こんばんは。
魂響書占 たまゆらしょせん 恵理子です。
両親の老いについて
また私が面した老いについて綴っています。
母が大学病院から医療病棟の病院に移って
約1カ月半経ちました。
母は この通り元気です!
大学病院に入院する前
攻撃的な態度で
暴言がひどかった姿はもうどこにもなく
表情はとっても穏やか。
敗血症が完治してからも
体調は好調。
食べることが大好きな母は
ミキサー食のご飯を
「味付けがとってもいいのよ」
と喜んで完食しています。
この間
数日誰もお見舞いに行かなかったら
父 息子 私の顔を見た途端
「もー 寂しくて心細くて
泣いちゃいそうだったんだよ」
って 本当に目に涙をためていた。
父が
「泣いちゃいそうだった?
ここんとこ来れなかったから
それは悪かったねぇ」
と言ったら
「そうだよ! 悪かったよ!!」
と文句ぶつけて。
その素直過ぎる母の様子に
息子 大爆笑![]()
ね ピンクが似合ってるでしょ。
母の心は
今やこのベビーピンクのように無邪気です。
花壇のある病院のこの中庭が大好きで
一緒に車イスで来ては
「あぁ なんてお花がキレイなんだろう
」
と目を輝かせる母。
特に
この濃い青色の紫陽花がお気に入りでね。
「本当にこの青はいいわ~!」
と 見る度 何度も叫んでた。
いつも見るのは同じ花なんだけど
まるで 初めて
その美しさに遭遇したかのように
毎度毎度 激しく感動しています。
今 母が外の世界を直に感じられるのは
この小さな中庭だけなのだけど
「空がいい色! 雲がキレイ!」
「やっぱり外の空気は気持ちいいわぁ~」
「わぁー かわいいトマト~♡」
なぁんて 目を細めて
ほんの30分ほどの車イスでのお散歩を
心から満喫しています。
日々の入院生活も
「みんなとってもいい人で
とってもよくしてくれるの~」
「ご飯も美味しいし~」
と満足していて。
で お得意の
「サイコ―!」
「幸せ~」
を連発して心穏やかに過ごしています。
ただね
客観的&全体的に見てみると
以前いた大学病院よりも
「刺激が少ない」ことは否めない。
私と妹が母に施していた
エッセンシャルオイルのマッサージは
「その香りを嫌がる方もいるかもしれないから」
という理由で禁止になりました。
オイルで身体をマッサージするのと
ホットタオルで温めるのはOK。
寝ている時間が多くて
どうしても足にむくみが出てしまい
ほんのひと時の気休めかもしれないけれど
「なんて気持ちがいいんだろう![]()
」
ってやっぱり母は感動するので続けてます。
テレビはあるのだけど
設置位置が頭の上の方だから
ベッドから見続けるには体制ががきつく
スイッチのON OFFも
母は自分ではもう出来ない。
そんなに観たい気にもならないみたいだし。
大学病院では看護師さんが
母を車イスに乗せて院内をぐるりと周ったり
外に連れ出してくださったりもしたけれど
今のこの病院では
それはとうてい無理な話。
1人の介護士さんの患者を看る割合が
大学病院の約3倍なので
細やかな配慮やリクエストは
「手が足りない」
という物理的な理由から望めません。
食べて 出して 寝る という
日常生活を保つのに精一杯だということは
見ていてもわかるし
その中で 本当に母が言う通り
皆さん良くしてくださっています。
ですが 先月末
母が車イスから立ち上がろうとして
転んで床に額をぶつけ
2針縫うというケガをしました。
幸い傷自体は大したことなく
痛みもすぐに引いたから良かったのだけど
この頃から 母の食欲が落ちました。
高熱ではないけれど 熱が出たり
内臓の状態も数値的に低下している
とのことで 最近は大事をとって
中庭の散歩はやめています。
こうした事態を 父は
「ばぁばの状態が悪くなっている!
なんとか良い方向に持っていかなければ!」
と捉えたのね。
「リハビリ病院に転院させたい」
「歩けるようになったら
最終的には自宅で介護したい」
と言い出しました。
ちょうど 母とあまり歳が変わらない叔母が
大腿骨を骨折して歩けなかったのが
リハビリ病院に1カ月入院し
積極的にリハビリした所
歩けるようになった
という話も聞いて
さらにその気になったのもあってね。
でも 私 兄 妹は
母の性質からしても
リハビリは合わないだろう
と以前から見てました。
父や叔母のように
「何としても また元通りのように歩きたい!」
という精神力と忍耐力と体力がある人ならば
まだ可能性はあるだろうけれど
元々母は
「出来るだけ楽がしたい」という性質。
それに加え下降している体調。
「その力はもうばぁばにはないよ。」
「それに2カ月もほぼ寝たきりの生活で
筋力も落ちている。」
「何もしなくていいとか
ゆっくり出来ることに安心してるし。」
「叔母さんは認知症じゃなかったから
その違いも大きいと思うよ。」
何度もそう伝えてきたんだけどね
根っから頑張り屋の父の心には
なかなか届かず…。
ですが4日前
病院の相談員さんと面会した時
相談員さんからこんな話がありました。
「リハビリでお母様の状態を向上させよう
と考えることにはやはり無理がある
お母様の性格や様子からしても
今の状態を維持するように努めることとして
穏やかに過ごす方向で
考えた方がいいのではないか
介護認定 今は3だけど
もう4になっている
もちろん このまま
この病院にいてくださっても大丈夫ですが
特養ホームへ移るなら
介護度を上げる手続きをした方がいいでしょう」
と 糖尿病の母が入所出来そうな
八王子市内の2カ所の
特養ホームを提示してくださったのです。
それから
「認知症の方ならなおさら
動けない方が
安全だということがあるんですよ」
って。
先日 母が転んで額を切ってしまったのも
気持ちと身体が
ちぐはぐな状態だったから。
それを本人がわかってないという所が
1番危険なんです。
本人は歩けるつもりでいて
身体がついていかず
転んで頭を打って
脳挫傷やクモ膜下出血になった
という話も実際にあるのだ
と。
そうしたら
今のように話すというコミュニケーションも
とれなくなってしまう可能性もある
リハビリをして体力を高めることが
ご本人の危険を増してしまうこともあるんです
って。
これは私も盲点だった。
母は確かに
「まだ自分は歩ける」と思っているのね。
妄想と現実がごっちゃになっている。
私が車イスで中庭に連れて行った後も
「はぁ~よく歩いたから気持ちがいいわぁ」
と言っていたり
「毎朝1人でこの辺歩いてるの」
ともよく言っていたし。
病院内で散髪したのに
「今日 自転車で美容院に行ってきたの」
「まだ自転車位乗れるわよ」
なんて平然とのたまうこともあった。
ホントだ 危ない 危ない。
今回の母のケガは
その危険への警告。
サインだったのではないかと思う。
敗血症の治療や認知症の薬を
自ら身体の状態で拒否したのもそうだったけれど
母はまた
私はリハビリは合わないのよ
危ないんだから受けないわよ
と自分の身体で示しているように感じたの。
父も 母が頭を打ってケガをしていたことと
相談員さんのこの話を聴いて
やっと納得。
母をリハビリすることは諦めました。
そして もうひとつ
相談員さんが話してくださったことがあってね。
その言葉が父の心に響けばいいな
と思うのです。
つづく
新しい方法 新しく始まる 生み出す 新生
何かが新しく始まる兆しですね
それは赤ちゃんのお世話のように
今までしたことがないような出来事があって
時にはイラつくこともあるかもしれません
ですが 全体でみれば
それは嬉しいこと 幸せなことのはず
かかる手間や時間もそのひとつ と受け止め
大切に育んでいきましょう
終了 再生 一旦停止 新たな一歩
一旦終わりにした方がよいことがあるようですね
今までのやり方を変えるのは怖い
先が見えない方へ踏み出すには勇気もいる
でもあなたは空を飛べるほどの秘めた力があることを
思い出してください
物事は 終わってから 新たに 始まります
変化 選択 学び
あなたは今
選択すべき問題があるのでは?
先行きが見えず どうなるかもわからず
不安を感じるのも当然です
どの道を選ぶとしても あなたにとって
必要な学びがそれぞれの道にあります
ネガティブに感じる出来事があったとしても
後々 選んだ道を後悔するのではなく
糧にしよう!とドンと受け容れ
学びの課題をこなして行きましょう
それも成長につながる道 大丈夫!
あなたは準備が出来ています













