こんにちは~
出雲大社の系列の神社の巫女を経まして。
教派神道の神職の資格を習得した占い師、白川葵です
本日もお忙しいところ、ご訪問ありがとうございます。
初めての方も、よろしくお願い致します。
「古事記」や「日本書紀」がつくられたのには、
アマテラスを先祖神とする
皇室の日本支配を正当化するという
政治的な目的がありました。
そして、
アマテラスは太陽神ですが、
弟のツクヨミ(月読)は月の神です
アマテラスとツクヨミは、
ほぼ同時に生まれていて、
黄泉比良坂(よもつひらさか)から、
逃げ帰ったイザナギが禊をしたときに、
ツクヨミは右目から
アマテラスは左目から誕生しています
(鼻からはスサノオが生まれています)
誕生したツクヨミは、
イザナギの命で夜の世界を治めるようになったと
「古事記」に記述があり、
これを補足する形で、
「日本書紀」には、
ツクヨミが食物の神を斬り殺したことが、
アマテラスに知られ、
ツクヨミと
別居したので、
世界に昼と夜が出来たと、
記述されています
しかし、
ツクヨミの記述はここで、
終わりなのです
アマテラスの弟であれば、
「古事記」や「日本書紀」に、
もっと登場しても良いはずなのに、
この話し以降、
ツクヨミが「日本書紀」に登場するのは、
したときだけです。
「古事記」においては、
初登場以降、
名前すら出てこないのです
これは、
とても不思議なことで、
古代の暦は、
月の運行で定められた
太陰歴を採用していて、
月の動きを読むことは
季節の巡りを知って、
農作業を行うために、
とても重要でした。
それなのに、
記紀では、
月の神の存在感が薄く、
ツクヨミへの信仰は、
高まりませんでした
現在でも少なく、一説では、
わずか85社とされています)
なぜ、
ツクヨミの存在感がここまで、
薄いのかなのですが
「古事記」や「日本書紀」の
編纂を命じたのが、
天武(てんむ)天皇だったことを考えると
この謎は、
より深まってしまうのです
天武天皇は、
672年に起きた壬申(じんしん)の乱で、
大友皇子を倒したことにより、
朝廷を支配するようになりましたが、
実は、
天武天皇は、
占星術に優れていて、
「占星台」という天文台を設置していました。
そして、
星や月の動きから、
星や月と特別な繋がりを持っており、
この天皇自身が
呪術の基礎を作り上げた
「呪術師」だったのです
壬申の乱に勝利したのも、
天武天皇が
「式(ちょく)」という占いを
用いたからと伝えられています。
そのように、
月と特別に繋がっていた
天武天皇が
編纂を命じた「古事記」や「日本書紀」で、
ツクヨミの存在感が薄いのは、
どう考えても
謎なのです
その理由を推測してみると、
ツクヨミが、
後の権力者によって存在を
抹消された可能性です
天武天皇の死から
五代の間は、
直系の子孫が
皇位に就いていましたが、
六代目の天皇は、
天智天皇直系の光仁(こうにん)天皇です。
これは、
長年奪われていた権力の
奪環を意味します。
光仁天皇の息子である
桓武天皇は、
794年に、
平安京に遷都していますが
その理由の一つは
天武系の勢力から
朝廷を引き離すためであったと
いわれています。
権力を取り戻した、
天智系の勢力は、
前権力を否定するために、
天武天皇と深い繋がりがあった
月の神の存在を薄くすることで
天武系の勢力を弱めようと、
記紀からツクヨミの記述の多くを
消した可能性も考えられるのです
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神社の参拝法についての記事です。
いわゆる「ニ拝・ニ拍手・一拝」のやり方と「拝」と「礼」の違い
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