知りたいけれど、どこかに書いていそうで書いていない内容を解説する、生殖医療解説シリーズ、今日では番外編です。

 

「ホルモン補充周期と自然周期の凍結胚移植はどちらが妊娠率が高いか」という、永遠のテーマをお話ししようと思います。

 

まず初めに、相当誤解が多いので、最初に用語の整理をしておきますが、ホルモン補充周期とは、エストロゲン製剤で排卵を抑え、排卵しない形にして、黄体ホルモンは全て薬で補う方法のこと、自然周期とは、ホルモン剤の有無にかかわらず、排卵を起こして排卵後〇日後という形で移植する周期のことを言います。レトロゾールを併用しようが、卵胞発育が遅くてHMG注射をしようが、排卵後にホルモン補充をしようが、内膜が薄くて少量のエストロゲン製剤を使おうが、排卵後〇日後という形で移植していれば、すべて自然周期となりますので、ご注意ください(あまりに薬使いすぎて全然自然じゃないじゃん、という周期も起こり得ますが、排卵があれば自然周期に分類します)(ただし、施設によっては様々な独自の名称を付ける施設もあります。分類するのは自由ですが、それはその施設だけの話ですので、大筋では上記の定義で間違いありません)

 

 

では、ホルモン補充周期と自然周期では、どちらが妊娠率が高いのでしょうか。

 

私は、ブログでも診察の現場でも、「確率」という言葉を用いるときに必ず、「確率には、『どのような』母集団に対する、『何の』確率かが大切である」といつも噛みつきます。

 

例えば、多のう胞性卵巣症候群(PCOS)や重症卵巣機能不全の方を母集団とすれば、自然周期では移植そのものが成立しないので、ホルモン補充周期の方が確率が高いことになります。

 

内膜が非常に薄い場合も自然周期では困難です。内膜が厚くなる前に排卵してしまう可能性がある自然周期よりも、内膜が厚くなれるまでじっくり待てるホルモン補充周期のほうが明らかに有利です。でも、内膜が薄い方の中には、セキソビットとHMGを併用すると厚くなりやすい方がいたりします。あるいは、外部からの外因性にホルモン剤投入(ホルモン補充周期)だとなぜか内膜が厚くならないのに、自然周期で自分のホルモン(内因性)だとなぜか内膜が厚くなる方もいます。

 

自然じゃないと着床しない方もいます。ホルモン剤が多いことのストレス、あるいは薬を忘れがちな方は自然周期のほうがよいかも知れません。そもそも、自然排卵がある場合にホルモン補充は果たして必要なのでしょうか。

 

でも、自然排卵だとホルモン値もその時その時により違うし、不調な周期にしてしまうリスクを考えれば、最初から手厚くホルモン補充をしたほうが確実そうな気もします。

 

どっちがよいかと言っても、ホルモン補充周期の薬剤は、エストロゲン製剤だけでも内服、貼付薬、塗り薬、筋注とあり、また、黄体ホルモンも内服、筋注、腟剤があり、それぞれ、その種類や量、組み合わせは多種多様であり、また最初は内服だけで途中から腟剤などという使い方があったりします。最初に黄体ホルモンを開始してから移植までの時間も様々です。自然周期とてそうです。レトロゾール、セキソビット、HMG、トリガーの有無や種類・量、黄体補充をするかしないか、するとしたらその量や種類、色々な方法があります。どちらがよいかの研究をした研究者は、そのあたりを、どこまでちゃんと考慮したのでしょうか。あるいは、ほとんど気にしていないのでしょうか。もちろん、論文には、こういうプロトコールでやったとは書いてありますが、ホルモン補充周期内でのプロトコールのゆらぎ、あるいは自然周期内での追加薬剤の有無等について、どれほど考慮して比較しているでしょうか。

 

 

単純に比較できないだけでなく、本人の体質との相性もあるでしょう。

 

そう、そもそも論で、治療方針との相性も大きい。ホルモン補充周期ではなぜか着床しない方、自然周期じゃないとうまくいかない方、どちらでもうまくいく方、色々な方がいます。重症排卵障害で、ホルモン補充周期のほうがいいですよと散々進めたが、本人の強い希望で、なんとか排卵にこぎつけて自然周期で移植したら妊娠しちゃったなんて例もあります。こうなると、もう、何を信じてよいのか分からない。

 

ホルモン周期のほうが良いとの報告も自然周期のほうが良いとの報告もあり、いまだに結論が出ていないのですが、一方ホルモン補充周期と自然周期にはそれぞれの特性や向き不向き、全く同じプロフィールであっても人によって相性もあり、個別化こそ最も重要であり、そもそもどちらのほうがよいと結論付けようとすること自体間違っているのです。すなわち、データ上はどちらでも妊娠率が似たようなものであったとしても、それは自分にとっても同じということは意味しません。やってみないと分からないのですが、目安としてはどちらから先にやったほうがよいかについては後編で書きたいと思います。

 

 

もちろん、研究は大切です。どちらの方がよいのかの探求は常に必要です。私たち現場の医師とて、色々な論文を読んで、こんな見方もあるのか、と私たちが学ぶ姿勢が大切であることは言うまでもありません。

 

典型的にやってうまくやる人は実際多いし、あれこれ考えず、まずはスタンダードにやってみるのが王道であるというのは全くその通りで、その基本は決して忘れてはいけない。その上で、体は科学や統計だけでは説明できない非科学性、不確実性があるのです。

 

私たち医師は、科学的でありながら科学に縛られてはならず、統計を重視しつつ、統計に縛られてはならず、スタンダードを重視する姿勢を忘れないようにしつつも、その上でのテーラーメードを目指すのが一歩上の治療です。

 

一番大切なのは、目の前の患者さんは、どうしたら妊娠できるのかということ。いかに患者さんの「からだの声」に耳を澄ますことができるか。リプロダクションクリニックが、たくさんの引き出しを持ち、多くの検査や治療を実施し、また過去の治療歴を詳しくお伺いするのは、こうした思いからなのです。

 

 

続編に続く

結局、ホルモン補充周期と自然周期の凍結胚移植はどちらを選んだらよいのか