舌癌は癌全体のわずか3%。
父の闘病中に、何度も何度も「舌癌」というワードで舌癌患者ご本人やそのご家族の方の手記やブログを検索しましたがほとんど出て来ませんでした。
当時はたとえネガティヴな内容だったとしても、なんでもいいから情報が欲しかったのです。

少しでも「誰かの世界を参考に出来ると有難い」と思う方がいるなら書くべきだと思いました。

とはいえ病気の話はどうしても暗い話になります。
興味のない方や、癌の話で辛い気持ちになってしまう方はご覧にならないでください。

よろしくお願い致します。



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父は舌癌でした を最初からお読みになりたい方はこちらからどうぞ。

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2011.4.13
叔父さんの運転で祖母と3人で病院へ。 

祖母は父の前で後ろ向きなことばかり言うので、正直行って欲しくありませんでした。

行きの車の中で祖母に「ネガティヴなことは言わないようにしようね」と言うと、「わたしはそんなこと言った事ない!」と怒鳴られました。

しかし、病室に入るなり「痛々しいね、苦しいね、辛いね、可哀想だね、もうやだね」を連呼。

それを言ってなんになるんだろう。 

最初は笑顔だった父も、ため息をついて「もういいよ、帰って」と、手でしっしっとされてしまった。 

翌日は抗がん剤4日目で一番きついのが点滴されるとのこと。

父に、「元気でいるのも今日で最後かもしれないね」なんて言われたので、「そんなの許さーん!」と明るく返したら笑ってくれた。 

「辛い間は来て欲しくない。
必要なものがあったら売店で買うから大丈夫」と言われてしまいました。






2011.4.17
「副作用が辛いから来なくて良い」というメールのやり取りしか出来ない日が3日続いた。

着替えとタオルがもう無いとメールが来たので4日ぶりに病院へ。

抗がん剤の副作用で口内炎と吐き気が酷く、放射線の副作用で首はただれ皮が剥けてしまっていた。

口の中は口内炎になっていないところが無いほどで、栄養も水分も点滴からだけにしたと。

それでも毎日歯磨きはしなくてはならず、その時間が辛いと。

しみない歯磨き粉を売店で買ったと見せてもらったのは、子供用のバナナ味のものだった。


放射線の火傷でただれている首にクリームを塗られる時間も辛いと。

それに、カニューレを固定するのに首の後ろで結んでいる紐が当たると痛いと。

どれも痛み止めを点滴で入れてもらい、我慢するしかないんだそう。


カニューレの交換の時間になり、ネブライザーで痰を柔らかくし始めるとむせて咳が止まらなくなりました。

看護師さんを呼んで吸引してもらい、呼吸を整えてから首のガーゼを外してカニューレを抜きました。

喉の穴の周りをキレイに拭いて、綿棒で穴の入り口に固まった血混じりの痰を取ります。

新しいカニューレを出し、カーブに沿って穴の中へ。

これまではスッと入っていましたが、放射線の副作用で首が腫れているのでなかなか上手くはいりません。

咳き込みながら悪戦苦闘し、5分くらいでやっと入りました。

痛みに耐えながら首にクリームをそっと塗り伸ばし、ガーゼを付けてからカニューレの紐を縛ります。

そして最後に外したカニューレを洗うのですが、父はグッタリして「これ洗ってきて」と。

血混じりの痰がついたカニューレを、これまで何度か「洗おうか?」と聞いても断って自分で洗ってきた父。

この時、余命宣告は本当だったんだと初めて実感が湧きました。



父が使っていたカニューレの形状
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続きます。