みなさんこんばんは。

知りたいけれど、どこかに書いていそうで書いていない内容を解説する、生殖医療解説シリーズ、今日で第14回です、今夜はFSH調節法 後編です。だいぶ引っ張ったので、皆さまのご期待の応えられる記事になったか非常に心配ですが、、、はじまりはじまり。

前編では、視床下部下垂体系からの命令を卵巣が受けて働くことをご説明しました。
要旨としては、卵巣は、脳の視床下部・下垂体系からの指令(主にFSHの分泌)により働く(卵胞が発育する、E2が分泌される)が、卵巣の働きが悪いと(卵胞発育不良、E2増加不良だと)、脳の視床下部・下垂体系はさらにホルモンを出す(主にFSHが上昇)、それで卵巣が働けばそれ以上のFSHは分泌されず、バランスを保ちながら卵胞発育・E2増加となるが、卵巣が働かないとFSHはさらに上昇、あまりFSHが上がりすぎると、卵巣はへそを曲げて働かなくなり、ますますFSHは上昇する悪循環になる、というものです。

卵巣がへそを曲げたままでは卵胞が育たないので、卵巣のご機嫌を取ってあげる必要があります。外部からE2製剤(注射、貼付剤、塗布、内服)を投入すると、あたかも卵巣が働いているかのように視床下部下垂体系は勘違いし、「よしよし卵巣がんばってるな」ということで、FSHを低下させます。ほどよくFSHが下がると、卵巣が機嫌をなおし、卵胞が育ってくることがあります。下がりすぎた場合は、下げすぎないようにE2製剤を減らす、もしくは排卵誘発剤で挽回しながら卵胞発育を待つ、これがFSH調節法です。

外部からのE2を投入しすぎたら、「もう卵巣には何も言わなくても大丈夫だな」と脳の視床下部・下垂体系が勘違いし、FSHが低くなりすぎてしまう場合もあります。卵巣は何も言われないと何もしません。つまり、FSH調節法の神髄は、「ほどほどにFSHを下げる」ということです。

まあ、会社で言えば、社長や部長がうるさすぎると社員はやる気がしないが、言われなきゃ言われないで働かない、ほどほどに社長や部長から指示が飛んできて、はじめて会社はうまくいく、というようなバランスです。

ここまでは、皆さんもうっすらご存知のことと思います。

しかし、FSHが下がれば卵胞が育つ、とは限らないのがFSH調節法の難しいところです。FSHが10くらいで卵胞が育つ方、20くらいがいい方、30くらいないとだめな方、あるいは、ごくごく少数ですが、FSHが70くらいの状態で3週間くらい待つと育つ方、色々な方がいます。そして、FSHをどのくらいにすると育つのかが毎月異なる場合もあります。あるいは、ある時は、注射のE2製剤でFSHを下げたらうまくいったので、また次の次に同じことをしたらうまくいくと思いきや、うまくいかず、色々やって、今度は飲み薬のE2製剤使ったらうまくいったとか、でもその次の月は、たまたま体調を崩して2週間薬飲まず病院を休んで久しぶりに受診したらすでに卵胞あったとか。実に気まぐれなのです。「これをすればうまくいく」という必勝法は、ありそうでありません。

E2製剤でFSHを下げるだけではなく、E2製剤とクロミッドやHMGを併用して、アメとムチで育てようと試みたり、大量のE2製剤でFSHをガツンと下げて、続けざまにガンガン刺激してみるとか、E2製剤以外の方法でFSHを下げたり、成長ホルモンやNSAIDsの使用など、バリエーションは無限にあります。

私たちは、過去の治療歴を見ながら卵巣の機微を見抜き、あるいは、ひらめきに頼ってみたり、なかなかうまくいかずに詰まったら、今度はやってないことやってみようとか、E2製剤とクロミッド両方飲んじゃえとか、このあたりは、ワンパターンにならないように、豊富な引き出しの中からいかに卵胞発育を引き出していくか、ここが腕の見せ所です。

それは、気まぐれの愛猫ちゃんのご機嫌を取るのに、昨日はマタタビでご機嫌とったけど2日連続やったら飽きたのかプイっとされてしまったので、次は猫じゃらし、どうも効果ないのでお気に入りのキャットフードあげてみようか、どうもうまくかないな、よしよし、あれ、なでなでしてあげたらご機嫌なおった!とか。なかなかご機嫌伺うの大変だけど、「今日はこれならうまくいくかな」と手を変え品を変え愛猫ちゃんのご機嫌を取るかのような感じです。天気とか目つきとか、鳴き声とか、色々な機微を感じ取って、「どうやら晴れの日はねこじゃらしが好きみたいだな」というような結びつきがあることもあるし(こんな卵巣の所見でこんなホルモンバランスの時たしか前にもあったな、その時は、あんなことしたんだった、とか)、そういうのが全然ないこともあります。色々やってもなびいてくれなかったので、しばらく放っておいたら、ゴロゴロ喉を鳴らして寄ってきた、なんてこともあったりします。あるいは、組み合わせで何かするとうまくいくこともあります。

私たちがFSH調節法を行う時は、その方の過去のデータや、その日の状況を様々考えながら、卵巣の機微を見ぬこうとして、試行錯誤しているのです。でも、よーく考えた上で、ふと、ピンとひらめいたことが当たることもあります。

「どうしよっかなー」とブツブツ言いながらカルテとにらめっこしている時、私たち医師は、数ある薬、治療法の引き出しを頭の中に総動員させながら、こんな思考回路で色々なことを考えて治療しているのです。ただ、あまりホイホイやり方を変えるのもあれですから、同じことは2~3週間続けることもあります(もう1週間同じ薬で様子を見ましょう、というパターン)。また、3ヶ月くらい待っても卵胞発育の気配がない時は一度月経を起こすことがあります。卵胞発育の観点からは、リセットにメリットはあまりありませんが、子宮的に、年3~4回は月経を起こしておいた方が安心だからということと、季節に1回くらいは、心身共に区切りをおくことも大切です。

最後に、FSH調節法をしている方によく聞かれるのが、「私は閉経なんでしょうか、閉経が近いのでしょうか」ということなのですが、閉経とは「1年間月経が来ない」というのが定義です。生殖医療をしていれば、なかなか卵胞が育たない時は、リセットして生理を起こしてしまいます。リセット薬で月経が来ないということはほぼありませんので、生殖医療をしている限り、定義上の閉経にはなりませんので、生殖医療の現場にはなじまない言葉なのです。恐らく、そういったご質問をされるときは、「私には可能性が残っているでしょうか」、ということをお聞きになりたいのだと思いますが、AMHでも、厳密にあとどのくらいの期間卵胞を育てる能力が残っているのか正確には予測できませんので、なかなか難しい質問です。でも、あきらめかけた頃にうまくいくこともあります。奇跡という言葉は、奇跡が起こることがあるから存在する言葉なのです。

さて、2夜にわたり、FSH調節法について解説しました。

やることもあまりないゴールデンウィークかとお察しいたします。ぜひ、バックナンバーもご覧ください。

 

採卵周期中の出血①(生殖医療解説シリーズ1)

採卵周期中の出血②(生殖医療解説シリーズ2)

採卵周期中の出血③(生殖医療解説シリーズ3)

妊娠中の出血(生殖医療解説シリーズ4)

卵子の成熟1 (生殖医療解説シリーズ5)

卵子の成熟2 ~卵回収率や成熟率が悪い場合~(生殖医療解説シリーズ6)

「遺残卵胞」(生殖医療解説シリーズ7)

新鮮胚移植はなぜ妊娠率がよくないか(生殖医療解説シリーズ8)

「黄体ホルモンが上がりません」(生殖医療解説シリーズ9)

「どちらの方が確率が高い治療でしょうか」(生殖医療解説シリーズ10)

「u」の正体(HMG製剤とFSH製剤)(生殖医療解説シリーズ11)

複数個移植あれこれ(生殖医療解説シリーズ12)

FSH調節法 前編(クロミッド,レトロゾール,HMG)(生殖医療解説シリーズ13)