みなさんこんばんは。知りたいけれど、どこかに書いていそうで書いていない内容を解説する、生殖医療解説シリーズ、今日で第16回です。なお、スーパードライのネタは番外編に変更しました。

 

私たち医師は、どのように卵巣刺激を選んでいるのか。もちろん、最終的には個人の体質や治療歴によって大きく変わりますが、今日は雰囲気だけでも分かっていただければ。

 

そもそも、卵巣刺激には、①卵胞を育てる(卵巣刺激・排卵誘発)+②育った卵胞を排卵しないように抑える(排卵抑制)+③卵子を成熟させる(トリガー)、の3段階があります。卵子の成熟についてはこちら(卵子の成熟1)を読んでいただければと思います。いわゆる、俗にいう「成熟卵(M2卵)」「未熟卵(GV、M1卵)」というのは、第1極体が放出されているかどうかの、「見た目」判断するのですが、これが「卵の核成熟」です。これは、トリガー後採卵までの約36~39時間の間に起こります。

 

いわゆる「卵子の質」というのは、極めて曖昧な言葉であり、定義も判断基準も何一つない、非科学的かつ情緒的な表現(注:筆者の主観です)なのですが、実態としては、卵巣刺激中に起こる「卵の細胞質成熟」に加えて、「卵子の染色体異常の有無」「受精能力」「受精後の胚発生・グレード・受精卵の染色体異常の有無等に関するポテンシャル」を、ざっくりまとめた言葉です(だいぶざっくりだが)。この、いわゆる「卵子の質」は、①②の影響を受けると考えられます。では、それぞれ、どのようにして決定されていくのでしょうか。

 

 

①卵胞発育

卵胞を育てる場面だと、内服ではクロミッド、レトロゾールが、注射では、HMG製剤(HMGフェリング・HMG-F(HMGフジ)等)、uFSH製剤(フォリルモンP、uFSHあすか等)、rFSH製剤(ゴナールエフ)があります。(「u」の正体(HMG製剤とFSH製剤)で解説)があります。

 

PCOS(多のう胞性卵巣症候群)など高AMHの場合はレトロゾールと注射(1日150IU程度)を併用し、薬剤は、LH高含有HMG(HMGフェリング)は避けます。ただし、OHSSが極めてハイリスクの場合は、1日100IUほどに減量したり、逆に高AMHだがFSH/HMG製剤への反応が悪い場合は1日225~300IU必要だったり、高AMHかつ下垂体機能低下というレアな方だと、LH高含有HMG製剤を300~450IU連日注射しないと効かない場合もあります。PCOSの場合は、重症OHSS(卵巣過剰刺激症候群)のリスクを常に考慮しなければなりませんので、高AMHなのに225~450IU/日もの注射を計画することはほとんどありませんが、そうしないと結果が出ない方がおられるのも事実です。一歩間違えば重症OHSSですので医師は当然慎重にならざるを得ませんが、必要な量の注射をしなければよい結果は出ないため、難しい判断を迫られます。

 

非PCOSの場合のバリエーションは、内服薬の有無と量(クロミッド1日1/8錠~2錠)、注射薬剤の選択、注射の1回量、開始時期、頻度、期間となります。注射は、D3から毎日打つのが刺激周期の基本ですが最初は内服だけにしてD8から始めたり、毎日ではなく隔日にしたり、1回量も150~300IU(稀に375~450IU)の間で調整します。注射薬は、AMH、年齢、過去の治療歴、アレルギーの有無、月経中の小卵胞数、ホルモン値などを総合的に考えて決めていきます。やはり、一度はちゃんと刺激したほうがいいので、基本はクロミッド1錠+HMG 300単位連日となりますが、途中のホルモン値や卵胞数で注射量を増減させてみたりします(途中で卵胞発育にばらつきが出てきた場合は、クロミッドを増量して、注射を減らすと、小卵胞が育ち、比較的大きめの卵胞が待っていてくれることがあります)。高刺激であまり卵子が採れなければ注射減らすとか最初は飲み薬だけにして注射は途中からにしようかとか。でも、高刺激だと3個だったので低刺激にしたら1個になってしまったとか、高刺激で胚盤胞1個だけだったので低刺激にしたら全滅とか、そういう場合は、相対的に高刺激のほうがよいことになるので、やっぱり戻してみようかとか、色々なことにアンテナを張ります。

 

 

②排卵抑制

卵胞がある程度になると、LHサージが出て排卵してしまいます。ただし、排卵抑制が本当に必要なのは2~3割の周期のみで、それ以外の7~8割の周期は、実は排卵抑制などしなくても排卵しないと考えられていますが、誰もそんな冒険はしたくないので、特に高刺激周期のほとんどの場合で、何らかの排卵抑制を行います。

 

ロング・ショート法の場合はGnRHアナログの点鼻薬(ブセレリン等)、アンタゴニスト法の場合は、セトロタイドやガニレストの注射、PPOS(Progestin-primed Ovarian Stimulation、当院では独自に黄体フィードバック法と呼称)の場合は内服薬(ルトラール、プロベラ等)を使用します。

 

最もスタンダードな方法はアンタゴニスト法なのですが、卵子の質、OHSSのリスク(安全性)等のバランスに優れ、必要ならダブルトリガーを実施できることが利点です。一方、セトロタイドやガニレストをいつから始めるのか、打ちすぎるとよい結果が得られないことが多いが、かといって打ち始めるのが遅いと手遅れで排卵してしまうことがあるのが難点です。卵成熟率が悪いなどでダブルトリガーをしたい場合は、アンタゴニスト法か、後述の黄体フィードバック法が必要です。

 

黄体フィードバック法は、アンタゴニスト法とロング・ショート法の良いとこ取りの方法です。毎日ルトラールを内服するので、いつからセトロタイドを始めたらよいのか等を考える必要がなく、また、トリガーがhCG以外も選択可能(点鼻薬単独あるいは、点鼻とhCGのダブルトリガーも可能)であること、薬剤が内服薬でコンプライアンスに優れ、しかも安価なところが利点で、当院では最近積極的に採用しています。平均的な卵子の質もアンタゴニスト法と変わりません(公式ブログ毎度おなじみですが、どのような治療方法にも合う合わないはあります)。アンタゴニスト法に比べて排卵リスクが低いので、卵胞を大きくしてから採卵したい場合などは黄体フィードバックを選択したほうが安心です。

 

古典的な方法としてはロング・ショート法となります。ロング法は卵子の質はよいと言われていますが、他の方法に比べてものすごくよいわけでもなく、OHSSのリスクが高いことと、必ず前周期から点鼻薬を始める必要があり2周期にわたる治療となることが難点です。ロング・ショート共通の欠点は、トリガーが必ずhCG(もしくはオビドレル)であると限定されてしまうことです。ただ、ずっと毎日点鼻薬をしているだけで排卵が抑えられるので、いつからセトロタイドを始めたらよいかといったことを考えなくてよいのは、とても安心です。筆者が生殖医療を始めたころは、セトロタイドやガニレストは日本未発売だったので、ロングかショート(ウルトラロング、ウルトラショートなんていうのもあった)がほとんどでした。卵巣機能が良ければロング、そんなでもなければショート、などと使い分けたものです。ショート法は、ダブルトリガーは使えませんが、フレアアップで高LHで推移することがあることから、相性によっては卵子の成熟が意外といいこともありますので、侮れません。

 

十分な見極めのもと、排卵抑制は一切行わないで採卵まで乗り切ることも稀ですがあります。最初から排卵抑制はなしで行こうと決めることはほとんどありませんが、LHの値が低空飛行して排卵抑制が必要ない場合は、結果的に排卵抑制せずに済んだということがあります。先日、この方法になった結果、今までで一番卵子が得られた方もおられました。色々なやり方があるものです。

 

低刺激の場合は、クロミッドそのものに排卵抑制効果がありますので、それに期待して、それ以上の排卵抑制は行わない場合もあります。

 

 

最後は③トリガーです。育った卵胞をどう成熟させるかの集大成なのですが、だいぶ長くなったので、ここでいったん区切り、後編に続きます。こちらと関連しますので、お読みになりながら続編をお待ちください。

それでは、皆さん、今夜もよい夢を!

 

 

バックナンバーはこちらです。

 

レギュラー編

採卵周期中の出血①(生殖医療解説シリーズ1)

採卵周期中の出血②(生殖医療解説シリーズ2)

採卵周期中の出血③(生殖医療解説シリーズ3)

妊娠中の出血(生殖医療解説シリーズ4)

卵子の成熟1 (生殖医療解説シリーズ5)

卵子の成熟2 ~卵回収率や成熟率が悪い場合~(生殖医療解説シリーズ6)

「遺残卵胞」(生殖医療解説シリーズ7)

新鮮胚移植はなぜ妊娠率がよくないか(生殖医療解説シリーズ8)

「黄体ホルモンが上がりません」(生殖医療解説シリーズ9)

「どちらの方が確率が高い治療でしょうか」(生殖医療解説シリーズ10)

「u」の正体(HMG製剤とFSH製剤)(生殖医療解説シリーズ11)

複数個移植あれこれ(生殖医療解説シリーズ12)

FSH調節法 前編(クロミッド,レトロゾール,HMG)(生殖医療解説シリーズ13)

FSH調節法 後編(生殖医療解説シリーズ14)

体外受精(IVF)と顕微授精(ICSI)は、どちらが"確率"が高いか(生殖医療解説シリーズ15)

 

番外編

ホルモン補充周期における移植日と着床の窓(生殖医療解説シリーズ番外編)

慢性子宮内膜炎と、その他紛らわしい病名(生殖医療解説シリーズ番外編2)

スーパードライと一番搾りはどちらが美味いか(生殖医療解説シリーズ番外編3)

よくある質問(生殖医療解説シリーズ番外編4)