みなさんこんばんは。卵巣刺激法とその薬剤 今日は後編です。

 

③トリガー

まず初めに、卵の核成熟についておさらいしましょう。

このように、顕微鏡で形態学的に確認できる卵の成熟のことを、卵の核成熟といいます。結構勘違いしている人が多いのですが、採卵36時間前のLHサージ(トリガー)よりも前は、ほぼ全てがGV卵(超未熟卵)です。卵子の中に、核小体を持つGV(germinal vesicle、日本語訳では胚胞という)があり、顕微鏡で確認できます。卵胞が発育してくることを「卵胞が成熟」すると言っちゃったりしますが、卵胞が大きくなるにつれて、「卵子の細胞質成熟」は進むので間違いではありませんが、上記の核成熟上の分類では、どんなに卵胞が大きくなろうが、LHサージ(トリガー)よりも前は、「卵子の核成熟」上の分類は、あくまでもGV期(GV卵)です。

 

さて、LHサージ(トリガー)は、MⅠ期(第一減数分裂中期)を経て、第一極体を放出し、MⅡ期(第一減数分裂中期)になります。これが成熟卵です。何が減数かというと、GVあるいはMⅠ期では卵子は染色体を親(女性)と同じ数だけ持っていますが、第一極体に半分捨てるのです。そして、精子と出会って、また元の数に戻るのです。ですから、MⅠ期とMⅡ期では染色体数が異なるので、MⅠ期のままでは絶対に正常受精は成立しません。成熟とか未熟とかいうと、曖昧な表現ですが、染色体の数という点でMⅠ卵とMⅡ卵は決定的に異なります。

 

MⅡ期になって、精子をふりかけ(cIVF)もしくは顕微授精(ICSI)を実施し、2つの前核(雌雄前核)と2つの極体となったのが正常受精卵(2PN)です。雌雄前核というからには、もちろん、前核のうち1つは卵子由来(雌性前核)、1つは精子由来(雄性前核)です。cIVFの場合、精子が2個入ることがあります。この場合、雄性前核が2つとなり、合計で3前核(3PN2PB)となります。異常受精の代表格です。また、第二極体の放出不全が起こり、中に残ってしまうと、前核が3つ、極体が1つとなります(3PN1PB)。顕微授精の3PNはこちらが主流です。細かいことを言えば色々あるのですが基本的には3PNは移植対象外胚です。3PN以上の胚のことを、多前核といいます(多核ではありません)。似た言葉で多核とは、2細胞以上に分割してきた時の分割した細胞の1つ1つの核が本来1つずつのはずが2つ以上あることを言い、やや確率は落ちますが妊娠出産可能ですのでご注意ください。

 

さて、LHサージ(トリガー)前にGVだった卵子は、LHサージ(トリガー)により成熟します。いわゆる排卵検査薬では、このLHサージを尿検査で検出しています。LHサージ→卵の核成熟が進む→排卵 の流れの一番最初の部分ですね。したがって、排卵検査薬で陽性が出ても、その後が進まなければ排卵はしません(排卵そのものの現象をみているわけではありません)。また、サージではない、ただのLH高値を検出していることもあります。さらに体質により、あるいは本人とキットの相性により尿検査で陽性に出にくい場合が1割程度あります。

 

LHサージは、脳下垂体から分泌されます。自然周期系のクリニックで主流の、ブセレキュア等の点鼻薬でトリガーをするの場合、点鼻薬が脳下垂体にLHサージを出せと指示→下垂体は指示に反応してLHサージを出す→卵巣(卵子)が反応、という順序で卵子の成熟が進みます。あれ、ロング法やショート法でもブセレキュア使ったよ、排卵してしまうのではないかと思うかもしれませんが、例えば会社で、社長に1~2回「もっと働け」と言われたら頑張るが、10回も言われたらかえってやる気がせず心を閉ざしてさぼる、みたいなもので、ロング法やショート法では、1週間以上点鼻薬を続けることで脳下垂体にLHサージを出す気をなくさせる、という作用を利用しています。しかし、10回「もっと働け」と言われればやる気もなくすが、数回の場合は、まだやる気を出しちゃうことがあります。この、一時的にやる気が出た状態のことを、「フレアアップ」といいます。ロング法は、フレアアップが終わってから排卵誘発剤を使います。ショート法は、点鼻と排卵誘発剤を同時に開始しますので、排卵誘発中にフレアアップ期間が訪れ、一時的に高FSH、高LHとなります。この相性でロングかショートかを決めます。

 

脱線しまくりですが、結局のところ、点鼻薬のトリガーは自分のLHサージ頼みということです。下垂体機能低下状態の方には理論的には点鼻のトリガーは向きません。

 

一方、いわゆるhCGは脳下垂体を介さず直接卵巣に作用(hCGのLH作用)します。下垂体機能にかかわらず直接的な作用がありますので、卵の成熟作用もその分大きくなります。HMGがそうだったように、hCGも尿由来(uhCG)と、リコンビナント製剤(rhCG)があり、rhCGが「オビドレル」です。オビドレル1本(250㎍)がhCGだと6000~7000IU相当であると言われていますが、オビドレル7000IUとかは言いません。ゴナールはHMGと同じ「IU」表記なのに面白いですね。hCGは、3000IUも打てば成熟卵は一応とれますが、標準で5000IU、10000IUを使うクリニックが多いと思います(当院では標準10000IU)。オビドレルは、1本(250㎍)が基本となります。プレフィルド(すでに充填されており、自分で吸ったりとかしたりしなくてよい)なのは患者さんにやさしくてよいのですが、若干高価なのと、2本使いたい時は2回注射しなければならないので、そこが難点です。

 

そして、ダブルトリガーとは、hCGと点鼻と両方することです。自分由来のLHと、薬のhCGの異なる作用が両方あることで、より強力な成熟を得ようというものです。ロングとショートでは、すでに点鼻を使っており、点鼻のフレアアップはとうの昔に終わっていますので、ダブルトリガーはできません。

 

卵の成熟がうまくいかない場合は、トリガーから採卵までの時間を延ばします。以前よりも、1~2時間長くするとうまくいくことがあります。それでも未熟率が高い場合は、この部分を排卵覚悟で数時間以上伸ばして初めて成熟卵が採れることもありますが、あんまりやりすぎると排卵しちゃいますので、そのあたりのバランス感覚が大切です。

 

さて、2夜にわたって、卵巣刺激法やトリガーとその周辺について解説してきました。

今後も、知りたいけれど、どこかに書いていそうで書いていない内容を解説する、生殖医療解説シリーズをよろしくお願いします。

 

 

レギュラー編

採卵周期中の出血①(生殖医療解説シリーズ1)

採卵周期中の出血②(生殖医療解説シリーズ2)

採卵周期中の出血③(生殖医療解説シリーズ3)

妊娠中の出血(生殖医療解説シリーズ4)

卵子の成熟1 (生殖医療解説シリーズ5)

卵子の成熟2 ~卵回収率や成熟率が悪い場合~(生殖医療解説シリーズ6)

「遺残卵胞」(生殖医療解説シリーズ7)

新鮮胚移植はなぜ妊娠率がよくないか(生殖医療解説シリーズ8)

「黄体ホルモンが上がりません」(生殖医療解説シリーズ9)

「どちらの方が確率が高い治療でしょうか」(生殖医療解説シリーズ10)

「u」の正体(HMG製剤とFSH製剤)(生殖医療解説シリーズ11)

複数個移植あれこれ(生殖医療解説シリーズ12)

FSH調節法 前編(クロミッド,レトロゾール,HMG)(生殖医療解説シリーズ13)

FSH調節法 後編(生殖医療解説シリーズ14)

体外受精(IVF)と顕微授精(ICSI)は、どちらが"確率"が高いか(生殖医療解説シリーズ15)

卵巣刺激法とその薬剤 前編(生殖医療解説シリーズ16)

 

番外編

ホルモン補充周期における移植日と着床の窓(生殖医療解説シリーズ番外編)

慢性子宮内膜炎と、その他紛らわしい病名(生殖医療解説シリーズ番外編2)

スーパードライと一番搾りはどちらが美味いか(生殖医療解説シリーズ番外編3)

よくある質問(生殖医療解説シリーズ番外編4)