ヒーハー23:2つ目のセールス会社(前編)
セールス会社をクビになった翌日に始めたレジュメ配りに手応えが全く感じられず、なんだかやる気を無くし気味だった僕だったが、一応それでもネット上での就活は続けていた。オンラインの職探しでターゲットにしていたのはセールス系の仕事だ。何故セールスに的を絞っていたのかというと、宿探し時代に滞在していたバッパーで出会ったイタリア人、マテオの言葉を思い出したからだ。「何も経験がないうちは仕事を見つけるのは難しいが、一度見つけて職歴を身につけてしまえば、その後同じ業界で次の仕事を見つけるのはそこまで難しくないはず」。オーストラリアに来て最初に勤めたあのセールス会社では良い人たちに囲まれて仕事をさせてもらえたし、あの会社で過ごした時間は楽しかった事は楽しかったが、正直言ってあそこで過ごした3週間は自分がセールスマンとしていかに無能であるかという事を悟った期間でもあった。では何故自分に適性のないと思う業界で仕事探しをわざわざするのかというと、3週間とはいえ職歴のあるセールス業界ならとりあえず手っ取り早く仕事が見つかりそうで貯金を上乗せできそうだと思ったからだ。僕は非常に経済的に心配性な人間で、手元にあるお金があまりたくさんない場合、あまり思い切って行動できない。それとは対照的に、僕がいつもワーホリの百科事典として愛読しているAPLaCの体験談に出てきた人たちの中には、一時期所持金が100ドル切ってしまったがそこから盛り返すという強者は何人もおり、その中には所持金19ドルで高給ファームを探しあてて一気に一万ドルまで貯金を増やした人、バナナファームに所持金3ドルで辿り着いた究極のサバイバーもいた(必ずしも一概に所持金が少なければ偉いという事でもないが)。そのような話を読んで、あぁ自分が置かれている状況は窮地でもなんでもないのだなと頭では理解して少し不安が和らいでいながらも、実際には口座残高が多くなければ、新しい領域にチャレンジするための次の一歩が踏み出せないという根本的な心理状態はやはり変わらないままであったのだ。渡豪直後の口座残高は予め日本から送っておいた2,800ドル。セールスの仕事が見つかるまでに家賃や生活費その他諸々でお金を使い、最初の給料が入る前の残高が1,600ドル弱。そのセールス会社を後にして最後の給料が払われた時点での残高が3,200ドルほどだった。しかし7月31日は新しく引っ越してきたアパートの家賃を支払う日であり、最初の月はボンドと合わせて払い一気に1,000ドルが自分の口座から抜け出ていくため、この時点で自由に動かせるお金は2,200ドルほどだった。冷静に考えてみれば、別にまだ残高が2,000ドル以上あるのなら十分な気もするが、この時の僕はできれば既に経験のある分野でもう少し手堅く稼いで口座残高にもっと余裕を持たせてから新しい仕事探しに挑戦してみたいと考えていたのだ。セールス業界は、基本給がしっかり保障されている所なら僕が最初に勤めた所のように週800ドルぐらい貰えたりする。平日の日中にCBDの通りでCancer CouncilのFund Raisingのセールスの人とかをよく見かけるが、ああいう人たちも時給20ドルぐらいもらってるらしい。僕が目をつけたのはそこだった。自分はトニーや中くらいのザンギエフやビクトリアやマットのように、セールスで才能を開花させる事はないだろうが、それでも基本給は貰えるわけだし、前の仕事での経験上、全く売り上げがなくてもクビになるまでに2週間ぐらいはもつだろう。仮に1週間でクビになったとしても、その1週間で手取りにして500~600ドル台の収入が確保できる。それで貯金をもう少しだけ増やして経済的に足元をガッチリと固めてから、まだそこまで稼げるかどうかわからない、そもそも職歴もないセールス以外の領域での職探しも始めてみよう。そんな事を考えながらセールス業界の就活をせっせとオンラインでやっていたのだった。実際、既にオーストラリアのセールス業界における職歴があったためか、それを履歴書に載せて求人に応募すると結構簡単に面接まで行けた。日本では3週間の勤務期間など職歴としてロクにカウントされない(というかそんなものはむしろ恥ずかしくて職歴として書けない)が、ここでは立派な職歴としてみなされるのだ。会社をクビになった週の木曜と金曜には既に1件ずつ面接が決まり、淡い期待を寄せながらオフィスに赴いたのだが、2件とも結果は不採用。しかもどちらも面接の人は「面接の結果が合格でも不合格でも後で電話で知らせるよ」と言っておきながら一切連絡してこなかった。やっぱりもうセールス業界での就活そのものを諦めて飲食店系の仕事でも探そうかな~と思っていたその矢先、応募していた何件かのセールス会社の内の一つから返事があった。今度の月曜日に面接があるから来てくださいというものだ。これまで2社続けて不採用だったが、一応やれるだけの事やってみるかという事で月曜日の面接に行くことにした。オフィスに着き、Application Formに個人情報を記入し、しばらく待っていると応募者は全員面接室へ移動するように指示が出た。そこへ入ってきたのはこのセールス会社のヘッドであるジャックという男。まだ24歳の若者ながら、堂々とした立ち振る舞いだ。早速ジャックはこのセールス会社の概要について説明し始めた。この会社はDoor to doorのスタイルのセールスで住宅街に繰り出し、住人の電力会社の契約をこの会社と提携している電力会社のものに契約し直させるというもの。電力会社のセールスは非常に儲かるらしく、会社のノルマを普通にクリアするだけでも年収にして50,000~60,000ドルぐらいは軽くいけるし、優秀な成績を上げればそれを遥かに上回る収入も十分見込めるというのだ。そしてジャックはこう言った。「ウチのセールス会社の人間は別に良い大学出たりしてるわけでもないし、学歴は大した事ないかもしれないけど、いざ仕事となれば学歴のある連中よりも俺たちの方がよっぽど稼げるんだ。セールスはいいぜぇ。」なんかどっかで聞いたことのあるような台詞ですな^^;確かに動いてる金の額は凄いし、セールスは稼げるというのがセールス業界の人間の自慢なんだろうな。そしてジャックは予想外の発言をした。「ちなみに、今日のは面接というよりもガイダンスと言った方がいいかな。今の段階では、僕はここにいる君たちの誰一人として、プラスにもマイナスにも一切評価していない。明後日水曜日にまた同じ場所で面接の場を設けるから、今日の僕の話を聞いて、この会社に興味が湧いて、本気でここで働こうと思った人だけ、再度来て欲しい。今回は僕がたくさん喋ったから、水曜日は君たちがたくさん喋る番だ。じゃあ何人来るかわからないけど、また水曜日に会おう!」何と。今日のはただのガイダンスだったのか!?でも会社側からしてみれば、これも応募者を篩いにかける手段の一つなんだろうな。まぁ今回は先週落とされた2件と違って秘策を思いついた事だし、ここはいっちょやってやろうじゃん。