2件の面接があり、2件の内定をもらった日から一夜明け、この日は僕が働くことに決めた会社でのセールス研修だ。オフィスに予定されていた時間より少し早めに到着し、指定された部屋のドアの前で待っていると、白人の女の子がやってきた。彼女も予定時間より少し早めに到着したのだが、もう部屋に入っていいのか定かではなかったので、僕と2人で「この部屋で合ってるよね?もうちょい待ってから入った方がいいよね?」といった感じで確認し合っていた。

 

彼女の名前はヤニカで、フィンランドからやってきたらしい。スウェーデンはもちろん、北欧の国々全般に良いイメージを持っている僕はテンションが上がってしまい、軽く自己紹介で自分の経歴などを話す時に以前少しだけかじった事のあるフィンランド語を混ぜてみた。Ennen olen oluut amerikassa opiskella miten opettää englantia koska halluin olla englantia opettäjää koulussa japanissa (日本の学校で英語の先生になりたかったので、英語の教え方を勉強するためにアメリカにいた事があります)。

 

するとスウェーデン教会で出会った牧師の娘さんと同じく、ヤニカは超ビックリ僕のフィンランド語のレベルはフィンランド人相手にフィンランド語のみで会話を続けられるものとは程遠いものだったが、それでも日本人がフィンランド語を少し喋ったという事実そのものが、フィンランド人を感心させるには十分だったようだ。

 

予定されていた時間になり、部屋の中に入ってみると、中にいたのはパッと見漫画家の蛭子能収を白人にしたような感じの雰囲気の男だった。このホワイト蛭子はイギリスの北部の出身で、少し癖のあるアクセントの英語を話すため時折聞き取りにくかったが、とてもフレンドリーに新入社員を研修に迎えてくれた。

 

今回この研修に参加したのは、地元オーストラリア出身の男性2人、イギリスで教員をやっていたがワーホリの年齢制限ギリギリのアラサーでオールトラリアにやってきた女性、そして英語のノンネイティブであるヤニカと僕の2人を含めた5人。ホワイト蛭子は自己紹介に3 Facts(自分の事に関する文章を3つ作るのだが、その内2つは本当の内容で残りの1つが嘘の内容の文章になっている。そしてその3つの文章のうち、嘘がどれなのかをお互いに当てっこするゲーム)を取り入れたり、新入社員をチームインターナショナルとチームネイティブイングリッシュスピーカーに分けて卓球で遊んだりしながら、楽しい雰囲気で研修を進めてくれた。

 

そしてこの日の研修が終わると、僕たち5人はそれぞれ個別に研修室の外に呼び出された。僕の番になり、部屋の外でホワイト蛭子と2人きりになると、彼は僕にこう言った。

 

ホワイト蛭子:「ええっとね。君の月曜日からの仕事についてなんだけど、君、完全出来高制の方のチームに行ってくれないかな

 

僕:「えっ??何でですか???」

 

僕は困惑した。というのもこの会社、給与システムに基本給(時給19ドル)+出来高と完全出来高制の2種類があり、前日の面接を受けた時に僕は面接官からこの2つのどちらがいいかと聞かれ、基本給の確保された方がいいですとはっきりと言ってあったからだ。こんな後出しジャンケンのように出された条件に納得のいかない表情の僕を尻目に、ホワイト蛭子はこのように続ける。

 

ホワイト蛭子:「僕ってさ、ほら、ちょっと変わったアクセントがあった英語でノンネイティブの君にはちょっと聞き取りにくいだろ?完全出来高制のチームの方に移れば、別の男がチームを仕切ってるし、そいつの英語は癖がないから、そこで働いた方が君もスムーズにいけると思うんだね。それにさ、基本給+出来高の方のチームはちょっとノルマが厳しいんだ。毎日契約を最低2件は取らなきゃいけない。だけど、もう片方のチームはそういうノルマもないし、君にとってもその方が楽なはずだろ。」

 

どうも納得がいかない。毎日2件のノルマがある事を計算に入れても、完全出来高制の方は契約を取れなかったらその日の稼ぎはゼロなんだから、どう考えてもキツイのは完全出来高制のチームの方だ

 

ホワイト蛭子:「まぁとにかく、今夜あたりにその完全出来高制のチームのリーダーの男から電話があるはずだから、それを待つんだ。いいね?」

 

未だに曇った表情の僕の事など意に介さず、ホワイト蛭子は強引に話を締めくくり、僕を研修室の中へ送り返した。どう考えても不自然だ。英語のアクセントの事に関してだって、僕が英語のノンネイティブだから別のチームへ行けというのなら、同じく英語のノンネイティブであるヤニカにも同じ事を言っているのだろうか。これはなんとしても確かめなければ

 

ヤニカも個人面談を終えて部屋に戻ってくると、僕は彼女にスウェーデン語で話しかけてみた。Vad pratade du om med honom utanför rummet tidigare? (さっき部屋の外で彼とは何を話したの?)フィンランドでは英語に加えてスウェーデン語も学校での外国語教育における必須言語の1つであり、名目上は「高校を卒業しているフィンランド人はみんなそれなりのレベルで英語だけでなくスウェーデン語も使いこなせる」という事に一応なっていると聞いた事があった。なのでスウェーデン語でなら、周りに人がいる部屋の中でも会話の内容を悟られずに堂々とヤニカと内緒話ができると思ったのだ。

 

ところが、ヤニカは僕のスウェーデン語について来られていない様子。しまいには「アハハ、あなたの方が私よりスウェーデン語上手いんじゃない?^^」と言われてしまい、僕はこの場でスウェーデン語での内緒話は無理だと判断した。だが、何としても彼女の個人面談の内容は聞き出さなければならない。後でも聞けるようにせめて連絡先だけでも確保しなければと思い、「あのさ、電話番号交換しない?さっき話したみたいに、僕は北欧の国に興味があるし、北欧の人に会えるチャンスなんてそうそうないしさ!」と切り出し、何とか彼女の番号をゲットした。

 

この日の研修が終わり、みんな解散になってヤニカと2人きりになれるかと思いきや、帰り道で彼女と僕の2人に加え、ホワイト蛭子も混じってしまった。これではヤニカにあの件に関する質問はできない。ところが、サザンクロス駅の改札口まで来ると、ホワイト蛭子は「じゃあ僕はこっちだから。2人ともまた月曜日ね!See you!」と去っていった。流れでヤニカと僕の2人も解散しそうな雰囲気になったが、このチャンスを逃す手はない。僕はすかさず彼女に聞いてみた。

 

僕:「あのさ、ちょっといい?さっき個別に部屋の外に連れてかれた時、彼からは何て言われたの?」

 

ヤニカ:「えっ?別に特に大した事言われてないよ。『君はまだセールスの経験ないし、これから頑張って行こうね~^^』とか言われたぐらいだよ」

 

僕:「マジかい??俺、『君はノンネイティブで僕の英語が聞き取りにくいだろうから別の奴が取り仕切ってる別のチームに移れ』って言われたんだけど、そういう事は一切言われなかったの?」

 

ヤニカ:「あなた、そんな事言われたの?ううん、私の方は全然そんな事なかった。」

 

僕:「おかしいよね。僕がノンネイティブなのが理由なんだったら、同じ事を君にも言ってなきゃつじつまが合わないじゃないか。あと、彼から言われたもう一つの理由は、『基本給+出来高のチームだとノルマがあるから大変だけど、完全出来高制だったらノルマがないからそっちのが楽だろう』だった。でも、完全出来高制のが楽なんて嘘に決まってる」

 

ヤニカ:「絶対変だよ、それ!だって、研修中の英語についていけてなくて苦労してたのは私の方じゃない?それがあなたが別のチームに移される理由なんだったら、私だって同じ事言われてるはずでしょ!」

 

そうなのだ。ヤニカの英語は下手ではないのだが、僕が今まで会った事のある、英語が非常に流暢な他のフィンランド人たちと比べると、少し英語力で劣る印象があったのだ。特にリスニングで少し苦労があり、研修中に説明された事の内容が1回では理解できずに僕やネイティブたちから補足説明をされる事がちょこちょこあった。

 

ヤニカ:「1回文句つけてやった方がいいんじゃないの?『基本給が確保された条件に戻してもらえないなら辞めてやる』って感じで」

 

僕:「うーん、実はこの会社の他にもう一つ内定もらってて、そこの人は凄く良い人で『いつでも戻ってきてね』って言ってくれてたから、そこに戻ることにするよ。はっきり言って、こんな事されて俺この会社にはもう興味なくなっちゃったんだ。でも、君から話が聞けて良かったよ。これではっきりしたし、すっきりした。話聞いた感じだと君はけっこう良い感じに接してもらえてるみたいだし、月曜日から頑張ってね」

 

ヤニカ:「そうだね。なんか寂しいけど、そのもう片方の会社で無事に仕事ゲットできるといいね!お互い頑張ろうね!」

 

そう言って僕と彼女は別れ、それぞれの帰路についた。そして帰りのトラムに乗っている時、僕は先日内定を辞退したもう1つのセールス会社のベッカにテキストメッセージを送った。「こんばんは。昨日僕が辞退したセールスの仕事のポジション、まだ空いていますでしょうか?」と。