舌癌は癌全体のわずか3%。
父の闘病中に、何度も何度も「舌癌」というワードで舌癌患者ご本人やそのご家族の方の手記やブログを検索しましたがほとんど出て来ませんでした。
当時はたとえネガティヴな内容だったとしても、なんでもいいから情報が欲しかったのです。

少しでも「誰かの世界を参考に出来ると有難い」と思う方がいるなら書くべきだと思いました。

とはいえ病気の話はどうしても暗い話になります。
興味のない方や、癌の話で辛い気持ちになってしまう方はご覧にならないでください。

よろしくお願い致します。



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父は舌癌でした を最初からお読みになりたい方はこちらからどうぞ。

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2011.3.29
空が明るくなってからやっと眠れ、3時間後に起きると少しだけ冷静になれていました。

どうにも出来ない想いに押し潰されそうだった昨日から、少しだけ。 

面会時間の13時ちょうどに到着。
泣かない、暗い顔をしない、楽しい話をする。
そう自分に言い聞かせて病室に入りました。

ですが、目が会った瞬間に涙が溢れてしまい、父が困った顔をしながら笑っていました。


この日、父から言われた事は

長くはないということに覚悟していたこと、 
今後の治療について迷っていること、 
代替治療を受けてみてもいいということ、 
出来ることなら退院したいということ。 



私が伝えた事は

まだ受け止め切れていないということ、 
父さんに全ての治療を決めてほしいということ、 
でも出来れば代替治療も受けてほしいということ、 
少しでも多くの時間を共にしたいということ。 



お互いの考えを伝えた合った後は、父が持ち込んだノートパソコンを開きました。

「母さんのデジカメに入っていた写真をスライドショーで眺めていたんだ。 パソコン持って来てて良かった。 ネットに繋いでなくてもいくらか気が紛れる。」 と言いながら見せてくれました。

そこには、母が撮った父や犬、それに父方の祖母がたくさん写っていました。 
少しだけど、母と母方の祖父母も。


そう遠くない未来に、父さんのことも母や祖父母の様に写真でしか眺められなくなるのかと思ったらまた涙が出てしまいました。

涙を誤魔化すために「ポケットwi-fi契約してこようか?」と聞くと、「ネットに繋ぐと知りたくない情報まで目にしてしまいそうだからいらない」と言われさらに涙が出ました。

「売店へ行ってくるね」と病室を出て、涙が止まるまで人気の無い廊下で泣きました。


戻ってからは冗談も言い合い、ゲラゲラと笑ったりもしました。 
父お得意の親父ギャグも言っていました。 

手術の痕は痛々しいけれど、こんなにも元気なのに。 3ヶ月後には…


腫れた舌でもどかしそうに、でも一生懸命ご飯を食べているのを見て、また泣いてしまいました。

父に困った顔で「もう帰んなさい、気を付けて」と言われてしまったので、また泣きながら運転して帰りました。




続きます。