さて、元のオーストラリアのワーホリ体験記に戻ります。
ホワイト蛭子に面接の時と全然違う条件を一方的に突きつけられ、すっかりこのセールス会社に対する信頼をなくしてしまった僕は、先日かなり丁寧に断りを入れておいたもう1つのセールス会社のベッカに再度連絡してみた。ベッカは割と早く返事をしてくれて、「明日また電話で話そう」という事になった。そして翌日彼女と電話で話すと、案の定「どうしたの~?」とベッカに聞かれたので、「いざ研修が終わって次の日から働くという段階になった時に、いきなり面接の時と全然違う事を要求されて、その会社が信用できなくなってしまった」と実際にあった事をそのまま話した。すると幸いにも、まだ僕のためのポジションは空いていたらしく、月曜日に社員登録をするための事務手続きをするからオフィスに来てくれという事になった。月曜日は手続きのみで、火曜日から働き始める事になるようだ。
もうホワイト蛭子の会社には既に興味をなくしていたのだが、1つ気になる事があった。奴は僕が移る事になる完全出来高制のチームのリーダーがその日の夜に電話をしてきて、そこで詳しいことを教えてもらえるはずだからそれを待てといったが、本当にその別のチームの責任者から連絡は来るのだろうかと。一応電話が鳴っても出られる準備はしていたが、電話はまったく鳴らない。結局ホワイト蛭子のあの発言以降、あの会社の者からの連絡は一切なかったため、月曜日にベッカの所で正式に手続きを済ませ、家に帰ったら早速ホワイト蛭子に「もう別の職場を押さえたし、あんたの所では働かない」と断りの連絡を入れておいた。なんとか仕事を確保した僕は、ヤニカにも「あの例の『いつでも戻ってきてね』って言ってくれた会社で働けることになったよ」と報告してみた。すると、ヤニカの方からも近況報告をしてくれたのだが、ヤニカは実はあの会社をこの月曜日の初日の時点で既に辞めてしまっていたのだという。彼女の話によれば、週末のうちに月曜日の集合場所や時間などの連絡をする(このセールス会社ではオフィスに集合してからセールス現場に向かうのではなく、直接セールス現場に現地集合するスタイルのため、事前に集合場所の連絡が必要)と言っていたのに、当日月曜日の朝7時半になってようやく集合場所を伝えてきたらしいのだ。それで、見切りをつけて辞めたのだそうな。うむ、やっぱり俺もこの会社さっさと見切りつけて正解だったな。
火曜日からは、いよいよ実際にベッカの所で勤務開始だ。今日は日本人のYさんはストリートで通行人に声をかけ、僕はショッピングセンター内でと分けられていた。で、僕は新入社員のため、ベッカとアレンは僕のいる現場の方へ応援に来る。いざ通行人への声かけを始めてみると、早速気づいた事があった。人が全然止まってくれないのだ。Door to Doorで訪問販売をしていた時は、その住人の家に直接出向くため、どこまで僕の話を聞いてくれるかはもちろん人によるが、少なくとも「チャリティの者です」と自己紹介をする所まではほぼ全員聞いてくれる。だが、ショッピングセンターでは少し事情が違う。歩いている人、つまり静止していない状態の人に声をかけるため、その人が立ち止まってくれなければそもそも自己紹介の所にすら入れない。たまに興味を持って立ち止まり、この会社の支援しているチャリティ活動について熱心に聴いてくれる人が現れたと思いきや、20歳未満でセールスの対象外だったりする。おぉ、人を疑う事を知らない純粋な未成年たちよ^^
通行人を立ち止まらせるという段階で既に苦戦していた僕を見たアレンはすかさずフォローに入り、手本を見せてくれた。「こういうのはいかに人目を引くかが大事だ。歩いている人の特徴を瞬時に捉えて、それをピンポイントで狙うのだ」とアレンは言う。例えば、この会社のセールスチームが構えているブースを通り過ぎるタイミングで携帯を取り出した人がいたら、すかさずアレンは「おぉ!僕からのメールが届いたのか~い?(^^)?」と意表を突いた一言を発する。この時はこの人は立ち止まって話を聞くまではいかなかったが、「プッ」と苦笑いさせるぐらいのことはできた。
このような感じで、アレンは全員を立ち止まらせるまではいかずとも、少なくとも一瞬こちらを向かせるだけの存在感は常に示し続けていた。アレンの教えてくれた通行人の立ち止まらせ方は確かに効果が高いが、その場で見かけた通行人の特徴に合った事をすぐに思いついて面白おかしい形で言わなければならないため、思考の瞬発力が必要だ。アレンから言われた事を頭では理解できてはいたが、アドリブの利かない僕の口はなかなか瞬時に反応してくれず、それを実際にやるのが非常に難しかった。
しばらくすると、アレンは「ちょっと一旦あっちで休憩しようか」と言い、僕をその辺のテーブルに連れて行き、そこで2人で座って話し始めた。
アレン:「どう、ショッピングセンターでのセールスは?Door to Doorと比べて難しいかな?」
アレンは優しく僕に問いかけた。
僕:「そうですね~。Dooro to Doorだったら、最初から人が立って止まっている状態なのに対し、ショッピングセンターだとそもそも歩いている人を立ち止まらせるのが難しいですねぇ。」
アレン:「そうだね、多くの人はセールスの人間に対して冷たいしね。ところで、この業界で働く人たちの外国人の比率が高いのには気づいたかい?君は日本人で、オースオラリア国内のオーストラリア人からしてみれば外国人だし、僕だってアイルランド人で、オーストラリアの外から来た人間だ。他にも君みたいにワーキングホリデービザを使ってセールスの仕事をやったり、あるいは労働ビザをゲットしてそのままその業界で働き続ける外国人もたくさんいる。これはね、オーストラリアという国でセールスという仕事が、オーストラリア国民たちがやりたがらない仕事だという事なんだ。だから僕たち外国人に広く門戸が開かれているというわけ。その分、仕事内容は結構大変だ。多くの人に無視され、冷たく断られ続けても、明るい表情を崩さずに見知らぬ人々に話しかけ続けなければいけない。この会社みたいにチャリティを取り扱っている会社の場合、通行人からしてみたら自分たちには直接的な利益は入らないんだから、なおさら難しい。だから、もし君がこれからもセールスの業界で働こうと思ってるなら、たぶん客が直接得をするようなものを売り込んだ方がチャリティより簡単だと思うんだ。例えば電気会社のセールスとかね。この辺だったら、○○っていう会社が結構良いって聞いてるから、そこにトライしてみるのがいいんじゃないかな?」
アレンの語り口は実に物腰柔らかで、仕事が上手く行っていない僕に対する最大限の配慮が感じ取られた。だが、これは事実上の戦力外通告だ。日本人としてはそれなりにKYな僕だが、彼の本当のメッセージを理解するのには大して時間はかからなかった。これは「僕は君の事を無能だと見切りをつけた」という意味だ。それにしても仕事の初日、それもまだ1日フルで終わっていない時点でクビになるとは、これは今までにおける最短記録だ。ファームとかレストランとかで最初の数時間でクビになる人の話は聞いた事があったが、まさか自分も似たような事になるとは。
アレンは僕に終始一貫して親切にアドバイスをし続け、自らも手本を何度も見せてくれた。仕事が順調にいかずに困っている新入社員がいたならば、上達できるようにサポートしてあげるのがボスとしての役目だからだ。だがそれと同時に、彼は立場上、成果を挙げられない社員はできるだけ早く見極めて切り落とさなければならない。そうしなければ、会社は利益を上げられないし、資金援助を必要とする発展途上国へ行くお金も集まらないからだ。部下や同僚には可能な限り親切な態度で接しなければならないが、それと同時に利潤も追及しなければならない。だからこそ、彼はあそこまで遠回しな形で僕をクビにしたのだろう。会話を終えると、アレンと僕はベッカの所へ戻った。
アレン:「さっきちょっとショーンと話してたんだけどね、やっぱり彼は別の会社に行ったほうが稼ぎ易いんじゃないかって事になったんだ。ほら、電車の中でもいずれ北欧に行くからなるべくお金を貯めたいって彼は話してただろ。だからショーンには電力系のセールスを薦めておいたよ。」
ベッカ:「あら~、そうなの~?なんだか寂しいけど、頑張ってね^^短い間だったけど一緒に働けて楽しかったわ :D」
アレン:「そういえば、スウェーデン語も勉強してるって言ってたね。スウェーデンに着くまでにグンと伸びるといいね!ショーンの夢が叶うように応援してるよ^^」
クビにされはしたが、アレンとベッカは最後までアットホームな雰囲気で暖かく接してくれた。僕が1日に何件も契約が取れる有能なセールスマンで、この会社でこの人たちと働き続けられたらどんなに楽しい毎日になっていただろうか。彼らの暖かさに感謝しながらも、同時に自分の実力のなさを恨めしくも思った。
ちなみにさっき出てきた、アレンが薦めてくれた電力系のセールスの会社は、僕が既に2つ目の会社として働いた、チンピラのようなボスがいたあの電力系のセールス会社だった^^;せっかく親切に薦めてくれた会社を、「ああ、そこ既に働いて辞めてきましたよ」なんてツッコミを入れるなんてできないし、適当にお礼を言いつつも、心の中ではもうキッチンハンドの仕事に移った方がいいかな~と思ったのだった。