラストレータの作品を眺めていました。旅と飛行機が大好きで、輪転機とあだながつくほど精力的に絵を描くかげで、たくさんの努力をしていたそうです。
思えば大枚はたいて美術系の学校に進学させてくれたのに、毎日デッサンデッサン、油彩の課題画で絵を描きたいよりも課題をこなすのに必死で、「絵を描くのが好き」を忘れて何も考えずに惰性で過ごしていた学生時代。今はあのときの地獄の練習が役に立っているけど、もっと描くことについて考えていればもっと上達していい作品を作ることができたのでは…と自分の実力を棚にあげて考えたり。大切なのは頭ではなくて「感じる」ことと「続ける」ことなんですけどね。
さて、このほかにもあちこち観光客気分でめぐり、時計台前の北海道カフェ
で十勝牛バーガーに舌鼓を打ち、赤レンガ(旧北海道庁庁舎)で開拓の民の歴史に思いを馳せ、豊かでダイナミックな自然と骨太な建物、そしてゆったりとした人たち。太陽光線の高さの違いや、外に出たときの空気の緊張した冷え込み、充電満タンで帰ってきたのでした。
充電
航空券が安いうちにと、北海道の実家へ帰省してきたのですが、日程の2/3はしつこい風邪でどこも行けず。布団の中でひたすら漫画を読む日々でした。その漫画というのが「のだめカンタービレ」なのですが、1~21巻まで一気読みし、曲こそわからないものの「表現するってこういうことか」と笑いつつ自分なりに共感させてもらいました。マンガって久しく読んでなかったけど、面白い。
というわけで2日間でスパートをかけて地元札幌観光をしてきました。
朝
ロールカーテンを通ってくる朝陽で目が覚め、天井の眺めでここはどこだか一瞬考えた後、昨夜ウシュアイアに着いたことを思い出した。枕元の水を飲み、しばらく何をするでもなくボーっとしてから熱いシャワーを浴び1階の食堂へ下りる。
広々としたキッチン付の食堂にはフランスパンと飲み物、ジャムやバターが並べられており、熱いコーヒーを汲んでパンを載せた皿を持ち、大きな窓から町を眺めながら食事を取った。アルゼンチンで食べた中でこのパンは一番おいしく感じ、もうひとつかみバスケットから失敬して部屋に戻る。
窓際に立ち、腕を上にあげて伸びをしながら街と屋根屋根の向こうの海を眺め、「ここまで来たんだ」という感慨がこみ上げてきた。
約2週間あちこち寄り道をしては見物をしていたためずいぶん時間がかかってしまった。欲を言えばまだまだ時間はほしかったけど、それはまたいつかの楽しみとしておいて、南の果ての町ウシュアイアというよりも「ようやくスタート地点に着いた」という気持ちがジワジワと強くなる。ほっと安心して気が抜けたような、ワクワクするような、旅の前半が一段楽したんだと胸にストンと何かが落ちたような気分。
さて、ここから南極半島の突端まではあと1,000km、出港は明後日の夕方。それまではまだ時間がある。この日やるべきことはいくつかあった。
●日本の家族や友人にハガキを出すこと
●当面の食料を買うこと
●電池の充電
●洗濯
●このうまいパンを売っている店を探す
身支度を済ませ、町に繰り出す。
一休み
床にどさりと重たい荷物を下ろす。
なんせ途中で拾った小石はどんどん増え、数キロになっていた。それでも石集めはやめられない。土産として、これほど面白いものはないと思う。そして石と地質学が好きな旦那に見せたいこと、昔から続けている趣味なのだから。
この宿を紹介してくれたバッパー宿を出た後、場所を示した地図を片手に小雨がぱらつく中をうろうろ歩き、町を少し見下ろすドミトリー宿についた。受付では連絡を受けて待っていたお姉ちゃんが英語で丁寧な対応をしてくれて、宿自体がとても新しい。部屋についていの一番に靴下を脱ぎ、裸足であるくと床はセントラルヒーティングなのか暖かい。熱いシャワーが豊かに出る。
どうもこの部屋を使うのは私が初めての客のようで、5つあるベッドにはビニールカバーがかかっていた。ほかに宿泊客もいないので、好きな場所に寝床を決め、別のベッドからもう一枚掛け布団を持ってきて2重にする。
鍵はフロントで預かっているため、部屋の入り口のドアの前に、空のペットボトル2本を置き、「ここまで来ればもう安心」と早々と眠りについた。
ウシュアイア
懐かしい針葉樹林の山中をぐにゃぐにゃと進み、ウシュアイアに着いたのは夜中も21時を過ぎた頃だった。
薄明るい夜のためか町は全体がブルーがかっており、海沿いからすぐに勾配のきつい坂道が山の方にむかって続く。
「さて、今日の宿は…」とバスの中で妄想を膨らませてはいたものの、群がってくるはずの客引きはわずか数人、条件にあうものもない。
人の多そうな市街へ足を向け、重い荷物を背負いながらよたよたと坂道を上る。海岸と平行してメインストリートはみやげ物屋が軒を連ね、どの店の店頭にもペンギンが飾ってある。薄暗くて良く見えない中を手当たり次第当たってみることにしたが、一軒目通りに面した3ツ星ホテル。シングル・ダブル・トリプル全て満室。2軒目、満室…
薄暗かった町がどんどん暗くなり始め、人通りも減りつつある。南の果ての観光地をなめていた。
想像していたより宿は少なく、中心部から少し離れたバッパー宿の扉をダメもとで押した。先客の対応と電話応対で忙しそうなフロントで順番待ちをする。
「思えば遠くへ来たもんだ」なんて旅情に浸る余裕もなく、逆さまの地球儀を眺めていると急に喉が渇いてきた。考えてみれば、バスに乗ってコーヒーを飲んで以来、水分を取っていない。もともと私は水分がなくても気にならないほうで、高校時代に脱水症状でぶっ倒れて以来、水分をこまめ摂るように言われていたのを思い出した。
ようやくアラブ系の男性の手続きが終わり、応えは予想通りの「Full」、首を横に振られる。
しかし順番待ちの間、ガブガブ水を飲む私をよほどのアホかと思ったのか、親切なフロントの兄ちゃんは忙しそうな中2,3軒電話をし、あいているバッパー宿を紹介してくれ、この日の宿はなんとか決まった。
野を超え山を越え
バスは鬱々とした大平原を走る。広々というよりは曇天のためどうにも重苦しく、時折太陽の光が差すと気持ちに余裕が出た。
やがてアルゼンチン国境へ入り、ヨーロッパ風の建物の中で長蛇の列の手続きが始まる。肩の力の抜けたキャラクターに鮮やかなブルー。このあっけらかんとした雰囲気はどこから来るのか不思議になるくらい国柄はチリと異なる。
さて、パスポートの中の私はOLとして働いていた頃の化粧姿。ところが、係官の前にいるのは化粧ッ気はなく、髪型もワイルドになりつつある。さらに国内にいても年齢不詳なのに、他の国の人から見たらいったい何歳に見えているのか、何度も何度も顔写真と見比べられた。
時刻は15時をまわり、バスは再び走り出す。
うんざりするほど長い時間。それでも平原を眺めるのは楽しい。湿地のようなところには谷地坊主があり、見たことのない嘴を持つ水鳥や、フラミンゴが水溜りに集まっている。
夕方、リオ・ガジェゴスの街で給油をし、さらに進む。もう考えることもなくなり、ずるずると姿勢を変えながら眠りにつき、目が覚めた頃には針葉樹林の中を走っていた。








