地下鉄の銀座線渋谷行きに乗り込んだ大輔のD-ターミナルに、4通目のメールが届いた。
肩のチビモンがそっとのぞきこむ中、大輔は真剣な表情でD-ターミナルを開いた。
ぎりぎりの所でゆりかもめに駆け込んだ大輔に届いた3通目のメールはこうだった。
『新橋駅で 17:42発の 銀座線 渋谷行きに 乗り換えて下さい』
新橋での乗り換えには9分あった。早足で移動して、指示された電車に乗り換える。
メールの主は誰なのか。自分達はどこに誘導されているのか。考えても答えは出そうになかった。
そこで届いた4通目はこうだった。
『渋谷駅で 18:00発の 地下鉄に 乗り換えて下さい』
「また乗り換えかよ……こづかいもつかなぁ」
大輔は自分の財布の中身を思い出して、ぼやいた。元々今日は学校に行って帰るだけのつもりだったのだ。お台場から渋谷に行くだけでも金額のほとんどを削られていた。
「だいすけ~、こんどは どんな でんしゃに のるんだ?」
チビモンが他に聞こえないように小声で聞く。
「え? それは……」
大輔はメールを見直した。
そして気づいた。
「このメール、3通目の時と微妙に違うぞ!」
急いで3通目を開いて確認する。
思ったとおりだった。3通目は発車時間に加えて路線と方面の細かな指示が出ていた。
それなのに、今回の4通目は『地下鉄』としか書いていない。何線なのかも、どこ方面なのかも書いていなかった。
「どういう事だ……?」
大輔の疑問に、チビモンも首をかしげる。
2人が考えている間にも、電車は渋谷に向かって走り続けていた。
17時56分。
大輔達の乗った電車は渋谷駅の地下のホームに滑り込んだ。
「なあ、ここも『ちかてつ』じゃないのか?」
「そうだけど……」
大輔達の乗ってきたこの電車自体、「渋谷駅の地下鉄」である。
だが、電光掲示板を見ても18時発の電車はなかった。
迷っている間に、大輔達は人波に押されて地上の改札へと追いやられていった。
どうすればいい?
大輔は焦って辺りを見回した。
ゴーグルをつけた少年が視界を横切ったのはその時だった。
「太一さん!?」
思わず先輩の名前を呼びながら、その姿を目で追う。
しかしそれは大輔の先輩ではなかった。大輔と同じ年頃だ。後ろ向きに被った帽子の上に、四角いゴーグルをつけている。
少年は携帯を握りしめて、どこかへと一心不乱に走っていた。
「まさか、あいつもメールを?」
証拠はなかった。ただ、自分が大事な先輩にもらったものと似たものをつけていただけ。
なのに、必死にどこかへ行こうとしている姿を見て、「自分と同じだ」と確信したのだ。
「チビモン、しっかりつかまってろよ!」
肩の相棒に声をかけて、大輔は人ごみを抜け出し、少年を追って走る。
少年の走る先には、ドアの閉まりかけたエレベーター。
少年は一足先に、エレベーターに向かって跳んだ。
「負けるかっ!」
大輔も続いてエレベーターに跳んだ。しかし、大輔が通れる隙間はもうない。
「まかせて!」
チビモンが大輔の肩を踏み台に跳んだ。
「《ホップアタック》!」
その勢いで、閉まりかけたドアに斜めに体当たりする。
ドアが押されて、人ひとり通れる活路が開いた。
そこに大輔が転がり込む。
「ふう~。助かったぜ、チ……」
言いかけて、慌ててチビモンをつかんで背中に隠した。
エレベーターに乗っていた他の二人が大輔達をじっと見ていた。
片方はさっきのゴーグルの少年。もう一人は青いバンダナの、同い年ぐらいの少年だった。
「あ、あはは。ドアが閉まりそうでついぬいぐるみ投げちゃったよ~。は、はは……」
大輔は適当に言い訳しながら引きつった笑い声を出す。
それを聞いて、バンダナの少年は興味を失ったように視線を外した。
―――
「ん?」
渋谷駅を歩いていた少年が、ふと立ち止まって辺りを見回した。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
横にいた少女も足を止める。
少年は青いヘアバンドをつけていて、現在中学2年生。名前を八神太一という。
少女は太一の妹で小学5年生のヒカリ。桃色のノースリーブとセットのアームカバーをしている。
太一はヒカリに顔を向けた。
「いや、今大輔に名前を呼ばれた気がして」
「今日は大輔くん達はデジタルワールドに行ってるはずよ」
ヒカリの言葉に、太一も考え込みながらうなずく。
「だよなあ。俺の気のせいかな」
そう言ってまた歩き出そうとする。
そこに走ってきた少年がぶつかった。
「っ! 危ないな」
太一が文句を言う。
少年は帽子の下から一瞬太一を見たが、謝りもせずにまた駆けだしていった。
「何なんだよあいつ。ヒカリは怪我ないか?」
太一が顔をしかめて、妹の方を見る。
「ヒカリ? おい、大丈夫か!?」
ヒカリは青白い顔をして、震えながら太一の背後を見つめていた。
「あの子、怖い……」
絞り出すような声でつぶやく。
「あの子って……」
太一は自分の背後を振り返る。
自分にぶつかってきた少年は、もう人ごみに隠れて見えなくなっていた。
―――
ゴーグルの少年が座り込んだまま、自分の携帯を大輔に見せた。
「お前もメールもらったのか?」
「ああ、まあな」
大輔も自分のD-ターミナルを見せた。
しかしゴーグルの少年はきょとんとした表情でD-ターミナルを見ている。
「何それ、ゲーム機?」
今度は大輔がきょとんとする番だった。
「何って、D-ターミナルに決まってるだろ。お台場の子どもならみんな持ってるぜ。持ってなくても、名前くらいは聞いた事あるだろ?」
そう言うが、少年は首を横に振る。D-ターミナルの名前くらいは常識のはずなのだが。
話しこんでいた2人は、エレベーターがとうに「B1」を過ぎている事に気づかなかった。
衝撃と共に、エレベーターが止まった。大輔がよろめく。
話を中断して外を見ると、開いたドアの向こうに巨大なターミナルが広がっていた。
放射状に広がった線路。それぞれのホームに列車が止まっている。そこで何人もの子ども達が列車に乗り込んだり、乗るのをためらったりしていた。
だが、大輔が目を留めたのは列車の先頭だった。それぞれ独特なデザインの汽車が並んでいる。目があり、口のような部分があり、まるで……デジモンのようだった。
「チビモン、あの列車みたいなの見たことあるか?」
「ううん、はじめてみた」
一応聞いてみるが、チビモンも知らないらしい。大輔はデジモン?のデータを見ようとデジヴァイスに手を伸ばした。
しかし、そこで時計が6時ちょうどを差した。
列車のドアが次々と閉まり、発車しようとする。気づけば、バンダナの少年もいなくなっていた。
「だーっ! 列車の正体は後だ、行くぞ!」
大輔は横にいたゴーグルの少年の肩を叩いて、走り出した。なぜ彼に構ったのかは分からないが、さっき感じた親近感がそうさせたのかもしれなかった。
大輔の声にはっとしたように、少年も後を追ってきた。
大輔が先に列車の最後尾に飛び乗る。
「つかまれ!」
差しだした手を少年がつかんだ。
大輔と少年が床に足をつけた所で、列車はトンネルの中に入っていった。
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リアルの方が一区切りついたせいか、執筆スピードが我ながらおかしい(苦笑)
これかくためだけに時刻表を調べた私を誰か褒めて←