みなさんこんばんは。

知りたいけれど、どこかに書いていそうで書いていない内容を解説する、生殖医療解説シリーズも、今日で第12回となりました。こんなご時世は勉強がはかどる、今夜も「生殖医療解説シリーズ」をよろしくお願いします。

 

まずは、おさらいですが、日本産科婦人科学会は、次のように定めています。

 

「生殖補助医療の胚移植において、移植する胚は原則として単一とする。ただし、35歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成立であった女性などについては、2胚移植を許容する。治療を受ける夫婦に対しては、移植しない胚を後の治療周期で利用するために凍結保存する技術のあることを、必ず提示しなければならない。」

 

ちょっと違和感があるかも知れませんが、現在は凍結保存について説明しないクリニックはほとんどないと思いますが、最後の一文は、凍結胚移植がセカンドオプションだった時代の名残です。

 

なぜ、このような会告が出たのか。筆者が生殖医療の道に入ったころは、胚凍結のハードルは高く、多くは新鮮胚移植でした。凍結が難しい上に妊娠率もあまり高くなかったため、凍結せずに、いくつもの新鮮胚移植することが主流であり、妊娠しやすい人にまで複数個移植を行った結果多胎妊娠が量産され、双子のみならず、三つ子、四つ子、中には五つ子以上ができることが少なくありませんでした。(ちなみに、三つ子を品胎といいます。口が3つあるから。四つ子は要胎、よく見ると口四つ。五つ子以上はそういうのはありません)

 
多胎妊娠の最大の問題点は早産で、早産のリスクは単胎に比べて約10倍、低出生体重児のリスクは約17倍です。適応を選ばず複数個移植がデフォルトだった時代、不妊治療の結果、数限りある貴重なNICUを体外受精児が埋め尽くす事態が起こったのです。品胎なら3床も必要となります。品胎が2組いれば、もうキャパオーバーです。

多胎早産は、ただ小さいだけでなく、児の先天異常、母体合併症ともに明らかに増え、子宮内胎児死亡・新生児死亡や母体死亡の率も上昇することから、当時、周産期(産科)医療の現場からは、不妊外来(生殖医療)の医師は、ハイリスク妊婦を作って作りっぱなしである、と大ブーイングが巻き起こり、周産期グループと不妊グループで対立が起こります。
 
こういった非難への対応が求められていたところに、凍結技術(特にガラス化法)や胚盤胞培養の普及により、妊娠率が向上し、複数個移植の必要性が薄れてきた結果、胚凍結・胚盤胞培養・1個移植が主流になり、多胎妊娠は徐々に減っていくのですが、それでも、中には新鮮胚複数個移植を続ける施設もあったととから、学会が勧告を出したというわけです。
 
では、複数個移植は全く意味がないのでしょうか。
複数個移植のメリットは主に3つあります。
 
①まずは、1個でなく2個ですから、どちらかが着床するという点では単純に妊娠率が上昇しそうな気がします。
 
②次に、1個では着床せず、なぜか複数個移植でないと着床しない・しにくいと思われる方がいらっしゃることです。この証明は困難ですが、繰り返し繰り返し1個移植ても全く着床せず、初めて2個移植したら着床したという例は、多くはありませんが、中にはいらっしゃいます。
 
③最後に、純粋な「いわゆる2個移植」ではありませんが、2段階移植で結果が出る場合もあります。

①に関して考えてみますと、胚1個あたりの確率が50%の胚を2つ戻した場合の、妊娠率の理論値は75%・多胎率の理論値は25%、確率30%の胚なら妊娠率の理論値は51%・多胎率の理論値は9%、確率7%の胚なら妊娠率の理論値は16%・多胎率の理論値は0.49%となります。つまり、あまり確率が高くない状況なら、複数個移植によるリスクを負うことなく、メリットを享受できると考えられます。
 
実際に統計を取ってみると、1個移植に比べてそこまで妊娠率がよいわけではありません(統計的確率)。しかし、35歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成立であった場合、あるいは初期胚の場合などは、1個あたりの確率が高くないと考えられ、こういった場合に複数個移植は当然選択肢としてあがってきます。リスクを十把一絡げにして、とにかく複数個移植は危険なのだ、ということには必ずしもなりません。複数個移植をする場合は、胚のグレード、本人の年齢、治療歴などをよく見極めて計画することが大切です。
 
ここまでは一般論です。
 
しかし。確率なんて所詮他人のデータです。自分の身に降りかかるのは、単胎か多胎かの2択。
確率1%ということは、100人に1人ということで、それが自分の身にふりかからない保証はありません。妊娠期間中の母体合併症と、生まれてからは児の合併症リスクは、ご夫婦にとって許容できるものでしょうか。無事出産までこぎつけて終わりではありません。子育ても1人よりも体力的にも精神的にも経済的にもはるかに大変です。そういったことは、ご夫婦で受け入れられるものでしょうか。その時になって「こんなはずではなかった」と後悔しないよう、よく話し合っておく必要があります。
 
リスクばかりというわけではありません。それでも、妊娠率が上がる可能性については魅力的だし、生まれたあともかわいいし、みんなに羨ましがられるし、何より、1人産んでからまた不妊治療をする必要がないなど、良いところもあります。
 
目の前の妊娠のことだけでなく、この機会に、ご夫婦でママ・パパになったあとに思いを巡らせ、語り合い、未来志向の中で、今の治療に全力を尽くされると、また少し違うかもしれません。今日は、複数個移植と多胎妊娠あれこれでした。次回もお楽しみに。

 

 

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