9月8日の月曜日。この日は今まで「死ね」等の暴言を吐いたり、その他暴力的態度でもってたっぷりと僕をかわいがってくれたスネ夫ちゃまにささやかなお礼をしてさしあげる日だ。なぜ月曜日にしたのかというと、給料日が月曜日だからだ。自分が実際にジャパレスで勤務する事になる前から、ジャパレスをはじめとした、一部のアジア系レストランのブラック企業ぶりは間接的に聞いたりネットで読んだりしていた(もちろんアジア系レストランの全部が全部ロクデナシというわけではないが)のだが、その中に、給料日よりも前に辞めるとその週の分の給料が払ってもらえないという事例もあったのだ。だから、月曜日に給料を現金で受け取り(政府に税金を払っていない違法経営のレストランのため給料は現金手渡し)、1週間分の給料がまるまる払ってもらえなくなるという可能性を消し去って足場を固めてから、辞めると言ってやる事にした。
この日の勤務が終わり、先週の分の給料がスネ夫ちゃまから現金で手渡され、いよいよ実際にその台詞を口にした。
僕:「あ、そうそう。俺ここで働くの今日で最後だから、今日の分の給料も払ってちょーだいな。」
案の定スネ夫ちゃまはブチ切れた。
スネ夫ちゃま:「なんだとぉ??ふざけんな!こんな辞め方が許されるとでも思ってんのか!!辞めるときはな、普通は実際に辞める日の2週間前ぐらいに事前に知らせておくもんだろが、馬鹿が!!お前みたいなバカにはな、給料は絶対に払わんぞ!絶対にだ!!」
ふむふむ。ごもっとも。そりゃそうだよね。そりゃこんな辞め方されたら、誰だって怒る権利があると思うんだな。労働基準法とモラルを守っていればの話だけどね。それにオーストラリアの「カジュアルジョブ」では雇用主が勝手な都合で「君、今日でクビね」と何の予告もなくその日でクビにする事は珍しくなく、逆に従業員が「俺、今日で辞めるわ」というのも普通なのだ。つまりお互い様。よって今回のケースではこの男にそんな文句をつける権利はない。僕はすかさず反論した。
僕:「おいおい、ふざけんなよ。お前自分がやってる事が違法だってわかってんの?」
スネ夫ちゃま:「あぁ、違法だぜ?それがどうした!大体な、俺はお前にこの仕事なんか頼んでないぞ!時給9ドルは確かに違法だけど、それが嫌なら、なんで引き受けたんだ!」
阿呆かこいつは?本来だったら月曜日スタートだったはずなのに、履歴書を配ったその日の金曜日に急に俺の携帯に連絡をよこして「来てくれ」と俺を呼んだのはお前の方ではないか。それに時給9ドルが仕事を辞める唯一の理由だとでも思ってんのか?時給9ドルと知った上で引き受けたけど、実際に働き始めてから辞めたという事は、給料以外の部分でも不満があったという事だとなぜ気づかないのだ?
僕:「今どうしても払う気がないんならそれでもいいぜ。そうなったら、また後で来て再度未払いの給料を請求するまでだ。」
スネ夫ちゃま:「ふざけんな!払わないっていってんだろが!ああ払わないぜ、それがどうした?え?それがどうしたってんだ??てめぇ、いつまで人の店に居座ってるつもりだ?あぁ??」
そういってスネ夫ちゃまは昔の漫画に出てきそうなちゃぶ台をひっくり返すオヤジの如く店の棚を荒らし出した。ドンガラガッシャーンと物が床に落っこちる大きな音がして、床には箸やらスプーンやらいろんなものが散乱している。
僕:「おいおい、そんな事したら後でメンドクサイ思いをするのは自分だぜ?後でちゃんと片付けとけよ(^ω^)」
スネ夫ちゃま:「そんな事わかってる…。」
僕の事をのび太君だと思っていたスネ夫ちゃまは、粗暴な振る舞いをすれば僕がビビると思っていたようだが、実際には全然そのような様子がないので少し呆気に取られたようだ。それでもスネ夫ちゃまは健気に頑張る。
スネ夫ちゃま:「さっさと出てけっていってんだろ!お前のやってる事は住居侵入罪だ!警察呼ぶぞ!」
そういってスネ夫ちゃまは電話をかけようとする動作を僕に見せ付けたが、はっきりいってこんなものはアホ丸出しだ。実際に警察を呼んだとしても、困るのはあんたの方でっせ?今まで労働基準法で定められた最低賃金の半分しか払っておらず、この日に関してはそれすらも払おうとしない。脱税行為だって明るみに出るだろうし、僕に対するパワハラの実態だって外部の人間に漏れることになるのだ。警察官とか公的な機関の人間に実際に来られても、こいつにとってのメリットは何もない。むしろ都合の悪いことばっかりだ。「おう、いいぜ。呼んでみろよ」と僕に言われたスネ夫ちゃまは動きがソワソワし出す。「警察を呼ぶ」という台詞を出せば僕がビビッて逃げると思っていたのに、あまりにも僕が堂々としていたから焦っているのだろうが、それが見え見えなのだ。するとスネ夫ちゃまは更なる強硬策に出た。
スネ夫ちゃま:「さっさと出て行けっていってんだ!ぶん殴るぞ、コラ!」
そういってスネ夫ちゃまはワイン瓶を振りかざす。そこでも僕に「おう、やってみろよ」と言われて、更に面食らった表情をしだす。
スネ夫ちゃま:「いいのか?本当にぶん殴るぞ!」
そう言ってスネ夫ちゃまはすぐに殴れるぐらいの間合いまで詰め寄ってくる。もしかしたらこういう展開になるかもな、こいつだったらこれぐらいの事やってもおかしくないなとは思っていたが、本当にこうなるとは。なんという自己制御のできない男なのだ。こうなっては仕方がないのう。こんな時のための「アレ」を出すとするか。
僕:「ああ、殴りたければ殴れよ。だけどその前に一つ忠告しとくぜ。殴ったら殴り返すからな」
そう言って、僕はバッとTシャツを脱ぎ、上半身裸になった。(※安心してください、下は履いてましたよ!!)
僕は高校の部活を引退した後でもずっとウエイトトレーニングを続けていて、日本を出る前の時点でベンチプレスで100kgのバーベルを持ち上げるぐらいの力は維持していた。ちなみにベンチプレス100kgとはどれぐらいの力なのかというと…。一般的に普段筋力トレーニングをしていない日本人の場合、成人男性のベンチプレスで挙げられる重さの平均は40kgぐらいらしい。なのでざっくりいって僕の力はその辺の普通の人の倍以上ある事になる。
一方で、アスリートの世界ではどうなのか。いくつかの競技を例にとって見てみよう。野球や陸上短距離などの強い筋力を必要とする競技における一流のアスリートなら120~130kgだとか150~160kgだとか挙げられる人はけっこういる。例えば、2000年シドニーオリンピック陸上男子100m金メダリストのモーリス・グリーンは、全盛期のベンチプレスのMAXは約165kg(365lb)だったという。あるいは、種目の性質によってはそれ以上挙げる人も珍しくはない。アメフトの怪力自慢の選手や世界ストロンゲストマンコンテストに出る人、はたまたベンチプレスを専門の競技としてやっている人の中には270kgとか300kgとか、それ以上挙げる人もいる。ちなみに百獣の王こと武井壮のベンチプレスのMAXは125kgで、「野獣」の異名を持つボブ・サップは266kgらしい。これらをまとめると、僕のベンチプレス100kgという記録の位置づけは、
【レジェンドの方々 > ボブ・サップ > モーリス・グリーン > 武井壮 > 僕 > ちょっと力持ちな一般人 > 日本の平均的な成人男性】
といった所だ。
ふむ。こうして冷静に見てみると、やっぱり上には上がいるものよのう。だが、僕が相手にしているのはボブ・サップやレジェンドの方々ではない。僕の今の相手はあくまで、力もないくせに相手がのび太君の(ように見える)時だけ暴力的な態度になる、スネ夫ちゃまである。従って、このようなザコを返り討ちにするには僕のレベルでも十分すぎるぐらいだ。
さて話は戻って、殴られそうになるという状況におかれ、僕は人前で上半身裸になるという奇策に出たわけだが、果たしてスネ夫ちゃまの反応やいかに。後編へ続く。