この小説は、以下の短編を増補改訂(具体的には「三」を追加)し、「デジモンノベルコンペティション」に応募したものです。
お正月特別編 おやつの恨み | 星流の二番目のたな (ameblo.jp)
全てはおやつのために | 星流の二番目のたな (ameblo.jp)
―――――
一
目を覚ました瞬間、あたしは跳ね起きた。
あたしは知らない河原に倒れてた。小石の上に寝てたせいで、体が痛い。絶対あざできてるやつじゃん、これぇ。
唇を尖らせながら、右腕を見て。
「うぇ⁉」
腕にバカでっかいピンクの籠手がついてるのに気づいた。二本のひづめもついている。それが左腕にも、右足にも左足にもっ⁉
嫌な予感がして、川に駆け寄り水面をのぞく。
そこには、バカみたいに大きなブタの着ぐるみを着たあたしが映っていた。
「な、なにこれ⁉ ダサい! くっそダサい!」
どピンクだし、ブタの顔は傷だらけだし、何か変なお札も張り付いてるし⁉ しかもこの鎧、引っ張っても外せないんだけど!
そこでやっと、あたしをこんな目に遭わせた奴を思い出す。
勢いよく立ち上がって、空に向かって叫ぶ。
「オファニモンのバカぁっっ! 地上界に落とされた上にこのカッコ何なの⁉ あたしがオファニモンのプリンつまみ食いしたからって、そんな怒ることないじゃん! あたしだって、地上界イチおいしいデスメラモン亭のプリン食べたかったんだもん! 天界に届けられる分はオファニモンしか食べれないっていう時点でおかしいし! そんなに食い意地張ってると、その内ぷくぷくに太っちゃうんだから! オファニモンのケチ! でーべそーっ‼」
って、言ってる間に空から何か降ってきた。あたしの背丈くらいある、先の尖ったクリスタル!
あたしの周りに、それがザクザクと突き刺さる。あたしは「きをつけ」の姿勢になって、その中心でガタガタ震える。
『誰がでべそですって?』
天から降ってくる雷のような声に、あたしは肩をすくめて答える。
「じょ、じょーだんですぅ。オファニモン様は、天界イチ美しい天使様ですぅ」
短気天使め、むき出しのお腹冷やして腹痛になっちゃえっ! ……って言うのは心の中だけにする。
咳払いの後、改めてオファニモンの穏やかな声が降ってくる。
『貴方の悪行をすすぐため、試練を与えます。修行の旅をしている僧に会い、その者が天界に至るのを手助けしなさい。その者と天界にたどり着いたあかつきには、貴方を元の姿に戻し、再び天界に住まわせましょう』
うわ、めんどくさ。
ってのは心の中にしまっておいて、あたしは無邪気な笑顔を空に向ける。
「えっと、そのお坊さんってなんて名前で、どこに行けば会えるんですかぁ?」
『川下の村を目指しなさい。会えばその者と分かるでしょう』
なんて雑な説明だ。名前くらい教えろ。これも嫌がらせ……じゃない、修行だっていうのか。
あたしは仕方なく、ダサい鎧をうるさく鳴らしながら、川下に向かって歩き出した。
お、おなかすいた……。
川沿いに歩いて三日。まだ村は見つからない。
ずっと天界にいたあたしは、地上界のどれが食べられるのか分からない。色んな草や葉っぱを食べてみたけど、全部まずくて食べられない。
川の水を飲んで飢えをごまかしていたけど、もうムリ。川がそうめんに、太陽が目玉焼きに見えてくる。
と、行く先の方からいい匂いが漂ってきた。
これは、私も知っている。肉リンゴの焼ける匂い!
天界に捧げられる食べ物でも一番ポピュラーな食べ物。しかもこの匂いは、あたしの好きなショウガ焼き!
がぜん気合いが入った。ふらふらしてた体の中から、エネルギーが炎のように沸きだす。
鼻息荒く走り、滝に飛び込み、渦巻く川を泳いで下る。
川のほとりにたき火と肉リンゴが見えた。
川から這い上がり、体から水蒸気を上げながら歩み寄る。
たき火の横にいた馬デジモンが、がばっと跳ね起きた。白くて額に角のあるデジモンだ。
「な、なんですか⁉」
「にぃくリィンゴぉぉぉ‼」
あたしは馬デジモンを尻目に、こんがり焼けた肉リンゴをつかみ、かぶりついた。舌に、あまじょっぱい肉汁が広がる。
「やめてください! 僕達のお昼ごはんですよ⁉」
「うるさい!」
「ひゃん!」
しがみついてくる馬デジモンを払いのける。今のあたしを止められる奴なんて誰も――。
「喝(かああああっつ)!」
脳天に一撃。くらくらして、あたしは地面にぶっ倒れる。すぐさま、のどに何かを突き付けられた。
「よぉ馬、無事みたいだな」
不良っぽい口調の声に、馬デジモンが答えるのが聞こえる。
「肉リンゴをほとんど食べられたの以外は、ですけどね……。あと、何度も言ってるんですけど馬じゃなくてユニモンって呼んでください」
「おう、馬」
そんな会話を聞いているうちに、あたしの頭と視界もはっきりしてきた。
あたしに長い武器を突き付けている猿デジモンがいる。顔いかついし、黒ジャケットなんか着てるし、いかにも不良って感じ。
「さて、この野生のブタどうするか」
カチン。
「野生でもないしブタでもないからっ! あたしは元々プリティーな天使デジモンなの! ちょっとトチって天界から落とされて、こんなカッコになってるだけなの!」
「……さっき殴ったせいで頭がおかしくなったか」
猿が哀れみの目であたしを見てくる。本当に純粋に正直に真実なんだけど⁉
そこに、優しい声が聞こえてきた。
「ゴクウモン、離してあげなさい。施しも善行の一つですよ」
「へーへー、サンゾモン様のゆー通り」
猿が不満そうにあたしから武器を離した。
白い着物を着た人型デジモンが歩いてきた。金色の袈裟をたくし上げて、肉リンゴを大量に抱えてきている。
パンパカパーン、パパパ、パンパカパーン!
突然あたしの頭のブタからファンファーレが響いた。全員がビクッと反応する。
ブタの鼻からポンっと筒状の紙が出てくる。広げてみると、オファニモンの字が書かれている。
『おめでとう、目の前にいるのが貴方の探していた僧です。その者が天界に至るのを手助けしなさい。
追伸:村に着く前に出会えたのは予想外でした。貴方の食欲も役に立つ時があるのですね』
うわー、この追伸の文章、オファニモンの奴まだプリンのこと根に持ってるっぽい。
「どうかしたんですか?」
馬に聞かれて、あたしはそうっと手を挙げる。
「あの、みなさんに確認したいんですけど、もしかして、天界目指してたりします?」
猿と馬が微妙そうな顔で、僧が満面の笑みで頷く。
「天界には悟りを開くための経典があると聞いています。それを手に入れるために旅をしているのです」
プリン食べられただけでキレる大天使様がいるところだけどね。
「俺は暴れた罰を帳消しにしてくれって言いに行きたいだけだけどな。このままだと罪重すぎて転生できないらしいから」
猿が面倒くさそうに頭を掻く。どんだけ悪いことしたのよ、あんた。
「僕は迷子で行くところないのでなんとなくついてきてます」
馬はそう言ってあくびをした。
……あたしが言うのもなんだけど、見てて不安になる御一行様だわ。
あたしは咳払いをして、改めて話す。
「そーゆーことなら、あたしが天界まで案内してあげる。さっきこの猿には言ったけど、あたし天界の天使だから☆」
「わー、うさんくせー」
あたしのとっておきの笑顔に、猿が白けた目を向けてくる。馬はあたしを見て「おなかすいたなー」とつぶやいている。あたしは食べ物じゃない。
そんなふたりと違って、僧はキラキラした笑顔でうんうんと頷いた。
「ありがとうございます! 貴方のような澄んだ目の素直な方なら信用できます!」
僧があたしのひづめを手に取って、幸せそうに微笑む。ちょっと、天使のあたしでも不安になる純粋さだ。
彼らを引率して天界に戻るのは簡単じゃなさそうだ。……でも、厳しい天界で暮らすより楽しいかも。
あたしはこのヘンテコ御一行様に興味が湧きだしていた。
二
サンゾモン御一行様に会ってしばらく。まだ天界は見えない。
道行く人に聞いたら、天界までは徒歩であと二か月もかかるらしい。
まったくオファニモンってば、どんだけ遠くまで飛ばしてるのよ!
「ああ、早く元のプリティーな天使デジモンに戻って、思う存分天界のごちそうを食べたーい」
あたしの心からの願いを、ゴクウモンがせせら笑った。
「一番食い意地張ってるお前が、『プリティーな天使デジモン』とは思えねえな」
「むうう、そんなこと言って、あたしが元の姿に戻った時に、美しさで目が潰れても知らないんだからね!」
あたしは思いっきり舌を出してやった。
あたし達の後ろをポクポク歩いているユニモンが、ため息をついた。
「二人とも、口喧嘩ばかりしていないで、まじめにサンゾモン様を警護してください」
この発言には、あたしもゴクウモンも眉根を寄せてユニモンの顔を見る。
「いやお前こそ、盗賊に襲われると、すーぐ逃げるじゃねえか」
「そうそう、あたしに会った時も、ずっとビビってたじゃない」
当のユニモンは、悪びれもせずに小首を傾げる。
「僕の役目は、戦うことじゃなくて、サンゾモン様を安全にお運びすることですから。普段はこうしてサンゾモン様を乗せて歩いて、戦いの時には安全な場所までお連れしてるんですよ」
よくもまあ、もっともらしい言い訳ができること。
あたしが更に言おうとすると、ユニモンの背でサンゾモンが和やかに口を開く。
「そこまでですよ、チョ・ハッカイモン。ユニモンはユニモンにできることを精一杯やっているのです。デジモンには誰しもそれぞれの役割があるということです」
サンゾモンの「ザ・無邪気」な発言に、あたしは若干の不満を覚えながらも引き下がる。サンゾモンみたいに何でもプラスに考えられたら気楽だろうけどさあ。
と、サンゾモンが背筋を伸ばし、道の先に目をこらした。
「皆さん、茶屋が見えてきました。一休みできそうですよ」
その言葉に、全員の目が輝く。あたしはみたらし団子の匂いでもしないかと鼻をひくつかせる。
微かな甘い匂いがする。でも、みたらしじゃない。これは、この少し焦げた甘ったるいカラメルの匂いは――。
「ま、まさか!」
あたしはみんなを置いて全速力で駆けだした。坂を越え、茶屋の前で転げるように止まる。
茶屋に架けられたのれんに書かれた屋号は、「デスメラモン亭」。
あたしはその字に釘付けになった。
「一体どうしたんですか、急に」
慌てて追いかけてきたユニモンが、息を上げながら聞いてくる。
あたしは我に返って叫んだ。
「かの有名なデスメラモン亭よ! 地上界のみならず天界の天使達の心までとろかす、メラメラプリンのお店! 朝から夕方まで、店の前には行列ができる超有名店! その甘さたるや、当時プリティー天使だったあたしが、禁を犯してオファニモンに献上されたものを盗み食いしちゃったほどなの!」
「でも、その割に誰も並んでないぜ」
ゴクウモンに言われて、辺りを見回す。店の戸は閉ざされ、客は誰もいない。
店の戸には、張り紙があり、震えた字が書かれている。
『お客様へ
昨今、デジモンさらいを繰り返している悪党により、とうとう我が店の看板娘がさらわれてしまいました。
店主は意気消沈しており、とてもプリン作りができる状態ではありません。
そのため、看板娘が帰ってくるまで、お店は閉めさせていただきます。 店主』
「なんということだ……」
「なんということでしょう……」
あたしとサンゾモンが同時につぶやく。あたしが振り向くと、サンゾモンの固い決意を秘めた目と目が合った。
「チョ・ハッカイモン、これは由々しき事態です!」
「そのとおりね、サンゾモン!」
「何としてもその看板娘さんを取り戻してあげなければ! (悲しむ店主のために!)」
「ええ、このままにしていい訳がないわ! (またプリンを作ってもらうために!)」
ゴクウモンとユニモンが呆れた目を向けてくるが、見なかったことにする。
あたしとサンゾモンは店の戸を勢いよく開けた。
「たのもー‼」
「デジモンさらいの話、詳しく聞かせてください‼」
板の間に座り込み、うなだれていたデジモンが顔を上げた。鉄仮面に青いツンツン頭、体には何十にも巻き付いたチェーン。外見のヤバさはゴクウモンといい勝負だ。
でも今はすっかり背中を丸めていて、覇気は全くない。
「あんた達は……? 店なら休みだが」
「我々は、デジモン助けをしながら旅をしている者です」
「娘さんは、あたし達が助けだします!」
あたし達は板の間に勢いよく上がりこんで、正座した。
店主は数秒呆然としていたけど、すがりつくようにあたし達の手を取った。
「た、頼む! 悪党のカッパは北の山に住みついていて、里に下りてきては美しいデジモンや可愛いデジモンをさらっていくんだ。先週、ついにうちの愛娘であるキャンドモンが、うっうっ」
そこで涙が込み上げてきて、店主は仮面越しに目を拭った。
あたし達は深く頷いた。
「キャンドモンちゃんも、さらわれたデジモン達も、必ず連れ戻します!」
その夜。
ゴクウモンがあたしに話しかけてくる。
「でも、悪党の住み家がどこか、詳しくは誰にも分からないと」
うんうん。
「それで、可愛いデジモンを餌にして、その悪党をおびき出すと」
そのとおり。あたしってばナイスアイディア。
「で、何でお前が一番目立つところに座ってるんだ?」
「あたしが、その餌である可愛いデジモンだからに決まってるでしょうが!」
あたしの渾身の裏手ツッコミは、ぎりぎりのところで避けられた。ちっ。
そろそろ真夜中。あたしは店の縁側にお行儀よく座って「大人しい可愛いデジモン」として振る舞っている。ゴクウモンは、目につかないよう戸の裏に隠れている。
サンゾモンとユニモンは、荒事に巻き込まれないよう奥の家の一室に泊めてもらっている。
さあ、来るなら来なさい、悪党め。あたしがメタメタのギッタンギッタンにして、さらったみんなの居場所を吐かせてやるんだから。
突然、大きな物音がした。
奥の家の方から。
そして聞こえてくるサンゾモンの悲鳴。
ま、まさか。
あたしとゴクウモンは、それぞれの武器を手に奥の家へ走る。
サンゾモンの部屋から庭へと、一体のデジモンが飛び出してきた。暗がりでも、丸い頭に長い手足をしているのが分かる。三日月型の槍を握る手にはのっぺりした水掻きがついている。
そして、肩に気絶したサンゾモンをかついでいる。
あたしとゴクウモンは、悪党カッパに武器を向けた。
「こらあんた! あたしを差し置いてサンゾモンを狙うなんてどういうつもりよ!」
「何だ? ブサイクに用はねえ! ハアッ!」
悪党カッパが、槍を地面に突き立てた。
そこから大量の水が噴き出し、あたし達に降り注ぐ。その重量に耐え切れず、膝をつく。
悪党カッパはそのまま北の山へと跳び去った。
すぐに水も降りやむ。あたしは震える膝を押さえながら立ち上がった。
「は、早く追わないと」
「ああ。でもその前に」
ゴクウモンはサンゾモンのいた部屋に上がりこんだ。押入れの戸を勢いよく開ける。
中にはユニモンがうずくまっていた。
「お前、ひとりだけ隠れてやがったな」
ゴクウモンがどすの効いた声を出す。けど、ユニモンはぺろっと舌を出した。
「だって、あの悪党は強そうでしたから。僕が戦っても倒されるだけでしたよ。それに、ちゃんと成果はありました」
ユニモンが押入れから出て、北の山に目を向ける。
「悪党がサンゾモン様に、『キレイな滝と虹の見える家に住ませてやる』って言ってるのを聞いたんですよ。だから、川をさかのぼって滝のある場所を探せば、住み家を見つけられます」
それはすごい成果だ!
「たまにはやるじゃない!」
あたしがユニモンの背を勢いよく叩く。ユニモンはゲホゲホと咳きこんだ。
川をさかのぼっていくと、涼しげな水の流れ落ちる音が聞こえてきた。
じきに視界が開けて、目の前に滝つぼが現れた。デスメラモン亭がすっぽり入るくらい大きな滝つぼだ。その上には、うっすらと虹がかかっている。あたしが住んでた天界ほどじゃないけど、まあまあキレイな場所だ。
この辺りに悪党の住み家がありそうなもんだけど。辺りを見回しても、それらしい建物はない。
「っ、そこか!」
突然ゴクウモンが、滝に如意(にょい)金(きん)箍(こ)棒(ぼう)を向けた。瞬時に棒が伸び、滝を突き破る。
キンと金属音がして、滝から三日月型の槍が突き出し、棒を弾いた。
「なるほど、仲間達か」
その声とともに、滝の中から悪党カッパが現れる。
よく見れば、滝の向こうに洞穴が見える。滝の中に住んでるってわけね。悪党カッパらしい隠れ場所だわ。
ゴクウモンが如意金箍棒の長さを戻し、先を悪党カッパに向ける。
「そのとーりだ。さあ、調子に乗るのもここまでだぜ」
ゴクウモンの不敵な笑みに、悪党カッパが静かに武器を構える。
「じゃあ僕は、おふたりが戦ってる隙に、サンゾモン様達を助けに行きますね」
ユニモンが体よく言って、あたし達から離れる。……まあ、ひとりで逃げないだけマシだと思っておこう。
あたしも自分の武器――ハンマーの先に棘のついたクソダサ武器――を構える。
先に動いたのは悪党カッパだった。
「《降妖杖(こうようじょう)・渦紋の陣(かもんのじん)》!」
滝つぼの水が吹きあがり、渦を巻く。見上げんばかりの水の竜巻が、あたし達にのしかかってくる。
「へっ、同じ攻撃二度も食らうかよ!」
ゴクウモンが如意金箍棒を地面に突き、天高く伸びあがって避ける。
あたしはその場に残り、両手に握った武器を後ろに引く。ゆっくりと息を吐き、力を溜める。
「はああっ! 《強振砲舞乱(きょうしんホームラン)》っ ‼」
全力で振った武器が、竜巻を真っ二つに切り裂いた。
大量の水が、豪雨のように滝つぼへ降る。
が、その向こうに悪党カッパの姿はなかった。
どこへ、と目をやる暇もなく、目の前の滝つぼから悪党カッパが飛び出した。
「ふんっ!」
水滴とともに、三日月槍を突いてくる。あたしはとっさに武器で受け止めた。それでも勢いを殺しきれず、体が押された。足の爪が地面をえぐる。
やるじゃない、あたしの怪力相手にここまで押してくるなんて。
「でも、あたしをブサイク呼ばわりした罪は重いんだからね!」
渾身の力を込めて、武器ごと体当たりをかます。悪党カッパはもんどりうって滝つぼに落ちた。
その姿が見えたのは一瞬で、魚のように優雅に泳ぎ、水の中に消えた。
直後、地面が揺れた。
あたしの足元の地面が裂け、水が噴き出した。
裂け目は見る間に広がって、あたしは足を滑らせた。頭まで水に飲みこまれる。
必死にもがくけど、ブタの鎧が重くて思うように動けない。口からあぶくが漏れ出す。
まずい。水の中は敵のテリトリーなのに!
水の向こうから、ゴクウモンの声が聞こえた。
『ちょっと痛いけど我慢しろよ!』
あ、なんか嫌な予感。
揺れる水面の向こうで、ゴクウモンが動くのが見える。
『秘儀! 《超帯電雷光砲(ちょうたいでんらいこうほう)》!』
天から、輝く雷の球が放たれた。
それは水面に触れるとともに、水中へ一気に広がった。
「ひぎゃぎゃぎゃやああ‼」
全身を駆け巡る電流に、あたしは悲鳴を上げた。
電気が消えると同時に体の力が抜けて、あたしは水面に浮き上がる。
それをゴクウモンがつかんで、地上に引き上げた。
あたしは震える腕でゴクウモンをつかんだ。
「し、しぬかと思ったじゃない!」
「お前、前にうっかり食らった時も、数分後にはぴんぴんしてたじゃねえか」
しれっと答えるゴクウモン。
「だからって、気軽に巻き込むんじゃないわよぉ!」
乙女の抗議には耳を貸さず、ゴクウモンは水面をしげしげと眺めた。
「俺の攻撃は水棲デジモンに効果抜群だからな。さすがにカッパもただじゃ済まないだろ」
「確かに、大した攻撃だった」
その言葉とともに、悪党カッパが水面に顔を出した。ゴクウモンとあたしの顔がこわばる。
「おい嘘だろ」
ゴクウモンが思わずこぼした。
悪党カッパが地上に上がってくる。その動きに、さっきまでの精細はない。それでも、武器を落とすことなく、こちらを注意深く見る動きに隙はない。
あたしは改めて身構えた。
「ただの悪党カッパじゃないわよ、こいつ」
「それはこちらのせりふだ。お主達こそ、ただ者ではあるまい」
悪党カッパは背筋を伸ばし、正々堂々とこちらに問いかけてきた。
「ゴクウモンさーん! チョ・ハッカイモンさーん! みんなを助けましたよ!」
間延びした声がして、緊迫が薄れた。
見ると、滝をくぐってユニモンが出てきた。その後ろからは、サンゾモンやさらわれたデジモン達。
サンゾモンが嬉しそうにあたし達に手を振った。
「貴方方が助けてくれると信じていました!」
その笑顔に、あたしはほっとして手を振り返し、ゴクウモンは気恥ずかしそうにそっぽを向いた。
一方で、悪党カッパは怪訝そうにあたし達とサンゾモン達を見比べた。
「お主達、悪党の仲間ではなかったのか」
「はあ?」
あたしはきょとんとして聞き返した。
「あんたこそ、サンゾモン達をさらった悪党カッパでしょ?」
あたしの言葉に、悪党カッパは、ああ、とひとり納得したような声を出した。
「もしや、あの岩陰に倒れている奴のことか」
指さす方を見れば、岩陰で気絶している一体のカッパ。もしかして……これが悪党カッパ(真)?
見比べてみると、悪党カッパ(違)は緑で、悪党カッパ(真)は青。でもパッと見はどっちもカッパだし、武器もそっくりだ。暗がりで見たんじゃ区別がつかないだろう。
悪党カッパ(違)が口を開く。
「私は旅の途中、デジモンさらいがいるという噂を聞きつけ、ここを探し当てたのだ。それを討伐したところにお主達が来たので、てっきりデジモンさらいの仲間かと思ってしまった。すまない」
丁寧に頭を下げる悪党カッパ(違)に、あたしはぶんぶんと手を振った。
「い、いやこっちこそ話を聞かずに攻撃しちゃってごめん!」
サンゾモンが、嬉しそうに両手を合わせる。
「では、貴方も我々を助けるために来てくださったんですね。私のお供をふたりも相手取るとは、名のある方とお見受けいたします」
その言葉に、悪党カッパ(違)は少し困ったように頭を掻いた。
「今の私はただのシャウジンモンだ。元は力あるデジモンだったのだが、故あって呪いを受け、今の姿に退化してしまった。その呪いを解くために、天界を目指しているところなのだ」
「じゃあ、あんたも俺達と行き先は同じってわけだ」
ゴクウモンがにっと笑った。
「なあ、俺達と一緒に行かないか? あんたと修行すれば、俺はもっと強くなれる気がする」
「確かに、一緒に来てくれれば頼もしいわね!」
あたしも期待の目で悪党カッパ(違)改めシャウジンモンを見る。
ユニモンがサンゾモンを見上げる。サンゾモンは無邪気な笑顔でうんうんと頷いている。
あたし達を見回して、シャウジンモンは「了承した」と答えた。
「旅は道連れという。天界までは長い。私も共に行こう」
悪党を捕まえ、さらわれた里のデジモン達もみんな戻ってきた。
里のデジモン達は大喜び。特にデスメラモン亭の店主は店を貸し切りにしてくれて、プリンづくりの腕を振るってくれることになった。
厨房から漂ってくるカラメルソースの香りに、あたしはうっとりとする。
一方、あたしの前に座っているシャウジンモンは、顔をしかめている。
「ずいぶん甘ったるい匂いだな」
「もしかして甘い物苦手なんですか?」
ユニモンに聞かれて、シャウジンモンは仏頂面で頷く。
「えー、こんな世の中で最っ高においしいものが苦手だなんてもったいない!」
あたしは唇を尖らせた。でも、こんな強いデジモンに苦手なものがあるのは、ちょっと可愛い。
厨房からキャンドモンが出てきた。
「ハイお待ち! 当店名物、メラメラプリンだよ!」
お盆に乗せたプリンが、手早くそれぞれの目の前に配られる。
あたしはすぐさまスプーンを手に取り、プリンをすくいあげる。
「いっただっきまーす‼」
プリンがあたしの口に入る、その瞬間。
シュッと音がして、視界が真っ暗になった。
「え?」
驚いてスプーンを下ろす。
シュッと視界が開ける。
スプーンを上げる。
視界が暗くなる。
スプーンを下ろす。
視界が開ける。
ふと見ると、あたしの太ももに貼ってあるお札が光っている。何か書いてある。
『デスメラモン亭のプリンを食べようとすると鎧の口が閉まって食べられなくなる呪い』
「オ、オファニモンめぇぇぇぇっっ‼ なんつー具体的な呪いをぉぉぉっ‼」
あたしの絶叫が店内に響き渡る。
お札の文字を見たユニモンが、心底同情する目を向けた。
「ご愁傷様です。あなたのプリンは、代わりに僕が食べておきますね」
「ああっ、だめ、プリン!」
プリンのお皿にすがりつこうとするけど、シュッと視界が閉じて見えなくなった。
あたしはしくしくと泣き、机に突っ伏す。
ああ、早く元の姿に戻ってプリンが食べたい!
三
デスメラモン亭での悲しい哀しいプリンとのお別れから二か月ちょっと。
いよいよ懐かしの天界にたどり着いた!
美しき白亜の神殿! 清らかな空気!
私は大きく深呼吸して、我が家の匂いに浸る。
「えっと、ご案内してもよろしいでしょうか」
気づくと、門番のエンジェモンが戸惑ったようにこっちを見ている。しまった、つい自分の世界に入り込んでいた。
あたしは慌ててお上品な笑顔を向ける。
「も、もちろんですぅ」
エンジェモンが、長い白亜の廊下を先導する。
サンゾモンが背筋を伸ばして、深呼吸した。
「いよいよ、オファニモン様にお目通りが叶うのですね……緊張してきました」
横を歩くユニモンが、サンゾモンを頭の角で小突く。
「サンゾモン様なら大丈夫ですよ。ゴクウモンさんやチョ・ハッカイモンさんと違って、礼儀正しいですから」
「おい、聞こえてるぞ、馬」
ゴクウモンがユニモンの尻尾をつかむ。
あたしも手のひづめでユニモンのお尻をつつく。
「あたし、ジモティの天使なんだけど、そこんとこ分かってる?」
最後尾からため息が聞こえた。シャウジンモンだ。
「お前達、こんなところで騒ぐな。喧嘩の声がオファニモンに聞こえたら、赦しをもらえなくなるぞ」
「ちっ」
「喧嘩してるつもりじゃ……」
あたしとゴクウモンは渋々、ユニモンに絡むのをやめる。
先頭に立つエンジェモンが咳払いして、立ち止まった。
目の前には、両開きの黄金の扉がそびえ立っている。
「この謁見の間で、オファニモン様がお待ちです」
エンジェモンが扉を引いた。
中は広間になっていて、細かな彫りが施された白亜の柱が並んでいる。
その奥、一段上がったところに、オファニモンが立っていた。
そして、広間の中心に見覚えのある悪党カッパ(真)がいた。
「って、何であんたがここにいるのよ⁉」
あたしの爆速ツッコミに、オファニモンと悪党カッパが目線を向ける。
「良いところに来ました! このサゴモンという者が、経典を盗みに来たのです!」
オファニモンが悪党カッパを指さす。もう一方の手はかばうように広げられていて、その後ろには経机に乗った巻物の山がある。
悪党カッパはオファニモンとあたし達を見比べて、口を尖らせ、両手を挙げた。
「こりゃ参った。天界イチ美しい天使サマだけじゃなく、べっぴんさんまで来たんじゃ勝ち目ないわ」
「なんてこと、世界一美しい天使だなんて」
「あらやだ、まぶしくて目が潰れそうなべっぴんさんだなんて」
悪党カッパの言葉に、オファニモンとあたしが頬を赤くする。
「いまだ! 《降妖杖(こうようじょう)・滝の陣(たきのじん)》!」
悪党カッパが杖を床に叩きつけた。
床が割れ、激流が噴き出す。広間はみるみるうちに渦巻く水に埋もれた。あたし達は水に足を取られて身動きが取れない。
「経典が!」
オファニモンが伸ばす手の向こうへ、経典が流れていく。
それを手に取り、悪党カッパが悪い笑みを浮かべた。
「こいつはもらっていくぜ!」
そう言って壁をかち割り、悪党カッパは外に飛び出していった。
「あー、チョ・ハッカイモン!」
オファニモンに名前を呼ばれて、あたしは視線を向けた。
オファニモンは頭までずぶ濡れになり、乱れた金髪から水が滴っている。
それでもどうにか立ち上がり、髪を掻き上げ、背を伸ばした。
「貴方とお仲間達に、最後の試練を与えます。あの不埒者を退治し、奪われた経典を取り返してくるのです。さすれば、貴方達全員の願いを聞き届けましょう」
「いや、オファニモンがあのカッパに隙を見せたのが悪いんでしょ⁉」
「貴方だって、一緒になって顔を赤くしてたじゃないですか! あと、『べっぴんさん』と言われたのは貴方じゃなくてサンゾモンだと思います!」
「こんな見た目にしたのはオファニモンでしょ⁉ 元のあたしは目が潰れそうなくらいプリティーな」
「はいはい、そこまでです」
あたし達の言い争いに、ユニモンが割って入った。
サンゾモンがあたしの肩に手を置く。
「ゴクウモンとシャウジンモンが悪党を追っていきました。今は、経典を悪用されないよう止めるのが先決です」
「んもう! 分かったわよ!」
あたしは膨れっ面をしながら、壊れた壁の外へ駆け出した。
ゴクウモン達が派手な音を立てて戦っているおかげで、行き先はすぐに分かった。
来た道を駆け戻り、天界の入口である川に向かう。地上界からの貢物が届けられる場所でもあり、橋の向こうにある倉庫には、今日の貢物が収められているはずだ。
天界側の岸に、ゴクウモンがいた。
「遅いぞ」
あたしに一瞥くれて、ゴクウモンは川に目を戻す。
そこには、水に腰まで浸かったシャウジンモンと悪党カッパが向かい合っていた。
「《降妖杖(こうようじょう)・渦紋の陣(かもんのじん)》!」
「《降妖杖(こうようじょう)・渦紋の陣(かもんのじん)》!」
ふたりの周りで水が噴き上がり、激突する。その勢いは互角だ。
けど、悪党カッパの懐で何かが光った。
途端に悪党カッパの技の勢いが増す。シャウジンモンが水圧に押し潰されていく。
「あいつ、経典の力を使ってる!」
あたしの言葉に、ゴクウモンが舌打ちした。
ゴクウモンが欄干によじ登る。
「出でよ筋斗雲!」
見る間にゴクウモンの足元に白雲が集まり、ゴクウモンが飛び乗る。
その勢いのまま川に降り、シャウジンモンを片手で引っ掴んだ。
もう一方の手で如意金箍棒を悪党カッパに向け、雷の球を乱射する。
悪党カッパと川が雷に包まれる。橋の上にいるあたしでさえ、肌がピリつくほどだ。
だけど、経典の力に包まれた悪党カッパは不敵に笑って杖を振った。
「《降妖杖(こうようじょう)・渦紋の陣(かもんのじん)》!」
雷に包まれた奔流が、空を飛ぶゴクウモン達を襲う。ゴクウモン達はたまらずに空高くへと避難する。
まずい、ただでさえ水場で悪党カッパに有利なのに、経典の力まで使われたらキンカクモンに金棒だ。
なんとか悪党カッパを水から出すか、経典を手放させるかしないと。
あたしにできること、何かないか何かないか。
「あ」
一つだけ、とってもいい作戦を思いついた。
でも絶対痛い。
でもやるっきゃない!
あたしは自分の武器を地面に突き立て、その柄にまたがった。
「発射ぁ!」
武器のブースターを全開にして、あたしは飛んだ!
水を蹴散らしながら川面を切り、一直線に悪党カッパの元へ!
「何⁉」
驚く悪党カッパに抱きついて、そのまま反対岸まで飛んだ。
豚の石頭が倉庫の壁を突き破り、あたし達は揃って貢物の中に突っ込んだ。
あたしから逃れようと、悪党カッパが身動きする。
「水から出したところで、お前みたいなブサイク一匹、この経典さえあれば」
「ブサイクって言うなあ!」
あたしの全身から、怒りの炎が噴き出した。それはあたしもろとも、悪党カッパを焼く炎。
「あ、あちい! おいらごと経典を焼く気か!」
逃げようとする悪党カッパに、あたしは全力でしがみつく。悪党カッパの懐から、紙の焼ける臭いがする。
あたしも自分の体が焼けて痛い。
でも。
「経典を焼き尽くすまでは、絶対に離さないいいい‼」
あたしの発する炎は勢いを増して、倉庫中を火の海に変えた。
気づくと、そこは布団の上だった。
「目を覚まされたのですね!」
サンゾモンが嬉しそうに顔をのぞきこんできた。
「あれだけの大技を出したのに、もう目が覚めるとは。さすがの回復力ですね」
横でユニモンが感心している。
あたしは体を起こして、周りを見回す。救護室のようで、ゴクウモンも、シャウジンモンもいる。
「お前のおかげで、経典は消し炭。悪党カッパは捕まったよ」
ゴクウモンが説明してくれた。
そっか、あたしの捨て身の作戦、上手くいったんだ。肩の力が抜ける。
シャウジンモンが立ち上がり、あたしにまっすぐに頭を下げる。
「水場での戦いならば同族に負けることはないと過信していたが、お主の機転がなければ賊を取り逃がすところだった。感謝する」
「そんなに丁寧にお礼を言われたら、照れるって」
あたしは頬を緩ませて、体をくねらせる。
扉を開けて、オファニモンが入ってきた。ずぶ濡れだった鎧は磨き上げられて、すっかり威厳を取り戻している。
オファニモンは私を見下ろして、優しい笑顔を向けた。
「チョ・ハッカイモン、よくやってくれました。貴方の自己を犠牲にしてでも経典を悪用から守った精神、感激しました。修行をさせたかいがあったというものです」
「あ、はい……」
あちこちから褒められて、あたしもこそばゆい。
オファニモンが言葉を続ける。
「約束したとおり、貴方にかけた呪いは解いて差し上げます。まずは何よりこれですね」
そう言って、あたしの太ももに触れる。
そこに貼られていた『デスメラモン亭のプリンを食べようとすると鎧の口が閉まって食べられなくなる呪い』のお札が光になって消えた。
と、いうことは。
「貴方の頑張りに応えて、デスメラモン亭のメラメラプリンを与えます。ちょうど貢物として届いていますので、今持ってこさせています」
「オファニモン様! ありがとうございます!」
感激の涙で視界がかすむ。なんだかんだ言って、天界イチお優しい天使様だ!
これで、これでやっとデスメラモン亭のプリンが食べられる!
ドアをノックする音がした。あたしはすぐさま目を向ける。
「プリン!」
あたしの声に、ドアを開けたエンジェモンがビクッとした。その表情は冴えない。
エンジェモンが、恐る恐るオファニモンに目を向ける。
「オファニモン様、デスメラモン亭のメラメラプリンなのですが……チョ・ハッカイモン様が倉庫を丸焼きにしてしまったので、一緒に消し炭になってしまいまして」
「えっ」
「はあ⁉」
オファニモンの絶句と、あたしの絶叫が被った。
あたしは布団から転がり出て、エンジェモンにすがりつく。
「じゃあ、あたしのプリンはどうなるの⁉」
「つ、次に貢がれるのが半年後の予定なので、それまでお待ちいただくことになります」
「そんなあ……」
あたしは床にへたりこんだ。視界がかすんでいるのは感激の涙のせいじゃない、悲しみと空腹のせいだ!
サンゾモンが優しくあたしの背中をさする。
「落ち着いてください。半年待てないのなら、デスメラモン亭まで食べに行けば良いではないですか」
「サンゾモン様、天界からデスメラモン亭まで、二か月はかかりますよ」
ユニモンがそっと指摘する。
「ぐずっ、あたしは、今すぐ食べたいのに‼」
サンゾモンに背中をさすられながら泣きじゃくる。
「あたしのプリンー‼」
おわり