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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

【2011年篇】より続く。

 

 

 

 

で、2019年11月3日、午前中に荘川周辺をご案内いただいたRKパパさんとお別れしたあとの帰り道に、8年ぶりに立ち寄った。

 

今回はいきなり、

やり残した西側からアプローチする。現在地コチラ

 

もともとは先人の記事を見て訪ねたものの、今となっては8年前に自分が写真に残したもの以外の記憶は完全に失ってしまっていた。

つまりは、良くも悪くも「どんなブツだったか」という情報のない状態で臨んだわけだが、おかげで新鮮な驚きがあってかえって良かったと思う。

 

 

まあ、トリッキーなどんでん返しで楽しませてもらった。以下、順を追って書いていく。

 

 

 

 

旧道入口は

前回来た時とさほど変わっていないように思えた。無理したら二輪で進入できそうだが、まあ…やるかどうかは以降の記事を見てご判断を。

 

 

 

 

 

 

 

これも前回と同じく、

思ったほど荒れていない。時折人が入っているのだと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

歩くこと5分で。

こういう場所に出る。

 

 

 

 

 

 

 

右カーブを立ち上がれば、

最後の登り。一谷坂の切通しに至る。

 

 

 

 

 

 

んが、ここで振り返ると、

実はこのような分岐が。現在地コチラ

 

今回位置関係がいろいろややこしいので、マメに地図を出す。コンクリ擁壁に立てかけられている丸太を基準に見ていただくとイメージしやすいかと。

 

赤線で示したこの道が旧々道であるということらしいのだが、これを進めば隧道があるはずの方向へと行ける。もちろん前回も同様。

 

 

 

 

 

さすがに時期が違えばこうも違うか?というくらいに

めっちゃ歩きやすい!

 

 

 

 

 

 

 

路盤にはこのような

まあまあデカイ木が生えてたりもするのだが、

 

 

 

 

 

 

 

この鬱蒼としたパートを抜けると、

現トンネルの直上に出て周囲が少し開ける。

 

前回は、あまりにご無体なグリーンヘルにここらで断念したと思う。もうすぐそばまで来ていたはずなのだ、旧隧道までは。

 

 

 

 

 

そう、確かこの奥に…って

あれ?ウソやろ?

 

 

 

 

 

 

 

ちょ待ってちょ待って~。姿が見えないけどもしや…

あ!

こっ、これは…隧道からの排水溝では…?

 

もしかして・・・崩落して埋まっちまったのか~(泣)。マジかーー!

 

 

 

 

 

 

 

崩落斜面を探ってみると・・・

どうもポータルの一部じゃないかって感じの石がのぞいていた。自然石でなく、明らかに成型され並べられた石。これは土木構造物に違いない…。場所はおおむねこのあたり

 

なんてこったー。あの時ビビらずに抜けてれば…はたまたグリーンヘルに屈せずに初志貫徹していれば、その姿を拝めたのに…。ショーーック!

 

 

 

 

 

 

とぼとぼと旧々道を戻る。

もう撤収しようってモードになっていたが、思い直した。せっかく再訪したんだから、あの東側には変わりないかどうかも見届けておかないとな。

 

 

考えてみれば、前回は旧道もちゃんと辿れていない。これもちゃんと歩いてみなければ。

 

 

 

 

 

つうわけで気を取り直して、旧々道から旧道に戻り、一谷坂の切通しまで登ってきたのだが、

うおっ。

 

 

 

 

【次回】に続く。

 

 

 

 

2011年8月14日、第一次岐阜県探索にてメインターゲットの一つとして訪れた…にもかかわらず消化不良に終わっていた物件をご紹介。

この日のネタで記事にしているのは、北山隧道&新北山トンネル谷汲カントリークラブのトンネル九頭師坂隧道小瀬の遊歩道隧道

 

ここを記事にしていなかったのは、ひとえにこの「消化不良」による。それを先日の荘川帰りに解消できたので、さっそく記事にしようという流れである。うまく伝わるか、いろいろ心配だが…。

 

 

 

 

 

はい、いきなりドン。これは、

岐阜県道317号剣大間見白鳥線の一谷坂トンネル、東側坑口。

 

 

 

 

 

 

銘板には、

1986年9月完成と示されている。

 

 

 

 

 

その東側坑口手前に、

うーん、あやしいね(笑)。場所コチラ

 

実際のところ、ここはある先人の記事で衝撃を受けてやってきたので、この先にあるものはわかっていた。また今記事タイトルに「2011」と付けているのは、あくまで次回以降の「2019」がメインだから。よって今回はかいつまんでの「消化不良ぶり」の状況説明って感じでご覧いただければ。

 

 

 

 

 

この旧道…にしては少し不自然な感もある(後でわかったが、現道工事の際に削られて原型を留めていないようだ)スロープを登っていくと、

何かある。肉眼ではすでに見え始めていた。

 

 

 

 

 

そこにあったのは、

二体のお地蔵さまと石碑

 

だけじゃないのは一目瞭然。

 

 

 

 

 

 

今回サワリなんで、

いきなり鉄板の構図へ。

 

外見からの印象よりは広いが、まあ狭めの車道隧道ってくらいの印象だと思う。しかし…

 

 

 

ここで振り返ってみると、わたくしが度肝を抜かれた「あの光景」が眼前に。

 

 

 

 

 

準備はいい?

 

んじゃあ こりゃあぁ。

 

コンクリポータルの奥には素掘りの…しかも完全人道サイズの穴が。超アグレッシヴなガリバートンネルとでも言うのか。

 

 

 

 

 

そのサイズ感たるや、

身長173cmのわたくしが普通に立ってこの感じ。伸ばせば天井にも手が届く。その狭い洞内には農機やざるかごが置かれて…いや、放置されていた。

 

真ん中に小さく見える点が西側坑口の明かり。つまり、貫通している。めっちゃ長く見えるが、現トンネルはたかだか185m。どうやら内部で崩落してるっぽい。

 

 

 

 

 

いったいなんだ?この隧道は?

 

 

 

 

その考察(大したこっちゃないが)は次回以降に書くとして、

こちらが真の?鉄板の構図。

 

当時のわたくしはまだまだ初心者、経験値が足りなかった。この手の長大(当社比)な狭小素掘りの廃隧道を徒歩で通り抜けたことがまだなく、要はビビってしまったんだな。まあ気持ちはわかる(笑)。

 

 

なので、この時はここで引き返した。もちろんこれで立ち去ったわけではなく、逆から攻めてみようということで

 

 

 

 

現トンネルを抜けて、

反対側旧道へ。

 

 

 

 

 

 

 

こっからはさらに端折るが、

現トンネルのほぼ直上での一枚。ノートさんが見える。

 

 

 

 

 

 

ここらへんじゃないかと思ったのだが…

だーかーらぁ、来る季節間違えてんだってニイサン!

 

 

 

 

ちーん…。

 

 

 

 

 

はい、圧倒的グリーンヘルに阻まれて、

あえなく敗退…。はあ…。

 

 

 

 

 

 

「消化不良」感、遺漏なく伝わっただろうか(笑)。

 

 

以来ずっと引っかかったままになっていたのだが、先日ようやく果たしたリベンジにて、初めて全貌を知った。立ち去る時には到着から1時間45分が経過していた。

 

 

その全貌を、【次回】以降に。

 

 

 

 

 

えー、六厩川橋はまだやりません(笑)。だって拙ブログ界隈じゃもうすでに紹介され尽くしてるし…。まあでもそのうちやりますがね。

 

 

 

で、次回のネタは、先日回収してきた

 

 

消化不良のまま8年以上放置していたネタ。

 

 

 

 

いや~、ヤられた、いろんな意味で。

 

 

 

 

【1】に続く。

 

 

 

 

 

 

【六厩川橋アタック】から一夜明けた2019年11月3日。この日は前夜もお祝いに来てくださったRKパパさんに某林道の奥にある廃橋に連れてっていただくことになっていて、約束の7時よりもだいぶ早くに道の駅にきてくださいました。

 

で、昨日から「明日どうしようかな~」とのたまってたよととさんと、帰るつもりだった(笑)テルさん、おろろnさんも巻き込んで、結果的に計4名、連れてっていただきました(笑)。パパさんのソリオにわたくし同乗させていただき、よととさんのアウトバックと2台で出発。

 

 

 

以下、基本写真のみでダイジェスト。

 

残念。ここから徒歩移動です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当初は9時ごろには道の駅に戻れますよ~、って感じだったパパさん、さぞかしドン引きされたでしょうな(笑)。いきなり最初の小黒谷橋から大脱線、結局道の駅に戻ったのは10時50分くらいやったっけ(笑)。

 

 

ここでとりあえず解散し、よととさん、テルさん、おろろnさんとはここでお別れ。

 

当初はこの後パパさんと軽岡隧道の三尾河側にアタックすることになってたのだが、時間的・体力的に厳しい(笑)と判断、大変失礼ながらまたの機会とさせていただき、かわりに何本かの橋に連れて行っていただいた。どうもすいませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教えていただかなければまず見逃してたであろう橋ばかりを計4本。いや~ありがとうございました!

 

 

12時過ぎごろには道の駅へ帰着し、ここでパパさんとお別れ。朝の某所含め、すべてが連れてってもらわないと見られなかった、知れなかった物件ばかり。感謝感謝でございます。またよろしくお願いします(笑)。

 

 

 

 

ここからは帰路の立ち寄り地点からいくつか。

 

 

 

これは昨日の速報記事のとこ。

 

 

最後は、これもパパさんにいただいたネタを拾いに。

 

 

この後ほどなく日が暮れまして、おろろnさんからいただいてたネタはまたの機会とせざるを得ず。残念。

 

 

 

あとは、往路と同じくひたすら下道で滋賀まで。21時40分ごろ、おウチに無事帰着いたしました。嫁さんに「楽しかったん?」と聞かれ、「めっちゃ楽しかった!」って答えたら、「ふーん」って言われました(爆)。

 

 

 

つうわけで、いろんな方々のおかげで非常に楽しく、かつ密度の濃かった2日間。皆さん、また遊びましょう!

 

 

 

 

 

 

2019年11月2日、念願の六厩川橋アタックが叶ったので、そのダイジェストを。

 

 

 

…んが、その前に!重要な謝辞を述べておかねばなりません。

 

 

実は決行日前夜、集合場所である「道の駅 桜の郷荘川」に前乗りしたわたくしをわざわざお訪ねいただいた方がおられました。ブログでやり取りさせていただいている富山のMEINDLさん(マインドルと読むそうです)がその方で、いただいたのは差し入れと、ある資料。

 

それは、アタックに参加した猛者たちをして驚愕&歓喜させた、六厩川橋にまつわる貴重な資料。その写しを、なんと6名分(最終的な参加人数をお知らせしてなかった…)もご用意くださったのでした。なんとありがたいお心遣い&机上調査のスキルが凄すぎる…。

 

改めて、御礼申し上げます。MEINDLさん、ありがとうございました!

 

 

ちなみにMEINDLさん、対岸からも見守っていただいてたようですぞ(笑)。

 

 

 

で、参加メンバーは(五十音順で)

おろろnさん(インスタ)

北近江@旅人さん

テルヤマ(mt.tell)さん(ツイッター)

と~まさん(ツイッター)

はみ男さん

ペッカーさん(ツイッター

ゆたさん(ツイッター)

よととさん

 

これに末席のわたくしを加えた計9名。初めましてだった旅人さん、と~まさんも含めて猛者ぞろいで、安心感がハンパなかった(笑)。やはりアヴェンジャーズ級でした、間違いなく。

 

 

 

 

では、以下ダイジェスト。

 

 

途中でSUV車に分乗し、二連橋まで無事到達。

一台だけSUV車でないはずの車がいたのですが(爆)。

まあそれは最後のほうで…。

 

 

 

 

午前7時15分、進軍開始。以下前半は原則時間表記のみ、コメント少なめで。

 

 

7時30分。

 

 

7時53分。

 

 

8時12分。

 

 

8時38分。

 

 

9時27分。

 

 

9時43分。

 

 

10時25分。

 

 

10時50分。

 

 

10時56分。

最後の関門を越え、

 

 

 

11時ジャスト、念願の六厩川橋に到達~!

 

五名の猛者たちが、渡橋して小蓑谷隧道まで探索に向かわれました。

 

 

 

わたくし?

 

現場を見て、迷ったものの渡るのはヤメました。まあ先日の直前記事でも書いたとおり。まったく心残りじゃないと言えばウソになりますが、まあそこはそれ。先人たちのおかげでどんな隧道かは承知しておりますし、ここまでで十分満足。

「今日は無茶しないって嫁さんと約束してきたから」…ってのはまあ方便で、要は怖かったんですな。いかにも深そうな緑色の水って怖いのよね…。


ちなみにこの日の御母衣湖は、ほぼ満水状態。

 

 

 

 

ゆたさんに撮ってもらった

ゆたさんポーズのパクリ写真(笑)。

 

 

 

 

お目汚し申し訳ございませんが、

橋好きとして至福の昼メシポジション!幸せ。

 

 

 

 

はみ男さん開拓の

新ポジション。四等三角点あり。

 

 

 

六厩川橋には結局1時間40分ほど滞在しました。幸せの絶頂でした。

 

 

 

 

 

 

12時40分、撤退開始。最後のターゲット、秋町隧道南側坑口へと移動。ひとことで移動っつうとアレですが、この行程でHPが大幅に奪われましたな…(笑)。

 

 

 

14時28分。

隧道への直下降。

 

 

 

 

14時43分。

その南側坑口にて。

 

 

14時55分ごろだったか、デポ地の二連橋に向けての最終行軍開始。これが辛かった~。久々のガチ廃道歩きは、すっかり体力の衰えた体にコタエましたわ(笑)。

 

ほぼ無休憩でひたすら歩いて、おりしも日が傾き始めた16時8分。デポ地まで全員無事に帰還。わたくしと違って(笑)時間管理も完璧!素晴らしい探索でありました。

 

 

 

 

 

撤収時のひとコマ。

衝撃!実はムーヴはSUV車だった!

 

FFでここに来ようなんて、夢にも考えませんぞ、わたくし。巨大ハンプを乗り越えるシーンは衝撃映像でした。返す返すも動画を撮れなかったのが惜しまれる~(笑)。「単独ならやらない」とおっしゃってたけど、どうかなあ(ニヤニヤ

 

 

 

 

 

 

道の駅に戻ると、山神さんRKパパさん、ジャバルさんのお三方がお祝いに(笑)来てくださっていました~。山神さんにはネタ的なやつ含めて差し入れをいただきました、ホントありがとうございました。そういや疲れすぎて写真も撮らなかった…サーセン(笑)。

 

しかし山神さん、ゆたさんに会わずに帰られるとは、薄情な…(笑)。

 

 

 

 

 

 

で、各自物資調達とフロのあと、19時からは、

道の駅片隅で居酒屋。残念ながらご都合で離脱されたはみ男さんを除く8名で、最後まで楽しく過ごさせていただきました~。久々に濃いトークのできる空間に身を置けて、楽しかったです。

 

 

(正確な時間は見てないけど)21時をまわり、シンプルに「寒すぎる」ということで終了(爆)。長かった一日は、こうしてフィナーレとなりました。

 

 

 

約9時間にわたる廃道および山歩き(直登&直下降含む)、疲れはしましたが、まあとにかく楽しかった!最高の天候にも恵まれ、そして紅葉もほぼ見ごろ直前くらい、肉体以外は大いに癒された(笑)、最高の探索でありました。改めて、ご一緒した皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。

 

 

 

 

で、翌3日はRKパパさんとご一緒する…つうか某所に連れてっていただくお約束をしていたので、次回はその模様と帰り道でのイベントをダイジェストで。