みなさんこんばんは。
知りたいけれど、どこかに書いていそうで書いていない内容を解説する生殖医療解説シリーズ、今日はレギュラー編25「FSHの基準値」です(基準値と正常値は意味合いが多少ことなります。どこからどこまでが正常、と明確な線引きができるものは意外と少なく、「だいたいこのあたりであればよいことにしましょう、というような若干トーンダウンした意味合いが「基準値」です。正常値、正常範囲という響きが筆者はあまり好きではないので、敢えて「基準値」と書くことにこだわってみます)。
まずは、FSHとは何かを復習してみましょう。HMG製剤とFSH製剤 および、FSH調節法 前編 でもご紹介しましたが、卵胞発育とFSHの関係の要旨としては、視床下部から出る性腺刺激ホルモン放出ホルモン: GnRHにより刺激を受けた下垂体前葉から性腺刺激ホルモン(FSHとLH)が分泌されて、その刺激で卵胞が育つこと、そして卵胞発育にはFSHとLHが不可欠だが、刺激が強すぎると(FSHが高すぎると)、卵巣がへそを曲げて、かえって卵胞が育たなくなり、そうするとますますFSHが高くなり、さらに卵胞が育たなくある悪循環が存在する、というものでした。
図にするとこんな感じ
【視床下部】
↓
性腺刺激ホルモン放出ホルモン: GnRH
↓
【下垂体(前葉)】
↓
性腺刺激ホルモン: ゴナドトロピン(FSHとLH)
↓
【卵 巣】
です。
では、FSHはいくつが基準値(正常値)なのでしょうか。
FSHの値は毎日、そして毎月変わるものです。自然に様子を見ているときは、前の月の排卵や排卵後のホルモン値により容易に変化しますし、体外受精治療中は様々な薬剤の影響を受けます。何も薬を使っていない時でも毎月変動します。大きく変動する場合もあれば、あまり変わらない場合もあります。
FSHの測定意義はいくつかあり、①卵巣機能の診断としてのFSH測定、②体外受精に入る周期の卵巣刺激前の月経中の状態診断としてのFSH測定、③卵巣刺激中のFSH測定、④なかなか月経が来ない場合の無月経の診断としてのFSH測定などの意義があります。
①卵巣機能の診断としてのFSH測定
明確な定義はないが、薬で消退出血を起こしたわけではない月経中の3日目前後のホルモン値を「基礎値」といいます。よく、「私のFSHの値は」などと言うことがありますが、毎日変わるFSHを論ずるためには、どの時点のFSHの値なのかを明確にする必要があります。一般的に「FSHの値」というのは、FSH基礎値のことです。
AMHの検査が一般的ではなかった頃はFSH基礎値は卵巣機能を診断する上で非常に重要でした。必ずしも基準値は一致した見解はないが、基準値は10以下、12以下、あるいは15以下、ということになっています。しかし、今もFSH基礎値の値が重要でないとは言わないが、AMHを測定すれば卵巣機能は診断できてしまいますので、ちょっとしたことで(あるいは何もなくても)その月により大きく変動し得るFSH基礎値は、少なくとも、卵巣機能の診断という点での重要性が薄れてきています。ただし、中には、AMHも月経周期や使用薬剤により値は変化し得るほか、AMHとFSHの基礎値に乖離があったり、そもそも下垂体機能不全でFSHがほとんど出ていないような例も少数ながらありますので、AMHだけで全てがわかるわけではありません。結局は卵巣機能を正確に把握するためには、月経中の小卵胞数、FSH基礎値、AMHや、過去の治療経過、卵巣刺激への反応などから多面的に判断することになります。
FSH基礎値を正確に測定するには、直前の周期は何も薬を遣わずに月経を待ち、月経中の3日目前後のホルモン値を測定をするのが本来の姿なのでしょうが、卵巣機能は他の方法でいくらでも推定できますので、基礎値を測定するために1ヶ月治療を休むメリットはありません。基礎値を測定しようとするあまり、貴重な時間を1ヶ月費やしてしまうのは、本末転倒です。
②採卵周期に入る周期の卵巣刺激前の月経中の状態診断としてのFSH測定
FSH基礎値と似ていると言えば似ていますが、FSHの基礎値を正確に測定する意味合いでの月経3日目前後のFSHを測定する本来的な意味でのFSH基礎値に対して、直前の周期での薬剤使用にかかわらず、とりあえず採卵周期の月経3日目前後に測定してみるFSHの値は、①とは似て非なるものです。卵巣機能を推定するというよりも、その月の刺激をどうするかの判断の一助にします。基準値は、10以下、12以下、あるいは15以下、ということになっています。
③卵巣刺激中のFSH測定
高いと悪者のように扱われがちなFSHですが、もともとは、FSHとは日本語で「卵胞刺激ホルモン」であり、FSHによって卵胞が育ちます。高すぎれば問題ですが、ある程度はないと卵胞は育ちません。(社長にあまりにもガミガミ言われれば社員はやる気をなくしてしまうが、ある程度社長が適切な範囲内で指示を出してくれないと、それはそれで社員は働けない、みたいなものです)
クロミッドやHMG製剤、FSH製剤は、「FSHを増加させて卵胞を育てる」薬ですので、これらの薬を使用すればFSHが上昇するのは当然です(そもそも、FSHを増加させることそのものが目的の薬なのです)。では卵巣刺激中のFSHはいくつくらいがよいかというと、卵巣刺激中は、15~40程度が卵胞が一番よく育ちます。FSHの値が15以下だと卵巣刺激を増やすことを考慮し、40を超えていてかつ卵巣の反応がよくない場合は卵巣刺激の薬剤を減らすことを考慮します。こうすることで、軌道修正しながら、採卵というゴールに上手に持っていくことになります。
人間の体や薬への反応は様々であり、例えばFSHが上がりにくい患者さんや過去の治療経過から高容量のHMGが不可欠な方もおられます。最適な治療のためには適正なHMG量が不可欠あり、卵巣刺激の内容(注射や内服の種類や量)は、あくまでも卵巣刺激中のFSH値、あるいはその量での卵巣の反応(超音波所見やE2の増加の程度)なども考慮して多面的・総合的にに判断されるべきものです。100単位でも多い場合もあれば、300単位以上でも足りない場合もあります。
一部に、月経中のFSHだけから、HMGは225単位でも多すぎるとか、300単位の卵巣刺激をすると二度と卵胞が育たなくなるなどの、独自の主張を繰り返し展開する医師もおられますが、本当に患者さん1人1人の体質に向き合って治療しようとすれば、一律で〇〇単位がよくないなどという主張は考えられないものであり、惑わされないようにご注意ください。
④FSHが高くなってしまった場合
卵巣刺激中にFSHが50以上になった場合にどうするのか。FSHが高くても卵胞が育っていればそのまま続行で大丈夫です。FSHが高いことそのものが問題なのではなく、FSHが高い結果、卵巣が反応しないことが問題なのです。すなわち卵胞さえ育っていれば問題はありません。ただし、いくら卵胞が育っていても、さすがにFSHが50以上となると、HMG製剤(FSH製剤)の薬剤の量を減らしたり、内服を減らして調整することもあります。
問題はFSHが高く、卵胞が育っていない場合で、この場合はエストロゲン製剤を使ってFSHを低下させます。月経を起こす医学的必要性は全くありません(卵巣と子宮は別臓器なので、卵胞発育不良に対して、子宮からの出血を促しても何の意味がない)。FSHが高い場合はプロギノンデポーやペラニンデポー、それほどでもない場合は、エストラーナやプレマリンでFSHを低下させながら卵胞発育を待ちます。これだけで卵胞が育つこともあるし、FSHが低下したところで卵巣刺激を再開したら卵胞が育つこともあります。FSHを低下させ、ホルモンバランスを整えるのはこれが最も確実で手早く、治療効果が高い方法です。
いかがだったでしょうか。一言でFSHの値といっても奥が深いものとなります。
次回もお楽しみに!
レギュラー編
☆体外受精(IVF)と顕微授精(ICSI)は、どちらが確率が高いか(15)
卵巣過剰刺激症候群(22)
☆着床の窓(23)
アスピリン・ジレンマ(24)
番外編
☆ホルモン補充周期と自然周期の凍結胚移植はどちらが妊娠率が高いか
結局、ホルモン補充周期と自然周期の凍結胚移植はどちらを選んだらよいのか
ヘパリン治療について(リブログ)
☆カウフマン療法(リブログ)